ジンゾウ電魔
ジンゾウ電魔
夏休みも終わりに近づき生徒会室では誘拐事件の報告を小楯の希望により行われていた。
話の中にはもちろん小楯の祖父の論文から小楯と楯麟の現在の状況についても話された。
「と、言うことで現在楯麟の行方と敵の正体の捜索中。問題は今後小楯が狙われた場合近くにいる人間で対処しきれるかという問題なのよね。」
「小楯の兄貴に何かない限り小楯に敵の手が迫る可能性は低いんだろ?」
タローは羽喰に聞く。
「そうね。でももし敵の手から脱走を図った楯麟が小楯に接触をするために蛍火神社に現れたのなら現状は最悪よ。もしそうでなくても楯麟が電魔になったかどうかも確認ができない今小楯をどういう目的で連れて行かれるかもわからない。神保博士には話を通してあるから小楯は今まで通りタローか燭影の家に居なさい。」
「わかった。父さんほかに何か言ってなかった?」
小楯と羽喰の視線が交わり羽喰はすぐに視線を外す。
「悪かった。今まで黙っててって言ってたわ。これが国の人間の私に言った言葉なのか貴方に言ったのかはわからないけどね。」
羽喰はそういうとカバンに荷物を詰めだす。
「もう解散していいわよ。今日は水流が退院するから」
といってカバンを持って出ようとすると
「水流先生今日退院なのか?」
タローの腕を掴まれて聞かれる羽喰。
「そうよ。入院中の荷物があるから手伝いに行く約束なの。貴方たちも行く?」
蜂の巣は国立蜂須賀総合病院内にある。
ゾロゾロと大人数で廊下を進む。
「ここは十年前に建てられた電妖による怪我も見れる病院よ。町の医者のほとんどが町外出身だし、電妖の存在について説明を受けているところで見えない人ばっかりだったし、仕方なく国に要請して作ってもらったわ。」
「十年前って、羽喰ちゃんまだこの町に居ないよね?」
煌は聞く。
「いないわね。」
そう答えるだけでそそくさと歩いて行ってしまう。聞いてはいけないことだったと燐は黙る。
「ここが水流の病室よ。入るわよ。」
「どうぞ」
と答えが返ってくるもそれは水流の声ではなく。
「蛍火先生もいたんだ。」
と燐がいう。
「一様大事な親友がやっと退院できるんだからね。迎えに来るのは当たり前だろ?」
「水流が誘拐された時いなくなったことにすら気が付いてなかったくせに」
と羽喰に言われながら笑って流す蛍火。
「そういえば水流先生は半日ぐらいしか人間でいられないのに蛍火先生は一日人間でいられるよな。何が違うんだ?」
タローが気になって聞く。
「水流は単なる神経質すぎて力が持たないだけ、僕はそれに比べてこの性格だからね。」
蛍火が答えた。
「悪かったな神経質で、お前だってこうすればすぐに戻るだろ!」
といいながら背中をツーッと指でなぞる
「わわわっ!」
蛍火の姿がいきなり消えた。と思ったら足元に小さなネコのような蛍火がいた。
「いきなり何するんだよ!」
蛍火が少し動くだけでもくもくと煙が蛍火を包んでいく。
「なんだこれ?」
燭影が言う。
「そうだな…たとえるなら妖怪の煙羅煙羅みたいなものだ?」
水流が答える。
「適当に言うな!」
と蛍火は動きまわりついにその姿が煙で見えなくなる。
「蛍火の便利なところはすぐに人間の姿に戻れることね。」
羽喰は説明しながら荷物を持つ。それを見てタローや燭影も荷物を持つと人間の姿に戻った蛍火が羽喰の持っている荷物を持って部屋を出る。
「退院手続きは終わってるから帰るよ。」
と先導していってしまう。
「悪いな荷物持ちさせて」
と水流はいいながら病室を出ていく。
病院を出てからまっすぐ水流神社に向かう。
「そういえば今年のお祭りは先生大丈夫なんですか?」
燐が水流に聞く。
「それに間に合うように退院させてもらったからな。蛍火神社の祭りは迷惑かけてしまって、本当にお前らには悪いことしたな。」
