始動への転換期 ACT.5
汚染地域と思われる箇所は全部で3ヶ所あり、一ヶ所目は汚染が始まったのがごく最近だったのか浄化用ポッドを設置して保護用のドームシールドを展開するだけで除染が終了した。
現在ステラ達一行は二ヶ所目にマーカーを設置して森林の中徒歩で目標地域に移動していた。
子供のころに日本エリア内陸部、信州と呼ばれるところに家族と一緒にステラは旅行に行ったことがある。
夏の厚い日差しの中、深緑色の森林を山の頂上から見たときは感動したものだとステラは歩きながら感嘆した当時の記憶を思い出した。
「にしても見渡す限り森ばっかりだな・・・・・・というか本当にこっちであってるよな」
「カル、あなたマーカーも見れないの?」
背中の金具にハルバードを固定したカルが、手を頭の後ろにまわしてルナにぼやく。
現在地点から目標地点まで400mと視界内のUIに映る黄色の正方形型マーカーの下に表示された数字が距離をステラに教える。
眼球の中にナノレベルの大きさの電子チップを埋め込んで映像を映し出す技術。
アメリカからオセアニア連邦へ亡命してきた技術者によってもたらされたAR技術の最終形態といわれるこの技術はまたたくまに広がり、今や生活とは切っても切れない関係になりつつある。
簡単にこの技術がもたらす利便性について説明するとFPSゲームで残り弾数やレーダー、味方がどこに居るかのUI表示を現実でもできる様になる、そんなところだ。
実際ステラの目には自分自身のハザードシールドの残りエネルギーとヘルスがバーによって示され雷砲の残り弾数とカル ルナ ヌタルのシールドエネルギとヘルス量、どこに居るのかを示す緑色のタグが映っていた。
やれやれとばかりにルナが肩を落とすのを見て、ステラは苦笑いをこぼす。
「そう言えば。ステラ、導師の件、誰になって欲しいとかある?」
導師、ルナの口から出たそのワードにステラは眉を動かした。
現在この分野ではひよっこと言っても過言ではないステラ達新規は例外を除いて、認定試験合格後に現役の傭兵等にノウハウを教育されると言う、いわばインターン制度のような仕組みがある。
導師とはその名のとおりノービス達に教育を施してくれる人物を指す専門用語である。
「うーん、できれば【アオギリ=シグレ】さんがいいかなぁ~。多分無理だろうけど・・・・・・」
ステラがガクッと肩を落とすのを見て、先程とは逆に、ルナが苦笑いを浮かべた。
「あの人たしか・・・・・・銃火器と【PSI】の術式が得意なんだったっけ?」
「そうそう!遠距離からバラバラって弾ばら撒きながら味方に【オーバーシールド】掛けたり、【セーフフィールド】を展開して、味方の援護をするって感じの後方支援が得意なの!」
頬を高潮させ、興奮気味にステラは早口で、アオギリ=シグレの事についてまくし立て始める。
「今まで殆ど攻勢型の術式ばかりだった【PSI】に、エノクの遺産から得られた技術を利用して、ハザードシールドの生成や対象の自然治癒力強化術式に空間エーテルの活性化や性質変化を用いた特殊な力場を生成する術式とかを編み出して――」
「あは・・・・・・あはははははは」
普段おとなしい性格のステラ、そのステラが人が変わったように目を輝かせて、アオギリ=シグレについて熱く語るのをルナは笑って見ているしかなかった。
「――で、それもあって彼女は【硝煙の導師】って通り名が付いてるの・・・・・・って聞いてる?」
ステラがルナに怪訝な顔を向ける。
「あ・・・・・・うん。聞いてる聞いてる」
ここで聞いていないと言うと、再び長ったらしいうんちくを聞かされる羽目になるであろうと直感したルナは、適当に相槌を打つと共に話題を変えることに決めた。
「そ、そういえばさ。本当に、一面見渡す限りの森林だよね」
「あー・・・・・・そうだね」
ステラが頭を動かしてあたりを見渡す。
「目的地までの数字は見えてても、ずっと景色が殆ど変わってないから、本当に進んでるのか分かり図らいね」
「だから言っただろ」
後ろのほうからカルが声を掛ける。
「ステラの言うとおりだ、初めて地を踏みしめたときは感動こそ覚えたが、流石にこう1時間近く歩いてると飽きてくる」
いままでカルやルナがどんなに言い争っても口を開かなかったヌタルが急に口を開いたため、全員が驚いて殿を務める彼に振り向き、三者三様の驚いた表情を見せ付けた。
「ど、どうした・・・・・・急に」
「い、いや急にしゃべるから」
組み分けで始めてあった時からヌタルは口数が多くなく、何を考えているのかステラは良く分からなかった。
それは他の二人も同じようで――
「ああ、すまない。地球人とは喋り慣れてないんだ。何かおかしいところはあるか?」
「いや、特に」
カルが首を横に振るとヌタルは嬉しそうな雰囲気を醸しながら話を続ける。
「そうか、ならちょっと雑談でもしながら歩こうではないか足が止まっているぞ。時間は有限だ、有効に使わなくてはもったいない」
身振り手振りを交えながら流暢に話し出すヌタルを面食らった様子で見つめる3人だったが、ステラがフフッと笑うとカルとルナも笑い出す。
「な、なんだ!? やはり言語が変なのか! 騙したのか!」
ヌタルは握り拳を作った右腕を胸の前に出し右足を前に出す。ウルガノイドが行なうこの仕草は、自分は怒っているぞという意思表現であると、アオギリ=シグレが公開していた動画で言っていたなとステラは思い出す。
「なんでもない!」
ステラはそういうと目的地まで走り出す。
「おいちょっと!」
「ステラ!?」
カルとルナの台詞が被りおまけに両者ともステラの方へ手を伸ばした後、二人ともども彼女の後を追い始める。
「逃げるという事はやはり後ろめたいころがあるのではないのか!」
ヌタルが気魄のこもった声で叫ぶと彼もまた彼女の後を追って走り出した。