急章 16 殺意
彼らのいそうな場所は、おおよそ僕にも検討は付いていた。アイアスを探す時も、意図的にそこには近づかない様にはしていた。おそらく君もそうだったんだろうけど。
私立城西高校グラウンド。初めてアイアスにあった場所であり、君の物語の本当の始まりだった場所でもある。
やつはやはりその場所にいた。グラウンドの中央、仁王立ちで構えていた。
「一応約束の時間まであと十四時間と数十分あるが、いいのか?」
「約束の三日間って、あんたが僕たちの前から行った時から換算してたんだな」
正確な時間まで覚えてるなんて、やっぱり公務員向きの性格してるよ。と僕は前の男に投げかける。いや、男かどうかもわからないか。
「扇はいないのか?」
「あいつは来ない。直接的には何も関係ないからな」
辺りを見回してもやはりその姿はなかった。
しばらく沈黙が続くが、なにも起こらなかった。ただ立ったまま。
「私たちを殺そうとしないの?」
「殺すさ。もちろん殺す。だけどまだ時間じゃない。約束の時間まで俺からは何もするつもりはない」
ただし、お前らが俺に直接なにかしたら話は別だ。俺はそういう約束をあいつとした。と続けた。その時、君はぼそぼそと何かを言っていた。やはり、とか。そうならば、とか言っている。もしかしたら、君の言っていたチャンスってこのことかもしれない。こちらから仕掛けられるタイミングはここだろう。
いちいち律儀だけど、なんだか好感がもてそうだ。こういうところ、うちの両親に見習わせたい気もする。あの二人は適当だからな。
「なるほどね。こちらから手を出すまでは何もしないのね。ねぇこの際だから少し話しないかしら」
「俺にはお前らとする話は何もない」
「そう、じゃあ私が一方的にするから聞いてくれるだけで構わないわ。
あなたはシェイプシフター。まね妖怪。対峙する相手のもっとも苦手な姿に強制的に変化する力がある。変化といっても姿形のみが変わるだけだから変化とは違う。自分から見える自分は自分でしかないから、動き、特性などはすべて本体の力沿う。ここまでで、何か違うところはない?」
「…」
まったくの沈黙を守る。ここまでの情報は与えられたヒントと図書館で調べた内容からによるものだった。当然僕も知っている。
「ちなみにあなたのことはシェイフシフターと呼べばいいかしら」
当然、まただんまりなのかと思っていたら、以外にも返事が聞けた。
「テウクロス…。モデルネームは好きじゃない」
テウクロス。あいつの名前だろうか。それにモデルネームというのはシェイフシフターのことなのだろうか。
「テウクロス…か。ふふ、心底アイアスを敬愛しているみたいね。テウクロスっていうのはアイアスの異母兄弟よ」
「異母兄弟か。でも実際に血がつながっているはずはないよね。天使と妖怪なんだから」
そう、アイアスは天使だった。このテウクロスは妖怪だ。そこには大きな差があるだろう。
「黙れ、勝手なことを言うな!お前らに彼の何がわかる。俺の何がわかる。たかだかモデルの違いで、差別される世界の何がわかる!」
「わかるさ。テウクロス。あなたが言ったことでだいたいのことはわかったよ。あなた…、下っ端の下っ端だね?」
「黙れアバズレ。人間ごときが口をはさむな!」
差別されるような社会において、差別されるって考えるやつはたいていヒエラルキーの下層にいる。上にいるやつには解らないものさ。
だから思いっきり殴ってやった。
「誰のことをアバズレっつったぁ!」
あいにく差別されてるなんてたいして感じたことのない身なんで、話はてんで頭に入らなかったさ。その分、悪口がすげぇ頭に残った。頭にきたさ。僕の彼女の悪口は許せないなぁ。
なるべく意識して全力で右ストレートを顔面にぶちこんだ。体重の乗ったいいのが入ったと思う。その甲斐あって、グラウンドの端のバックネットまでやつは飛んで行った。でもこれで話は終わり、僕は自身の拳で残りの余命を殴り飛ばしたようなもんだった。これから死合いが始まる。
「君という人はもう少し忍耐を覚えたほうがいいよね」
「ごめん。でも我慢ならなかったんだ」
「いいよ。別に謝ってくれなくていいから」
「え、でも残り十四時間くらいを棒に振った形になったじゃん」
「だからいいの。君が殴らなかったら。私が蹴り飛ばしてたから」
僕たちはグラウンドの中央で並んでテウクロスが起き上がるのを見ていた。その姿を見ながら僕たちは話を進める。
「前のときに君がやられちゃったのは戦い方がなってなかったから。その分テウクロスはかなりプロフェッショナルだったし。単純な力関係は圧倒的には君のほうが上なのは間違いない。ようは冷静にやれば負けないってこと。私もいるしね」