水流はそういうと蛍火が
「僕には労いの言葉はないわけ?水流の代わりに使者をやってやったんだぞ。」
「別に俺が頼んだわけじゃないからな。でも、助かったよ。」
と言って早歩きになる水流。
「先生照れてる。」
と燐が笑う。
「本当、素直にならないよね。」
蛍火がからかう。
水流神社につけば参道には出店の順備が始まっていた。
「祭りの手伝いならもうしないわよ。」
羽喰は入ってすぐそういった。
「え?いいじゃんか。結構楽しかったし」
タローが言うと横で燐と煌が嫌な顔をする。
「なにその顔?」
燭影が聞くと
「ここの手伝いはやだ。」
「右に同じ」
と二人がいう。意味の分からないものは頭に疑問符を浮かべる。
「大丈夫、今年は蛍火がいるから手は足りそうだ。」
「僕こき使われる予感しかしない。」
と遠くを見る蛍火。
水流の家に荷物を置いて中でお茶をもらうことになった。
水流と蛍火が台所に行ってしまうとしばらくして一羽の鳥がお盆にお茶を人数分もっと歩いてきた。
「鳥が翼を使ってお盆を持ってきた!」
と興奮するのは燭影のみで見慣れていないタローや小楯、世良は唖然と歩きお盆を持った鳥を見る。
「それは水流の式神よ。燭影だって鳥を自由に動かせるでしょ。その延長よ。」
「いやいや、普通鳥の翼がこんなふうに曲がることないから!」
と興奮しながらいうと
「式神だってば」
と水流が茶菓子を持って羽喰たちのいる居間に戻ってきた。
「朝比奈くんは鳥の半妖だっけ?」
「はい、黒い大きな鳥だって母さん言ってました。」
お茶をすすると皆も釣られて口元に湯呑を運ぶ。
「烏天狗の一番鳥って知ってるか?ワタリガラスの姿で三本足のカラスで十数年前に主人である天狗が人間に恋をしたときにその相手の女性を襲い蜂に狩られた電妖だ。」
湯呑を置いて茶菓子の皿を持ちながら水流がいう。
「何でそれを俺に言うんです?その電妖が母さんを襲ったかなんてわからないじゃないですか?」
「わかるさ」
水流はそういうと茶菓子を口に運ぶ。
「その天狗は知り合いだからな。数年前にはその子供がこの神社で友達と迷子になっている。」
燭影はタローと顔を合わせる。
「先に行っておくがそいつはちゃんと奥さんに自分の正体を伝えている。」
水流が付け足す。
「くそ爺が、俺に隠し事とはいい度胸だ。帰ったら問い詰めてやる。」
燭影はそういいながら茶菓子を一口で頬張った。
「でも燭影の父さんって俺ずっと人間だと思ってた。」
「人間だぞ。」
と水流がいうものだから羽喰と蛍火以外の視線が水流に集まる。
「烏天狗の天狗って言うのは半妖なんだよ。だから人間の姿をしている。その半妖の子供や孫って言うのは力があっても人間なんだよ。」
「まあ、結婚相手にもよるけどね。」
と羽喰が言ってお茶をすする。
「余計に訳が分からなくなった。」
とタローはいった。
「あ、そうだ。」
といきなり水流は立ち上がり戸棚の引きだしを開けて何か封筒と取り出す。
「話変わるけど助けてもらったお礼にこれやるよ。今いないが生徒会の子たちも誘って行ってくるといい。期限が八月いっぱいだが、」
そういって渡されたのは天電遊園地の一日フリーパスであった。
「良いの!ありがとう!」
と喜ぶ燐。
「羽喰ちゃん、早くみんなに連絡取っていける日取り決めよう。」
と煌も喜んでいる様子。
羽喰は携帯を取り出しメールを送信すると意外と早く返信メールが四件届く。
「ダメね。四人とも部活や家の用事で開いてないんですって、行くからには条件出すわよ。」
と羽喰が言うと
「ええー…」
と皆がいう。
「行きたいなら宿題を終わらせてからよ。みんなどれくらい残っているの?」
と羽喰が言うと
