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セスナ・エア・シーク  作者: satoh ame
Ⅵ Land - ランド
12/17

Ⅵ-1 ビスタ


「ラギ、待って!」

 乗客を見送ってすぐに、第1Apのターミナルから、外へ続くドアを探す。

 駆け出した瞬間、呼び止められた。

 カレンもCAの制服のままだ。少し距離を空け、険しい面持ちでこちらを見ている。

 着陸後、こちらのスタッフから手紙を渡された。

 宛名はひいらぎとなっており、封筒にはカードが1枚入っていた。

『あなたのフライトに憧れています。今夜お暇ですか?』。

 赤いインクでタイプされた、女子っぽく丸い文字。

 見かけはただのレターだ。

 右下に、Vの切り込みがなければ。

 ――もちろん暇ですよ。

 スケジュールはフリーだ。誘いを断る理由はない。

「カレン。僕はひとりで行く。何かあったら連絡するから」

 手紙のことは明かさず、前へ向き直る。

 日常からの切り替えは済んだ。

 一刻も早くセントラルApへ戻りたい。

 現在までにかき集めた情報によると、人質として拘束されているのは、搭乗間際の乗客とCA、パイロット。

 場所は出発ゲート04のウェイティングルーム。

 ターミナルの一角で、1機分の人間がジャックされたことになる。


 昼間ロビーで顔を合わせた際、ディオンは夕方着の便が最終だと言っていた。

 なので、おそらくゲート04の人質にはされていない。彼が無事なら、セーラを助けに行っただろう。

 心配なのはヤスパーとはなだ。フライトの出発予定時刻が、セントラルAp占拠の報せと奇妙に一致する。

 ――わざと僕の仲間を狙ったのか……。

 挑発されている。曖昧ではなく、確かにそう感じた。

 嵐の空と同じ色が込み上げてきて、焦りと不安に引き裂かれそうだ。

 敵はゲート04で、燃料を積んだ機をキープしている。離陸させ、気まぐれに墜とすつもりなのか。

 皆を助けに行かなければ。『venomベノム』からの指名があってもなくても、死地への操縦は引き受けようと思った。

 奴らはきっと、それを望んでいる。

「わたしも連れて行って」

「……カレン」

 すんなりと聞いてくれそうにないムードだ。

 彼女は眉を寄せ、うっすらと涙を浮かべている。

「君はここで待っ」

「酷い、どうしてわたしを置いて行こうって思えるの?」

「それは」

 だめだ。衝突してはいけない。

「わたしたち、仲間じゃないの?」

 場を収められない苦しさで、脆い箇所が内側から切り崩されていく。

 強い口調でカレンの望みを遮ることができない。

 目の前で泣かれたり、他人みたいに冷たく避けられたりするのを怖れているせいだ。

 臆病な自分が嫌になる。最初から大嫌いだった。

「……ラギ?」

 押し黙っているのを不自然に感じたのか、カレンが遠慮がちに近づいてくる。

「わたしが言うことを聞かないから困ってるのね」

 何もかも見透かされている。嘘の理由を探す必要はなくなった。

「大丈夫?」

 労わるように腕に触れてきた彼女の手があまりに人間らしくて、やり場のない葛藤が痛い。

 最初から、触れ合ってはいけない存在だった。悲しみと寂しさが浮き彫りになって辛くなるだけだ。

「ごめん、上手く言えなくて」

 ここで別れたら、彼女とは最後だ。けれど、見えない何かに引き留められて、さよならを言う覚悟が揺らいでいる。

「とりあえず、ラギの思ってることを話して。少しだけでも」

 行き詰まるとすぐに彼女のターンだ。もう、従うしかない。初めからそうなる運命だ。

 退路を断たれた潔さで、今なら素直になれる気がした。

「……僕は」

 スカーフの冴えた青が、カレンの胸元で微かに揺れている。

