始動への転換期 ACT.8
刻は遡ること現在、うつ伏せで横たわるステラの頭上には筋骨隆々な肉付きをした地球人の成人男性が佇んでいた。
「こいつクッソかわいいな、おい上玉じゃないか ?」
男は不明慮な言語で仲間である鳥頭の一人に話しかける。
自動翻訳システムが言語を特定し、ステラのスマートリンクシステムを介して発言内容を表示して行く。
「 △× ⌂ ∆ ⇔?地球人の美意識ってのはよく分からん。そういうのは任せる」
鳥頭は男と同じ言語をボズボズと喋った後、分銅のような形状をしたシールドとビームハンドガンを携えどこかへと消えてゆく。
「さてと、味見するか」
男は突如言語を英語に切り替えそう言うと、ステラの体へと手を伸ばした。
「いっ痛い! 放して。な、なにするの!?」
男はステラの結ったサイドテールの根元を掴むと、彼女の上半身を無理矢理起こした。
「なにって・・・・・・そりゃナニよ。喜べ、俺がお前を女にしてやら」
男はそう言うと乱暴にステラを地面へと叩き付ける。
地面に叩きつけられ、頭部を激しく打ったステラは思わず呻いた。
「うっ・・・・・・くっ」
揺れる視界の中なんとか右肘をついてステラが顔を上げようとしたその時、背後でカチャカチャという金具が擦れあう音がした。
(ま、まさか)
最悪なヴィジョンが脳裏に浮かび上がり、ステラは顔を青くしてその場から逃げようと必死に唯一言う事を聞く右腕を動かす。
「おい、逃げんな」
「あ゛っ!?」
側頭部の頭皮が再び引っ張られ、思わずステラは呻く。
腹に腕が回され、腰を浮かされると同時に秘所に生温かいものが押しつけられる感覚。
来るであろう破瓜の痛みを予期してステラが目を瞑ったそのときだった――
「ぐぶほっぁ!?」
突如男が奇声を発しステラの頭上を突風に吹かれた木屑の如く、男が吹き飛んでいった。
「うん…? えっ! あれッ!?」
自身の背後に居たはずの男がいつの間にか目の前で仰向けに倒れていることにステラは驚いた。
「クソがッ!? ウィズかよ・・・・・・」
[[rb:頭> かぶり]]を振って男は立ち上がると右手に工のような形をしたAMD社製 【Type01:プラズマハンドガン】通称プラガンを呼び出して、ステラの顔面を照準する。
その時だった。
耳鳴りのような何かが動作する音と共に、ステラの後方からうすい緑色をした半球状のフィールドが展開されて行き、男とステラの間を隔てるような位置でフィールドの膨張が止まった。
「なっ!? な、なんだぁ!?」
男が素っ頓狂な声をあげ、後ずさる。
(これは・・・・・・)
緑色に輝く斥力の性質を持ったエーテルで構成されたフィールド、ステラはそれを見たことがあった。
「セーフフィールド・・・・・・!」
【硝煙の導師】の通り名で知られている民間軍事会社【スターオーシャン】社の女性契約社員、銃火器と法術を用いて戦う戦術を駆使する事で有名なアオギリ=シグレが作成した補助型【PSI】の術式が展開されていた。
「よっとっと。間に合ってよかったーほんっと危ないところだった」
ステラの背後で、先程セーフフィールドが展開を開始し始めたときと同じ駆動音がした後、急な突風と共に少々高い音域の柔らかい女性の声が発せられた。
その後、コツコツと靴音を鳴らして女性はステラの側へと歩み寄ると男の方へ右手に握った得物の切っ先を向ける。
柄と護拳]、そして十字型の鍔には青を基調とした色調が施され、刀身は真っ直ぐな直刀型で磨き上げられた冷たい鋼色、刃は緑色のエーテルに覆われていた。
どこからどう見ても近接武器であるサーベルにしか見えないその武器だが、法術を施行する際の術式発動時に必須とされている制御装置郡、通称【法撃具】の一種であるスタッフに分類される武器である。
「ア、アオギリ=シグレ!?」
シグレの姿を目にした男は、慌てながらもプラズマハンドガンの照準先をステラから彼女へと変える。
「はぁ・・・・・・女の子の髪は命より大切なんだぞ? それと無理矢理はよろしくない」
シグレはやれやれと言ったばかりに頭を振ってから、うつ伏せで横たわるステラの顔へと視線を向け、膝を曲げて中腰の姿勢をとった。
「やっぱり、初めては好きな子とする方がいいよね?」
発言内容にそぐわない太陽のような明るい笑みをシグレはステラに見せた後、スッと姿勢を但してステラの前に立ち、男の方を睨む。
「さて、油売ってるような時間は無いからちゃちゃっと終わらせよっか。海賊さん」
シグレはそう言うと、6インチ程の小型ディスプレイが付いたウェアラブルデバイスを装着した左手を横に振った。
すると二人を守っていたセーフフィールドが緑色の粒子を辺りに放ちながら音も無く消えていった。
「な、舐めやがって!」
ヂョン、ヂョン、ヂョンと特徴的な発砲音と共に男が構えたプラズマハンドガンの発射口から青いエーテルで構成されたプラズマの指向性エネルギー弾が発射、大気中の酸素が互いに反応し合いオゾンを生成。辺りに特有のきな臭い刺激臭が漂った。
対してシグレは、男が得物を構えた時点でスタッフを斜めにすると、前に出して法術術式を展開する準備をすでに終えていた。
