始動への転換期 ACT.1
『毎回この企画を楽しみに待って要らしている皆さん、お久し振りです。アオギリ=シグレです』
亜麻色の髪を背中まで伸ばした女性は企画を楽しみに待っていてくれて居る視聴者に向かって頭を下げる。
『さて前置きはこのくらいにしておきましょう。早速今日のお題目ですが、転換期についてお話ししましょう』
女性は左手でこちらをどうぞとジェスチャーを取る。すると、白を基調とした部屋に青いホログラフィックパネルが現れた。
『2045年。今から10年前に発見されたと言われ、同年公式的に発表されたある【モノ】があります』
ホログラフィーが点滅し、図を表示した。
何かを指し示すパラメーターが左に付き、蒼く細かい光を放つ粒子の画像だ。
『エーテル。現オセアニア連合の生活を支えると共にエネルギー、資源問題をも解決せしめた神々が送りし奇跡とも言われています』
女性は腕組みをしたあとやれやれのジェスチャーを取った。
『まあ、神々が送りし奇跡は個人的には少々言い過ぎな気もしますが・・・・・・エーテルについての詳細な講義は今回の題目とはかけ離れているのと、エーテル力学の方ですでに詳しく解説しているので興味のあるかたはどうぞ閲覧していってくださいね』
女性はニコッと笑顔を見せた後コツコツと足音を立てて部屋中を歩く。その後をホロパネルが一定の距離を保ちながら追い続ける。
『エーテルが発見されありとあらゆる科学技術が過去のもとなり、また我々はエーテル抜きで現在の生活を維持できなくなりました』
女性は話終えると同時に、コツッと足音を鳴らして歩むのを止めた。
『話は変わりまして紀元前、いやそれよりももっと前に我々の祖先である原人達は火を手に入れました』
女性の後をついてきていたホロパネルに松明を持った人物画が表示される。
『時代は飛んで15~16世紀。欧州である【モノ】達が産まれました』
女性が腕を振ると人物画の上に黒い粉と大きな円盤に針がついた器械、そして文字が大量に並んだ板の画像が出現。
『【活版印刷】、【羅針盤】そして――【黒色火薬】。ルネッサンス期に発明されたこの3つは学問を進展させ、航海技術の向上し大航海時代を産み出し、そしてこれまでの戦争のあり方を変えました』
『歴史に【もし】と言う言葉はないと言われていますが、ここでは思考実験と称して【もしこの三大発明が何らかの事件等で無くなってしまったら】という出来事があったとしましょう』
『消失する時期は――16世紀中旬から17世紀初頭とします。するとどうなるでしょうか、17世紀初頭と言えば大航海時代真っ只中であり羅針盤による航海が非常に盛んでした。想像してみてください、貴方は船乗りで海外に荷物を運ぶ仕事をしています。ある日突然海路を示してくれる羅針盤が無くなりました、旧来の航海技術では確実に遭難してしまいます』
女性は目を瞑ってフルフルと首を振る。亜麻色の髪が絹糸の様に揺れ、照明の光を反射した。
『では次に活版印刷技術、いわゆる模写技術の消失により写本の作成に時間がかかり学問の発展が遅れると共に、今まで庶民へと渡っていた書物が無くなります、これにより科学技術の進歩も止まります。また今まで使ってきた黒色火薬の消失により当時使用されていたフリントロック銃もただの棍棒と化し戦争も旧来のものとなりるばかりか、発破を使用する採掘方法や地形整備もままなりません』
『さて、この状況でありとあらゆる人達はなんと言うでしょうか』
女性は右手を前にだし視聴者へ質問を投げ掛ける。まるで教師が生徒を見守るような柔らかい目線と笑みを浮かべながら。
