十七 恋に落ちた日 空の夢
母国スエーデンの第五王女として産まれた私は、政治や人事の様々な理由で、日本に身分を隠して隠れ住むこそになりました。その時、私の名を日本名、姫野聖に改名しました。それが十歳の時です。
幸いなことに日本での生活は母国から贈られてくる仕送りと、私に付いてきて下さった義兄様。そして使用人達が私の生活を支えてくれています。
しかし、当然ながら言葉の違う日本での生活には馴染むまでに苦労をしました。
「じぃ! 日本語の難解さ異常です。私もう勉強したくありません!」
私は毎日の日本語の勉強に飽き飽きしていました。そもそも十歳から他の国の言葉を覚えるなんて不可能です。
暑い夏の日。足をバタバタさせて、使用人長のじぃに不満を言います。私は子供でした。恥です。
ちゃんと勉強するべきだったのです。そうすれば.......コホン。
とにかく私は日本語を覚えたくありませんでした。
スエーデンの王宮にいる。大好きな姉様や母様に会いたいですし、日本に滞在するのも期限は特に決められていませんが、問題が解決し次第、帰ることも出来るようです。
勿論、帰るか帰らないか選ぶ権利は私にあります。国を追放されるような形でしたから。
でも帰れるなら帰りたい。それが私の願いです。
だからこそ、より私は日本語の勉強などしたくありませんでした。
ですが。
「姫様。日本に住む以上、日本語は必須でございます。それに姫様は覚えようとすればすぐに覚えられるはずです」
「だからじぃ! 私は覚えたくないと言っているのです! ......義兄様は何処ですか?」
この時の私は義兄様にべったりでした。優しい兄様が大好きでした。
だからつまらない勉強など辞めて義兄様とお話をしたかったのです。
「優聖様なら散策にお出かけになりました」
「散策!?」
散策。その言葉に私は胸を高鳴らせました。
来日してから、すでに数ヶ月、私は屋敷の外に出ることはありませんでしたから、外というものを見てみたかったのです。
私は言います。
「じぃ! 私も兄様と一緒に散策してみたいです」
「姫様には勉強をしてもらわねばなりません!」
じぃが頑なに引かないので、私も少しだけ折れます。
ため息を付いて喉を濡らして。
「.......ワタシ。ソト。ミタイ」
日本語でジィに頼みました。
毎日の様に教え込まれたので嫌でも覚えてしまいました。
じぃは私の日本語に驚きます。そして涙を流します。
「おおおーっ! 姫様! わかりました。このじぃ。姫様の頼み、聞き入れましょう」
「ありがとうございます。ですがじぃ。一人で行かせてもらえますか? 義兄様を驚かせたいのです」
「わかりました。姫様。変装を忘れないでください」
「分かっています。で行ってまいります」
そうして私は初めて屋敷を出ました。
......ふふっじぃはちょろ過ぎます。
義兄様を探します。
その一時間後。
「はて? ここは何処でしょうか?」
迷いました。
異国の地で一人はダメだったようです。ですが日が暮れればじぃが探しに来てくれるはずです。
ですがそれをしてしまったら、また屋敷に閉じ込められてしまいます。
困りました。もう一度じぃを説得する方法をかんがえないと行けません。
グゥ.......
お腹もすいてきました。朝ごはんを抜いて居るため力が抜けてしまいます。
私は電信柱に寄り掛かりながらへたりこみました。
「じぃ.......早く来て下さい」
『君? 大丈夫? お腹減ってるの?』
その時、声をかけられました。日本語で。それが......出会いでした。
私は咄嗟に警戒します。
そういう場所に住んできたので当然です。
しかし、私はその人を見て警戒をすぐに解いてしまいました。
なぜなら。
『昆虫ゼリーあげようか? 大量に買ったのに、カブトムシは食わないから捨てて来いって親父に怒られて余ってるんだよ。マジでひどいよね?』
その私と同い年位の少年の手に大量のゼリーがあったからです。しかも何故かくれようとしている様です。
優しい方ではありませんか!
私はお腹がとても減っていたのですぐに
「ください! お願いします」
と言いました。すると少年が首を傾げます。
『ん? あれ? マレーシア語.......かな? 違うか』
母国語のスエーデン語でしゃべっていました。咄嗟の時は仕方ありません。というか、そこまで日本語を喋れません。聞き取れもしません。
『とにかく。食べる? 食べない?』
無作為に差し出されたモノを見ると警戒するのは王族の性です。コレは仕方ありません。
仕方ないんです! 毒でも入っている可能性があるのが王族です。ましてや無償の善意など有り得ません。何かを企んで要るに違いありません!
