第八話
不思議と達観した少年と話をすることで、私は以前のように……戻れた気がした。
「まだお昼か……とりあえずご飯食べたら、1週間放置してたフレイヤでも見に行こうかな。」
1週間引きこもっていたため、フレイヤをしばらく動かしていないことに気づき、自分の搭乗機の確認に行きたいという気持ちが芽生えていた。
――中央離着陸場、ハンガー
「さーてと、今日はお前のご主人様は来てくれますかねぇ?まー、俺が配属してから4日しか経ってないから、ただ単に長期休暇の旅行かも知れないってのもあるんだけどな。」
フレイヤのハンガーからどこかで聞いたことがあるような声が聞こえる。
そういえば、私が引きこもってた間に司さんから連絡が来て、フレイヤの整備員が変わったと言っていた気がする。
あの時の私はすべてがどうでもよく上の空だったので、今の今まで忘れてしまっていた。
「失礼しまーす……」
自分の搭乗機のハンガーだというのに、職員室に入る学生のような気持ちで恐る恐るハンガーに入る。
「おっ、今日は来たみたいだな。よかったな、お前のご主人戻ってきたぞ。」
フレイヤを整備していた男性が振り返る。
「あっ……あー!!」
新しい整備員は朝ふらふらとしている時に話していた少年だった。
「えっ!?おねーさん!?どういうこと?この戦闘機……おねーさんのだったの!?」
少年が素っ頓狂な声をあげて、驚いている。
「新しい整備員って君のことだったんだ……先ほどはありがとうございました。」
「さっきのことはいーっていーって。それよりも……えーっと、天音さん。4日前からこの戦闘機の整備をさせていただいている、夜桜 悠です。よろしくお願いいたします。」
悠くんが丁寧に挨拶をした。
先ほどまでのくだけたしゃべり方が嘘のようにきっちりとしている。
「ご丁寧にありがとうございます。改めまして、私は天音 楓と言います。これからよろしくお願いいたします。」
私も丁寧に挨拶を返す。
「そういえば、悠くんは今日この後ってお時間ありますか?」
「んー、まぁ、あるっちゃあるけども……どうかした?」
「えーっと、深い意味は無いんですが、朝みっともない姿を見せてしまったことの謝罪と、励ましてくれたお礼をしたいなぁ……なんて」
「やー、アレは本当に気にしなくていいのに。ぶっちゃけ俺も何かしてあげれた訳でもないしなー……ただ、話を聞いて、ありきたりな言葉を投げかけただけだよ?だから楓さんがそんなに気にする必要はないと思うんだ。」
「悠くんにとってはあまり気にすることではなくても、私にとっては凄く救われたっていう部分がありますので、迷惑じゃなければ……お礼としてご飯くらいはご馳走させていただきたいのですが……ダメでしょうか?」
「いやいや、迷惑なんてとんでもない!むしろ今、生活厳しいから凄く助かる!ご飯ならお言葉に甘えてご馳走になるよ。」
さりげなく、悠くんと呼んでしまったが……不快に思われて無いだろうか。
「それじゃー、楓さん、18時には俺の担当になってる機体の整備が終わると思うので、そのくらいの時間からでも大丈夫ですか?」
「はい。それでは、また後で。」
悠くんと食事の約束を交わし、離着陸場を後にする。
約束の時間が近づいてきたため、私は再び離着陸場に向かう。
向かう途中の通路で司さんばったり会ってしまう。
やましいことなど何もないはずなのに、何故か今一番会ってはいけない人と会ってしまったと思ってしまう。
「あ、楓ちゃん。もう大丈夫なの?」
「おかげさまでなんとか立ち直れた……ような気はします。」
「ふむ。まだ少し元気がないようだけど本当に大丈夫?」
「はい!大丈夫です。悩んでても仕方ないってことを教えてもらえたので。」
「そっか。それはよかった!じゃあ、これから快気祝いってことでご飯でも食べに行こうか。君に紹介したい人もいるしね~」
「あ、ありがとうございます。ですが、今日はこの後……約束がありまして……」
――しまった。
約束なんて言ってしまうと不要な疑いを抱かれてしまう。
ああああああああ……なんて失言をしてしまったのだろう……いやでも、私と悠くんの間に特別な何かがある訳でもないし、励ましてもらったお礼をするだけだから。
うん。何もやましいことはない。約束といっても特別な約束ではない。大丈夫。
「約束……?約束ねー……楓ちゃん彼氏でもできた?」
「ででで……出来てませんよ!なんですか突然!今日の約束っていうのは……フレイヤの整備員の方に励まされたので、そのお礼に食事を……と思いまして。」
「おや?もう夜桜くんに会ってたのか……いやね……僕が紹介したいって言ってたの夜桜くんのことなんだよね。でもって、相談なんだけど。僕もその食事一緒に行ってもいいかな?」
「私は別に構いませんけど……悠くんがいいって言ったらいいんじゃないですか?」
なんで司さんとの会話でこんなに緊張しなければならないのだろう……凹んでいた私への神からの試練なのだろうか……うぅ……
「まぁ、ここで話をしててもしょうがありませんし、離着陸場に行きましょうか。」
「うん、そうだねー。」
私たちは、離着陸場を目指し、歩き出した。
離着陸場の近くまで行くと、悠くんが疲れた表情で歩いていた。
「あ、楓さんと司さんじゃん。どうしたの?デート?」
「デートぉ!?私と司さんがですか!?ないない、それは絶対にありません!」
「そこまで全力で否定しなくてもいいんじゃないのー?僕のガラスの心が傷ついて立ち直れなくなっちゃうよー……」
悠くんに変なことを言われ、動揺し素っ頓狂な声が出てしまった。全力で否定したら司さんが『(´・ω・`)』こんな顔をしていた。
「あ、悠くん。この後の食事に司さんが一緒に来てもいいですかって言ってたんですけど……大丈夫でしょうか?」
「ん?あぁ、いいよ。食事するなら人数多いほうが賑やかになるしね。」
司さんが食事に参加することを快諾していただけたことに私はホッと胸をなでおろした。
ここでもし、嫌だと全力否定されてしまっていたら、今後気まずすぎる状態になることが避けられて素直によかったと思う。
「よかったですね。司さん。」
「う……うん……喜んでもいいのか、なんか微妙な感じだけどねー……」
「なら司さん参加しない?俺は別にどっちでもいいんだけど?」
「参加させてください。」
シュバッと音が出そうな勢いで司さんが土下座していた。
なんだろう……前はかっこいいと思えたのだが……この人かっこ悪い気がする……私たちは戦闘機のことを話しながら、悠くんへのお礼という名目の食事をするため、予約していたレストランへ向かった。