第五話
もう……帰りたいな……このままの状況で帰ることは、元来た道を引き返せばいいのだから可能だろうけれども……先ほどの獣と遭遇することを考えると……現在位置が分からないけれども……進んだほうが、森を抜けれる可能性は高いかも知れない……また、このまま帰ってもまた成果が何もなく、ただ命の危険を体験するだけになってしまう。
今回の経験がトラウマになってしまうことも怖い……ただ、今の状況だと一度殺されるという死のイメージを植えつけられたこともあり、このままの探索は厳しい気がする。
こんな時に……司さんじゃなくても、他に誰か居てくれたら……心強いのだけども……今回は独断で一人で来たため、支えてくれる人もいない。
この場所でへたり込んだまま、進むことも戻ることもせずに、思考をやめるのはとてつもなく簡単なことだろう。
その場合は死が訪れるのをただただ、待つことになる。
私は深呼吸をして、心を落ち着かせる。
先に進もう、そう考え、立ち上がろうとする。
近くの木に自分の身体を支え、足に力を入れる……先ほどの経験で身体が思うように動かないのか、力が抜け、倒れかける……
地面に手をつき、再度深呼吸をして、立ち上がる。
足ががくがくと震える。
それでも……私は渾身の力を振り絞り、前に進んだ。
それから、また1時間ほど進み続ける。
森が開け、上空から観察していた建物が見えてきた。
「やっと……抜けられた……」
ふらふらとした歩みで建物に一歩一歩近づく。
建物まで後50mくらいの距離のところで、私は倒れた。
身体が重い……もう……疲れた……動け……ないよ……視界は闇に閉ざされ、私は意識を失った。
◆
意識が覚醒する。
目を開けても、暗い。
腕を動かそうとしたが、縛られているのか動かせなかった。
同じように足を動かそうとしても動かせなかった。
また、声を出そうとしたが、口が何かに覆われており、くぐもったうめき声しか出せない。
視界がなく、身体も固定されているのか動かせない。
声も出せない。
「おや、目を覚ましたのでしょうか。」
誰かの声がする。
「ちょっと失礼しますよっと」
身体がまさぐられる……不快な気持ちが湧き上がってくる。
「っと、あったあった。えーっと……名前は……天音 楓……」
読み上げている内容から、私のIDカードを読んでいるようだ。
IDカードのことが分かるということから、相手も私と同じ、アクアの人間ということが予想できた。
「んー……!」
口を覆われているため、言葉にならないくぐもったうめきしか出せないのが歯がゆい。
「あー、お前うるせぇわ、ちょっと黙ってて」
頬を左から思い切り叩かれる。
叩かれた勢いで右側に飛ぶ。
腕とかを地面に擦ったようで、擦った部分が傷む。
痛みと悔しさから涙が出てくる……視界もなく、手足が拘束され、声も出せない状況に絶望する。
一人で来たことをこれ以上ないくらい、後悔していた。
「え?何?泣いてるの?あーあー、うぜーな……マジでうぜーわ……」
呆れたような口調でつぶやき、私の頭に円筒系の細いものを押し当てる。
形状的に考えられるものは……光学銃の銃口……だろう……銃口が押し当てられていることを認識したら、身体がガクガクと震え、徐々に周囲の音が聞こえなくなっていく……最後に聞こえたのは、居るはずのない……司さんの声だった。
「楓ちゃん!楓ちゃん大丈夫!?」
身体が揺さぶられる……目を開けたら目の前に司さんが居た。
「どう……して……?私……ここには……一人できた……はず……なのに……」
嗚咽で言葉が途切れ途切れになる。
目からは涙が溢れ、視界がぼやける。
「楓ちゃん。知ってるかい?ヒーローって言うのは遅れてくるものなのだぜ。」
いつもの調子で司さんが笑う。
「つか……さ……さん……あの男は……?」
「あー、あいつはね。僕が思い切り殴りつけたら、そのまま気絶してねぇ……そこで伸びてるよ?」
言いながら、私を縛りつけた男を指差す。
「無事でよかったよ。さて、一度帰ろうか。っと、その前に……」
司さんが気絶した男の手足を縛り動けないようにする。
「これでまぁ、しばらくは大丈夫じゃないかな。」
両腕を後ろ手に縛って、両足をヨガのような感じで頭の後ろに回して縛っていた。
司さんのえげつなさもだけど、男の柔らかさもおかしくって、笑ってしまった。
「じゃあ、改めて帰ろう。フレイヤはどこに着陸させたの?そこまで送ってくよ~」
「あ、ありがとうございます。フレイヤは森林を抜けた先の平地に着陸させて光学迷彩で隠してます。建物があったので知的生命体とかも居ると思いましたので……」
「光学迷彩で隠すのはいい判断だね。それじゃ、送るから乗って乗って。」
私は司さんの戦闘機ブリュンヒルデに乗り込み、フレイヤのところまで送って貰ってから、フレイヤで離陸した。