『まさか! 毒とか疑ってる? 昆虫ゼリーに毒入れる小学生いないよ! .......仕方ないな~』
早口で聞き取れません。何を言っているのでしょうか?
わかりません。警戒は最高潮に達しました。少年の全ての動きに注目です。
すると少年はゼリーを自ら口に含みました。ゼリーを食べたのです。つまり毒は無いと言うことです。
それを少年は証明してくれました。......やはり優しいだけの方かも知れません。
少年は会話を諦めたのかジェスチャーを使っています。
そしてゼリーを食べたいかどうか聞いて要るようです。
食べたい.......食べたい。お腹へりました。でも人様に頂くなんて、はしたない事です。そんなこと出来ません。ええ出来ません。
......。
しかし少年は、私のお腹の音を聞いて楽しそうに笑うと、ゼリーを私に嗅がせてきたのです。ゼリーの美味しそうなその香に一瞬、口を開いてしまいましたが、すぐに自制心を取り戻します。
『お? 意外と我慢強いな、なら! こうだ』
「!?」
無理矢理口に入れられました。最初こそ驚きが強かったのですがゼリーの食感と甘い味を私の理性を飛ばしました。私は少年の手にあるゼリーを、一心不乱に食べます。
『っお? 何だ。お腹減ってるんじゃん。良かった。もっと食べていいよ」
少年は次から次にニコニコしながら私にゼリーを渡してくれます。
もう少年への警戒は消えていました。
一袋、食べた私は少年のてにまだパンがあるのを見つけました。ゼリーは美味しかったのですが、もう少しちゃんとしたものを食べたかったのです。
『お? まさか! ゼリーだけじゃあきたらず、俺の食料にまで目をつけたのか、そんなにお腹減ってるの? ホームレスとかじゃないよね。迷子.......だよな、綺麗な服きてるし。まあいいっか』
少年は私のことをジロジロと見てから結局、ニコニコ微笑んでパンを渡してきました。
食べていい見たいです。私はすぐにパンに口をつけます。
『よし.......じゃ。迷子でしょ? 君の家、一緒に探してあげるよ、俺も親父と喧嘩別れして、今ちょうど迷ってる所だし』
私は少年の手をとっていました。私より一回り大きい手。一回り大きい背。
何故か安心感を得る、少年の腕をしっかり掴みます。
『あっと、思ったより懐かれた? 美空に似てるからほおって置けなかっただけなんだけどな~』
少年と一緒に歩いた事は忘れません。常に私に気を使い、話しかけてくれます。私の屋敷を探してくれているようです。
そして少年は私を年下だと思っているようです。背は小さいですがおそらく同い年です!
って言いたかったのですが言葉の壁は超えられません。
結局、少年と歩いてる所をじぃに保護されるまで、私は少年と手を繋いでいました。
じぃが少年に何度もお礼をいっているとき。
「お兄ちゃん! いた~」
「あ! 美空だ.......と親父」
と、少年の迎えも来たようです。確かに私と同じくらいの妹も連れています。お別れの時が来ました。何だか淋しい気持ちです。少年の父親にじぃが挨拶と事情を説明している間に。
私は少年に尋ねます。
「ナマエ、オシエテ」
「ん? ナマエ? 日本語喋れたんだ。まあ良いけど、俺は星野空。君は?」
星野.......星野空様。私を救ってくれた優しい方の名前でした。その名前だけはけして忘れないように何度も口の中で反枢します。星野空様。星野空様。星野空.......様?
この時から私の前世の記憶が徐々に戻ります。ですが何より。
私はこの時、既に恋に落ちていました。ニコニコと優しく笑う微笑み、仕草や言葉の端端から醸し出る優しさに私はもうメロメロでした。兄様? そんな方どうでもいいです。不安な時に私を助けてくれた方。それが私の英雄。王子様。星野空様何です。高鳴る心臓を抑えて名乗ります。
「私は!」
「姫様!!」
ですが名乗る前にじぃに止められます。それを察知した空様は。
「あ! 良いよ。別に。じゃあね。『黒髪のお姫様』」
頭を優しく撫でられて顔をカァ~っと赤くしている間に空様は帰ってしまいました。
帰宅後、私を心配してくれていた義兄様の手を払いのけて、すぐに私はじぃに言います。
「日本語を勉強致します。じぃ教えてください」
私に日本語を覚える理由が出来ました。
それは星野空様にもう一度再会し、そして今度こそ私は空様と会話をし、名前を名乗ります。姫野聖と名乗ります。
徐々に思い出す記憶には、私と空様が結ばれてこう言います。
「.......。君の人生だけじゃ足りない。君の全ての可能性を俺に頂戴」
「はい」
それが私と空様の原点だとしたら前世の私は、なんて素晴らしい事をしたのでしょうか!