「俺と小楯と世良は終わってるよ。」
と燭影が言う。
「いつの間に!」
タローはそういうも思い当たる日が数日存在していた。
「俺と合わない間に三人で宿題終わらせたのかよ!」
「だって俺のゲームは全部お前の部屋に置いてあるからやることが少なかったんだよ。」
燭影の発言に小楯は笑う。
「そういうタローは?」
羽喰が聞いてくる。
「数学があと二枚と読書感想文。」
「二人は?」
羽喰は双子を見る。
「あたしたちもあと読書感想文かな。」
「そう、感想文って言うのは冒頭数ページと終わり数ページとあらすじさえ読んでいればかけるからすぐ終わるわよ。」
と羽喰はせこい手を三人に教えている。目の前に教師が二人いることを無視して
「そういえば国語の海月がこの前洞窟の湖の先にあった別の洞窟に居たんだよね。山なのに下駄で」
「海月?」
羽喰を含め水流と蛍火がタローに聞く。
「あれ?羽喰ちゃん海月先生のこと知らないの?まだ一回しか授業したことないけど」
と燐がいう。
「いたかしらそんな先生?」
羽喰は水流と蛍火に視線を送るも
「僕らが知ってるわけないじゃん。」
と蛍火がいい切る。それもそうだ。水流は午前しかいないし蛍火が人の顔と名前を一致させて覚えている確立が低いことを羽喰は知っている。
「あの先生いっつも休みとかで授業は全部仮の先生だもんな。」
と燭影もいう。
「本当に解らないのか?」
と聞かれたところで思い出せない。
「まあ、どうでもいいけど」
羽喰はタローが言っていたことをすっかり忘れ海月を思い出そうとするもそんな名前に心当たりがなく思考がそれを閉めていく。
夕日が室内に差し込むのを感じ
「もうこんな時間!」
と燐が時計を見ながらいう。
「そうだな。神社の下まで送るよ。」
と水流が立ち上がると皆も立ち上がる。
「僕待ってるから」
と蛍火はお茶を注ぎながら言う。水流はその様子に溜息を漏らしながら玄関に向かって言った。
神社の階段を下りたところにある鳥居の前で水流と分かれ歩いていた。
「それじゃあ、宿題を明日中に終わらせるとしてどこでやる?」
「久しぶりに世良の家行きたい。」
「え!」
と燐の発言にタローが場所を指定すると世良が大きく反応を示した。
「何か問題あるのか?」
燭影が聞く。
「この前あんなことがあったのによく来る気になるよな。」
と世良は呆れた顔でいう。
「何があったの?」
煌が興味を持った。
「世良の姉ちゃんたちに家の中引っ張りまわされた。」
「でも一度ああいうことがあったんだ、二回目はないだろ?」
タローと燭影が悪夢のような記憶を思い出す。
「俺の家は三人を案内した数倍ある。同じことの繰り返しだよ。」
世良も呆れたようにいう。
「でも本があってみんなでワイワイできるところってないよ?」
燐が世良の家に行きたいアピールに入る。
「羽喰の家は?」
というとぴたっと燐と煌の動きが止まる。
「ダメよ。家にこの人数入れたら窮屈だわ。」
「ワンルームなの?」
燭影が聞く。
「2LDKよ。もとは土竜と住んでいたからね。でも六畳と四畳半、ものもあるから狭いわよ。大きな荷物もあるしね。」
嘘喰という大きな荷物…。
「そうなんだ。やっぱり世良の家だな。無理なら考えるが」
タローに双いわれしぶしぶと言った顔で
「しょうがない。」
とため息を漏らす。
タローと燭影、小楯は以前来たとき同様、門をくぐり屋敷にはいる。玄関の戸を開け
「ごめんください」
と燭影がいう。
「なんか違わないか?」
「そうか?」
と人を呼ぶ動作がこれであっているようで友人の家にこの言い方で上がっていい物は話をするタローと燭影を横目に小楯が靴を脱いで上がる。
「世良くんには来たこと伝わっているから勝手に上がっていいんだよ。多分前の部屋か世良くんの部屋にいるだろうから」
