急章 20 ラストボス
町の公園のベンチ。テーブルのある席に座った。公園の場所はそうだな。街の北側ということろかな。僕の家は南にある。
部屋から出てくるとき、持ってきたノートがある。二日目に書いたノートだ。君に言われてつけていたノート、この街の地図を正確に映し、壊された地蔵の位置がかいてある。しかし、すべてが書いてあるわけではなくて、半分ほど、六十二個がかいてある。そのほとんどは南側の部分だ。北側にはまだ書かれていない。
僕がやることはまず、このノートを完成させることだと思う。扇の足跡をたどる方法はこれだろう。
「よし、そろそろ行こうか」
ノートを閉じて、僕は君がたどったであろう道を探し始めた。
壊された地蔵を見つけることはそんなに難しくなかった。君が記した位置に向かうとその位置は確かに合っていて、実はその近くに次の地蔵はすぐ見つかった。どうやらそれぞれの位置はつながっているようだった。
順調にノートは埋まっていき、きみが壊したという百個の地蔵は間もなく見つかった。ノートに書かれた赤い印はものすごい数になり、ほとんど間隔がないので印は数珠つなぎになり、線にもなってきた。
「これはさすがに僕もわかるな」
探している時から察しはついていたが、こうして地図でまじまじと見ると、それは見るも明らかだ。
丸字に星。陰陽道で言う五芒星だ。町の外枠に沿って地蔵が配置されている。
「これってもしかして、この街が守られてる?」
僕もいろいろ勉強してきた。五芒星とは魔を払う効果がある。反転させると逆に魔を強めるデビルスターとなる。今の五芒星はもはや破壊されていて何の効果もないだろうけど、かつてのこの街は誰かが意図して守っていたんだろうか。
今のこの街は誰からも守られていない。扇の目的はそれだったのかもしれない。
僕は何だか無性に空からこの街を見渡してみたくなった。
できるだけ人がいない、山奥に足を運んで、その場から空を眺めた。
空から見ると、この街は緑が多い。というか山が多いんだ。町の外周に沿いながら眺めて、星形をなぞりながら目を走らせて、いくつも山を通り過ぎた。その中でも一番大きな山がある。丁度それは五芒星の真ん中に位置していた。
気になるものが見える。僕の知らないものがそこにある。一番高い木に何かある。
地面に戻った僕は目的の場所に向かった。ここからすぐの場所だ。
もう、昼時はとっくに過ぎていた。しばらく何も食べていないから少しおなかは減っている。でも僕の場合はそれで考えがうまくまとまらないなんてことはない。糖分がないとうまく脳が働かないというが、僕はそれよりも食事で満足してしまうと、何も考えようとしなくなるのだ。腹ペコのほうがストイックな考えができる。
「あった。あれだな」
目的の山に到着し、見上げた杉の木のてっぺんには小さく木の箱が見えた。
十数メートルあるだろうか。それでも僕にとってはひとっ飛びだ。
箱を持って降りると、それは箱というより祠って感じだった。中には金属でできた五芒星、丁度この街のものと同じ奴だった。
「これではっきりした。五芒星の要はこれだ」
そう、五芒星だと地図で感じた時、おかしな点が一つあった。陰陽道はどちらかといえば神道なのに、地蔵は仏教だ。地蔵だけで五芒星が力を発揮できるわけがないのに。
要があるなら、あの地蔵たちはただの線を作る石のような役割だろう。中心にあるこれの力を拡張させるものだろうか。
「扇は、きっとまたここに来る。これがあるなら来るはずだ」
彼女は翠さんに何の目的で地蔵を壊させたのかが、これで分かった。多分、合ってるだろう。
「そうだよ。合ってるさ。私が探していたのはそれ」
聞き覚えのある声。姿を見るのは初めてだが、確信する。
この女が、扇。
「誰かが見つけてくれるのを待ってたんだけど、やっと見つけてくれたか。ねぇ、それをくれないかな?」
「ただでほいほい渡すほど、愚かじゃないつもりだ」
持っていた五芒星をジャージのポケットにしまう。