蘇る記憶が多くなるほどに、星野空様への気持ちも高まります。
恋しい星野空様。もう一度お会いしたい。そう願います。
そして同じく、蘇る記憶の中には空様が私とは全く違う少女と結ばれる記憶も有りました。
それは、私が何かを行動しなければ空様と結ばれることは無いと言うことでした。
私は日本語を覚えながら空様を探しましたが見つけることはてで来ませんでした。
前世の私中途半端ですよ!
愚痴を言いたくなるような日の中。星野空様の事を諦めかけていた3年後の春の日。
桜並木のしたで、不意に聞こえた音に振り返るとそこに星野空様が居ました。
視線を交差して一瞬、名前を呼びたくなりました。
ずっと思いだけを強くして星野様を探して居たのですから。
ですが、あの時の私は変装をして居ました。名前も名乗っていません。ここから始めるしか無いのです。
このあふれるほど強い思いを抱いて。隠して。
近付くのです。
「あの? 鞄落ちましたよ?」
懐かしい空様の香りが私の心を煽ります。ああ、ずっとこの日をどれ程、夢見たのでしょうか!
ああ! 私の人生は今ここから始まります!
「ぁ......!!.」
全速力で私の王子様は走り出しました。あれ? 嫌われてしまったかも知れません。
私の人生は今終了しました。
短い人生でした、悔いはありません。
嫌! ありますよ!! コレくらいでめげてなるものですか!
「まさか.......。ここで会えるとは思いませんでした。星野様」
絶対に諦めませんよ。
■■■■■
その出会いは運命的なモノなんかでは無かった。ごく普通のありふれたものだった。
特別と呼べるなんかじゃないものだった。
三年前の春、まだ俺、星野空が中学一年生だった頃の事だ。
小学校という六年の呪縛から解き放たれて中学生という確実に大人に近付くモノになる高揚感を胸に桜が舞う、並木道を一人、新たなステージへと歩ていた時のことだ。
要するに普通に進入生としての登校初日。
俺は彼女に出会った。それまで色恋には、てんで無頓着だった俺が彼女を見ただけで恋に落ちた。
ピンク色の桜が春一番で舞い散り、彼女の金の髪をサラサラ揺らし、そして新品のセーラー服のスカートをバサバサさせる。
その光景が言葉に出来ないほど美しかった。
持っていた鞄を地面に落として、ときめいた。
中学一年生の初日。俺は金色の少女に初恋をした。
そして。セーラー服のスカートを押さえた彼女が振り返る。
俺と視線が交差する。
少女の口が一瞬、開いてから数秒後。
「あの? 鞄落ちましたよ?」
そう声をかけられた。その声質が耳に心地好く響いて。
近寄ってくる少女の甘い香が鼻をくすぐった。
どこからどう見ても美少女のその少女は俺の鞄を拾って
「せっかく綺麗な鞄が汚れてしまいますよ?」
「.......ぁ」
優しい彼女の厚意に俺は声を発せない。
まだ子供で小学校上がり、異性に対して友達以上の気持ちを抱いた事は無い俺の、初めての好きという気持ち。その根源たる彼女に優しく微笑みかけられ、
......そして無様に落とした鞄を拾ってもらってる。醜態を晒していた。
そんな事実にボッチの荒波に揉まれていない、あの頃の俺が堪えられるはずも無く俺は。
「.......!!」
彼女をふりきって、全力で逃げ出した。壊れるかと思うほどの心臓の音。彼女の綺麗で大きな金色の瞳。
すべてにおいて俺の心を奮い上がらせた。ドストライクゾーンとはそのことだ。
因みに俺はこの時、鞄を置いて行ったことにより三年間ボッチとなるのだが、それを恨んだ事は一度も無い。
心地好い柔らかい感触。特に後頭部に感じるスベスベで柔らかい感触に俺は目を開ける。
どうやら眠っていたようだ。長い間『夢』見ていた。桜舞う日の記憶。そして.......