と小楯について上がると
「いらっしゃあい」
と榎が現れた。
「お、お邪魔します。」
つい圧倒されてどもってしまった。何せその格好が水着なのだから
「世良ちゃんに聞いたわよ。プール行く前にみんなで宿題終わらせるんですってね。」
榎の案内で世良の元へいく。
「そうなんです…」
「なんでもチケット余ってるんですってね?」
と楽しそうに振り返ると榎とタロー、燭影の顔は後数センチで当たる距離まで迫る。小楯は固まる二人の体を後ろに引く。
「みたいですね。」
小楯がそういうと榎は以前入った部屋の扉を開けた。
「遠回しに行きたいと言われても俺らに決定権ないんで、会長ちゃんに聞いてください。」
と燭影が言うと
「貴方たちが連れて行っていいって言うなら彼女たちも連れていけるわよ。何せチケットは七枚で一枚につき二人は入れるものだからね。さすが優待券ね。」
羽喰はチケットをひらひらさせながらいう。その両サイドで燐と煌が本を読んでいた。
「俺は構わないけど」
タローは燭影を見ながらいう。
「俺も別に…小楯は?」
とさっきから燭影から離れない小楯に聞く。
「二人が良いならいいんじゃない?」
というと榎は喜んで部屋を出ていった。
タローたちはそれを見送りソファーに座る。
「世良は?」
と羽喰に聞くと
「あの姉たちに捕まってるわ。今日中に終わらせれば明日行ってもいいけど」
「マジで!俺頑張るわ。」
タローは机にプリントを広げる。
「感想文は?」
と羽喰が聞くと
「昨日昔読んだ本から選んで書いた。」
「あ!その手もあった。」
燐が本から顔を上げる。だが本のページはほぼ終わりに差し掛かっている様子。
「せっかく読んだんだからそれを書きなさい。それ一昨日売り出し始めたばかりの物だしね。」
と言いながら羽喰は論文らしきものをぺらっとめくった。
「会長ちゃんは何読んでるの?」
「小楯のお祖父さんの書いた論文をもとに海外の機関が臨床実験をした結果をまとめたものよ。日本では禁止だけど発展途上国でははっきり禁止されていないからね。でもこれは失敗したという内容だけどね。」
「失敗?」
小楯が羽喰の後ろに回って論文に目を通すも
「何語?」
と読めなかったらしい。
「先進国に知られては困るから暗号文にしてあるのよ。アジア圏の言語を中心に組んでいるから解読は簡単よ。」
「簡単に内容説明お願いします。」
と燭影が言うので羽喰はページを戻す。
「実験結果をもとに始めは自国の子供を使ってみたものの全員失敗。他人同士がいけなかったのかと兄弟を使ってみるも失敗。」
「初期の放電体質の実験か…って、こと小楯とお兄さんは偶然身近にいたと言うことで使われたのか事前に相性診断がされていたのか」
燭影は論文を思い出しながらいう。
「そうね。偶然か必然かは解らないけれど小楯のお祖父さんにとっては運のいい事態だったでしょうね。」
羽喰は論文の続きを読み始める。
「ついに見つけた兄弟は日本人の子供だった。兄は生成機に弟は電魔の母体に相性がいいことが解った。このことからこの実験には日本人が適していることが解り在国する日本人を拉致し、子供を産ませることにした。」
羽喰の読んだ文章にその場にいた全員が顔を上げ羽喰を見る。
「マジかよ…」
「小楯のお祖父さんの論文が発表されたのは私たちが生まれた十六年前、この実験は十五年ちょっと前に行われている。当時ある地域で日本人の無差別誘拐が多発。さらわれた日本人は五年後の医薬品会社倉庫爆発炎上事件の際全員遺体で発見、子供の死体も多く見つかったことからその時は薬品実験に使われたとして報道されていたけどおそらくこの実験に使われたのでしょうね。」
羽喰は再び論文に目を向ける。
