ゼツエン純林
ゼツエン純林
時間がたてば日付が変わる。日付が変わって行けば月だって、そして季節も変ってしまう。
「これにて天電高校二学期、終業式を終了いたします。」
木杉の司会により終わりを告げる集会。生徒はこれからの約二週間の休みに心躍らせていた。その意識の中にはもう羽喰も小楯も海月のことすらとうの昔に消し去られている。
「燐と煌は生徒会があるから遅れて教室に来るって」
燭影がタローの横に並び言った。
「最近、世良も見なくなったな…」
タローと燭影が長んで歩く両サイドに居た人物の存在があると無いとでこんなにも二人を包む空気が違うことはクラスメイトがよく理解していた。
それは双子も同じこと、羽喰いるいないでこんなにも二人のテンションが違うことをフォローしようにもできないため最終的にはさわらぬ神に祟りなし、といったふうにかかわるのを控えていった。
双子は生徒会長代理に任命されてしまう。タローも燭影も生徒会には顔を出さなくなった。双子との距離もどんどん大きくなっていくのを感じていた。
いつもの当たり前の通学路を行く。家の前に着いても四月のように小楯が待っている訳もなければ二人の後をストーカーしている訳でもない。
それぞれの家に入る前、燭影はポストを覗く。すると一通の自分宛の手紙があった。表には自分の名前、裏は封が開いた状態で差出人の名前はない。燭影は中から紙を出し書いてある文字を読む。そこで
「タロー!」
家に入る寸前だったタローを呼び止める。
「なんだよ?」
「行くぞ、着いて来い。」
それだけ言うと燭影は先ほどまで歩いていた道を進む。やけにカラスが騒がしく鳴いていたのを感じとりタローは燭影について行くことにした。
タローはついてきたのを確認すると燭影は二人の家から三つ目の角を曲がり一件の家に吸い込まれるように入っていった。
「良いのかよ?人ん家勝手に入って」
「入ってくるように履いてあるんだよ。」
燭影は持っていた紙をタローに見せる。タローは手紙の内容よりも紙の下に書かれた名前に目が行く。
「神保って…神保博士から…?」
「おそらくな。随分前に小楯に博士に会いたいって言ったことあったろ?その時に俺の連絡先と家をメモで渡しておいてもらったんだ。」
家の中に入り燭影は靴を脱ぐ。するとそこに電妖が姿を現した。
「朝比奈様ですね。こちらへどうぞ」
燭影は何も躊躇することなく足を進めるのにタローもついて行く。
「お連れいたしました。」
ソファーに座る一人の人物が二人の視界に入る。
「朝比奈くんと鳥居くんだね。急に呼びつけてしまってすまなかった。小楯の父です。」
そういうと彼は頭を深く下げた。
「鳥居くんには以前小楯に失礼な助言をしてしまってすまなかった。だが、驚いたな。本当に楯麟によく似ているんだな」
小楯の父は近くの棚にある写真を見ながら言った。タローも燭影も視線を移し顔がこわばる。
「あれが、本当に小楯の兄貴…?」
「マジかよ…」
二人の様子を不思議そうに小楯の父は見てきた。
「そこまで驚くほどは似ていない…すまなかった……」
というものの二人は違うことに驚いていた。
「違います…確かにタローに似ています。ですが俺らの知っている人物には瓜二つ…」
「何で海月が…」
燭影が説明をする横でタローは姿をを消している元臨時担任海月のことが頭の中を閉めていた。
「まさか、そんなに似ているなら小楯が何か言ってくるでしょ。鳥居くんのときのように、そんなこと一言も…」
小楯の父は考える。そういえば小楯の疾走前の数か月、小楯からの一方的なメールがあってもそれに返答するようなことはなかった。
「息子を。二人も失うなんて…」
急な絶望感が小楯の父を包んでいた。
そんな時燭影は自分の考えを述べた。
「博士に質問があります。電妖が記憶を操作すると言うことは可能なんですか?」
タローはふと羽喰の話を思い出す。記憶を操作して自分の代わりの人間を好きになる。羽喰はそういっていた。
「可能だ。だが、それは死のリスクもある。羽喰のいるような機関で飼育している電妖にはそういうのを得意とする個体もいることは報告で聞いている。もちろん自然的に発生した電妖にもいる。それがどうかしたのか?」
燭影が口を開こうとするとタローが先に
「高校の教師の海月の存在を俺や燭影、小楯のほかほぼ全員が以前から居たことが記憶の中にありましたが、俺らの知る限り二人の教師と一人の生徒が海月のことを知らなかった。記憶に自分が存在するように改造を加えられたと言うことでしょうか?」
タローがつい先ほどまでの絶望的雰囲気を払拭し真剣なまなざしで博士を見る。
「記憶を消すわけではなく入れる方なら簡単にできる。なるほど、それで小楯は兄とその教師の顔が一致することがなかったんだな。もうずいぶんと前にそういう考えは終わっていたから」