「――ッ」
鋭い呼気と共にスタッフに種火となる体内エーテルをシグレは流し込む。
すると、鍔元の部分の周りをエノク語で構成された黄色のホログラムのようなもの達が円を描いて現れ回転を開始した。
そして、そのホログラム郡は互いがまるで歯車の様に噛み合い、正常に作動する位置を探すかの如くグルグルと周り定位置へと収まった後消えた。
万物分解の性質を持つ青い光を放つエーテル、命中すればハザードシールドに大きなダメージが入り、生身の体に当たると命中部分がエーテルへと分解されてしまう。
プラズマ弾が今まさにシグレの体に命中し、その身に展開されているシールドを削ろうとしたその時だった。
凸レンズのような形状をした、緑色のエーテルで構成された力場がシグレが持つサーベル型スタッフの前で展開され、雨の如く激しく撃たれるプラズマ弾を打ち消す。
「あっづっ!?」
突如男が苦悶の声を上げて銃把を包み込むように握っていた左手を放してブラブラと手首を振る。
男が無防備な姿をさらしているその瞬間に、シグレは右手に持ったスタッフを背中の鞘に収めると左手手首を小さく振って掌に一枚のガラスのように透き通った黄色いカードのような四角い板状の物体を出現させた。
「ほい!」
掛け声と共にカードを男に向かってシグレは投擲し、左腕にエーテルを流し込む。
正確には左腕に装着してある導具に――
先程プラズマ弾を防いだ時に展開したインスタントシールドの術式展開と同じ様に、シグレの左腕に装着された篭手型のデバイスの周りにエノク語の文字列が現れた。
「ふんっ!」
何も無い空間にシグレは掌底を繰り出す。
その瞬間、円を描いていた文字列が蜃気楼の如く消え去ると、先程投擲したカードが男の目の前で停止。前方に斥力性質を帯びたエーテルで構成された緑色の暴風が男にぶち当たった。
「おがぁっ!?」
バチッと音がして、斥力エーテルと装備者を外界の刺激から保護するハザードシールドがせめぎ合い、男のシールドの耐久を全て削り取った。
黄色い閃光を放ち、爆発四散する男のシールド。
その現象を見たシグレは右手に新たな得物を呼び出す。
黒く着色された強化プラスチックで構成された銃床、同じく強化プラスチックで生成され、青色に染色された拳銃型グリップ、そしてその得物特有のパーツである銃身下部に装着された青色のフォアエンド。
エーテルを利用した兵器が開発されて以来、旧型、型落ち、古臭いと言われ人々から忘れ去られかけている火薬の力によって弾丸を飛ばすタイプの銃がそこにはあった。
散弾銃と呼ばれる小さな弾丸を一度で大量に発射するタイプの銃火器だ。
ズドンと重い発砲音と共に空気が振動、シグレから数m程離れているのもかかわらずステラの体にもその振動が響いた。
至近距離で弾を喰らった男は一切の悲鳴や叫び声等を上げず、無様に吹き飛ぶとそのまま地面に仰向けに倒れ、動かなくなってしまった。
シグレは男の様子を遠くから伺うと、一つ深呼吸をした後ガシャッとフォアエンドをスライドさせ空になったショットシェルを排出。銃身上部にある排出口と弾薬の挿入口を兼ね揃えている部分に新たに呼び出した青いショットシェルを入れた。
「ふぅ~」
シグレは一息つくと、額に浮かんだ汗をぬぐう仕草をしたあとにフォアエンドから左手を離すと右肩をまわし、持っていたショットガンをエーテルへと変換しドラムへと収納した。
「よいしょっと」
パキンと膝からクラック音を鳴らしながらシグレはステラの前で膝を折り、彼女の体に顔を近づけた。
「あちゃ~、こりゃひどい・・・・・・」
ステラの脚を見たシグレは眉をひそめ、そんな言葉を漏らした。
「シ、アオギリ=シグレさん・・・・・・?」
「動かないで」
シグレは真顔でステラに少々きつめの口調でそう言いつけた後、醜く爛れた彼女の脚に左手をかざす。
直後、シグレの左手のデバイスに再び文字列が表示された後、暖かな黄色い光を放つエーテルが放たれ、ステラの脚を包み込んだ。
その暖かな光に触れたところからどういうわけかステラが先ほどまで感じていたジクジクとした痛みが引いてゆくのを彼女は感じた。
「すごい・・・・・・」
思わずそんな感想がステラの口から零れ落ちる。
「 野郎共ぐずぐずするな!」
理解不能な言語を使用した怒声と共に、何人ものヒトがどたどたとステラ達が居る場所へと走ってくる足音が彼女の耳に入る。
「シグレさん! 敵が来ます」
無理矢理にでも体を起こして応戦せねば、という考えが彼女の脳内で大きくなり上半身を起こそうと右手を地面に付く。
幸い、シグレが行なった処置によって自力で直立出来る位にはステラの脚の痛みは治まっていた。
「ダメ! まだ動いちゃダメ」
無理にでも動こうとするステラをシグレはたしなめ、自身はスタッフを抜くため右手を背中へと伸ばす。
「でも敵が――」
――こっちに来ているんです!
ステラが彼女にそう伝えようとしたその時だった。
目の前で地面がいきなり爆発し、砂埃が巻き上がったのは――
そしてその砂埃から現れた人物がステラの運命を変えていくことになろうとは、当時の彼女は知る由も無かった。