ルート回避した先は
「私、別に攻略する気ないから。安心して。」
それに、これが後発で発売されたものだと、攻略しちゃうとヤバいし…。
と、小声で呟いたあと、手を振りながらヒロインは学園を後にした。
攻略しないとの言葉を聞いて、ホッとため息をついて中庭のベンチに腰をかける。
これで、完全に死亡ルート回避できた。
良かった…。
でも、最後のヒロインの呟きって?
私は、悪役令嬢として、この乙女ゲームの世界に転生した。
前世の記憶を思い出したのは、6歳の誕生日。
父親が、義理の弟を連れてきた時だ。
後の攻略対象者の弟を見て、ここが乙女ゲームの世界で、自分が悪役令嬢だということに、気づいたのだ。
それから、私は、頑張った。
それはもう、自分の命がかかっているのだから、必死だった。
まず、弟は、可愛がった。
めちゃくちゃ可愛がった。
ゲームの中の私は、毛嫌いして顔を見るたび虐めていたのだから、その逆を行った。
いつも一緒。出かけるのも、お風呂も、寝るのも。
さすがに年齢が二桁いった時には、お風呂は嫌がられたが。
おかげで今でも、たまに一緒に寝てくれる。
次に、婚約者の、第三王子。
何でも出来る第一王子に対するコンプレックスを持っていたので、彼には自分に自信を持ってもらうことにした。
貴方は貴方の良さがあると、めちゃくちゃ褒め、たまに叱りもした。
ゲームの中の私は、彼の顔が好きだったらしく、ただただ付きまとってウザがられていたので、会うのは彼に呼ばれた時だけにした。
付かず離れずを、心がけた。
それでも、貴方が好きですよーと、会う度、呪文のように繰り返した。
おかげで、今では王子から「好きだよ」と囁いて抱きしめて貰えてる。
次に、後の近衛騎士になる男爵家の息子。
ゲームの中の私は、脳筋バカと罵っていた。
なので、罵らず彼の得意分野を褒めた。
彼が訓練しているのを見る度、スゴイ、強い、カッコイイを繰り返した。
彼を褒める語録がこれしか無かったが、問題無く通じた。
今では、学園を卒業したら、私だけの騎士になると宣言してくれる。
次に宰相の息子。
ゲームの中の私は、根暗だの、無表情だの罵っていた。
なので、彼が引きこもらないよう、外に引っ張り出した。
無表情にならないよう、笑えるように、楽しい話題も提供した。
それだけだと、ウザがられてそうだったので、彼の好きな読書の邪魔はしないようにした。
おかげで目が合うと、ふんわり微笑んでくれるようになった。
何故か、今では気がつくといつも私の視界の範疇にいるけど。
最後に、学園講師。
ゲームの中の私は、やりたい放題やってたので、まず自重した。
そして、真面目な生徒の見本のように振舞った。
休み時間に質問し、授業のお手伝いをし、講師室のお片づけのお手伝いまでしてたら、休憩時にお茶を振舞って貰えるまで信頼されるようになった。
そして、何故かわからないが、2人きりの特別講義をしてくれる。
本当に、頑張った。
まんべんなく、みんなに嫌われないように。
ヒロインが、どのルートに行っても断罪されないように。
おかげで、無事死亡ルートは回避できた。
これで心置き無く、楽しい学園生活をおくれる。
そう思い顔を上げると、攻略対象者達が並んでこちらに向かってきたから、笑顔で彼らに手を振った。
※※※※※※※※※※
「箱庭の夢〜捕らわれた蝶〜」
私がヒロインとして、転生したゲームの世界。
これは最初発売された時は、全年齢対象の普通の乙女ゲームだった。
所謂ヒロインが悪役令嬢の妨害を乗り越えてヒーローとハッピーエンドを迎えるというもの。
ただ、それだけだった。
内容と題名が合わないのでは?
と、いう問い合わせが殺到したと聞いている。
私も最初プレイした時はそう思った。
本当になんてことない、可も不可もない普通の乙女ゲーム。
ステキな絵師様と声優の豪華さで、そこそこ売れたらしいけど。
だがその後、ダウンロードコンテンツが発売された。
これを、プレイして初めて題名の意味がわかると言う触れ込みだった。
それはヒーローとエンディングを迎えてからの内容。
そして驚く事にR18設定。
勿論私はプレイした。
そして…予想は裏切られた。
幸せな甘々でちょっとエッチな新婚生活を期待してプレイしたのが間違いだった。
まずヒーロー達の闇が深すぎた。
彼らの闇は、前回のプレイで、ヒロインがちょっと甘い言葉を囁いただけで、癒される闇ではなかったらしい。
「ヤンデレ怖い」がプレイした乙女達の合言葉となったと聞いている。
そして、もう1つ。
…エロかった。
乙女ゲームとは思えないエロさだった。
乙女ゲームのR18は、もっと夢があっても良いはずだと、思った。
題名の意味はわかった。
ヒロインはヤンデレと言う蜘蛛に捕らわれた蝶そのものだったから。
愛という名のもとに、自由を奪われ、思考を奪われ、ヒーローの為だけに、存在していた。
愛さえあれば幸せなのか?
と、問いたくなる内容だった。
取り敢えず、ゲームの中のヒーローは、幸せそうだったけど…。
最初の全年齢の甘い乙女ゲームで、やめておけば良かった。
心からそう思った。
そんなゲームに私は転生した。
記憶を思い出した時は、絶望した。
ゲームの舞台になる学園に編入が決定した後だったから。
それでも、彼らにかかわり合わなければ、攻略しなければ私は、大丈夫。
そう、絶対にかかわらない。
そう決意して、学園の門をくぐった。
ところで、悪役令嬢役の子も転生者らしい。
早々に彼女に話しかけられた。
この世界はゲームの世界だと、説明を受けてから、自分は転生者だと言われた。
私も転生者だったから話は通じたけど、もしそうじゃなかったら、どうする気だったのだろう?
頭がおかしいご令嬢だと言われそうだが…。
まぁ、いい。
そんな彼女は、死亡ルート回避のため、色々頑張って、攻略対象者を手なづけたっぽい。
万全を期したけど、万が一の事を考えて、私に邪魔はしないし、協力するから、誰を攻略する気か教えて欲しいと言われた。
…彼女、ダウンロードコンテンツやってなかったのかな?
やってたら、私が彼らと、親しくしたいなんて思わないはずだし、彼女も全員と仲良くなるなんて、無謀な真似はしないはず…。
その事を問おうと、一瞬思ったけど、やめた。
折角、彼女が全員を落としてくれたのだ。
下手につついて、彼らを手放されたら困る。
誰も攻略する気は無いと、彼女に伝えて。
手を振ってその場を後にした。
この世界が、最初に発売された、ごく普通の乙女ゲームで終わる事を願って。
万が一、彼女が彼らに捕らわれても。
せめて、あのゲームの内容通りにならないよう、祈って。
「頑張れ。」
誰に言うわけでもなく。
そう口にして、家路に向かった。