博士は自分の前に置かれた電妖の運んできたコーヒーに口を付ける。
「二人とこうして話せてよかった…」
その後タローと燭影の前に置かれたコーヒーが何度も継ぎ足され窓の外は暗く、雪がちらつき始めていた。
「昔、小楯が女の子みたいなことを言っててね。」
博士は優しい表情で記憶をだとっりながら幼いわが子のことを思い出していた。
「まだ楯麟がいなくなる前にホワイトクリスマスがいいな、と言い出したんだ。」
「可愛いですね。」
燭影が笑顔で答えた。
「楯麟が発砲スチロールの箱をばらばらにして家の中にばらまいてね。しかりつけた記憶がある。」
窓の縁につもりだした雪。窓は結露しだしていた。
「それなら俺らもしたことありますよ。部屋中真っ白にしちゃって」
「掃除機で全部取るのに一時間以上かかったな。」
タローと燭影も思い出に浸る。
「そういえば始めてですね。クリスマスイブに雪が降るの。」
「そうだっけ?」
タローの顔はいつの間にか以前のように明るく戻りつつあった。
「君たちの産まれた年は雪が降ったよ。小楯の産まれた日だったから、よく覚えてる。」
再び博士の視線が写真に向く。
「え?じゃあ、今日が小楯の誕生日?」
「そうだよ。もう何年も祝ってなかったが…」
燭影の質問に博士は写真から視線を外さずにいう。
「何でですか?」
タローが聞くと燭影が肘でタローの脇腹を突く。
「明日が楯麟の誕生日なんだよ。だから楯麟がいなくなってから小楯の中では歳をとるのをやめたのかもしれない……」
博士はコーヒーをのみ干した。そこに電妖が再び注ごうとすると
「もういいよ。ありがとう。二人もこんな時間まで付き合わせてしまってすまなかったね。この子に送らせるよ。」
そういって立ちあがる博士に
「家近いですし大丈夫ですよ。」
燭影も立ち上がり防寒着を着始める。それを見てタローもマフラーを手にする。
「もう八時を回っている。雪道だろうから足元も悪いし、傘も貸すから、風引かないようにね。」
博士はタローの前に行き肩に乗っているだけのマフラーを後ろで結んだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
とタローが返事をすれば燭影は気にする様子もなく電妖について玄関に向かった。
廊下を進み玄関で靴に足を通していると
「電妖となった動物を元に戻す方法はまだないが動物を電妖にする方法ならいくつかある。」
博士が話し出したのに二人は視線を向ける。
「朝比奈くんが烏天狗というのは以前小楯からのメールで聞いている。お父さんの一番烏の羽をペンダントにしていることも、それを使えば従順とは言わないが家来を設けることができる。君がカラスを使って小楯を探し続けてくれているのは知っている。一番烏を使うことでより多くの鳥を従わせることができる。」
「どうやるんですか?」
燭影は博士の目を離さずにいう。
「銀のペンダントで確実に心臓を突くんだ。そうすればその鳥は電妖になる。これも人工的に電妖を作る方法の一つなんだが、失敗する可能性もある。」
「わかりました。今日はありがとうございます。」
燭影はそういうと玄関を開ける。
「こちらこそ、ありがとう、話を聞いてもらえてよかった。」
タローも挨拶をして家を出た。
「強い電妖の気配があります。急ぎましょう。」
電妖はそういうと歩き出す。
「ところで、お前、なんで喋れるんだ?」
タローが今まで疑問に思っていたことを聞く。
「あの方に改造を加えていただきテレパシーのように電波を発し、脳で受信してもらっているんです。なので口は本当は動かさなくていいんですが人間には驚かれるので」
「だろうな…」
あと少しで家の前の通りに出る角である。
その時二人の目の前をすごいスピードで電妖が通り過ぎていった。
「え?」
「なんだったんだ?」
二人は足を止めるも
「傘ありがとう。」
「じゃあな!」
といって傘を手放し電妖の後を走って追いだす、
「お待ちください!」
と電妖は言ったところで二人は空と地上から電妖を追い。姿は雪のせいかすぐに見えなくなっていた。
燭影が上空より電妖を見つけタローのことに下りる。
「この先の建設途中の建物に入っていった。クラゲ型の電妖だ。」
「捕獲して小楯の居場所吐かせるぞ。」
スピードを上げ二人は建物に向かう。
羽喰はタローと燭影が電妖と接触する少し前からその電妖を追っていた。町内のクラゲ型の電妖を一匹残らず殲滅するのが現在の羽喰の任務である。小楯の捜索班からは外されたものの電妖を追っていればそのうち出くわす可能性もあると自分に言い聞かせて指揮官である金魚のいうことを聞いている。
「あの建物に入ったよ。」
片時も羽喰のそばを離れなくなった嘘喰はいつも暇そうに殲滅作戦中の羽喰を見ていた。
