破章 03 学生の本分
「そういえば、君は勉強しているのか?」
「え?テストはこの前に終わったじゃないか。少しくらいサボったっていいだろ」
「いや、今度の土曜には模試があるだろ」
忘れていた。すっかり忘れてしまっていた。僕の通っているこの私立城西高校は、進学校で定期テストとは別に、約三ヶ月ごとに模試か実力テストが一年から実施されてきた。三年になればもっぱら模試が主体となるが、変わらずに実施される。ちなみにこの実力テスト(模試も)の結果は堂々と学校の正面玄関前に張り出される。そこで自分の順位を知り、奮起してもらおうと言うのが学校側の魂胆だ。成績の良い者には別段、困る事ではないが、僕達、成績不優秀者には恥の公開といっていいだろう。だから、頑張るのだ。ほぼ全員が定期テストよりもこちらに集中して頑張るのだ。恥を隠すために。
「ああ、やばい」
僕の成績は決してよくない。むしろ悪い部類に入るだろう。いや、もう正直に言おう。学年に約三百人居る中で、ワーストスリーを争えるくらいの実力なのだ。ちなみに有木翠は、ナンバーワンを争う実力だ。…考えたら、罵倒されるのも当たり前なのかも知れない。
「ようやく君にも下僕としての心構えが分かってきたようだな」
「また、心を読んだな」
「そうだな。土下座するなら…」
「まさか、勉強を教えてくれるのか?」
「私の靴をなめる事を許そう」
「許されてたまるかぁぁ!」
流石に君は一筋縄ではいかないな。あの話の流れだと、勉強を教えてくれる感じだったのに。見事に予想を裏切ってくれたよ。
「あの、勉強を教えて下さい」
「人に物を頼むときは、それ相応の頼み方があるんじゃないか?」
にやにや、してやがる。ニヤニヤ、にやにや。楽しそうだなぁ。
「土下座…ですか?」
「まぁ、とりあえずこちらに来てくれ」
言われるがままに、僕は人通りの多い、広めの道に出てきた。
「じゃあ、土下座してくれ」
「わざわざ、人目の多い所に移動した訳は、君の性格に理由があるのかな?」
「さぁ、土下座してくれたまえ。君の望んだように」
声高らかに、君は言う。高らかに、大きく。しばらくすると、通行人がちらちらとこちらを見てくる。耳に入ってくるのは、土下座の三文字がほとんどだった。
「え?土下座?…土下座するの?ねぇ、ちょっと見ていこうよ」
ちらほらと聞こえる声。
「通行人のふりをしてアテレコしないでくれ」
実際は、人々は足も止めずに通り過ぎて行くだけで、こちらなど、見向きもしなかった。
「私は彼らの代弁して言っているのだぞ」
「何が、代弁だ。君の言いたいことを言っているだけじゃないか」
「私の力は、何が出来るか。言ってみてくれ」
「人の心を読む…」
やばい、混乱してきたぞ。君のアテレコは十中八九は、君の言いたい事だ。だが、一、二はどうだろう。もしかしたら、本当に代弁しているのかも知れない。本当は周りの人、皆そんな風に考えているのか。いや、待て。考えすぎだ。そもそも、僕にこんなに関心が向いた事があるか?いや、無いはずだ。そう、僕は人にこれほどまでに、興味をもたれる事は無いのだ。
「つまり、君のアテレコは嘘偽りだ!」
「君の心を、読ませてもらったけど。何と言うかその、…非常に自虐的な理由を持ち出して来たな」
分かり易い同情をありがとう。出来れば、この痛みも読み取ってほしい。
「そうだな。じゃあ、お詫びに勉強を教えようか」
「災い転じて福となす。と言っていいのか?俺にとって確かに災いだったけど、その原因は…」
まぁ、あまり深く勘ぐるまい。深く踏み込めば、踏み込むほど、何か違和感が出てくる。違和感が。おかしいな、僕はそもそも君にこれほどまで、心を傷つけられる理由があったかな。
「とりあえず、私の家に来るといい。今から始めよう」
いつか待ち合わせした住宅街の奥、年季の入った木造アパートの二階の奥に君の家があった。




