始動への転換期 ACT.9
重力によって地表へと引っ張られて硬い地面へと叩きつけられる前に、ソウヤは自身の腰に備え付けた装備に命令を入れる。
直方体の機関部から左右に二つづつ生えたスラスター部品、そこから高エネルギー放射による低温プラズマの尾が飛び出す。
バシュゥゥと言う音と共に高圧の衝撃波が放出され、発生した強烈な強風と砂埃がシグレと新人に迫っていたならず共の進行を遅らせると共に、ソウヤ自身の落下速度を殺すクッションとなった。
その後彼は、腰のベルトに取り付けた独鈷杵型の獲物を右手で握りんでから備わっている機能を起動した。
両端に存在する槍状の刃から構築性質を帯びた黄色いエーテルが展開されてゆき、硬質な素材で形成された片刃の両手剣が姿を現したのだった。
砂埃で出来た煙幕の中にソウヤは突っ込んでいき、正面に居たならず者の一人に斬りかかる。
始めに袈裟斬り、返す刃で水平斬りをお見舞いしシールドを削りきると、義手となっている左手を握りしめ、拳を作ると渾身の力で顔面を殴り付ける。
ドスッという鈍い音と共に、殴られた被害者は数m吹き飛び、地面に打ち付けられるとそのままのびる。
「うるぁぁあああ!」
そばに居た地球人 が雄叫びと共にプラズマブレード【Type:02】でソウヤへと斬りかかるが━━
「見え見えだ」
ソウヤは半身を捻ってその一閃をかわすと、再び腰に備え付けた装備。【スラスターキット】を吹かして、後方へ飛ぶ。
腰に備え付けたホルスターから【マテバ2006M】を取り出すと腰だめで敵の胴体めがけて引き金を引き絞った。
マグナム弾特有の重い銃声音と共に、先刻斬りかかって来た地球人 の体表を覆っているシールド表面に波紋が幾つか広がりノイズが走る。
弾倉に入っていた6発の弾丸を撃ち尽くすとホルスターに銃をしまい、再びスラスターキットを吹かして今度は、地球人 へと突撃していく。
「ッ!」
鋭い呼気と共に左手の黒い義手で殴りかかって完全にシールドを破壊した後、心臓めがけてソウヤは剣先を突き刺す。
握手から伝わる皮膚や筋肉を突き破る感覚を感じながら、ズブリとさらに深くまで剣先を男の体に沈めていく。
「カァゴフッ! く・・・そが」
男は悪態と同時に吐血するとがくりと体から力を抜き、そのまま動かなくなった。
ソウヤはそんな男に刺さった剣を引き抜くと、半透明な刀身に纏わり付く紅い液体を振り払い、その切っ先を残りのならず者に向けた。
「今すぐ消えろ。さもなくば、どうなるか分かっているだろうな」
ならず者達から見たソウヤの目には怒りでもなく哀しみの感情もない、ただただ虚無が渦巻いていた。
「ど、どうするよ。こいつアオギリ=ソウヤだぜ!」
ならず者の達の一人が逡巡し始めた。
「逃げるか?」
「バカ言え!」
リーダーと思われし人物が大声をあげて仲間を叱咤する。
「確かに名の知れた奴だが所詮若造でおまけに一人だ、宝の山があるのにお前らみすみすそれを取り逃がすつもりかぁ?」
「いやでも━━」
「つべこべ言うな! 全員で一気にかかればこんなやつ屁でもねえよ」
リーダー格はそう言うとアオギリ社の草薙とAMD社のプラズママシンガン【Type:09】を呼び出し、ソウヤへと銃口を向けた。
「つうわけだ、死ね!」
シュバババババ、と高レートで次々と発射されるプラズマ弾がソウヤへと襲いかかる。
「ちっ」
ソウヤは舌打ちを一つした後、時計回りに走りだし弾丸を避けようと試みるが―――
(クッソ、数が多い)
リーダーの射撃を合図に下っ端がソウヤをめがけて色々な種類のプラズマ系銃器で弾を打ち出してきたのだ。
ライホウや実弾銃器と言った炸裂による運動エネルギーで弾丸を飛ばす類いと違い、プラズマ系及びビーム系のエネルギーウェポンは反動がほぼないため、狙った場所に弾を飛ばしやすい性質がある。
もっともプラズマ系は弾速は遅いため遠方から動く対象にたいして撃っても当たらないことが多いが―――
今回は少々距離が離れているため減衰でシールドの耐久はそこまで影響がないものの、このままだとやがてじり貧になるのは目に見えていた。
(仕方ねぇ、調整面倒だが使うか)
覚悟を決めたソウヤは助走をつけてジャンプ、さらにスラスターを吹かして今度は空中でもう一度上昇すると巨木に斜め45°で張り付き、なんとそのまま走り始めた。
「こいつまさか・・・!」
「だからいったじゃないですか! あの[黒腕]ですよ! スラスターキット―――あばばっババ!」
喋っていた途中の男が突如奇声を上げ始めたと思えば、そのまま血煙となって消える。
撃った張本人であるソウヤの右手には機関部から陽炎を放つブルパップ式のコンパクトなエネルギー機関銃が握られていた。