羽喰は電波を蹴って進む。
「あれ?」
その時嘘喰が下を見て声を出した。
「どうかした?」
「いや、なんでもない。」
それだけ言うと羽喰を追い越し建物の最上階に入る。
羽喰も無機質なコンクリートに足を付け歩き出す。
「下かしら?」
「多分ね。それにあれが最後の一匹だろうから抵抗は必死だよ。」
「オームが切れればまた新たに人間をさらいに来るかもしれない。その時をねらえば…」
オーム。今までクラゲ型と呼んでいた電妖の名称である。抵抗を意味する記号から名前が付けられた。
「そんなに死にたい?」
「死なせたいのは貴方でしょ?」
羽喰は嘘喰を無視しで階段を下りていく。おそらく三階だと思われた時
「羽喰!」
デジャヴだろうか?羽喰の心臓をオームの触手が貫通し、抜けていった。以前は腹をやられたな。なんて考えながら羽喰は持っていた剣を振り回す。剣は電妖に絡み、電解され姿が消えた。
羽喰の体は嘘喰により抱きかかえられた。
「死ぬわよ……。どうするの?」
羽喰は瀕死ともいえる状態で冷静な言葉を述べ嘘喰に聞く。
「羽喰は何がほしい?」
質問を質問で返されるもそれについて文句を言えるほど羽喰の体力は残ってはいない。
羽喰は嘘喰の顔に手を添えた。嘘喰が笑ったような気がしたがそんなことどうでもいい。羽喰の本能は血を欲している。今すぐ血が欲しい。嘘喰の首に牙をめり込ませ、その血を一滴残らず飲み干してやりたい。欲に従順な人間の思考はすぐに開花の兆しを見せ始める。
「羽喰、羽喰なら絶対、電魔になれるよ。」
嘘喰は鈍い痛みに顔をしかめるもそれを受け入れる。
階段を上がってくる音がした。嘘喰の視界にはタローと燭影の姿が映る。驚く二人の顔を見て人差し指をたてて口に当てると羽喰が噛みついたまま窓から嘘喰は電波を蹴ってどこかに行ってしまった。
タローと燭影はしばらく唖然とその姿を目で追っていた。
「なんだよ…あれ……?」
燭影がやっと口を開く。タローに視線を向ければ電妖の狼と人間の姿の境界線を行き来する様子が見られた。下唇を血が出るほど噛んでいた。
「帰るぞ…」
だが、一瞬でその表情はもとに戻り来た階段をまた戻る。
現世と電界の境界は異空間である。そこに擬似的な家を建てた楯麟は小楯と共に数か月過ごしていた。
「お帰り兄さん!」
小さな子供の用に小楯は玄関を開けて入ってきた楯麟に抱きつく。
「ただいま。良い子にしてたか?」
「うん!」
楯麟も小楯を子供の用に扱う。二人の時間は十年前のままなのである。
依然小楯目に光など指していない。洗脳状態が続いている。
「さて、小楯にもそろそろ手伝ってもらおうかな?」
「なんでもするよ!あの子たち僕殺せなかったからその分兄さんの手伝い何でもする!」
楯麟は小楯の頭を撫でる。
「じゃあ、まずは神様教師二人から電気を奪い取ってこよう。そうすればこの子たちがたくさん作れる。」
楯麟は自分の近くを飛んでいる電妖に触れる。
「わかった!」
小楯は返事を返し玄関を出ていった。
「マジであのガキバカすぎるだろ?」
楯麟の姿の海月の高笑いする声は異空間に吸い込まれていった。
タローと燭影は帰宅後窓を開けることはなく朝を迎えていた。
昨夜の帰り道、タローは燭影に羽喰の話をした。タローは直感で解ってしまった。羽喰の死、死の直前の吸血行為。あれが電魔になる最終段階なのではないかと、燭影は何も言わずに聞いていた。家に帰り、布団に入ってからも二人の脳内は羽喰のことが占めていた。
朝となり、一睡することなく布団から出る。毎朝感じていた虚無感。部屋の隅に畳まれておいてある布団。小楯が使っていた布団はずっと置きっぱなしである。
窓がノックされた。
「タロー、起きてるか?」
職影がいつものように起きているかを確認しに来た。これも小楯がいなくなってから変わった。タローは自主的に起きるようになった。睡眠が浅いせいか目覚ましの音で起きれるようになってしまった。
「ああ、てか、寝てない。」
「朝飯できてるから来いよ。」
そういうと燭影は部屋に戻る。タローは昨晩、燭影の部屋に雛が来たことは気配で解っていた。博士の話通りに一番烏にするのかと思ったが何事もなく朝が来た。
燭影の部屋から一階に向かうと燭影の両親がテーブルで燭影と共にタローを待っていた。
いつも通りの朝食。それも今日から休みと言うことでゆっくりである。
「そうだ。昨日、二人とも帰りが遅かったから渡せなかったんだけど、はい。」
燭影の母親は二人に包みを渡す。
「メリークリスマス!」
笑顔で言われるもののそれには作った笑顔しか今は返せない二人。
「ありがとう。」
「ありがとうございます。」
毎年恒例の行事をこんなにも煮詰まった気持ちで迎えるとは二人は思っていなかった。
「夜にはタローくんの家でパーティーだって、母さんたちいけないからケーキ残しといてね。」