扇のことはアイアスや翠さんから聞いている程度だった。が、その見た目は案外普通だった。
普通というか、なんというか。スーツだった。レディスの。
「ん?この服のこと?いろいろ着てみたんだけど、この服の人が一番多かったからこれにしたんだ」
なるほど、カモフラージュってことか。
「そうそう、カモフラージュ。人を隠すなら人の中ってねぇー。ま、人じゃないんだけど」
!ちょっとまて、僕は言葉を発していない。それにこの僕の見透かされる感じはいつものそう。
「あんた、覚の力を持ってるんだな」
「うんそうだよ。クソ天使から聞いてるでしょ。私は魔物だって」
そういうと、対峙している扇の姿が揺らめきだした。
「ほら、こんなこともできるんだよ」
そう言って不気味に僕の耳元に息を吹きかけた。そのころには揺らめきはおさまって、扇の姿は消えていた。
「これさぁ、ぬらりひょんからもらったんだ。こうぬらーりくらーりする奴」
そうか、その場にいて見えているのものは幻。誰もその存在をつかめないぬらりひょん。
「ねぇ、渡してくれないの?」
僕は扇に後ろから抱きつかれたような姿のまま脅された。首には扇の右手の爪が当てられている。長い爪が僕の喉に食い込み、血が爪をつたっている。
「私、テウクロスの比じゃないくらい強いよ?多分君も瞬殺できる」
依然、爪を当てられたまま、脅される。すると、突然ぱっと解放された。
「そうだ。じゃあ取引にしようよ。君の知りたいことは教えてあげる。その代わりにそれ、ちょうだい」
突然離されて、前に二三歩よろめく。振り返ると彼女は両手を前に出してせがむようなしぐさをとっていた。差し出された両手、左はきれいな女の手だが、右は爪が長くとがっていて、ひどく不格好だった。
僕に、他に何ができるだろうか。
「解った。これは渡そう。でも先に僕の質問に答えてくれ」
「おっけい。いいよ。いって?」
きっとこれは渡してはいけないものだろう。かといって僕が拒めば実力行使に出るんだろう。それならば、いっそ…。
「まず、聞かせてくれ。翠さんに、覚の力を渡したのは…あんたなのか?」
ある程度察しはついていた。偶然で君が力を手に入れるわけがない。何か黒幕がいたはずだと。そして話で聞いていた扇って奴がどうしてそんなタイミング良く出てこれるんだと思っていた。そして、今。覚の力を目の前で見た。確信だ。
「違うよ」
真顔で、言った。違う。こいつじゃない?
「嘘嘘。私だよ。私があの子に力を貸しつけたの。近づく口実でね」
僕は放心していた。この女にはついていけない。それでも彼女は続ける。
「あの子にあげたのは覚の力。ほんの一部だけだったけどね。理由としては…、んーと、やっぱりそれを手に入れるためだったかな。その為に働いてもらった。
ああ、地蔵壊しね。実はね、あれのせいでこの街には悪魔や妖怪が入ってこれなかったの。厄介な代物なんだよねその五芒星。でもさ、私たちにとって余計なものでも利用価値はあるの。特に私みたいな魔物なんて呼ばれてる奴はさ、喉から手が出るほどほしいもの。
そんで目をつけたのが、あの子ってわけ。翠さんって呼んでたっけ?あの子に地蔵壊してもらってようやくこの街で自由に動けるようになったの。それまではここにいると変な頭痛がするっていうか、体が重かったんだよね。でもね、一つ誤算があったのは、地蔵壊すことであの力が翠ちゃんに定着していったんだよね。一時のはずが持って行かれちゃった。ということで、貸しつけてその利子を回収するっていう、一般的な方法をとらざるを得なくなったの。
そんでこの間、その利子が回収し終わって、帰って来たわ。何?なんか死にそうにでもなったわけ?二か月くらい前に一気に回収できたわ。でもね、時すでに遅しっていうか、帰ってくるなんて思ってもみなかったから、他の覚からまた力奪っちゃったんだよね。だからいらなくなった。