「まず一人」
ソウヤは呟きながらいつの間にか呼び出していたプラズマ爆破を引き起こし破片を撒き散らす、ハイブリッド破砕手榴弾の安全ピンを引き抜くと、今いる巨木から別の巨木へと飛び移る途中でグレードを投擲する。
「グレネ―――!」
仲間の一人が警告を出した際にはすでに遅く、投擲時を見ていたリーダーと数名がその場から離脱し、残った者達が吹き飛び戦闘不能となった。
「残るは4人」
巨木から巨木へと飛び移り、また巨木に張り付きながら走り、三次元の立体起動で敵を惑わせながら右手に持った片手で持つには少々大きすぎるように見える機関銃で活性化した青白いエーテル弾をばら蒔く。
「あででペッ!」
「いいッ!?」
二人を蒸発させ、3人目にいこうとしたところで銃身から警告音が鳴り響く。どうやらオーバーヒート限界まで引き金を引き続けたらしい。
本来ならここで句切ってサブウェポンなりを取り出すのだが、生憎マテバは再装填が必要であり、おまけに立体起動と相性が非常に悪い。
(仕方がない)
3人目に限界まで弾丸を浴びせ蒸発させると同時に銃身からバチッという音と共に、軽い衝撃が右腕に伝わる。
それと同時にソウヤは銃を捨てるように投げ、エーテルへと変換すると共にしまうと、再び独鈷杵を今度は横に持ち万物分解 の性質を持つ青い光を放つエーテルで構成されたプラズマのブレードを展開した。
切っ先が二つあり、剣の腹が存在しないそのブレードは一定周期で光り、その姿はまるでガラス細工にように見えていた。
――――――
「凄い・・・・・・」
凄い、ただそれしか言えなかった。スラスターキットを使いこなすものはただの壁ですら戦術の一部としてしまうという噂や実際行っている動画をステラは見てきたが、実際に生で見ることはなかった。
樹から樹へと飛び移りながら下方に向けて銃を撃ち、手榴弾を投げ敵を蹴散らしていくその姿は頼もしく、そして恐怖とある種の懸念を見る者に植え付ける。
「凄いでしょ? 私の弟」
弟という言葉にステラは驚いた。
「え? 弟さんなんですか?」
「うん。正真正銘、血の繋がった弟だよ。まああんまり自分の事公表したりするようなタイプじゃないからね」
シグレは苦笑しながら手を振った。
「脚の応急処置は終わったけど、その左手は・・・・・・」
だらんと力なく垂れ下がるステラの左腕を見ながら困ったような顔でシグレが言葉を切った。
無理もない。確かにシグレが使う術式は単純な外傷、切り傷や火傷といった体表に存在するものならば動けるようにまで治癒することができるが骨折や脱臼といった体内にある損傷までは治癒が不可能なのである。
シグレの腕が良くないと言うわけでもなく、ただ単に技術が追い付いていない。そういった術式が存在していないのである。
「大丈夫です、特にこれといったのもないですし・・・・・・ッ!?」
ステラが体を起こそうとして顔を歪める。左肩に痛みが鋭く走ったのだ。
「はいはい、無理しても良いこと無いからね」
ぽんぽんとシグレがステラの頭を優しく撫でながら右手にアサルトライフルを呼び出す。
「でも、このままじゃ――――――」
敵に狙われます!と言うおうとしたところでブゥンという音と共に先程シグレが展開したセーフフィールドが発生する。
だが、先程と比べると規模が圧倒的に広い。しかも展開していたのはシグレではなかった。
彼女はプルバップ式アサルトライフルを両手に持ち、ステラの頭を撫でている最中である。ではいったい誰が・・・・・・
その疑問は背後から聞こえたクラック音が解決してくれた。正確には、【ラーダノイド】達の言語が―――
[ここら一体の封鎖と、ノービス達の回収保護は済んだ。シグレ、暴れてきても大丈夫だ]
ステラの視界の端に、自動翻訳された言語が表示される。
後ろを振り向くと、往年のSF映画映画に出てきそうな虫が擬人化されたような格好をしたヒトが二足歩行で此方へ歩み寄ってくるのが見えた。
歩く最中右手で指揮棒型の法撃具を振りながら術式を発動させ、左手からはパキパキと音を鳴らし、その合間に羽音を混ぜて一種のシグナルを作成していた。
地球で言う昆虫から進化した種族であるラーダノイドは声帯を持たず、基本的に同族同士ではフェロモンのようなものでコミュニティケーションを取る。このクラック音による会話は元々、特別な儀式に使うものだったらしいと言うことをステラはどこかの書物で読んだことがある。
生まれ故郷の惑星から出る者の数が少なく、地球でお目にかかれると幸運と言われる位には滅多に出会わない珍しい種族である。
「お、じゃあゾーノに任せて後はソウヤ手伝ってこようかな~」
頬に手を当てて考え込むような仕草を見せた。