これも毎年のこと、この家では小さいときは枕元だったがイブの夜にプレゼントを受け取り、翌日の夜にはケーキなどが待っている。いつだったかこれに小楯も混ざることになるだろうと考えたときもあった。だが現実とはこんなものだ。
「今日は遅くならないようにするよ。」
タローは燭影の両親にそう告げる。すると燭影が食事中なのだが立ち上がり
「父さん、雛を俺の一番烏にしようと思ってる。そうすると俺って烏天狗になるの?」
親二人の顔が固まる。そして父親は
「雛は普通のカラスだ。一番烏には程度遠い。それにお前が烏天狗のお役目を継ぐ必要はない。」
「でも、このままだと空の支配者はいなくなっちゃうわよ?」
母親は笑いかけてきた。凄く優しい顔で
「タロー、俺が何になっても…」
「俺たちは運命の結合双生児だ。いつまでもお前と一緒に居てやるよ。」
いつ以来だろうか。自信と信頼に満ちた笑顔をタローは燭影に向ける。
「なんだそれ、臭いセリフ。」
と燭影は笑うものの嫌がってないのは顔を見ればわかる。二人の止まっていた時間が動き出す。小楯を楯麟の手から取り戻す。羽喰を国の手から取り戻す。そして再び燐や煌、世良も元に戻す。元通りまではいかないものの以前の楽しかったころに戻りたい。そんな意志が二人の心を包んでいた。
「ダメだと言っても言うことを聞くような歳でもないしな。それより雛が電妖になる確率は低い。カラス型の電妖を一番烏に選び自らの力を授与することで完了する。時間をかけて雛を選ばずとも」
「いや、雛じゃないとダメなんだ。これを使うから」
そういって燭影はポケットに入れていた羽のペンダントテーブルにを置く。
「昨日、神保博士のところに行ってこの方法を聞いたのか?」
「本題は別だったけどね。父さんの一番烏の力を使って雛を電妖にする。」
燭影は真剣に父親を見下ろす。父親は腕を組んで考えた。
「タローくんのお父さんがジローのことで悩んだことも情報屋敷で聞いているだろう?それでも雛を電妖にするんだな?」
「雛とは話を付けてある。雛はジローとも話をしてあるって言ってた。」
「え?」
その発言にタローは黙っていたがつい声が出てしまった。
「ジローもずっとタローたちといられるなら電妖のままでいいと言ってたらしい。」
燭影はタローを見ながら言った。
「雛も俺やみんなとずっと一緒に居たいって言ったんだ。あいつらは人間より命が短いことを解ってる。だからこその決断だって」
燭影が強く握りこぶしを作って爪がめり込むことで血がにじむ。
「わかった。食べ終わったら支度しなさい。烏寺に行くぞ。」
そういうと止まっていた箸を進めだす。母親も何も言わずに箸が動く。
「座れば?」
タローに言われストンっと力なく座り箸を持ち食事は再会された。
烏寺。そこはもう数十年も前に住職といえる人間がいなくなりカラスの巣になっている場所のため烏寺と呼ばれているが正式名称は天電山烏金寺といい、以前は天電寺と呼ばれることが多かった。この地の名前の由来であり燭影の家の所有物である。
雛とペンダントを持った燭影は家を出る前に
「不安だからタローも来てくれないか?」
と珍しくタローに甘えたことを言ったためタローは快く了承してついて来ていた。
「母さんに後でちゃんと謝っておくんだぞ。」
「うん。解ってる。」
燭影の父親はまっすぐ寺に向かっている。足元を覆い尽くすほどいるカラスたちは燭影の父親が歩く場所をどんどん開けていく。例えるならばモーゼの十戒のカラスバージョンといったところだろうか。
「燭影は中に入りなさい。タローくんはそこで待ってて」
というと燭影の父親は燭影と共に寺の中に入って行ってしまった。タローは小さく開いた破れた障子の隙間から中を見る。
中にはご神仏があるのみだが床にはなにか書かれていた。かすかに聞こえる話し声では
「燭影、これを付けなさい。雛を中央に」
燭影は言われた通りに雛を床に置き父親から赤い木製の物を受け取る。それを顔に当て後頭部で着いている紐を結ぶ。その顔は面をしたことで天狗のようになっていた。
「じゃあ、始めるよ。」
優しい物言いでもその顔は真剣。燭影の父親も面をつけ神仏の前に立つ。タローからはよく見えないもののその手には数珠と錫杖が握られている。
燭影の父親は呪文のような言葉をぼそぼそを言っている。それはタローにはよく聞こえない。儀式を覗いていいものなのか解らずタローは階段に座ることにした。
目の前にいるカラスたちはなんだかそわそわしている様子。そして町中から、森からどんどん集まってきた。
十分二十分ぐらいしたころだろう。カラスたちがいきなり鳴き出す。千羽はいるのではないかと言う数のカラスが一斉に鳴き出したのだ。タローは耳を塞ぐ。だがそれも数秒でおさまる。
「タロー、待たせたな。」
