急章 12 今わかる事
家が見えてきた頃、丁度朝刊が届いたようで、僕はそれを持って家に上がったまだ誰も起きてないようだけど、時間はもう午前の六時になろうとしていた。部屋には上がらず、そのままリビングのソファに腰を沈めて体の力を抜いた。
しばらく休んで、いつもどおりテレビをつけて音量を大きめに、そしてキッチンに入り、いつも以上に時間をかけ朝食を準備し始めた。今日の献立はフランスパンを使ったサンドウィッチとベーコンエッグ。紅茶を入れて、ちょっと豪華にロイヤルミルクティーを作った。
ちょうど食卓に盛り付けた皿をならべ始めたころ、凛ちゃんが客室から出てきた。
「あ、おはよう御座います。お兄さん」
笑顔を見せる凛ちゃんだったけど、疲れているのは一目瞭然。服も昨日のままできっと全然休んでないんだろう。
そんな凛ちゃんもシャワーを浴びて着替えると、学校の準備を済ませていた。翠さんに学校は行っておきなさいって言われたみたいだった。
「凛ちゃん、昨日の今日で信用ないかも知れない。それでも、君のお姉ちゃんは僕が守るから」
食卓に着いた凛ちゃんの向かいで、僕は下を向きながら言った。はっきり言って今の僕にはたった一人で翠さんを守りきる自信は無かった。だから、臆病な僕は言葉にはしたけど、目を見ながらなんてとても出来ない。そう思ったんだ。
「お兄さん…」
凛ちゃんは立ち上がって、僕の両手に手を重ね、両手をつなぎ、持ち上げた。
「顔を上げて、お兄さん。私、知ってるんだよ。お兄さんがお姉ちゃんのために、一緒に不幸を背負ってくれている事」
凛ちゃんは翠さんの力の事は知っていて、考えれば当然の事だったけど、それが人外の物だって、そしてそれは今は無くなったって、そしてその代償の不幸を僕と一緒に乗り越えようとしてる事を知っていた。
僕が顔を上げると凛ちゃんは優しく微笑んでくれた。
「お姉ちゃんを、お願いしますね」
すみれちゃん、行こう。と凛ちゃんが言うと、階段前の扉の奥からすみれがゆっくり出てくる。二人は紙ナプキンをもって、サンドウィッチを二人分包んで、凛ちゃんとすみれは家を出掛けた。
「凛ちゃんって、僕よりもずっと大人だ。もしかしたら翠さんよりもそうなのかも」
独り言をポツリともらす。
「凛はね、私の本当の、たった一人の家族なんだ」
後ろから翠さんの声が聞こえたかと思うと、壁伝いに客室から出てきた。それを見て、僕はすぐに手を貸し、ソファまでエスコートする。
「さっき、凛からきいたみたいだね。凛はね、もう知ってるんだよ。もともと家族だった中から唯一私の家族だと言える凛は、あずさと一緒に、いやあずさ以上に昔の私を支えてくれたんだ」
ニュースにしていたテレビを消して、僕は翠さんの向かいのソファに座る。体全体をソファに預けるような形にしてから、翠さんは話し始めた。
「私の両親だった人は、とても仲のいい人たちだった。世間から言わせると、鴛鴦夫婦。私が生まれても、凛が生まれても変わらず仲良くて、優しくしてくれて、父の仕事も上手くいっていたから私も凛もここらでは頭のいい、私立中学に入れてくれた。そんな風に、私が中学三年生になるまで続いていったの。
不思議な事にね。幸せだった頃はそんなに思わなかったけど、やっぱりあの時は幸せだったんだなって思ったわ。でももう昔の事を穿り回すのはやめようか、私には暗い話があってるもんね」
少し一息ついて、目の前のミルクティーに手を延ばす。やっぱりおいしいね、って言う君の声を聞くと、何だかいつもどおりの君だと感じる。
「父は、母の考えに全く同調していた。だから私が家族と言う枠組みの中から抹殺されるのにのもそう長くなかったよ。父と母は凛を連れて、この町を離れた。知ってるかな?あのアパートの団地の西側の一番広い空き地、あそこに元々の家があったのよね。