[やるなら早い方がいい。後続が来てるぞ]
「あっ。じゃあいってくる!」
そういうとシグレはアサルトライフルを両手でもって、セーフフィールドの外側へと駆け出し始めた。
駆け出していくシグレの背中を見ているとなぜだか不安に襲われる感覚がステラの背筋に走る。
「安心しろ、同胞よ。私がついている、我が命に変えてもノービス達を守って見せる」
不安そうな顔をしているステラの横にいつの間にか現れた人影が腕を組ながら佇んでいた。ステラからは逆光になっており顔立ちがよくわからないので
誰なのか特定できない。
「だからそんな顔をするな」
そう言って彼はステラの目線と同じ高さになるようしゃがむと頭を彼女の頭を優しく撫でた。
「あなたは・・・・・・ゾーノさん!」
有名な傭兵を見つけて目を丸くするステラ、その表情を見たゾーノはニヤリと笑みをこぼし何か言いかけたところですくっと立ち上がるとある方向へ指をさした。
「見るんだ、決着が付くぞ」
彼が指差す方向では二人の男が斬り合っていた。ソウヤとならず者のリーダーだ。
「シッ!」
ソウヤが鋭い呼気と共に突きを繰り出す。それを何とかかわし、ならず者が斬りかかるが、ソウヤはそれを軽くいなして水平切りをお見舞する。
「くっ!糞がぁぁぁ!」
先程の水平切りでシールドを全損させられたならず者がヤケを起こし、頭上からソウヤを縦に二等分にすべくブレードを降り下ろした。
「だから、見え見えだっていってんだろっ!?」
ソウヤは啖呵を切ると、降り下ろされた分解性質で構成されたプラズマブレードをなんと義手の左手で受け止めたのだ。
(えっ!?)
プラズマを受け止める、そんなことはまず不可能である。ありとあらゆるものを分解する性質に変化したエーテルは構築性質で弾くか、他の性質を顕現させたエーテルで相殺する以外は防ぎようがない。まして受け止めるなど、今のエーテル力学ではほぼ不可能と言われている。
ひとつ方法として上げるならば外部からの浸食ではあるが、それにその浸食もランクSや規格外に与えられるEXレベルのインテグレートでないと不可能である。
驚いたのは見ていたステラだけでなく、受け止められたならず者も信じられないという目で受け止めた漆黒の左腕を見つめていた。
「運が悪かったんだよ。お前らは」
ソウヤはそう言うとプラズマブレードを男の胸に突き刺す。
突き刺された男は一瞬体を震わせるが、すぐにその体から力が抜けソウヤがブレードを引き抜くと同時に地面へ倒れた。
ソウヤはひとつ深呼吸をしてからプラズマブレードの出力を切ると、独鈷杵型の持ち手をベルトへと納めた。
「ふぅ・・・・・・」
ソウヤは溜め息を一つ付き右手で左肩を押さえてグルグルと回してからステラやゾーノの方を向くと、歩み寄ってくる。
その時だった。先程森の中で突如出現したホッパーに襲われた時のように、ソウヤの背後が歪み巨大な頭部のような影がステラには見えた。
「くっ!」
ようやく動かせるようになった脚をなんとか動かし、地面に落としたままのライホウを拾い上げると右腕だけで目標である出現前のインテグレートを照準し引き金を引こうとするが、ソウヤとインテグレートが重なって射線が確保できず、躊躇したその時だった。
恐らく自身の背後に出現することに気がついたソウヤがその場でスラスターキットを吹かし、空中に飛ぶとそのまま宙返りをし、射線が奇跡的に開く。
ソウヤ自信の直感によって背後に出現することを予期したのか、銃口を向けられたことによって知ったのかどちらかはわからないが射線は開いた。
ステラはサイトを片目で覗き、再び照準を定めると引き金を引いた。
活性化したエーテルが斥力性質と構築性質へと変化され一方は弾丸へと、一方は炸薬へと変わりチャンバーへと納められる。
炸薬が炸裂し黄色い半透明な弾丸が射出され、回転しながら飛翔し空中を進んでいく。
一方片手でライホウを撃ったステラは反動でひっくり返ると尻餅をつく。
放たれた弾丸は何の障害も受けず、狙った通りの場所へと進む。
顕現したインテグレート、【サイクロップス】は出現すると同時に目の前の地面へと肥大化した右腕を叩きつけた。が、眼前にはなにも存在せず、ただ地面が陥没するだけだった。
飛翔し続けた弾丸はついに、サイクロップスの単眼を抉り穿つとそのまま貫通し、背後の木々へと着弾した。
唯一の目を潰されたサイクロップスは左腕で目を押さえるとこん棒のような腕で辺りを闇雲に薙ぎ払い始めるが、それもあまり続かない。
ドゴッという打撲音と共にサイクロップスの動きがピタリと止まったかと思えば直ぐ様その巨体が揺らぎ、地面へと倒れる。そして、その向こう側にソウヤが巨大なブレードを降り下ろした状態で佇んでいた。