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1話 勇者パーティをクビにされた。

 僕こと、剣士ディックが所属する勇者パーティは今、全滅の危機に瀕していた。


「さて、さっき教えた事をもう一度復唱してみろ」


 僕の首輪を指さし、勇者フェイスはそう言った。

 首輪の強制力により、体が勝手に動いてしまう。もう何度も味わった、気持ち悪い感覚だ。左手に持つ刀を握りしめ、うなじでまとめた髪を振り、僕は屈辱に耐える。

 人間軍と魔王軍が争って、もう三年。僕達はその戦いを終わらせるため旅しているパーティだが、僕はこの勇者が大嫌いだ。


「今、僕達勇者パーティは魔王軍の大群に襲われている。このままでは全滅だ。誰かが犠牲にならない限り、この窮地は超えられない。だから僕が命を捨てて、魔王軍の足止めをする」


 この首輪は、服従の首輪。罪人や奴隷に付けられる魔法具で、持ち主の命令に絶対服従させられる非人道的なアイテムだ。そのせいで僕は、こんな奴の命令に従わなければならない。


「そうだ。見て見ろ、あの惨状を」


 フェイスは腕を組み、顎で背後の街を示した。

 山に囲われた盆地に位置する街で、あちこちから黒煙が上がっている。多くの魔物が押し寄せているんだ。さっきまで僕達が滞在していた街だけど、居場所を魔王軍のスパイか何かが伝えたのだろう。僕達を殺すべく、二千もの大群をけしかけてきたのだ。


 あのままでは、街の人達は全滅するだろう。だけどフェイスは魔物の気配を察知するなり、すぐさま逃げてしまった。

 街の人々を壁にすれば、自分達が逃げる時間を作れる。奴はそう言っていた。これが勇者のやる事なのだろうか。いや、こいつに何を言うだけ無駄か。


「あの数じゃ、もって十分って所だろう。お前は俺達が安全な場所へ到着するまでの時間稼ぎをするんだ」


 たった一人で魔物の群れと戦えか。それは遠回しに死ねって言いたいんだろう。

 勇者フェイス・リグレット。代々魔王と戦ってきた勇者の血族で、聖ビクティム公国で保管されていた、勇者にのみ引き抜ける聖剣エンディミオンに選ばれた、人類最強の男だ。


 けど、勇者という肩書に似合わず、奴の性格は自己中心そのものだ。


「遠からず獄中で死ぬ所を、俺が拾ってやったんだ。少しの時間でも外の空気を吸えただけ感謝してくれよ。ああ大丈夫、お前の代わりの剣士は見つけてあるから心配するな。念願だった凄腕の女剣士だ、これでようやくハーレムパーティが組めたよ。お前も嬉しいだろ?」

「……ええ、とても嬉しいです」


 嘘だ。本当は腸が煮えたぎる程に怒りがこみあげている。この首輪が無ければ、今すぐフェイスを殺していただろう。


 こいつはずっと、僕の代わりとなる女剣士を探していた。今襲われている街でその剣士を見つけ、自分のパーティに加えた所だ。役割の被る僕はもう、用済みというわけだ。


 フェイスは勇者の肩書をいい事に、各地で好き放題やってきた。女性に対する凌辱行為や、弱者からの金銭搾取、時には空き巣行為まで働いた。その度に罪を他人や僕に擦り付け、自分は安全な場所で高笑い。


 なんでこんな奴が勇者なんて呼ばれているんだ。神は力を与える人間を間違えている。


「首輪がなくても俺に従順なパーティが出来た今、もうお前は必要ない。今日までよく働いてくれたよ。だから最後は、戦って死ね。元死刑囚君」


 ふざけるな! 叫びたくても、首輪のせいで何も言えない。

 その後、フェイスに言われるがまま、仲間達にパーティ離脱を宣言。僕は一人残って、魔物の大群を相手する事となった。


  ◇◇◇


「……くだらない人生だったな」


 街へ下りながら、僕は気を紛らわすために、これまでの人生を振り返っていた。

 勇者パーティの剣士になった僕は、元死刑囚。かつては「辻斬りディック」として世間を騒がせた殺し屋だった。


 手に掛けた人数は、三桁を超えるだろうか。数多の組織を壊滅させ、要人を殺害し、裏社会では最強の名を欲しいままにしていた男だ。

 ……フェイスの襲撃を受けるまでは。

 奴は突然、僕の家に夜襲をかけてきた。不意を突かれた僕は徹底的に痛めつけられ、あえなく投獄されてしまった。


 当然過去の罪から、死刑宣告を受ける。あとは執行まで投獄されていたのだが、フェイスはそんな僕に目を付けた。


 勇者パーティの剣士として、僕をスカウトしたのだ。


 表向きは投獄された際、奴の強さに心酔した僕が自ら加入を懇願した、となっている。実際はフェイスが無理やり僕を引っ張り出したのだけど。


 決して優しい理由ではない。この世界で死刑囚になれば、人権ははく奪される。どう扱おうが、それこそ気まぐれに殺そうが、罪は問われない。つまりフェイスは、都合のいい奴隷として僕を引っ張り出したのだ。