結構突然の事で、何でもぱっぱってあの二人が進めて行ったから、良く理解しないうちに私はアパートで一人暮らしを始めるようになったね。お金の事は全部通帳に振り込まれてたから、もう、完全に絶縁だね。だから、せめてもの仕返しで、公立校に進学するつもりだったけど私立に進学したよ。城西は金がかかってるからね」
そう言って君は笑ってみせるけど、実際まじで金かかり過ぎだよ。去年校内にホールが出来たからね。なんかこう、コンサートホールって感じのやつ。そんですぐにどっかの楽団呼んだり、とにかく金使いまくりなのよ。だからまぁ、授業料もそりゃあ高いのよ。
「しばらく一人の春休みを謳歌してると、凛が上がりこんできたよ」
少し感じ入っている風に君は話すけど、そうはいっても昔の話。そんなに感情は深く変動しているようには見えない。
ここでふと時計を見上げるとすでにそろそろ授業が始まる時間になっていた。流石に二日連続で無断欠席するのはまずいと君が言ったので、学校の事務室に今日、そして明日明後日も休む事を伝えた。
「この街では、私の事はすでに知れていた。もちろん君も知っていた通りにね。それでもこの町に留まった理由は、あずさと凛のおかげ。初めはどこか遠くに行こうとした私をあずさが引き止めて、凛が無言でプレシャーをかけて…、おせっかいな二人だね」
僕は君のためにミルクティーを入れなおし、一緒に朝食もリビングに持ってきた。
「あずさも凛も、私が人の心がわかることを知っている。私の近くにいた人たちは程度に差はあれ、皆知ってたと思うんだ。
ふふん。だって私は心が読めるんだから」
「そんな事いったって、ここら辺にも昔の知り合いは居るだろ」
「その辺りを凛やってくれたんだ。直接的に私の読心術を見た人はいないわけだから、時間がたてばほとんどの人は気にしなくなるってあずさがいうと、凛が実行していくように、あずさが私のそれからを考えてくれて、凛が何でもかんでもやっていったの。具体的には私は一歩も外に出ちゃいけないって言われたかな。
そうね…、あの頃はそう。まずは自分を知る事から始めてた気がする。
一日中家にこもるようになって、ゆっくり自分の置かれている状況を整理してきた。何時頃からこの違和感が始まったのか、本当に心が読めているのか、何の為に、どうやって私にこんな事が起きてしまったのかを必死に、朝から晩まで考えて、凛にも手伝ってもらって実験もしてみて。
正直あまりわかったことは無いけれど、当時の荒れていた私の心の方がだんだん落ち着いてきた。凛もそうだけど、あずさも一緒に私の言葉を疑うことなく信じてくれて、私の心がダメになりそうなとき八つ当たりしてしまっても文句も言わないで聞いてくれてた。
そうやって私が落ち着いてきて、考えがまとまってきてね。そうだ、あの頃の私の推測も聞いてもらおうか。
まずは、あの扇の話を全て信じるということを前提として、調べられる事は全て調べて、そこから私独自の考えを思考していった。
覚とは、基本温和な性格を持ち、特別人間と争いごとを起こすような性格はない。持ち前の読心術で相手の心を読むことだけができるとされている。そして私は確実にその力を手に入れている。そして、あの地蔵壊しを境に私は確実に変化していた。その変化っていうのはもはや、推論じゃなくて、多分…いや絶対的事実だと思う。地蔵を壊し終えたその時から、私の読心術は正確性を増してより多くの人の心を一度に把握出来る様になった。
だから私は思ったんだ。ああ、私は人間をやめてしまったんだなって。
でもその考えも少し経ってくると間違いだった事に気が付いた。扇の話では私の心を一種の妖怪や悪魔のようにする事で力に耐えられるようにしようってことだった。でも、実際は君の知っているように私はとても耐えられるわけが無いとおもったんだよ。苦しかったよ。結局のところは心を閉ざすということに落ち着いたわけだけど。
