急章 09 正義はどちらにあるのか
最近はよく、登下校のときも君が隣にいた。いや、僕が君の隣にいた。
目の端に見える街路樹はもう、青々とした葉が生い茂っていた。
こんな時間にでもなれば当然登校生はいない。携帯の時計はもう十一時になっている。いつも学生でいっぱいになる道も当然すいている。
上り坂になっていて、少し高いところだから自分の住んでいる町が良く見えた。
僕は鞄から黒い便箋を二枚、取り出した。
「やっぱりこっちは見せられないよな。こんな内容の手紙は」
君には見せられない、二枚目。
〝彼の成し遂げられなかった任務は、私が完遂する。有木翠を殺す。〟
「こうなってしまったからには僕が翠さんを守らないと」
しかし問題なのは何時、奴が出てくるのか僕には一切情報がない。いずれ来るだろう、しかもそう長くないうちに、天使は来るだろう。もしかしたら今もうすでに来ているのかもしれない。でも、今のところ、僕にも君にもまだ何もないみたいだ。少なくとも僕にはそう見えている。
ここニヶ月くらいで僕は、今ある僕の力の本質がやっと分かってきたんだ。僕がもらった力は、ただの身体能力の上昇じゃなかった。
今僕の体の中には今もアイアスの血液が入ったままである。それは決して僕の血液に混じる事もなく、満遍なく全身を巡っている。この血が、僕の力の正体。この血が巡った器官の能力は軒並み常軌を逸するような性能を発揮する。だから普段は全身に満遍なく通っているので、身体能力が上昇する。今みたいにこの血を目に集めれば、五キロ以上も離れた君の姿をはっきり視認できる。
正直、こんな監視みたいな真似もしたくはないけど、僕が傍にいれないときはこうして安全を確認せずには要られないものだ。
「なんとか先にコンタクトを取りたいものだね。どんな奴かもしれないことには対策も立てらんないな」
力を目に集めているということは、その間は体の方は完全に以前の状態に戻ってしまう。今となっては力がみなぎっている状態が普通になっているからな。
当然、後ろから後頭部を殴打されれば、今の僕にはよける術はなく、勢い余ってガードレールから崖下の茂みへ落ちてしまった。
落ちていく最中、僕の目にしっかり映った姿は目に焼き付いていた。
幾多の枝を折り、斜面を転がり落ちて、気がつけば僕は道路の真ん中に転がっていた。骨も数本折れて、殴られた頭も痛みが強かったが血を集めればすぐに回復した。しかし、僕をやった奴のあの顔、僕は知っていた。やっぱりというか、何というか。何ともいえんような奴だった。だけど、これで少しは対策が立てられる。そう思えば、これくらいの負傷はないようなもんだ。てか、実際なくなっちゃうし。
「おい、兄ちゃん。大丈夫か?生きてるか?」
長いこと横になっていたもんだから車の邪魔になっていろんな人が集まってきていた。一見してみれば確実に救急車を呼ばないといけないレベルだから心配して出てきた人もいた。
「あ、あぁ。うす」
起き上って、少し集まってきた人だかりを抜けて、僕は君の家へと向かう。
学校から君の家まで、直線距離ではかなり短くなっている。でも山の上をいう立地から実際の道のりはかなり遠い計算になってくる。しかし今の僕は強制的に直線距離を下ったため残りの道のりはわずかになっている。しかし奴は僕を落としてからそれから正規のルートをたどっていったため時間は僕の倍以上かかる計算だ。僕が体を回復させるための時間を考慮に入れたところで、圧倒的に僕の方が早く君のところにつくはずだった。それでも、僕より早く君の所へたどりついているのは、さすが天使といったところか。
「かっはぁ、くぅ。がぁ」
「翠から手を離せ」
燃えカスになった木造アパートの前で、金髪のその男は君の首を締めあげていたところだった。
「貴様、聞こえないのか!その手を離せって言ったんだ!」
僕の怒号を聞いて、奴は手を離し、君は地面に倒れこんでむせていた。こちらを向いて緩む奴の口元と金髪を見て僕は昔を、今まで忘れていた過去を思い出した。
「あんた、まさか実利なのか?」
「ほう、実利ってやつに見えるのか?君には」
「僕にはってどういうことだよ。お前、実利じゃないのかよ」
「私には、…あいつは母親に見えるんだ」
君はやっと話せるようになって、あいつの隣にペタンと座っていた。僕はさっと傍に駆け寄って、その間あいつは静かに距離を取って行った。せっかく昨日買ったばかりのきれいな服も小汚くなって、煤と土に塗れていた。
「君にはあれが母親に見えるのか?どう見ても実利にしか見えなんだけど」
僕には奴が僕の昔の知り合いの実利に見えるが、君には母親に見える。これは一体どういうことだ。
「翠さん。君は分かって…、ないよね。流石にこんな状況でも理解できるわけないか」
「私もわからないことは分からないし、こんな奴はさっぱり分からないよ」
呼吸の整理も付いて立ち上がれもしているけど、頭の整理は付いていなかった。そもそも思い返してみれば、僕が初めて奴に会ったのがモールだったが、そのときから君は取り乱していた。
母親に見えているということは君にとってはそれだけで苦痛に感じたようだ。なんせ、化け物と呼ばれた相手にずっと対面していることになるんだからそれだけで精神的ストレスが強烈に感じてしまうんだろう。
僕の場合、奴は実利に見えていた。そもそもこの実利って奴は、結論から言えば幼い頃に隣に住んでいたテロリストだった。別段際立った行為は最後までなかったから、ただの危険思想家と言うだけだったが。しかし僕の幼い記憶の中に彼はそこそこ印象に残ってしまった。彼は終始社交的で優しい青年で、僕は幾度となく遊びに言った覚えがある。
実利は警察に捕まる一日前、彼はインターネットで幼児殺害の予告状を発表した後僕を自宅で縛り上げ、車のトランクの中に監禁した。その時に良く覚えていたのが、長い金髪だった。まだすみれも生まれる前だったと思う。
「翠さん、僕に見えているあの実利ってのは…」
「そうか、君にも昔そんなことが…」
「…」
「…」
「え?…翠さん?」
「あれ、今私…」
僕たちは互いに見詰め合っていた。今の感じは、まさか。
「あれ、君まさか。読心術の力が戻ったの」
奴に核心を言われ、僕たちははっとした。
「「!」」
まさか、いやでも今の感じはそうだった。これまで散々心を見透かされてきた感覚と同じだ。
「君は、今読めたの?」
「ぼんやりと、あ、いや嘘だ。はっきりと聞こえて見えた。実利…と言う男が何をしたのか私にも分かった」
僕らがまだうろたえてその場から動けずに居ると、奴が動き出した。
「さぁ俺もそろそろやろうか。仕事だ」
奴の一歩は大きかった。一歩一歩近づくことで僕の安全にいられる範囲がその分ずつ減っているのが理解できた。そしてその圧力と迫力が僕には何も出来ないことを告げていた。
「ダメだ、殺させない。私にとって大切な人なんだ」
「翠さん…」
君は僕の前に立ち、拳を握って見せた。でも、それは何も解決には繋がらない。奴の目的には、仕事には。
「君が前に出るんだ。まあいいよ。どっち道君も殺すからね」
君も殺すことが含まれているんだから。