「実験から半年、やっと二組目の兄弟の改造の成功したため日本人誘拐を一時的に中止した。一組目の兄弟は弟が器として機能しなくなってきたときに現れた二組目のこの兄弟に期待が集まっていた。この半年で薬品を使い多くの子供の出産があったが皆未熟児で使えない。こいつらの処分もある。そして母親の死体の処分もある。この実験を成功させるには男児であることが不可欠である。」
「薬品?」
小楯が聞く、すると部屋の扉が開き世良が入ってくる。世良は室内の空気を呼んでそっとソファーに腰を下ろした。
「病院に電話で聞いたら違法薬物で作った成長促進剤ではないかっていってたわ。でもそんなのを子宮にいる子供に施したところで母体の負担が大きすぎて出産前に母親が死んでしまう。出産の順備もできていない体で産んだ場合子供も親も死亡する確率が高いそうよ。」
「それで死体の処分…」
燐がうつむきながらいう。煌が席を移り燐の隣に座る。
「その後成功個体は産まれることがなく三年、兄弟に異変が現れた。兄が痩せ弟の体にこの歳の子とは思えない筋肉が付き始め性格もだんだんと乱暴になっていった。薬のせいか成長が早く三歳とは思えない姿となった。」
「成長促進剤の後遺症?」
世良が口を開いた。
「後遺症というより今でも薬の効果が続いているんだわ。おそらく兄の方が電妖を生み出すことで体力などが奪われていっているのね。弟は電気を得て成長が止まらない。」
「酷い実験…」
小楯が言うと視線が集まる。小楯と楯麟にはそんなことはなかったのか皆の中で不安がある。薬がなくとも電気を吸われて痩せていたのではないかなど思考が回る。
「この論文は途中で終わっているの。おそらく十年前の爆発炎上事件の時で止まっているんでしょうね。兄が動くことすらままならない体となり弟の体はもう大人と変わらなくなってしなった。五歳の子供のはずなのに、最近では一人になりたいと言ってよく庭にいる。ふとその姿を見たとき弟の体から電妖が泣きながら現れていた。触手の多い電妖だと言うことが伺えた。兄の死が近い。まさか弟も電妖の生成ができるのだろうか?電妖は泣きながら消えていくのを何度目にしたことか、だがここ数日その姿も見ることがなくなった。今、工場内には警報機の音と赤色が占めている。俺はあいつに殺される。」
羽喰は論文を机に投げるように放った。
「ずっと思ってたけどこれって日記?」
「おそらくね。実験の様子を日記にまとめていたのでしょう。それを誰かが論文にまとめた。現在この弟のほうは行方が分かっていないわ。遺体の状況から兄のほうは見つかっているけど、これを書いたとされる男もね。」
「こいつが生きていれば今俺らと同い年…」
タローがそういうと
「出生からの年齢ならね。でも五歳で大人と変わらないというなら成長は三倍以上、見た目は四十代半から五十代半ばかもしれない。」
「親たちぐらいか。さすがにこの町に来ているなんてことはないだろうからいいけど」
と燭影が言うと
「そうとは限らないわ。彼がどこで何をしているかなんてわからない。いつ日本に来て妖人、半妖としてこの町に入っているかも私たちには解らないわ。そんなことより気付かない、この論文について、」
羽喰はいうも皆ピンとこない様子。それに小楯が
「この兄弟、名前無いの?」
といい、皆はああ、と声を出す。
「記録上名前がない。もちろん出生届が出されている訳もない。個体番号すらない。」
タローは一瞬羽喰の瞳の奥に暗い物を見た。
「名前がそんなに重要?」
世良が聞く。
「体は名を現す…世の中人に発見されて名前の無い生物なんていないの。名前がなくとも呼び名が存在する。意図的に日記から論文にした際抹消されたのか、元から兄と弟と呼ばれていたかは解らないけど、戻るけど母親は少なからず二回出産している。兄には名前を付けたはずよ。それが記録にないというのは変な話よ。」