どうしようかと思ってたときにいいこと思いついてね。君たちがいちゃいちゃしてるとこを見たんだよぉ。それ見てなんかうっぜぇと思ってね、ちょっとちょっかい出すことにしたんだ。丁度クソ天使の下僕も言葉使って懐柔できてたし。こりゃいいやってんで、君たちにぶつけてみたんだよ。そんで見ていたら、君たちマジで弱いんだわ。だからもっと後に翠ちゃんにあの力を上げようと思ってたんだけど、ついついあの場で渡しちゃった。それでもまだまだだったから私が出張ってあげたんだよねぇ。感謝してよ?これは言い過ぎか。今のは忘れてね。
あ、でもね、今度は代償とか要らないから。あの家燃やした奴で勘弁してあげるよ。燃やしたのは私じゃないよ?テウクロスだからね。あいつ勝手に先走りやがってと思ったよ。
天使の手紙は私がテウクロスに書かせたものだった。まぁまぁの出来だったかな。どう?これくらいかな、君の聞きたいことは」
当然と言えば当然。僕の聞きたいことなど扇にはすべて解っている。僕もそれは承知していた。
こうなれば、僕ができることはもう一つしかない。選択肢は一つ。これを渡すか、渡さないか。
ポケットに手を突っ込み、右手で五芒星を握りしめる。
僕がポケットから手を抜いたとき、僕と扇の間に誰かが介入してきた。
「またかクソ天使共が。そろいもそろって、この野郎」
白い、白い。何枚も折り重なった羽が見える。それはいつか見たものと同じ、天使の象徴だった。
「扇・ソラステム。お前は秩序を乱しすぎだ。もう逃げられない」
五人いた天使の一人が言い放つ。それと同時に扇は逃げ出した。逃げるというより、消え出した。空間に裂け目ができて、その中に消えていった。それを追い、天使たちも中へ消えていった。
「お前は、アイアスの残しものか」
一人、扇を追わずにその場に残った、パーカーとジーンズのその男は僕を一瞥してそういった。
天使の中ではその服装がスタンダードなのか。
「ほう、あの状況で渡さなかったのか。感心する度胸じゃないか」
僕の右手をのぞきながら言うその男は、アイアスみたいに僕らと同年代という風じゃなかった。もう少し大人な感じがする。
僕の右手には五芒星が握られていなかった。それはポケットに入ったままだ。
「あなたたちは、天使?」
僕は見てわかるような質問をしていた。
「そうだ。天使だ」
「じゃあ、僕は本当に殺されるんですか?」
僕はアイアスから力をもらっている。それは人にあるまじき力だ。僕は殺されるのが筋ってものだろう。覚悟はできている。
「うん。まぁ、殺すって言い方は俺たちの間じゃ使わないんだが、言うんなら、殺さない。君と、もう一人は特例で殺さないことになった」
話を聞くと、僕と翠さんは殺されないことが分かった。どうやらアイアスの心意気を尊重してのことらしい。
「だが、それはもらっていく。ここに置いてあるんじゃ、いつまた扇が狙ってくるかわからんしな」
僕のポケットから五芒星がひとりでに出ていく。一人でではないな。おそらくこの男が何かからんでいる。
「俺もそろそろいきましょうかね」と言って、男も前にはまた裂け目が現れた。それがどこに繋がっているだろうかなどは、解るわけがない。天界だろうと魔界だろうと、どこえだって行けばいい。僕はどうせここにしか居るつもりはない。
見ていて人が消えていくのはまだ慣れるものではなかったが、それでも消える者は消える。
この場にはもう僕一人になった。
「うーん。いろいろあったな。どうしようか」
本当にこの一瞬でいろいろあった。僕の中ではまだ完結していないんだが、とりあえず、これでもう殺される心配はないんだな。
「これは、あまり翠さんには話ができそうにないな。しばらくして、ゆっくり話していこう。その時にはもう、落ち着いているだろうし」
僕は、ゆっくり山を降り始めた。この山を下りてもまだまだ家までは道が長い。その間は何を考えようか。
「そうだ、今日の晩御飯何にしよう。ここしばらくしっかりしたのを作れていないからな。久しぶりに手によりをかけようか」
そんなことを考えながら僕は山を降り、帰路に着いた。