私が特別だったのか、私達が知らなかっただけで、もっと多くの人が私と同じ事になっていたのか。ありのままの自分を一応受けいれる形にした後は、そんな風なこと考え始めた。でもこの時はどっちが正しいのか分からずに、決まった推測は立てたら無かったな。
…今はそうでもなくて、多分だけどどっちが正しかったかぐらいは分かるよね。アイアスがいるって事は、天使がいるって事は私みたいな人はほかにもいるはず。今はもう、目の前にいるしね。
はぁ~。喋りつかれた。少し休憩」
君は天上を仰ぎ見るような形で深く息を吐いていた。
一気に喋り続けた君は、ミルクティーに手を延ばしながら、やっと朝食に手を付け始めた。もう、少し冷め始めていたそれを君はなお、おいしそうに食べてくれて、笑顔をみせた。
僕はずっと話を聞いていただけで、でも時間はとても早く進んでいた。何度でも言うが、僕らには時間が残っていない。
「翠さん。そろそろ」
「ああ、そうだね。私達には時間が無い。話の続きは、そうだな。全てが終わった後にまたしようかな」
「うん。まずは、あの扇って奴が言っていた、ヒントって奴を教えてくれないか」
「あの時、扇とはなぜか声には出さない会話が成立したように思えた。まぁどうせ読心術が使える事を知っているから、扇がそこのところを上手い具合に取り計らっていてそんな風に感じたんだろう。
んで、その会話でね。色々と情報を伝えてきたんだよ。
まず一つ目、奴。君には実利って男に見えていて、私には母に見えた奴。あいつの正体は、シェイプシフター。いわゆるまね妖怪って奴だ」
「まね妖怪。と言うことはやっぱり奴は偽者ってことなのか」
「そう、まね妖怪。でもやっかいなのは能力の発生のしかた。情報によると、対峙する相手、自分の姿を見るもの全てに対して無条件に相手の最も苦手としている人物に変化するらしい」
「あー、なるほど。どうりで」
「じゃあ二つ目。奴は天使ではなくて、やはりそう、妖怪だった。でもそうなると私にも、どうして妖怪である奴が天使のようにあの手紙を出せたのか、分からなくなってしまうよね」
「状況を整理するとそうなるけど、もう受け入れてしまって、妖怪もそういうことが出来る…でいいんじゃないか」
「…。君もずいぶん変わったものだね」
「変わったといっても僕自身はそんな変化は感じないけど…」
「確かに変わったんだよ。たとえばそう、読心術が戻った今、初めて会ったときと比べて君の頭はとてもすっきりしているよ。勉強の偏差値が上がったとか、そういう風じゃなくて、合理的な考えができるようになってるんじゃないかな」
かつての僕では、受け入れられないことは無視するようにしてきた。もちろん、こんな妖怪騒ぎなんて信じるわけなかったはずだ。翠さんと出会ってからの僕はこれといった外的変化は見られないけど、内面は異常なくらい変化、むしろ進化しているんじゃないかと思う。1+1が2よりも大きくなるとき、まったく新しい化学変化が起きるとき、それは今の僕たちがそうじゃないかな。僕にとってプラスの進化が、君のとってマイナスの進化だったかも知れない。実際僕と行動をともにするようになって、君には僕という足枷ができたようにも思える。でもいつか、そうだな、あのホームズとワトソンみたいな二人になれたらと思うことも最近は増えてきた。
「やっぱりね。絶対君は変ったよ。でも一つだけ言わせてもらうと、私はマイナスの進化なんてしてないし、きみも足枷になんてなっていないよ?これで当然。今の私と君の形が理想だと思ってる」
「僕が変わったっていうんなら、君はもっと変わったもんだよ。あの頃の殺気をばらまくような視線はどこに行ったんだろうね」