「君に死んでほしくないんだ。それだけだよ」



 ライトを点けずに進んで正解だった。

「通行止めだ」

 地上路からの侵入を計画したが、予測は的中。セントラルApへ続くトンネルが封鎖されている。

 だが、このタイミングで車を受け取れたのは幸いだった。

 先日の浸水で修理に出していたものを、急いで第1Apに乗りつけて貰った。

「何か方法はないかしら」

 交通量が疎らなせいか、見張りの警備員はひとりだ。

 おそらくまだ、こちらの存在は気づかれていない。

 慌てないよう自己牽制し、藍色に染まりつつある周囲を見回した。

 右は素朴な崖。

 左はみちに添う形で、ガードレールの向こうに細く川が流れている。

 とにかく警備員の注意を逸らさなければ。

 不意に閃きが起こった。

「自信はないんだけど……」思いついた策をカレンに伝える。

「承知いたしました」

 彼女はきらりと瞳に月明かりを映し、脱いだトレンチコートを手渡してくる。先刻、車の到着を待つ僅かな隙に、ターミナルの店で調達したものだ。

「寒いのにごめん」

「いいのよ。どうぞ」

 体温で少しあたたかくなったそれを、川べりに向けてふわりと落とす。

 奇跡的に望ましいシルエットで着地した。

 夜の力添えで、人が倒れているように見える。自殺未遂感も申し分ない。

 車内に戻ると、彼女はスカーフを外し、髪を下ろしていた。CAとは悟られにくい雰囲気だ。

 ライトを点けて走り、警備員の近くでブレーキを踏む。

 打ち合わせ通りにカレンが降りた。

「すみませんっ。ガードレールを乗り越えて人が飛び降りました。何度呼びかけても返事がなくて……。お願いします、助けてあげてください!」

 迫真の演技だ。

 刹那、計ったようなタイミングでセルラが震えた。表示を見て、反射的に受話ボタンを押す。

「ED?」

『ラギ、無事か。今どこにいる』

「セントラルに戻る途中。僕にも参加してほしいみたいだから」

『やめろ。突入した少数部隊と通信が途絶えた。後のことは警察に任せてくれ。人質の救出に全力を尽くす』

「でも、」

『おまえが行く必要はない。絶対に戻るな。……おい、返事をしろ! ラギ!』

 招待状を受け取ってしまったので、今回ばかりは従えない。

 声を出そうとすると、大切なものを失う前触れのような軋みを感じた。

「ED、ごめん。ありがとう……」

 セルラを閉じて顔を上げると、狼狽えた様子の警備員が、無線でレスQを手配している最中だった。

「あそこです!」と曲がり角の辺りを指差すカレン。「わたしたちは、救助に役立てられそうなものがないか車内を探してみます!」

 頷き、駆け出した警備員の後ろ姿を見送って、そっと胸を撫で下ろす。

 彼女は通行を塞いでいたコーンを脇によけ、助手席へ戻って来た。

「急ぎましょう」

 この直線道路を走りきれば、セントラルApのホームに入れる。



 侵入は成功した。

 状況は最悪だが、拠点に帰り着いたことで少し安堵してもいる。

 初めて見る、業者用搬入フロアからの入館。

「最初の頃、花とよく探検してたの」

 カレンはセントラルApの構造に驚くほど詳しかった。

 本来、まだ明るく賑わっているはずの館内は薄暗く、不吉な帳に覆われている。

 頼りなく足元を照らす、『exit』の案内プレート。儚げな夜間照明。

 通って来た経路に、交戦の痕跡はなかった。奇妙な静けさだ。

 人質を殺すと警告され、ポリスも特殊部隊も突入を躊躇っているのだろう。

 エドガーの言っていた、行方の知れない警察チームはどこへ消えたのか。

「ラギ。何があっても、パイロットの役目を捨てたりしないと約束して」

 ウェポンロッカーへ向かう途中、カレンが不安げな視線でこちらを一瞥する。