その時羽喰の携帯が鳴る。
「宿題終わらせなさい。」
と言って部屋を出ていった。
「宿題しろと言われても、」
「こんな話の後にやり辛い、ファンタジーの感想文…」
燐がいう。
羽喰は携帯画面に表示される名前に溜息をついて電話に出る。
「なに?」
「不機嫌?何かあった?」
と嘘喰は楽しそうにいう。
「要件を言いなさい。」
「ん?ただ今日帰らないってだけ、夕飯いらないから」
「それ、電話してくる意味ある?」
「え?声聞きたいからに決まってんじゃん。それじゃあね。」
と一方的に着られる。
室内に戻ると三人は机に向かい、三人は読めない論文を見ていた。
とそこに
「ねえ!デパート行きましょう!」
と椿が入ってくる。その姿はなぜか先ほどの榎同様水着だ。
「何でいきなりそうなるのよ?」
突然の登場になぜいきなりそんな話になったのは解らない羽喰は聞く。
「だって、あるのは去年の水着だから新しいの欲しいのよね。みんなのも買ってあげるから行きましょう!」
と言われるも
「彼らが宿題を終らせないと明日行けないの。」
羽喰がそういうと
「もうすぐ終わる!」
と燐がいう。水着を買ってもらえると言うことにスピードが上がる。それを見て煌もスピードを上げる。
「タローは?」
「俺もあと少し」
と言われ羽喰は溜息を着く。
「まず、貴方たちはその格好でいくつもり?着替えてきなさい。十五分後には玄関に居なさい。」
と羽喰に言われ椿は
「さすが蜂須賀様!」
といって部屋を出ていった。
「十五分で終わるわね。」
「行ける!」
燐が張りきって返事をしてきた。
デパートまで車で数分。スポーツ用品のあるエリアに向かう。すると並んでいたのは女性水着ばかりである。
六姉妹が来たと言うことでフロアの奥の個室に案内される。
「何ここ?」
とタローが世良に聞く。
「VIPルームみたいなところだと思う。姉様たち騒ぐと五月蠅いし結構買っていくしここのほうが店員も接客しやすいんじゃない。」
と近くのソファーに座り込むので隣りに座るタロー。
「七色の色違いのデザインのが今年あるでしょ?それ持ってきて、あとあの子たちに似合いそうなのも」
と店員に言う桜。
しばらくして戻ってきた店員の手には山のように水着が持たれていた。
「雑誌で宣伝していたのがこちらの色違いと形が少しずつ違うものになります。」
「色は決まってるから、デザイン見せて」
と椿がいい、テーブルに六着が並んでいる。
「お客様方はこちらにどうぞ」
他の店員がタローたちを他のテーブルに案内した。
「お先に男性ものから、胤臣様のは…」
「僕はいいです。どうせ姉様たちが選ぶんで」
と言って溜息を漏らす。
「かしこまりました。では、今年は……」
店員は今年の流行についてや色合いなどの説明をする。
長い説明の末、タローと燭影、小楯のが決まるも
「あの、男女で似たような柄の物ないんですか?」
と燐が煌の後ろに立っていうと店員も双子とすぐ分かり
「少々お待ちください。」
と言って席を外し数分して戻ってくる。
「こちらが今年のオリジナルデザインの男女セットの物になります。」
「カップル用だけどね。」
羽喰が言うと店員が苦笑いをする。もとからセットなんてカップル向けの商品である。
「いいの、いいの。これって逆の色もあるんですか?」
「はい。ございます。」
燐は気に入ったのか店員と話を進める。
「じゃあ、あたしのを青にして煌のを赤でお願いします。」
「かしこまりました。」
と店員が席をまた立ち店ではなく奥の倉庫と思われるところに入っていく。
その頃には六姉妹も選び終わったのか桐が歩いてきた。
「胤臣の選んで置いた。」
「解ってる。」
とそっけなく返事を返す。
