破章 02 僕たちのあり方
「く、首が痛い」
二度のチョークスリーパーで僕の首にはくっきりと痣が残った。僕はその首を摩りながら、君と下校の準備をしている。
「まさか、君は気付いてないのか?」
「え?何か忘れてる?」
「いや、気付いてないならいいんだ。気にするな」
すっげぇ、気になる。こういう隠し事は気になってしまう。
「ちょっと、一体何があったの」
「聞きたい?」
「聞きたい」
「本当に聞きたい?」
「はい」
「実は君が受けたチョークスリーパーは二回じゃなくて三回なんだ。」
「ま、まさかその一回は…」
「そう、私が絞めた」
僕は瞬間的に自分の首を右手で覆った。あの時か。最初に僕が保健室で目が覚めた時。僕が寝ている間にやったのか。じゃあ、あの止めを刺しに来たって言葉は、あながち間違いじゃあなかったのか。
「ちょっと翠さん。あんまりからかい過ぎるのはいけないよ」
僕は自分の世界に入っていて気付かなかったが、僕らのすぐ近くにクラスメイトの春川あずさが居た。
春川あずさは有木翠と同じ中学だ。当時、事件を起こした君と唯一それからも変わらずに接したのは彼女だけだった。それから君の周りにはほとんど人が居なくなったが、たった一人だけ彼女だけが今になってもこうして、友人の関係が続いている。
「…続いている。と今、君は思っている。はぁ、だから君は一体誰に向かってこんな説明口調で物を考えているんだ」
「だから君は僕の心を簡単に読まないでくれ。そして口に出さないでくれ。僕のことが全部、筒抜けになっちゃうじゃないか」
「いいじゃないか。自分を知ってもらう良い機会になるぞ?さぁ心の扉を開けて、皆にぶちまけよう」
「ぶちまけようとしてるのは君じゃないか!」
「内気な少年のために一肌脱いでやろうとしているだけじゃないか」
「誰が内気だ。少なくとも君よりは友達はたくさん居るよ」
「ほう、じゃあその友達の名前を言ってもらおうか」
「いいだろう。まず、春川さんだろう」
「あっ、私友達じゃないよ」
まさかの爆弾発言。一瞬にして僕の心は砕け散った。君からのしつこい攻撃も堪えるけど、春川さんみたいな普段、こんな事を言わない人からの攻撃は身に染みて効いてしまう。出鼻を挫かれるとはまさにこの事だろうか。僕は頭を抱えながら一歩、二歩と後ずさりする。
「え?今の冗談…」
冗談?今、春川さんは冗談だと、言ったか?いや、間違いない。だってそうだろう。あの春川さんがクラスメイトを苛めて喜ぶわけが無い。そう有木翠のような女であるはずが無い。
「今、あずさは冗談じゃない。と言ったんだ。君と友達になるのは冗談じゃないとね」
「君は黙ってろよ!春川さん。嘘だよね。嘘だと言ってくれ。僕と友達だと言ってくれよ」
「えっと、ねぇ」
春川さんはチラッと、君のほうを見る。まさかこいつらぁ。はなから手を組んでやがったな。二人して共謀して、僕を嵌めようとしたのか。畜生、陰謀だ。策略だ。
「畜生、覚えてろよ」
僕は悪役みたいな、捨て台詞で教室から逃げていった。ああ、顔から血が出るほど恥ずかしい。
「それを言うなら、顔から火が出るほど、だろう」
草むらの茂みに隠れて泣いていた(本当に涙目になっていた)僕の目の前には君が立っていた。仁王立ちで。
「何で、居るの?」
やっと振り絞って、ようやく一言出た。
「君の荷物を届けに来たんだ。ほら、鞄置いていっただろう」
「ああ、ありがと」
僕は律儀に御礼を言って、君から鞄を手渡しされた。僕は受取って、しばらくそのままだったが、君も変わらずそのまま僕の前に立ち続けた。
「まだ、何かあるの」
「君と一緒に帰ろうと思って」
「は?あのまま春川さんと帰ればいいのに」
「あずさとは、教室で別れた」
「じゃあ、そのまま僕を無視して帰ればいいじゃないか」
「君は私と帰るのが嫌なのか?」
「…嫌だ」
僕は思った通りの事を口にした。隠しても意味が無いだけだから。
「そうか、やっぱりそうか。
ごめんなさい」
君は突然、全力で頭を下げた。いや、全力という言い方はおかしいか。でも本当に必死に、心から頭を下げているようだった。
僕が何か言う前に君のほうから話し始めた。
「さっき、あずさに言われた。謝ったほうが良い。私も謝るから。と。ただそれだけ言って、あずさは帰った。私も言われる前から、思ってしまっていた。やりすぎてしまった。もしかしたら、取り返しのつかない事になるのかも知れないとも思った。ようやく出来た、たった一人の本当の理解者を失ってしまったかも知れないと。
私は舞い上がっていたのだ。だから、だと思う。照れ隠しのつもりでいつも以上に強く言ってしまった。他の皆に君の事を伝える為に、強くアピールしていたのだ」
そうか、だから君は今日、押し目もなくみんなの前で力を使い、ぼくと一緒に居たのか。君が力を使えば、力の真実を知っている僕が必ず会話に入るから。事実、今日の僕は君の力が皆にばれないように、口を挟んで、話題を変えたり、笑い話にしてうやむやにしていた。
「私は浮かれて、君の気持ちなど一切考えずに君のことをぺらぺらと話していた。君の心の声を。せっかく人の考えが読めるという力があるにも関わらず、君が嫌がっているかどうかも読み取ろうとしないで、私利私欲のために使っていた。
あずさの言葉で、私は君にどんなひどいことをしていたか分かった。あと少しで私は、私の大切な恋人を失ってしまうところだった」
君は思ったことを口にする事、真実をとても大切に思っている。なまじ人の心が読めるので、そういったものを大切にする。そして君が何かを話すときも例外ない。全て本音だと思っていいほどだ。今の君の言葉も本音だろう。
「失ってしまうところだった。って、それじゃあまるで、そうならいようじゃないか」
僕は少し微笑みながら言った。
「だってそうでしょう?」
そうだ。失うことなど無い。僕が君の理解者であると僕が理解できている間は、失うことは無い。僕が君の傍を離れないからだ。
「だから、そんな簡単に僕の心を読まないでくれ」
「もう、私と君の仲じゃないか」
「まぁ、そうだな」
「もちろん、主と下僕の仲だよ」
「おい。なんだその関係は」
君は、僕の前を堂々と歩いていく。それこそ、下僕を引き連れる主のように。
「何だ、君も認めてるんじゃないか」
「振り向くなー。そして心を読むなー」
結局、僕は君の後について、一緒に帰ることになった。何があろうと、誰にもこの場所は渡さない。有木翠の隣は僕の場所なのだ。