「視線はともかく確実に言えることは君のおかげで私を取り巻く状況は確かに変化したよね。でもさぁ、そのおかげで君の好きだった病弱な女の子はいなくなっちゃったね」
「!!!その設定、まだ覚えてたのかよ。ああもう、確かに僕はそんな子が好みだったよ」
「あらそうなんだ。じゃあ私は結局、好みじゃなかったわけなんだ」
「はっきり言ったらそうなる」
「そういう好みになる原因はすみれちゃんかな?」
ふむ、そう言われると少し考えてしまう。すみれは元気な子だ。元気すぎるためかその元気で人が殺せそうなほどだ。…僕が殺されそうだ。
「うーん、すみれちゃんが君に与えてきた影響は大きいみたいだね。長く生活を一緒にすると相手の生活スタイルも自分の一部になるって話を聞いたことがあるけど、君はそうなってしまっているのかな?私も、凛とそうなってるかもしれないしね」
「生活の一部になっているのは、わかるな。妹と二人暮らしなようなもんだから、家族みんなで暮らしている友達の生き方、生活がたまに理解できないのはそんな理由からかな」
「私が君に惹かれたのは、生活の仕方が似ているってのもあったかもね」
「僕と君はそんな所でも似た境遇だ。やっぱり運命かな」
「あっはははははは!初めてのとき、私のイメージが違ったことに戸惑っていた君がそんなことを言うんだ」
「んな!今となってはもういいじゃないか!動機は問題じゃない、本当に大事なのはそのあとの気持ちのほうなんだ!」
「へぇ。君もずいぶん言えるようになったね。じゃあ私もはっきり言ってみようかな。君が私の物語を書きたいって言ったとき、私も誰でもいいからすべてをぶちまけたかったんだよね。少なからず、そう思っていたんだと思うよ?だからあのときは丁度いい鴨が来たっておもったさ」
「鴨ってひどくない!?僕の本音とはレベルが違うじゃないか!」
「そうだよ。君と私はだいぶ違っていたんだ。君はそう、最初から私に下心満載で話しかけてきた」
今まで濁してきた分、声に出されると恥ずかしすぎる。
「一方で私が君には本気になったのは、いつごろかな…。アイアスのとき、私の力のことをすべて知った後でも全然君の気持が変わらなかったからだったかな。まぁ、あの時は単純に頭が悪いだけかと思ったけど、そのあともずぅーっと私のことだけを考えてくれていたからね。その時、私は君に惚れたのかな」
「ああぁ、そうなんだ…」
まったく、有木翠という人間は力を私利私欲に使わない人じゃなかったのかな。そんなに逐一、読み取られていたなんて、燃えてしまいそうだ。
「燃えてしまいそうだと!?言うこと欠いてそんなことを言うか!ふつうは顔から火が出そうというくらいだろうが。恐ろしいくらい話が飛んじゃってるな」
「うわぁ!また読心術使った。ここ最近はなかったのに」
「ついこの間までこの力はなくしていたからね。散々なくしたいって言っていたけどなんか君といるときだけは、この力があったほうが私らしい感じがするわ」
「私らしいって、君らしさって僕をいじめることで発揮されんの?」
「そうかもしれないね」
君は口を大きく開けて笑っている。そういえば、二人っきりでどうでもいい話をするのは久しぶりだった気がした。こういう時間が僕たちには必要だったのかな。
「ーはぁ、なんか楽しいね。こういうのって、冗談言いあうって感じがさ。はっきりいって、私も恋人がどういうものか分かってるわけじゃないから、君にデートしよう何て言ったけど、具体的にどうすればいいのかわからない。でもさ、私たちはこういうのでもいいのかもしれない。こういう風にさ、冗談言いあうくらいがちょうどいい気がするの」
「僕もそう思う。これでいい気がする」
しばらく僕らは余韻に浸っていた。やっとこさ見つけた僕らのあり方。僕はこれまで以上に、君のことを、好きになれる気がした。