現れた燭影の見た目に変わったところはない。だか唯一変わっているのは雰囲気だろうか。そしてその背後にいる大きなカラス。
「そいつが雛?」
「新しい名前は勘衛門だ。これが俺の一番烏。」
雛、基勘衛門は多きく帆一声鳴くと寺の前に居たカラスたちは一斉に飛び立っていった。
「すごいな。」
「本当、俺に扱えるかな?」
何て珍しく燭影が弱気なことを言うと
「父さんと同じことを繰り返すなよ。お前なら大丈夫だろうがな。」
といって燭影の父親は寺の戸を閉め歩いて行ってしまう。
「父さん!ありがとう!」
燭影は叫ぶように言った。周りでカラスたちが鳴いているからだ。
そこに一羽のカラスが燭影の腕に止まった。何か話している様子をうかがっていると燭影の顔色が変わる。
「水流先生が襲われた!犯人は今蛍火先生のところに向かっているらしい。」
「急ごう!」
タローと燭影は姿を替え電波を蹴って宙へ、まっすぐ蛍火の元へ急ぐ。その姿を地上から見上げていた燭影の父は寺の階段を下りきったところであった。
「自立するのは意外と速かったわね。」
「何、男の子なんてこんなものだろう。」
職影の母親が階段の横で父親のカバンを持って待っていた。
「すまなかったな。」
「何がですか?」
笑顔を向けられ父親は何も言わずに職場に向かって歩き出す。
雪が残る道を踏みしめて進む。
空にも雪がちらつき始めた。
その頃世良は情報屋敷の力を駆使して小楯の行方を追っている最中、電界への道が開いたことと水流が襲われたことをいち早くつかみ、次に狙われている蛍火のもとに急いでいた。大きなウサギの形の電妖に跨り空を行くと途中
「タロー!燭影!」
二人の姿を見つけることになった。
「世良?」
タローは驚きの声を上げる。なんて言ったってウサギの電妖のサイズが可愛い生き物のはずなのだが可愛くないサイズなのだから
「何でここにいるんだ?」
決してスピードを落とすことなく、どちらかというと世良のほうがスピードが落ちる。
「姉様たちに手伝ってもらって電界の入り口の出現と水流先生が襲われたのがわかったから蛍火先生のところに急いでるんだ。二人は?」
「目的は一緒みたいだな。」
タローはそういうと強く電波を蹴る。
「二人とも遅いから捕まって!」
世良に言われウサギの耳を二人が掴んだ瞬間、
「うわっ!」
と声を上げてしまう。ウサギのスピードは二人が体験したことのない速さだった。
そのおかげか神社に着くのに数分の短縮がされた。
「まだ先生を襲ったのは着てないみたいだね。」
「それより水流先生のほうは大丈夫かな?」
世良が心配の声を出す。
「さっき携帯で煌に伝えた。二人が何とかしてくれるだろう。それより蛍火先生探そう。」
タロー、燭影、世良と勘衛門にウサギの電妖は神社の敷地内を歩く。そこにこの時期には不釣り合いは蝶が一羽世良のもとに雪に混じって飛んでくる。
「水流先生を発見したみたい。病院に搬送中。双子もこっちに来るって」
「便利だな。それが情報屋敷で使っている電妖か?」
「契約することで電妖との対話を実現させられるのは世良家のみだよ。」
と自慢げにいうも
「二人ともあれ!」
世良は声を上げる。
三人の視線の先には蛍火が携帯を持って家から出てくるところだった。
「あれ?冬休み早々に三人とも何してるの?」
蛍火の顔も声も穏やかではあるがその手は震えていた。
「先生こそどうしたの?」
「え?」
そういうと手を抑えた。
「水流にまた何かあったみたいだ…」
神というのか神同士でなにか通じ合うものでもあるのだろうか?なんて考える前に
「先生、水流先生また襲われて今病院に運ばれてるところなんだ。それで水流先生を襲ったのがここに向かって…」
そこで世良は言葉を切ってしまった。
「どうした?」
燭影が世良を見る。
「燭影は感じないのか?何か、階段を上がってくる…。」
タローも世良も顔色が変わって行く。
燭影もタローに言われて黒い気配を感じ始めた。
「まさか電魔が来るなんて、この神社も格が上がったものだね。」
蛍火の声は依然穏やかなものだが雰囲気は毛を逆立てた猫のようだった。
羽喰は病院の天井が目に入り自分がベッドの上であることに気が付く。
「目、覚めた?」
ベッドの横には椅子に腰かけた嘘喰と壁に寄りかかる金魚の姿があった。
「気分どう?」
羽喰は身をお越し自分の手を見ながら身震いした。
「全身しびれてる。と、いうよりびりびりするわ。」
「ならよかった。」
嘘喰はいつもの貼りつけた笑みを向ける。
「八九一、電魔になったことを確認し次第女王の任命式が本部である。それまで大人しくしているんだな。」
そういって金魚は病室を出ていった。
「よかったね。これで羽喰は自由になれるよ。俺たちは仲間だ。」
「そうね……この感覚は?」
羽喰は窓の外を見る。
