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もしもし、御家族の方ですか?

作者: 瀬木 悠遥

━━━━ねぇ、知ってる?


世の中には、こんな仕事もあるってこと━━━━。

 

…………


 “母さん、父さん、姉ちゃん、さようなら、……ごめんなさい。”


 残された手紙のこの最後の一言を読んだ後、私は脱力した。

 この後、私たち家族は、弟の捜索願を出した。





 それから、四年後。弟は、未だ見つかっていない。私も出来る限りの手を尽くして弟の情報を血眼になって探し回った。でも結局、なんの結果にも結び付くことはなかった。


 そんなある日。

 とぅるるるる、…とぅるるるる、…とぅるるるる、…。

 知らない番号からある一通の電話が、かかってきた。

 ガチャ

 「……はい、もしもし、……。」

 と、受話器を取った私の声を遮るように、

 「もしもし、姉ちゃん?僕だよ、覚えてる?」

 …………!!

 「た、珠樹(たまき)……?珠樹……なの?」

 私は驚きと歓喜で震えるも、なんとか声を絞り出して弟の名前を呼んだ。

 「あぁ、良かった、姉ちゃん、覚えててくれたんだ。」

 そうして返ってきた声は四年前のものよりは少し低く、男性らしいものとなっていた。

 「当たり前じゃない!もうっ!四年間もどこにいってたの!?家族みんなでっ……!心配して…………っ!」

 震える声に感情が乗り、涙が止めどなく流れていく。

 「……っ、ごめん、姉ちゃん、僕、姉ちゃんは僕のこと嫌いなんだと思ってた……ごめんね……!」

 幼さの残る喋り方に、あの頃が想い出される。毎日が楽しかった、あの頃を。

 「ねぇ、珠樹、今何処にいるの?お姉ちゃん、珠樹に会いたい。……うぅん、お姉ちゃんだけじゃない、お母さんも、お父さんも、珠樹に会いたがってるよ?」

 私は少し落ち着きを取り戻して、珠樹に言った。

 「……ごめん……もう、会いには行けないんだ。ごめんね、姉ちゃん。」

 暫くの沈黙のあと、珠樹は言った。

 するり、と、受話器が手から滑り落ちる。

 ゆっくり、ゆっくりと空中を舞う。

 時間が進むのが、遅くなったみたいに。


 かしゃんっ


 受話器が地面に堕ちる。

 遠く離れかけた意識が、その音で戻ってくる。

 「……姉ちゃん?……大丈夫……?」

 揺れるコードにふらふらと動く受話器から、私を心配する珠樹の声が、小さく聞こえた。

 意識ははっきりしているはずなのに。それなのに。世界が、ぐらりと揺れた。

 「━━━!!」

 お母さんとお父さんが、私を呼ぶ声が聞こえた。






────────────────────────


 真っ暗な部屋の中にある、紅くてふかふかの、金で縁取られた肘掛け椅子に、足を組んで一人の男が座っている。

 そばには、丸テーブルに、中身の入ったティーカップと、固定電話が一つ。


 男が、電話のナンバーを押す。十一桁の数字が奏でる音を美しい音楽を聴いているかのように楽しげに。

 程なくしてコール音が響く。


 …………とぅるるるる…とぅるるるる…とぅるるるる…


 がちゃ


 「……はい、こちら富永(とみなが)ですが。どちら様でしょうか?……はい、あぁ、はい………………あ、はい、あぁそうですか……。はい、すみません、有り難うございました。はい、はい、それでは……。」


 がちゃん


 ツー、ツー、ツー……


 報告を終えたらしい男がニタリと笑い、口を開く。


 「御家族を不本意とはいえ殺してしまうとは……家族全員から虐待を受けていたようですし、解らなくもないですが。まぁ、よくあることですしね。ご利用、有り難うございました♪」

 そうして、置いてあったティーカップを手に取り中身を一口、口に含んだところで、聞き慣れた無機質な音が響き渡る。


 ──とぅるるるる…とぅるるるる…とぅるるるる…


 「おや、もう次のお仕事ですか?やれやれ……。声音を真似るのも、なかなか疲れるんですよ?成仏の方は、御安いご用なのですが……。まぁこれも、生きるための大事なお仕事ですからねぇ。」

 そう、呆れたように一口呟き、再び受話器を手にする。


 がちゃ


 「あの、すみません、亡くなった人を成仏させてくれるのはこちですか?」

少し怯えたような、恐らく年配の女性の声がする。

 「はい、そうですよ」

震える声で話す女性。

 「すみません私……あの人が……あの女が幸せそうにしているのが……どうしても、許せなくって。その……それで思わず……殺して、しまったんです……。成仏、させてあげなきゃって。死んだ先でも、あの女が幸せな夢の中に過ごしていると思うと……。お願いします!」

途中から、ハッキリとした、そして必死な声で言う女性を、

 「……御依頼、承りました。」

男は丁寧に受け止める。必要事項を聞き出して、成仏のための準備を始める。


商売は、お客様の信頼が第一。今日もまた、男は丁寧に、完璧に依頼主の依頼をこなしてゆく。





 ──とぅるるるる…とぅるるるる…とぅるるるる……────


 …………


もし、幸せな人が死んでしまったとき、その人たちを成仏してくれる人がいるんだって。


人は、幸せなときに死ぬとね、幸せな頃とそう変わらない、素敵な夢の中に生きているの。別に、それでも良いと思うけど、でも憎んでて、どうしても許せない人が醒めない夢の中で永遠に幸せに暮らしているとしたら……。

だから、その夢から目醒めさせてあげないと。


でも、夢の中に直接入ることは出来ないから、電話を介して成仏してくれるんだって。幸せだったときの記憶を思い出させて、抜き取るって、それで夢を見る意味を無くすらしいの。


これで、成仏完了なんだって。


深夜に電話すると、受付してくれるらしいよ。


━━三途の川渡瀬相談事務所━━

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