『答えは非常に簡単、「三大発明が消える前の方が良かった」と。この三大発明は15世紀から16世紀に登場したと言われています、16世紀から17世紀にかけて人類は三大発明によりありとあらゆる物事に対して進歩しまたそれ無しには現状の生活を維持することが厳しくなりました』
女性は左手を振る。すると、青い残光を残しながらホロパネルが姿を消した。
『このように旧来の技術や考え方等の概念が新しいものへと劇的に変わってしまう事をパラダイムシフトと言います』
『パラダイムシフトはこの大三発明だけではなく、産業革命やエネルギー革命と言った出来事にも深く関わっています』
すっと人差し指を上げ、女性は再び部屋中を歩き始める。
『かつて人類は火を手に入れました。しかし火は燃料、可燃物がないと維持することができません』
コツコツと足音を立て今度は腰に手を回しながら女性はゆっくりと歩む。
『初めはだたの木に、しかし人類は新たな技術を得ようともっと高温で長く燃え続けるようなモノを探しだします』
『木の次は木炭に、木炭の次は石炭。そして石油に天然ガス、さらには原子力にまで手を出しました』
女性は歩みをやめ、両手を広げ大きく息を吸った
『しかし人類はそこで歩みを止めず新たなエネルギーを求め再び【パラダイムシフト】を起こしたのです』
『もうお分かりですよね?そうです、2045年に発見され同年利用法が発表さ――』
「――ラ、テラ!ステラ!」
ゆさゆさと体を揺すられステラと呼ばれた人物は目をゆっくりとあける。
「――ルナ? あれ、もう着いた?」
ステラは目をあけると同時に両手で握っていた端末のボタンを操作して再生していたプログラムを停止する。
「まー、そんな感じかな?あと15分位・・・・・・だったっけ? あれ?」
ステラはもぞもぞと体を動かして背後の窓を見る。
窓の外は漆黒の闇が広がり遠くには蒼い太陽が輝き、見る者の目を焼く。
ステラはその眩しさに耐えられず右手で顔を覆った。
「太陽が蒼い・・・・・・」
見慣れている橙色の太陽ではなく蒼く輝く太陽に神秘的な何かを感じたのだろうか、ステラは息をこぼした。
「そういや別の惑星系にステラ来たの初めてだっけ? 」
「いや、家族旅行で一度【ウルガス】に行ったことがあるくらかな」
「え、【ウルガス】行ったことあるの!? どんなところだった?」
「どんなって・・・・・・」
ステラはズボンのポケットへ端末を突っ込んだ後腕を組み、当時の想い出を脳裏に浮かべる。
母なる惑星とは違って辺りは薄暗く、地面はコケに覆われており太陽の光が当たっている場所に居てなお寒かった記憶がよみがえる。
「薄暗くて、あと肌寒かったかな」
「あーやっぱ寒いらしいね・・・・・・彼処」
ルナは頭の後ろに両手を回しステラの正面のにある座席へ深く腰かけた。
「逆にルナは? どっか行ったの?」
待ってましたとばかりにルナは椅子を軋ませ立ち上がるとステラの横へと移動した。
「えーと、鉱群小惑星帯でしょ。あと、エーリュシ――」
ガタッと音がしてルナがビクッと体を震わせた。その大きな音の正体は
「【エーリュシオン】・・・・・・本当に行ったの?」
前のめりになったステラが立てたものだった。
ステラはそのままルナに近づく。座席に深く突いた両手に力が籠りギシッと悲鳴が上がる。同時にステラのズボンのポケットから携帯端末が床へと転げ落ちた。
「う・・・・・・うん」
ルナはステラの剣幕にたじろぎながらも首肯する。
するとステラはルナの元へゆっくりと静かに近づいてゆく。
「どんなところだった!? やっぱり【ラーダ】達穏健だった?」
再び座席が軋み、ステラの顔がルナの頭へと近づく。
「えーーって近い、近い! ステラ近いってッ!」
ルナがステラの肩へ手を当て、自分から引き剥がそうとステラを押し出そうと力をいれた その時だった。