「どこかで電界への扉が開いてその道を通った人間がいる。いや、人間に近いけど電妖だ。」
「楯麟かしら?」
羽喰は布団から出て腕に着いている点滴と輸血を届けている管を引き抜いた。
「彼にしては力が弱いよ。」
「じゃあ、小楯ね。」
窓を開けて足を掛ける。
「その格好て行くの?寒いよ!」
「そんなこと気にしている場合じゃないわ!」
そういって出ようとする羽喰を嘘喰が止める。すると
「待て、羽喰。順備はできてる。着替えぐらい済ませてからでも遅くない。」
「あら、どこに行ってたのかと思ったら」
病室のドアを開けて入ってきたのは土竜であった。
「働き蜂の順備もできてる。」
土竜はベッドに紙袋を投げ出す。勢いで出てきたのは天電高校の制服であった。
しばらくして羽喰は病院の屋上に立っていた。フェンスの上に立ち目的地を見据える。
「行くわよ。」
そういって跳び出すとそれについて無数の蜂の電妖と嘘喰、土竜が羽喰について行く。
燐と煌が蛍火神社に着いたときには一足遅かった。
「タローくん!燭影くん!」
「世良くん!先生!」
と二が名前を呼ぶとタローだけが意識を取り戻した。
「タローくん!なにがあったの?」
燐が興奮気味に言うとタローが口を開く。
たとえるなら黒い気配に包まれた人物が神社の階段を上ってきたことにタローと燭影は羽喰から貰った対電妖具を構えた。だが、そこに現れたのは
「小楯?」
数体のクラゲ型の電妖を連れた小楯がそこに居た。
「小楯!」
タローが名前を呼んだところで反応はない。
「あの時と一緒だ…」
世良が声を漏らした。
「あの時?」
「教室の火事の時だよ。あの時も小楯は反応がなかった。こんな変な空気は纏ってなかったがな…」
タローが聞くと燭影が答えた。
「まるで電魔だ…」
水流が口を開いた。
「電魔って、小楯は生成機の側で電魔なんかじゃ」
タローが蛍火に質問のような問い詰めるような口調で聞く。
「電魔って言うのはね人工的に作っちゃいけない化け物だ。電気を電妖をすべて食い尽くすような生き物なんだよ。まあ、人工と本物では蓄電量が違うみたいだけどね。」
そんな話をしている間も小楯はどんどんタローたちに近寄っていく。
燭影が三人と小楯の間に立ち銃で小楯の足元を数発撃った。
「燭影!」
「止まれ小楯!」
これ以上近づけるのは危ない。燭影はそう判断しての行動だった。だが、小楯は足を止めることはなかった。
「邪魔なんだよ。」
世良の体に悪寒が走り後ろに仰け反る。
主のピンチを嗅ぎ分け世良のウサギの電妖が小楯に突進した。だが、それを小楯は弾いた。世良は思い出す。世良も小楯も同じ時に羽喰からタイヤを受け取っていることを
小楯の回りの電妖が世良の電妖にその体を近づけたと思ったらウサギは一瞬で消えた。
「吸電…」
タローは小さく言葉を漏らした。燭影は銃をしまい翼を広げる。勘衛門が燭影の腕に止まるとその体は光、形が変わって行く。錫杖となり燭影はそれを振りかざし小楯に突っ込んでいった。
「燭影!」
タローが再び名前を叫ぶ。
「タイヤの結界で小楯を傷付ける心配はない!今のうちに先生を連れていけ!」
と燭影は言うものの弾かれ着地する。神社の境内だというのに小楯の力はすさまじい。
「燭影危険だ!」
世良に言われたところでそんなこと百も承知の燭影は口元に笑みを浮かべる。
「んなことわってんだよ!」
燭影はまた錫杖でタイヤにぶつかるも電妖でできたそれが結界を通ることはない。
そんなことをしている燭影を見て
「世良、先生を連れていけ」
「お前まで何言ってんだ!」
世良が不満と不安の声を漏らす。
「早く行け!」
タローがそういうものの蛍火すら動く気配がない。
「ダメだ。このままでは全員殺される。」
口を開いた蛍火は姿を煙に替え天へ一人で行ってしまう。
「先生!」
世良の声なんて気にする様子なく蛍火は飛んでいく。
小楯もそれに気づき目の前の燭影をクラゲ型の電妖を使い燭影の体を自分から離れさせる。燭影も抵抗して翼で電妖を撥ね退けようとするも簡単に捕まってしまい錫杖を落としてしまう。
宙に捕まり動けない状態で
「うあああ!」
燭影は声を上げた。目を見開き、全身の毛を逆立て燭影は身に起きていることを理解しようとするも全身に走る痛みと奪われていく力が彼の意識を持って行った。
燭影が地面に落ちるのとほぼ同時に小楯が宙に居る蛍火を追って電波を蹴った。それを見てタローが蛍火と小楯の間に入るも
「うわっ!」
電妖によってその体は地面に叩きつけられてしまった。下敷きとなった世良も気を失ってしまう。
「これは僕の作戦ミスだな…」
蛍火は自傷の笑みを浮かべると同時にクラゲによって捕まり吸電され地面に体が落とされる。
小楯は階段を上がってくる半妖の気配に電界を開きその中に入っていった。
そして燐と煌が神社に到着したのだ。