「大丈夫だよ。ここに来るまでで一緒に戦略立ててくれたから。ここは生き残るさ」
差はどんどん迫ってきている。僕らは少し距離を離して臨戦態勢に入った。
基本的には僕と奴との肉弾戦になった。僕には武術の心得なんてなくてそれでも要所要所での君の声で僕は何とか渡り合えていた。ケルベロスのときと同じだった。
僕の戦い方は喧嘩殺法だ。それもカウンター重視の。だけどなかなか僕の一撃は入らない。
今もカウンターが入りそうだったが決め切れなかった。左のストレートをさらに中に切り込むことでかわしてそのまま右ブローと決めたかった。僕はようやくシェイフシフターの力の意味を知ったんだ。
奴の懐に入り込む形になると、僕の上に奴が覆いかぶさる形になるのだ。それは幼いころ、僕を閉じ込めた実利の姿を重なる。子供のころのイメージと似た状況になると、瞬間的に体が強張って筋肉が固まってしまうのだ。
翠さんにとってはさらにひどい。今でも心に深く残っている分、近づくことすらできていない。
もちろん、僕は何発もすでにもらっていた。懐に入れば二三発はもらうのが当然だけど、こうも自分が打てないんじゃサンドバック状態だ。
「ねぇ、ちょっと。黙々と殴ってたんじゃマジで怖いんだけど」
「何を言ってるんだ。俺はお前を殺すんだぞ」
「ああ、そうだっけ」
僕も少し距離をとることにした。このまま反撃もできないやり方じゃ殴り殺される。すると意外にもテウクロスはつめてこなかった。やはりプロというやつなのだろうか、深追いはしない。
「君たちは…、自分の存在を不思議に思うことはないのか」
「何だ、いきなり」
「自分たちがへんてこな力を持つことに違和感を、差別感を、優越感を感じないのかを聞いているんだ」
「はっきり答えるなら、思うさ」
僕はテウクロスの質問にはっきり答える。君は口を閉ざしたまま聞き流している。
「そう思うんなら、死んでくれ」
今度は先ほどとは比べ物にならない速さで僕に突進してきた。そして今度は奴の感情が伝わった。殺意と悲しみに満ちた表情だった。
いつかと同じように右手を僕の喉元めがけて突き出す。僕はまともに食らうことなくそれをかわすが、僕の首からは細い線が入り、血がこぼれてきた。刃渡り十三センチほどの軍用ナイフだろうか。ジャックナイフかもしれない。
幸い血はぽたぽたと落ちる程度だったがもう少し奥まで切られていたら頸動脈がやられていたかもしれない。
「来たぞ!今度もナイフを握ってる」
君の声に反応して、首から手を離す頃にはもう目の前にナイフの先が迫っていた。今度の僕にはかわすほどの時間がなかった。ということで僕は右腕を差し出した。
「テウクロスっ!」
叫んだのは翠さんだった。その瞬間奴は僕の前から横回転をしながら飛ばされてく。倉庫から持ってきたのか、君が持っているのは金属バットだった。どうやらそれでテウクロスを殴り飛ばしたらしい。
「大丈夫!?」
翠さんが駆け寄ってくると手を当てたのは僕の右肩だった。そこには深々と刺さったナイフがあった。
刃先の半分ほどが僕の体内に埋まっていた。右腕を動かすと激痛が走る。
一方でテウクロスはもう起き上がり、こちらに向かって走り出していた。
「俺とアイアスは親友だった。俺が親友というのはおこがましいな。俺から言えば俺はアイアスの部下で弟子だった」
テウクロスは昔話か何か知らないが、自分のことを話しながら迫ってくる。
「魔界でも天界でもまともに生きられなかった俺は、人界へ来た。でもただ相手の苦手な姿に変化することしかできない俺には、ここでも何もできなかった。そんな俺に生き方を教えてくれたのがアイアスだった!」
もうすぐそこまで迫っていた。以前僕の腕にはナイフが刺さったままで、翠さんはそんな僕を見て、僕との間に割ってたった。
「そんな親友が大好きだった天界を去らなきゃならなくなった原因のお前らを殺す!」
「殺させるか…、絶対殺させるもんか!」
「やめろ、翠さん。やめろ、お願いだ離れるんだ。みどりぃぃぃ!」
奴の意思、翠さんの決意、僕の懇願。三つの叫びが重なったとき、僕の眼はすべてをスローモーションでとらえた。
そして、最後にあったのは、横たわる君の姿。そして流れる深紅の液体。
胸の真ん中に立つナイフの柄。
「う、う、うぅあぁああああぁぁぁあああぁぁぁああああああっっっ!!!!」
そこから先の記憶がもう曖昧だった。何とか覚えていることは、僕が右肩のナイフを使い、テウクロスを刺したこと、刺したこと、刺したこと、とにかく刺したこと。そして殺したことだけだった。
もう僕の目に映る色は赤だけだった。




