始動への転換期 ACT.3
「うひっひっひ順調に再生回数が伸びて行ってる~」
座席に横になってボフボフとしきりに体を揺らし、クッションを何回も頭で叩いている同僚を見てアオギリ=ソウヤは深く座席に腰掛けながら溜息を付く。
彼の溜息の原因は貧乏揺すりを一向にやめないで居る正面に寝転んでいる同僚ではなく(それもあるにはあるが)今しがた終えてきた仕事、それの後処理の件についてである。
「はぁ・・・・・・」
「どうした、同胞よ。誇り高き獣の風貌が台無しだぞ」
ソウヤが座っている座席から見て右斜め上、肘をふとももに置いて前かがみになっていた人物がスッと背筋を伸ばす。
その者は騎士を彷彿とさせる白い塗装を施された硬化輝質体で形成されたアーマーをその身にまとい、手は地球人とは異なるヤモリのような指が4本と全長が上腕部ほどしかない現在ではほとんど使う機会が無くなった、とされている副腕が二本胸部から生えていた。
惑星【ウルガス】の原住民、ウルガノイドのゾーノだ。
「誇り高き獣・・・・・・というよりただ単に目つきが悪いだけだと思うけどね」
先ほどまで仰向けになって執拗に貧乏揺すりを繰り返していた同僚がゴロンとその場で回転し、ソウヤの方へ顔を向けた。
本人曰く、前髪がどうしても跳ねるからという理由でインテーク型にセット。
亜麻色の髪を腰まで伸ばし、不燃性と耐衝撃性を兼ねそろえた青と黒色の輝質体繊維で織り上げ長袖ミニスカートワンピース型に、その服の各所にプロテクターを縫い付けた戦闘服を身に纏っている。
それと何を思ったのか12世紀~14世紀頃に登場したトレーンとよばれる服飾を付け、前から見るとミニスカートだが後ろから見るとロングスカートに見えるという少々奇抜に思える服装をしており、今は脱いでいるもののロングブーツでその身を固めている。
「昔はもうちょっと可愛かったんだけどなぁ・・・・・・」
ハァと彼女は溜息を付き、大げさな身振りでやれやれとばかりに首を横に振る。
「ソウヤ、そんな怖い顔じゃ彼女できないぞ?」
再び彼女は座席の上でもぞもぞと体を動かすと、ニッと輝かしい笑顔と共にお節介の言葉をソウヤへと送る。
「シグレ姉ぇ、その話何回言えば気が済むんだ・・・・・・」
「さっあっねー」
適当な返答でソウヤの質問をあしらうと再びシグレはモゾモゾと体を動かし仰向けの状態を取る。
アオギリ=シグレ。アオギリ=ソウヤの同僚であり同時に姉である、もっともプライベートでの言動のおかげでソウヤが兄と思われることも少なくなく彼女はそこが不満のようだが―――
(まあ、言動が落ち着いたものになれば良いんだろうがな・・・・・・)
ソウヤは苦笑する。三つ子の魂百までとはよく言ったもので一度付いた癖や習慣というものは中々抜けないし、変わらないものなのである。
「俺も人の事言えないしな」
自分以外には聞こえない程度の声量で独り言をつぶやいた後、白い手袋をはめた左手を目の前に持ってきて手を握ったり開いたりする。その度に耳を澄まさないと聞こえない程の極々少音だが、金属質のパーツ等が擦れ合い音が出る。
生身の体からは普通出るはずも無いその音は、彼の左腕がもうすでに生まれた時そのままではないという事を示していた。
「痛むのか、ソウヤ」
「いや、幻肢痛じゃない。ただちょっとな・・・・・・」
ソウヤは手を開きながら腕をひねったり、手首を回すなど一通り左手を動かし終わると、ゆっくりと左足の太ももに腕を置いた。
首だけを動かして座席の左斜め後ろ側に設けられた窓から外を見る。
窓の外は見ているだけで吸い込まれそうな程に深い闇が広がる宇宙。遠くのほうで星が瞬き、蒼い太陽が公転し続ける惑星を照らしあげていた。
ソウヤが乗船している宇宙船(といっても全長300m級等の馬鹿でかい巡宙艦ではなくもっと小さい個人用や小規模集団用の船である)の後方、スラスターで少々隠れてはいるものの、深い森林によって緑色に見える惑星が黒いキャンバスを背景に鎮座していた。
恒星エイベルを中心に公転する惑星の3番目に位置する惑星エイベルd、それがこの星の名前だ。
宇宙から見てもわかるとおり地表は深い森林に覆われており、水も存在しなおかつ生命体も発見されているらしく、宇宙では珍しいハビタブル惑星、生命体が現存可能な惑星の一つである。
その奇跡とも言うべき惑星へ、定期的に点滅する光とブースターから黄緑色のプラズマの尾を出しながら近づいてゆく物体がふと視界に入る。
元々ソウヤ達がするはずだった今回の仕事の後始末、原生生物と星自体に広まった[[rb:汚染> '']]の除去を引き受けた新人達が乗る船である。
「今年の新人達はどうかねー」
「結果が出るまでなんとも言えん、シグレよ」