目を開けてまず入ってきたのは可愛い顔で俺の頭を撫でている姫野聖さん。
俺の初恋の相手だ。
「お目覚めになりましたか?」
「ぁ!? あああ!!」
わけのわからない言葉を叫びながら俺は起き上がる。ガンと姫野さんの頭と俺の頭を打ち付けた。
反動で姫野さんのふかふかふわふわな膝の上に戻る。
「ablmhgh!!」
「落ち着いてください! せめて日本語でお願いします」
「アバババ」
「それも日本語じゃありませんよ」
「アバ?」
姫野さんが優しく微笑みながら俺のことを抱きしめた。
そして。
「落ち着いて思い出してください。寝る前に何があったか、私はずっとここに居ますよ?」
そういった。
姫野さんの柔らかい身体に抱かれながら思い出す。
それは、リスティーとの喧嘩。ネネヘの気持ち。そして姫野さんとの和解!
あ!
「姫野さん.......もう大丈夫。離して」
全てを思い出して俺は、姫野さんにそういうと姫野さんは
「嫌です。星野さん。もう少し......このままで居させてください」
「うん.......でも胸当たってるよ?」
しかもね顔にね。姫野さんの無いようである膨らみがね気持ちいのなんのって。
「どうぞ、お好きなだけおさわりください。この身で貴方を満足差し上げられるのな本望です」
「えッと.......じゃあ」
良いと言われたな触らなければ!! という謎の使命感に駆られて俺は至高の膨らみに指をかける。
や! やわらかけー!!! 何コレ? え? やわらかけー!!
「どうですか?」
「サイコーです」
カチっ。
「どうぞ......直接」
「ひゃっほーい!!」
閑話休題。
ちょっと色々ネジが跳んでたので締め直しました。
まさか寝起きにあんなオアシスが.......ゲブン。
俺は胸を抑えている姫野さんに話しかける。
「ここは?」
「ここは私の個室です。星野さんがお倒れになったので不肖とは思いましたが運ばせていただきました」
姫野さんが「胸だけで良いのですか?」と言いながら教えてくれる。なるほど何処まで良いのだろうか?
違う違う!
「姫野さん。俺どれくらい寝てたの?」
「四時程です。たっぷり寝顔を堪能させて頂きました」
「堪能って.......そんなに顔つき良い方じゃないんだけど」
と。それはまあ良い。俺が聞くべき事は他にある。
向き合わなきゃ行けない事もある。だから向き合う。
「姫野さんは俺のことをす.すす......」
好きって事で良いんだよね?
と聞けない。「好き」の二文字が出て来ない。だけど姫野さんはニコニコしながら言う。
「はい。誰より愛しております」
「愛!?」
予想より一段階上で驚きつつ。話を続ける。
「俺も姫野さんがずっと......す、す、......好きだった。初めてあったあの日から一目惚れだった」
「私も、初めてお会いしたその時からお慕いしております」
さっきみた夢を思い出しながら、自分の変わらない気持ちを再確認して、その上である人物を思い出す。
俺にずっと好きと言いつづけてくれたネネの事を思い出す。悲惨な運命にありながらそれでも我慢し耐え抜き恋人にはなれなくても良いとまで言ってくれた少女の事を思い出す。
そして、銀髪の少女の事も.......いや、あいつは良い。思い出したらムカついてきた。
邪魔ばっかりですぐに怒って、いつも笑って.......そして初めて泣いていたあの顔......
「..............そっかぁ。そうだよな。リスティー。お前が泣くなんて相当、悲しかったんだよな」
「星野さん?」
リスティーの事を思い出すと、いつも笑っている時ばかりだ。俺がどんなに酷いことをしても言ってもリスティーは必ず側にいて笑っていた。そんなリスティーが初めて見せた涙。
俺はそれをほおっておいて誰かとなんて考えられない。
「ごめん。姫野さん。大好きだ」
「はい.......」
「でもネネの事も大好きだ」
「はい.......」
「それでも、リスティーが泣くのなら俺はリスティーとの『約束』を守るよ。そしたらリスティーがまた笑ってくれる」
だから決めた。
「行かれるのですか?」
「うん。戻るよ。リスティーに謝らないと」
「そうですか.......分かりました」
姫野さんが顔を下げてそういった。
俺はベッドから起き上がって姫野さんに振り返らずに言う。
「姫野さん。もしまだ俺を好きでいてくれるなら、必ず君の事も笑わせてあげるよ。だからお弁当、次も作ってよ。食べるから」
「!」
「でも。今はリスティーだ」
そういって俺は部屋を出た。姫野さんを笑顔にする方法なんてわからないけれど、俺は必ずその方法を見つけて見せる。そう胸にして。
俺と何処までも墜ちてくれると言った姫野さんとなら、どんな最低な結末でも乗り越えられる気がするから。
「フフフ。全く空様は、諦めさせてくれない方ですね。浮気者です。最低です。フフフ」
満月の輝きを見ながら姫野聖は微笑んだ。