戻ってきた店員は先ほどの燐の注文道理の色の水着に箱を一つ持っていた。
「こちらの商品、先程蜂須賀様もおっしゃっておりましたがカップル向けでこちらのおまけがついているんです。よろしければお持ち帰りください。」
と箱を開け二つのブレスレッドが入っていた。
「恋人同士みたい!」
と燐がテンション高く言うも
「だからそういう商品だっていってたじゃない。」
羽喰に言われたところで燐は気にする様子なく箱を受け取り煌につけてもらっていた。
「次に蜂須賀様ですが」
といっていくつか並べると
「羽喰はこっちじゃね?」
「会長ちゃんはこっちのほうか」
「ええ?羽喰ちゃんはこっちの方がいいと思う。」
「これでもいいんじゃない?」
とタローに始まり燭影、燐、煌が口を挟む。
「小楯はどれがいいと思う?」
世良が何も考えずに聞くと
「その黒は?」
と答える。すると
「じゃあ、これにするわ。」
と小楯の言った黒を選ぶ。
「何で?」
と世良が聞くと
「小楯が女性ものを選ぶって言うのがただ面白かったからよ。」
と羽喰は笑顔で言った。
「そんな理由かよ。だったらゼブラ柄でもいいじゃん」
タローが文句をいうと
「アニマル柄は好きじゃない。」
といって席を立つ。
六姉妹は別の商品の説明をされているも
「こっちは決まったわよ。」
羽喰が声をかけると
「そう?じゃあ、お会計お願い。」
といって桜がカードを出す。
帰り道世良家の車に送ってもらい皆家に帰る。
「それじゃ、明日」
といって別れタローたちは家に入る。
夏休みの終わり近づくこの日、天電遊園地には人が溢れていた。
そしてその溢れる人の視線の多くはタローたち一行に向けられていた。
「何で俺は一緒に行くのをオッケーしてしまったのだろうか?」
「ああ、なんでだろうな?」
燭影は視線の中心である世良六姉妹を見るも溜息しか出ない。
「場所取りはしてあるから着替えてきたら」
と世良が言う。
「ああ、そうする。」
とタローと燭影、小楯は更衣室に向かう。更衣室と行っても荷物を置くだけなのだが
「あ、朝からなんか疲れてない?」
丁度更衣室から出てきた煌とすれ違った。
「さすがに俺らに向けられているわけではないがあの視線に精神的に体力を持ってかれる。」
「そうなんだよな。あれに馴染めている世良を尊敬するわ。」
タローと燭影がいうと小楯が苦笑いする。
「俺はあの中に燭影くんが入ったところで違和感はないと思うよ。」
といって煌は行ってしまった。
「どういう意味?」
燭影はそういうもタローも小楯も燭影を置いて更衣室に入っていってしまう。
「待てって!」
着替え終わり世良たちのもとに行くと羽喰と燐も着替え終わっていた。その空間は異様ではないかと三人は少し離れた場所で思う。
「俺、あの中行くの嫌だ。」
「奇遇だな、俺も嫌だな。」
「そうだね。」
と三人がやっていると
「あ!やっと来た。どこのプール行く?」
燐がそういって近づいてくる。
「その前に浮き輪ふくらませないと」
と言って煌は燐と空気入れの場所まで行ってしまう。
二人の後ろ姿は恋人のようでタローは溜息を吐く。
「何してるの?座ったら?」
羽喰はそういって買ってきたのかプラスチックのカップに入った飲み物を飲む。
「何飲んでるんだ?」
とタローは聞くと
「飲む?」
と渡される。そして一口飲むと
「バナナ?」
カップを燭影に回す。
「イチゴじゃね?」
そして小楯に回る。
「なんか酸っぱいよ。」
といって羽喰の手に戻る。
「で、なんなのそれ?」
タローは答えを求める。
「レインボードリンクですって、入っている物を七つ全部当てるともう一杯もらえるそうよ。」
と言って屋台を指さす。
「違うもの買ってくる。」