西暦2055年3月15日。今日は宇宙という大海原に夢を抱き訓練に次ぐ訓練を受け、技術を身につけた者達が政府に自由に活動しても良いと認められるための試験が開催される日である。
「あ、そうだ。ソウヤはどうするの?教え子の件」
ヨイショという掛け声と共に勢いをつけてシグレは跳ね起きると足を組み、ソウヤの方を向いた。
「・・・・・・先延ばしにしても仕方ないからな。今回の試験で受かった奴、それも見所のある奴を拾おうかと思ってる」
「なるほどねー」
シグレは相槌を打つと両手を頭の後ろに組み座席へ深く腰掛けた。
「で、シグレ姉ぇはどうするつもりだ?」
ソウヤが問いかけるとシグレは明後日の方向を向き、うーんと唸ってから口を開いた。
「今回ウィズ系が居ないからパス。夏か秋頃のに期待してるって感じ」
「そうか・・・・・・」
シグレはソウヤと話し終わると次にゾーノに話しかけた。
と言っても内容はほとんど雑談に近いもので、最近の服装や食の流行についてだとかAMD社の新作がどうだとかアオギリ社の武器の購入検討等、取り留めの無い話ばかりである。
二人の会話を聞き流しながらソウヤは腕を組む。
彼は先刻、仕事終了から気になっている事が一つある。
そう、今回の新人達が受ける試験内容でありソウヤの仕事の後始末でもある除染作業の事だ。
とはいえ除染作業自体はそこまで難しくも無く、ソウヤ達が終えてきた仕事の危険具合と比べると蟻と象程の差である。
イレギュラーが存在しないならの話ではあるが―――
「――ヤ。ソウヤ。おーい、お茶」
熟考のために暗闇の底に沈んでいたソウヤの意識はシグレの声によって光が差し込む方へと引き上げられた。
ハッと彼が顔を上げると共に茶色い液体が入ったパックをシグレが投げた。
「お、ちょ。ッと」
胸へと投げられたパックを一旦両手のひらで作った壁で受け止め、勢いを殺した後左手でキャッチする。
「ふっぬっふ~ん。左手の調子はまあまあだね」
ニヤリと意味深な笑みを浮かべる姉に弟はふん、と鼻息で答えるとパックの中の液体を飲み始める。
パックの茶色の液体はつめたく冷えており、一口飲むごとにのどの渇きが癒され、焙煎された香ばしい風味が鼻腔を抜けた。麦茶だ。
「・・・・・・何か隠してるでしょ」
今までちゅうちゅうとパックを吸っていたシグレが目を細め、弟に鋭い視線を投げかける。
(流石にバレるか)
伊達に20年近く姉弟をやっているわけではない(まあ好きでやってるわけではないが)もう相手が何を考えたり悩んでいると言う事ぐらい手に取るように分かってしまう。
「どうせごまかしても無駄だろうし単刀直入に言う。今回捕獲した【インテグレート】グレードいくつだった」
麦茶のパックを吸うのをやめ、まえかがみになったソウヤは、姉に負けじと元々細いと良く他人に言われる目をさらに細め、シグレを睨めつける。
「グレードならA-付近だったけど、それ―――」
「取り巻き一部逃げただろ」
「でも居たのCやDランク【ホッパー】や【フラッド】タイプばっかだったし大丈夫でしょ。量は多いけどそれに緊急事態に備えてプロのバックアップもあるしとんでもない事にはならないと思うよ」
「だといいんだがな・・・・・・」
ハァと溜息を一つこぼし、背もたれに寄りかかるとソウヤは麦茶を飲んだ。
「あまり神経質になってもしょうがないよ。一応何かあったときの備えはあるから、ね?」
「まあ、そうだな」
後頭部をバリバリと掻いた後ソウヤは深呼吸をして気持ちを切り替えようと試みるが――
(やっぱり気にかかる・・・・・・)
【インテグレート】人類がエーテルを発見し、使役し始めてから突如活動域に沸き出してきたエーテルで体組織が構成された生命体、通称エーテル生命体と呼ばれる特異生命体の一種。
だが既存エーテル生命体とは思えぬ奇怪な性質を持ち合わしており、実際問題同種であると断言できるかどうかといわれると非常に怪しいと学会では論議されている。
―――エーテルに引かれ全てを侵し、取り込み変質させ増殖していく。
エーテルを伴わない単純な物理的アプローチでは完全に排除できず、行動停止に追い込む事ができたとしても残滓がその場に残り再び侵食を開始、増殖するまさに悪夢が姿をなした化け物。
侵食するのは生物に限らず機械や植生、最終的には鉱物や星すら喰らう。
侵食された動物達は姿を変え狂乱し破壊衝動の赴くままに辺りを滅茶苦茶にして、植物や鉱物は周囲をじわじわと汚染し続けていく。
無論ヒトもその毒牙にかかり容貌を変え、かつての仲間達に葬られていった。
彼等が何処からやって来て、何のため活動しているのか、全くもって解明されていない―――
ソウヤは肺腑の空気を全て吐き出し、座席に背中を預けると目を瞑った。悪夢が実現しないよう祈りながら。