 それに僕は裏社会で名をはせた男だ、当然カタギの人間にも名前を知られ、恐れられている。そんな危険人物を屈服させている姿を見せれば、奴のカリスマ性を強く演出できる。自分をより大きく見せるために僕を仲間にしたんだ。同業者からも狙われにくくなるしね。


 ……本当に苦しかった。旅している間、僕は小間使いのように扱われた。危険な仕事は常に僕の役目、奴の機嫌が悪い時にはサンドバッグだ。思いだすだけで怒りがこみあげてくる。


 それに僕は、好きで殺し屋になったわけじゃない。


「母さんごめん。約束、守れそうにないや」


 ロケットに収めてある、母の肖像画を見る。綺麗な長い黒髪に、サファイアのような青目を持つ美しい女性。それが僕の母だ。

 母は僕の剣の師であり、有名な冒険者だった。とても強くて、とても優しくて。いつも僕を抱きしめて、甘えさせてくれた。僕を怒った事は一度もなくて、僕が危ない時には必ず守ってくれる、自慢の母だった。


「ディックは頑張り屋だから、お母さん心配だわ。もし貴方が無茶をして怪我でもしたら私、心臓が止まっちゃうよ」


 僕は母にいつもそう言われていた。母を喜ばせようといつも無茶をしていたから。

 母の誕生日のために、険しい山へ宝石を取りに行ったり。母が好きな魚を捕まえるため、嵐の海に飛び込んだり。そんな無茶をする位、僕は母が大好きだった。


 でも神は、そんな大事な人に不治の病を与えやがった。


 結核。それが母のかかった病気だ。いつもせき込んで、血痰を吐いて、母は日に日に衰弱していった。

 僕は母を救いたかった。薬代を稼ぐために働いたけど、子供が出来る仕事では、薬どころか母の食べ物すら用意できない。


 だから僕は、殺し屋になった。


 僕には母から教わった剣技と、母から受け取った刀がある。それに殺し屋の方が、冒険者より遥かに実入りのいい仕事にありつけた。

 母のためなら、僕の手を血で汚すなんて構わない。必死になって殺し、母の薬を買い、栄養のある食べ物を沢山用意した。でも。


「悪銭身に付かず、か……結局人を殺した金で、命を救えるわけがないよな」


 殺し屋になって四年後、つまりは昨年、母は帰らぬ人になった。医者はよく生きていたと驚いていた、僕への想いが命を繋いだんだろうって言っていた。


 けどそんなのは何の慰めにもならない。最愛の母を失う苦しみは、筆舌に尽くしがたい物だった。胸が斬られるように痛んで、体が干乾びる位泣いて、僕は何日ものたうち回った。


 本当は、すぐにでも母の後を追いたかった。だけど母が残した手紙が、自殺を想い留めた。

 遺品を整理している時に見付けた手紙には、僕への限りない感謝の言葉がつづられていた。そして最後には、こうつづられていた。


《どうか、私が生きられなかった分だけ、生きてください。貴方は、幸せになるべき人なのだから》


 病に侵されて苦しかったはずなのに、最後まで母は僕の身を案じてくれていた。

 でも母の居ない世界は灰色で、いつも暗くて、希望も見えなくて……毎日ただ、空虚に生きるばかりだった。もし母さんの言葉が無ければ、とっくの昔に自害していただろう。


「……母さんの居ない世界なんて、もうどうだっていいか。だからもう、貴方の所へ行ってもいいだろう、母さん」


 戦うのは恐くない。だって死ねば、母さんの所に行けるのだから。

 でも母が残してくれた刀と技にかけて、無様に死ねない。最後は母が残した誇りを胸に、立派に戦って死んでやる。


「もうすぐ逝くよ、母さん。もう一度会ったら、また僕を抱きしめてくれ」


 鞘の鯉口を切り、走り出す。大好きな母さんの下へ行くために。

 これが母に捧げる、最後の戦いだ。

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