 返事を期待していない気配を感じ取って、そのまま黙っていた。

 硬質なシークレットパッセージに響く靴音。

 ここへ避難した者はいないのか、自分たちの仲間だけでなく、他の職員の姿もなかった。

 壁に溶け込んだ武器庫を前にして、初めて会った日の遣り取りを思い出す。

 ――カレンを連れて来てよかったのかな。

 彼女が死ななければ、の話だけれど。

 今になって、第1Apでの言動を省みている。逆の立場だったら彼女は、自分を連れてこの場所へ戻ったはずだ。

 ――僕が間違ってた。

 償いとして、仲間を失わないよう、できるだけのことをしたいと思う。


 ウェポンロッカーを開けてみたが、中身を持ち出した形跡はなかった。

 ハンドガンと弾薬の箱、戦闘用ナイフは人数分。それに加えて、救急セットと通信用の小型トランシーヴが3つ入っている。

 隣でカレンが手帳を開く。

 ペンを走らせ、破り取った紙を、箱の隙間に挿し込んだ。

『ラギ カレン 18:03』と書かれている。

 誰かが扉を開けたら、このメモに気がつくだろう。

 無音の圧力に急かされて銃を手に取った。狙いをつけ、トリガーを引くだけで、人の命を簡単に奪うことができる冷酷なブラック。

 見ると、すぐに敵を撃てるよう、正しく弾が装填されていた。

「これ、ラギが持っていて」

 手渡されたトランシーヴは、墜落予定機に搭乗するかもしれない自分ではなく、カレンが持つべきだと思ったが、受け取ってポケットに入れた。

「あと、これも」

 いつの間に書いたのか、小さな紙片を握らされる。

『自分を撃ってはいけません。自己犠牲もやめましょう。みんなの心に悲しい傷を残します』。

 抑止効果の高い文だ。

 性格的な傾向も見抜かれている。

 ――だけど。

 真っ直ぐな言葉で繋ぎ止められても、進まなければならないときがある。そのことを、これから先、思い知るのだろう。

 反応を期待しているのか、カレンが透視っぽい視線を向けてくる。

 胸中を奥深くまで覗かれているらしい。何を読み取られているのか心配になる。

「僕は生贄になるために生まれてきたのかな」

 憂鬱な台詞をサービスしてみた。

「だからお手紙書いたのよ」カレンは表情レパートリー上位の含みありげな笑顔だ。

 礼を言い、愛のある警告文をIDに重ねた。

 そして、今はまだ潔白な手元を見つめる。

「現実で人を殺したことがないんだ」

 夢の中では1000人以上死なせてしまったけれど。

 彼女は感情を抑え込むように、苦しげな余韻を残して目を伏せた。

「わたしも……。今夜が初めてだわ」



 ヤスパーとはなの無事を確かめるには、出発ロビーのゲート04に接近するしかない。しかしそちらは現在、敵の占有コートだ。

 セルラへの応答を待ち続けているが、ディオンとセーラも依然、音信が途絶えている。

 ふたりとも連絡が取れないのは不自然だ。無事なら返事が来るだろう。

 どこかで合流できればと思うが、フライト仲間だという理由で、ゲート04の支配エリアに引きずり込まれたケースも考えられる。

 ――そうだとしたら僕のせいだ……。

 敵の目的は当然、シティの壊滅だろう。

 だが、ただ何となくという気まぐれで、セントラルApを破壊されるわけにはいかない。

 自分ひとりの駆け引きで上手くいくとは思えないけれど、試す価値はある。

 パイロットとしての知識と経験だけが頼りだ。

 何度脅され、何を命じられても、墜落は許さない。



 シークレットパッセージを離れて、ターミナル最端の非常階段を下りていく。

 3Fへ差しかかったと同時に、異変を感じて足を止めた。

 通路の低い位置に、各階同じく点いているはずの夜間照明が、このエリアのみ消えている。

 カレンを待たせ、階段とフロアの接続部から覗いてみた。

