彼女のなんでもない小さな喜び
二話目です。話の間で切るときがあるので読みづらいかもしれなくなる時があります。
「ああ、今日から掃除当番じゃないのか。」
教室後ろの掲示板に貼られた一枚の紙を見ながら僅かながらの幸福に喜んでしまった。
ここ神前高校は月1で掃除当番が変わるのだが、”さ”から苗字が始まる私はあいうえお順で決められた担当に4月から引っかかってしまったのだ。
それに加え月交代で奇数クラスと偶数クラスがトイレ掃除を担当させらることになっており、1組である私は残念なことにトイレ掃除に当たっていた。
まったく、ついていないにもほどがある。
だが、その任も月が替わればしばらくの間おさらばである。
今はこの小さな喜びを噛みしめよう・・・恥ずかしいからひっそりと、ね。
階段を下り、三階の通路を渡ろうと角を曲がろうとした矢先、角から小走りの男子生徒とぶつかりそうになった。
ここは三階なので相手は一応先輩なのである。
先輩は「ごめんね」といいながら私の横を通り階段を下りて行った。
いきなり人とぶつかりそうになった私は、少し驚いてしまって何も言うことはできなかったが先輩は気にした様子はなさそうだったので、まあ良しとしよう。
再び角と向かい合ったが、また同じことで、今度はぶつかってもアレだったので角からヒョイと顔だけ覗かせてみる。
すると廊下には4月にはほとんど人がいなかったはずなのに、今は人であふれかえっていた。
昨月まではほとんど人がいなかったので先輩のいる階だったが気にせず通れたけれど、さすがにこの中を通る気にはなれなかった。
仕方がないけれど、一階まで下りてから通路を渡ることにした。
まったく非効率的なことこの上ない、と階段を下りながら頭の中で文句を言っていた。
1年のいる四階から特別棟に行くまでなぜ一階まで下りていかなければいけないのだろう。
もし目的地が特別棟の四階であったとしたら、少なくとも週の何回かは規則を破ってそのまま帰ってしまうところであった。
特別棟に入り階段をのぼりながら、いまだ貼られてある部活動勧誘ポスターをチラリとみる。
来年は私もこんなことをしなければいけなくなるのかな、と少し考える。
いろいろ考えているうちに私が所属している部活の部室の前まで来ていた。
本当に四階じゃなくて二階でよかった、と内心そう思った。
「よーっす。」
ガラリと扉をあけ、適当な挨拶をしながら物理準備室の中に入る。
私は映像研究部・・・略せば映研部か?に所属している。
部員は他に何人かいるが、今目の前に椅子に座り顔を正面から机に突っ伏して寝ている男子生徒がいる。
男子にしては毛量も多く、長い黒髪を机にのせている様は、まるで浜にうちあげられた海藻のようだった。
私は手前に置いてあった教科書を手に取り、その海藻を軽くたたいた。
もぞもぞと動いたと思ったら、それはゆっくりと浮かび顔をみせる。
しかし顔らしき顔は見えないのは、こいつが前も後ろも髪が長いからだった。
「んん・・・痛いよ~。寝てる人にそういうことしたら駄目じゃない?」
ふわぁ~とあくびをしながらまるで痛そうにしないでそう言った。
「扉あけて真っ先に目に飛び込んできたのが海藻だぞ。手元に叩けるものもあったし、なんか不衛生っぽかったから叩いてもしょうがないだろ。それにそんなに強く叩いた覚えはない。」
「海藻って・・・ここ内陸の県だし海要素ないよ?」
「うっさい、矢野。例えに正論で返すんじゃない。」
「ええぇ、ひどくない・・・」
覇気のない声をしているこの海藻、もとい男子生徒は映研部の部員である矢野楓である。
覇気のない声は寝起きだからしかたないかもしれないが、海藻要素は初めて会ったときからなので仕方ないだろう。
それでも、ふと少し悲しそうな矢野をみて不衛生だのなんだの言ったが言い過ぎたかな、と思い
「・・・いや、なんだ。ちょっと言い過ぎたかもしれないよな。ごめん。」
「・・・」
急に謝ったことに驚いたのか矢野は何も言わずこちらを見ている。
妙な空気の中、私は矢野の言葉をまっていると、ようやくしゃべり始めた。
「・・・あの、佐々羅さん?いきなりデレられても困るんだけど・・・」
「・・・もう一発、今度は思いっきり殴られれてみるか?」
「嘘です冗談です怒らないで殴らないで。」
手を体の前でブンブンと振る矢野に、冗談だと言って矢野の斜め前の席に座る。
これまでのアホみたいなやりとりに少し笑えて来て、矢野の方をチラッとみると矢野も笑っていた。