タローは身をお越し辺りを見渡し
「燭影!」
親友の名を呼ぶ。近くで錫杖が勘衛門に戻っていた。すると燭影の瞼が動く。
「燭影!大丈夫か?」
「気分悪いが平気だ。電気を持ってかれた…。」
燭影は頭を振り自分の視界を安定させる。
「勘衛門、大丈夫か?無理させたな。」
燭影が勘衛門に手を伸ばす。勘衛門は元気そうに鳴き翼をはばたかせる。
「世良と先生は?」
燭影がいいタローは燐と煌に振り向く。
「世良は頭打ってるみたい。念のため先生と病院に行ったほうがいい。」
煌が携帯を取り出し電話を始める。
「二人とも本当に大丈夫?」
「ああ、それより小楯は?」
辺りを見渡してもその姿も気配もない。
「もうあたしたちが来たときにはいなかった。」
燐がうつむき言った。
「一足遅かったわね。」
そこに羽喰が宙から降りてきた。
「羽喰ちゃん!」
燐が羽喰に抱きついた。
「ずっとどこにいたの?」
羽喰の胸に顔をうずめて燐が聞く。
「心配かけたわね。順備が整ったわ。まさかまた水流と蛍火が狙われるとは思っていなかったけど」
羽喰は倒れている蛍火に視線を向ける。
「あと五分ぐらいで着くって」
煌が携帯片手に羽喰に近寄り言った。
「そう。」
羽喰は短くそういうと遠いところに視線を向けた。
「またか。今日はよく開くね。」
嘘喰も同じ方向を見て言う。
小楯は電界の入り口からまっすぐ進まず、家のある狭間の空間に向かって歩く。
玄関を開け、
「ただいま!兄さん、ちゃんと電気取って来たよ。なんか変なのもいたからついでにそいつからも取ってきちゃった。」
と小楯が楽しそうに言うも楯麟の返事はない。
「兄さん?」
自分がいない間に出かけてしまったのだろうか?そう思いながらリビングに行くと
「兄さん!」
楯麟は床にうずくまっていた。
「どうしたの?苦しいの?」
小楯は焦って声をかける。
「こ…だて……?」
確かめるような声が今までで一番優しいものだったように感じた。
「小楯、小楯!」
楯麟はそういいながら小楯に抱きついてきた。
「兄さん?どうしたの?」
なぜか今までとは違う楯麟に戸惑うもどこか懐かしさを感じていた。
「ゴメン、ごめん小楯……兄さんは、ずっと…」
そこまで言って強く抱きしめられていたのだがその力が抜けふんわりと抱き締め直された。
「なんでもないよ。小楯、今のは忘れろ。良いな?」
いつもの楯麟に戻り小楯は自分の中でぐるぐるするものがありつつそれに気が付かないふりをした。
「それでね兄さん、ちゃんと電気奪って来たよ。」
「そうか。さすが小楯、俺の自慢の弟だ。」
優しい手つきで頭を撫でられ小楯はまどろむ。
「それじゃあ、あの町を壊しに行こうか?」
「うん!」
空間から家が消える。真っ暗な電界の狭間から明るい現世の入り口に向かってゆっくり二人は歩き出す。
二人が電界から出るとそこには
「随分はお出向かいだな。ゴミはゴミらしく処分されろってんだ。」
楯麟の口角が上げるも唾を吐き捨てた。
「電魔を待ち構えていたんですものこのぐらい少ないかと思ったんだけど?」
皮肉を羽喰が言うと小楯は睨み付けてくる。
「小楯の洗脳は随分と簡単なものだね。それで自分を兄だと騙せていることが不思議だね。」
嘘喰が羽喰に並んで言った。
「騙す?俺は小楯の兄だ。お前等こそ何言ってる。それで俺から小楯を引き離そうとしているのなら無駄なことだ。」
楯麟は小楯の肩を引き寄せる。すると小楯から大量のクラゲ型の電妖が生まれる。
「貴方が楯麟の体を使っているただの電妖の海月ってことぐらい調べが着いているのよ。電魔の楯麟に電魔の力の源となる生成機の小楯、それを利用してこの町ごと電界に飛ばそうとしているのでしょう?」
羽喰は憶測のような話をあたかも確信があるような言い方をするのを少し離れたところにいるタローたちは見ていた。
「だったら?」
その言葉に小楯の瞳は動揺に動く。
「あ、もうお前いらないから」
楯麟、基海月は小楯の頭を鷲掴みにする。
「兄さん…?」
「俺、お前の兄さんを殺して乗っ取ってるだけだからお前のことなんてどうでもいいんだ。」
さらっとそういうと小楯からさらに大量のクラゲ型の電妖が生まれる。
小楯は膝を着き倒れ込む。その顔をどんどんやつれていく。
「その手を離せ!」
燭影の声は響く、錫杖で海月を殴りにかかるも海月は小楯から手を離して錫杖を避ける。それにより小楯は地面に向かって落下落下していく。
「小楯!」
燭影もそれを追って急降下。地面に当たる寸前で服を掴み衝撃を回避した。燭影はその体を抱きかかえ服を直す。
「土竜。」
羽喰に言われ土竜は燭影と小楯の元へ、燭影から小楯を受け取る。視線は一瞬小楯の素肌に浮かぶ大きな縫い傷に行くも
「病院に届ける。お前は大丈夫か?」