 不能になった照明は、カバーが割れている。酷くダメージを受けたらしい。

 携帯していたペンライトを灯し、明かりの輪を通路の奥へ滑らせていく。

「……っ!?」

 鋭く息を呑んだ。

 寄り添うようにして、壁際に人が倒れている。

 ――4人。……いや。

 5人。すべて大人の男だ。

 あまりに惨い殺しの手口。

『venom』だけが愉しんでいる、虐殺という遊びの跡。

 近づかなくてもわかる。皆、完璧に死んでいる。

 追い詰められて、真正面から撃たれたのか。

 鎌のような凶器で斬りつけられている者もいる。

 服装と装備から考えて、突入した少数部隊と見て間違いないだろう。

 彼らは館内に潜伏し、人質を助け出す目的でここへ来たはずだが、警察だとばれて殺されたようだ。

 ――酷すぎる……。

 咲き乱れるように散った血痕が夥しく、次第に意識が遠のいていく。

「ラギ、どうかしたの?」背後から、カレンが小さな声で訊ねてきた。

 彼女に見せてはいけない。

 それとも、この有様を伝えて、引き返すよう促すべきか。

 反応が遅れたせいで、どちらの選択肢も失った。

 傍らから顔を覗かせたカレンが、通路の奥を見つめ、声にならない悲鳴を上げる。

 縋るように寄りかかってくる身体を抱き留めた。

「なぜ、こんなことに……」

 彼女はこちらの肩に額を預け、微かに震えながら俯いている。

「早く、助けに行かないと、あんなふうにみんな、殺されるわ……」

「僕が行ってくるよ。任せて」

「やさしいのね。……怖がりなのに、いつもわたしに」

「出口まで送るから、僕の車に乗ってここから離れるんだ」

 腕の中で、カレンが強くなろうと努力しているのがわかった。

「だめよ。一緒に行くって決めたもの。わたしも戦うわ」

 味方の救出に目標を定めた場合、『Cityシティ Warウォー』の活躍を加味すれば、彼女は戦力として不可欠な存在だ。

 しかし、すぐ側でカレンが撃たれる未来を想像し、最も遠ざけたい恐怖が差し迫って来る。



 目的地であるゲート04へ近づくにつれ、不穏な気配を肌で感じるようになった。

 現在、対岸にあたるエリアの3F西側から、吹き抜けを挟んであちらの動向を窺っている。

 かなり距離があるので、みだりに発砲したりしなければ、敵に見つかる危険性は低いだろう。

 ゲート前の通路を横切る、武装したシルエット。

 皆、『V』と白くペイントされた帽子キャップとバンダナで顔を隠している。

 あれは見張りなのか。ゆっくりと通路を歩き、それらしい動きをしているけれど。

 ターミナル2Fにある出発ゲートの奥は、広い待合室のような造りになっている。搭乗前の乗客が利用するための空間だ。そこから直接、機内へ移動できる。

 事前に乗り込んで出発前の点検をしていたはずのヤスパーも、コクピットから出されただろう。

 今のところ、乗客や乗員が犠牲になったという報せはない。

 まだ猶予はあると、何度も失神寸前の自分に言い聞かせた。

 ――だけど、どうしよう……。

 ゲートを通らなければ、中の様子がわからない。

 勝算は低いが、もっと接近してチャンスを待つべきか。

 逡巡の中、「あ」と思わず声が漏れる。

 ひとつだけあった。敵に気づかれることなく、人質の無事を確認する方法が。

 どうしたの、と少し冷静さを取り戻したカレンが無言で問いかけてくる。

「セキュリティカメラ、まだ動いてるかな」

 彼女も伝えたいことを察してくれたようだ。

「ラギ、ナイスだわ。映像記録室へ行ってみましょう!」



                                  Ⅵ-1 end.


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