と気にしたそぶりを見せずにいう。燭影はつい先ほど吸電されている。そのせいでふらふらしているのだが
「あのバカ野郎を殴ってから行きます。」
そういって翼を広げタローの横まで戻る。
土竜も姿を消し病院に言ったのを確認する。
羽喰はタローと燭影を呼ぶ。
「小楯は奪還した。二人がここにいる理由はないわよ。実は正式に巣に居れたわけじゃないのよね。」
と言われるものの
「そんなこと今更言われたところで困るんだよ。」
「そうそう、あいつ殴るまでその事知らなかったことにしておいて」
タローと燭影は羽喰の左右に立ち錫杖と槍を構える。
「オームは蜂に任せるわよ。燐と煌もそっちに加わり電解してしまいなさい。」
「オームって?」
燐が聞く。
「形が似てるからあの電妖たちの名称をオームにしたんだ。」
と嘘喰が答える。
「嘘を教えないの。抵抗の記号から取ったのよ。名前無いと不便でしょ?まあ、それも今日でおしまいだけどね。」
羽喰はそういうと先に海月に剣を突き立てるも簡単にかわされる。
それを援護するように次々とタローと燭影が槍と錫杖を突き立てるも避けられてしまう。
「そんなんじゃ当たらない。」
余裕そうに海月は言った。そこに
「調子に乗るな。」
羽喰が脇腹に剣を突き刺した。その姿は白髪に電気をまとい死体のような白い肌に紫の唇。雪降る寒さのせいではない。これが電魔。人間を母体に作られた化け物である。動物を電妖にするのとはわけが違う。この世に存在を許されない死んだ人間。電気信号を使い生きることのできるいわばフランケンシュタインの怪物のような物である。
「そう、電魔になったのか、楽しめそうだな。お前の体もあそこの電魔の体も俺がもらってやるよ!」
そういって羽喰を突き飛ばす。
嘘喰は羽喰と海月の交戦をただ見ているだけであった。近寄ってきたオームを握り潰し自らに吸電する。そんなことをしているとだんだんオームも寄って来なくなる。
「何で電魔同士で戦うわけ?」
海月は電魔のようで電魔でない。その体は電魔であるが中身の二つのうち一つはただの電妖。小楯だって電魔のようで電魔ではないがきっと羽喰のように死んで血を飲ませれば電魔になんていつでもなれる。それでも電魔に近い存在が嘘喰にとって仲間(家族)なのである。
「あの理論はもともと矛盾だらけだ…」
女王蜂プログラムに落ちた羽喰、それを始めるきっかけとなった自分の誕生。そもそもそこから間違っている。
「電魔なんてこの世に居ちゃいけないんだ。」
遠くで燐と煌がオームを電解していっている。蜂は初期に比べて数が大幅に減っているもののオームも相当数減った。
それより遠くで雀蜂の大軍が用意されているのは気配で解る。
羽喰は海月に傷をつけられたもののその倍以上の傷を負っている。
槍を持った人狼。錫杖を構える烏天狗。
「異空間だ…。」
自傷の笑みは自らを傷つける。
「死んじゃあだめだよ…羽喰……。」
嘘喰の声は虚無に消える。
海月を囲む三人。先ほど三人そろってタイヤのゴムが切れ結界が使い物にならなくなってしまった。それでもタローの槍は攻撃しながらも防御もできる。この戦いの中やっと洞窟で遭遇した大型のオームからの攻撃を防げた理由がわかった。燭影も勘衛門と烏天狗の力を駆使して攻撃を防いできた。唯一防御のすべを持たない羽喰であるがそんなこと気にすることはない。羽喰には嘘喰が着いているのだから
タローは海月に槍を突きつける。
「その槍邪魔だな。」
海月はそういうとタローの槍を掴んで力を込めると簡単に砕けた。それに驚いているタローの腹を蹴ると地面に落下していった。
「タロー!」
「よそ見とか余裕だな。」
燭影は声のした方向を見る前に勘衛門の張る結界を海月が殴り少し飛ばされてしまった。
羽喰はそれを見て背後から剣を突きつけるも
「だからさ、邪魔なんだよ。武器とか使うなし」
そういいて羽喰の剣が自らに刺さっているにも関わらす刃を掴み砕いた。そして羽喰の首を掴み振り上げると真下に向かって投げた。
タローは人狼の姿から完全な狼へと姿を変えた。そして海月の元まで走りその肩に牙を突き立てた。
「お前バカだろ?この体は楯麟、小楯の兄の体なんだぞ?」
タローは顎の力を緩めてしまう。そのすきに海月はタローの体を自分から引き離し再び腹を蹴りつける。だが、
「んなこと解ってんだよ…。でもお前を倒さねえと小楯の元に兄貴が帰って来ねえだろ!」
と蹴られている足を掴み今度はタローが海月を投げる。
一瞬、楯麟の体から何かがぶれて見えた。
地面の叩きつけられた海月に羽喰は足を引きずって近寄る。そして体の中心に自らの腕を突きつけ羽喰の手は海月の体に入る。
「これであんたも終わりよ。」
羽喰は何かを掴むとそれを体外に引きずり宙に投げ出す。
「タロー!」
羽喰に名を呼ばれタローは力無く宙を漂う電妖を詰めで切り付けた。