タローが燭影と小楯の分を買って戻ると燐と煌が浮き輪をいくつか持って戻ってきていた。
「さあ!流れるプール行こう!」
と燐に腕を引かれて羽喰はついて行く。
先ほどから六姉妹はわっきゃわっきゃと日焼け止めを塗っている。
「俺らも行こうぜ。」
と飲み物を置いてついて行くことに、
プールには人がたくさん流れていた。当たり前だ。流れるプールに来たのだから
「世良くんは浮き輪あるからいいよね。タローくんたちどうする?」
と、聞かれたところで浮き輪がないからにはどうしようもない。双子が持ってきたのは四つの浮き輪、すでに羽喰に一つわたっており双子が一つずつ使うとして
「小楯使えば、俺ら誰かのに掴まってるから」
というと
「あたしたち一つでいいからもう一つ使いなよ。」
燐がそういって渡してきた。
「良いのか?お前の家のだし」
「いいって!ほら行くよ!」
と燐がプールに入る。羽喰も続いて入る。煌から浮き輪を受け取り燐が座る。
三人が流れていくのを見てタローたちもプールに入る。
「あれ?」
と燭影がプールに入っていう。続いて入るとタローも
「なんだこれ?」
といった。
「どうかした?」
小楯が入りながらいう。世良も
「どうかしたのか?」
聞いたところでタローと燭影は黙っている。それを見て煌が羽喰と燐の浮き輪を止める。
「どうかした?」
「いや、なんかこのプール変だと思って」
「うん。」
タローと燭影の反応を見て燐が
「それはここのプールが妖人や半妖が姿を変えてしまって客とのトラブルが無いようにってことで電流を弱く流してるんだよ。」
「水に入っただけで魚関係の妖人は姿が変わってしまうことがあるからね。」
と羽喰が付け足す。
「そうなんだ。」
「来るの始めて?」
煌が聞く。
「ああ、遊園地のほうは行ったことあるけどプールは母さんたちが嫌がるからね。」
タローが言うと
「日焼けと体系が問題なんだと」
燭影が付け足す。
「そうなんだ。この流れるプールは一周するのに一時間かかるんだよ。行こう。」
と燐の先導で流されていく。タローは燭影の浮き輪に掴まって行った。
ゆっくりと流され半周ぐらいしたところで
「あれ乗らない?」
燐が浮き輪からいつのまにか降りて水中から燭影の前に現れた。海の時のともあり驚きはしないが
「あれってウォータースライダー?」
と聞くと
「そうそれ!行こう!」
燐は一人で上がるととそれに続いて羽喰と煌も上がる。タローは小楯の浮き輪を掴み
「あれ乗るんだと、一旦上がるぞ。」
といって浮き輪を端に寄せていく。
岸では羽喰が小楯に手を伸ばしていた。
「はい。」
「ありがとう」
といって小楯が引き上げられる。世良も燭影により引き上げられる。このプールは深い。二人の身長では上がりにくい。
「ほら」
と羽喰はタローにも手を伸ばす。だがタローは羽喰を見るなり固まってしまった。
「タロー?」
そう聞かれ我に返ったように羽喰の手を掴み上がる。
「どうかした?」
今日何回目かのこの質問
「いや、なんでもない…」
と言って羽喰と並んで歩く。タローの顔が少し赤くなる。
「あいつらとよく来るのか?」
タローは羽喰に聞く。
「二回目よ。二人の両親と私の五人できたのよ。二人はよく親と来ているみたいだけど」
「土竜とも来ないのか?」
と聞くと羽喰は笑った。
「土竜は確かに保護者だけど二人で出かけるなんてめったにないわ。今は結婚しているしね。」
「ガキの頃もそうやって来たのかよ?」
「え?」
羽喰の視線とタローの視線がぶつかる。
「そうね……子供らしいこと全然できてなかったから、親もいない。兄妹のような子たちはみんな死んでしまった。この手で殺した。」
そこまで言って二人の足取りが止まる。
「女王蜂プログラムって言うのはそういうものなの。私はただの殺人鬼よ。」
「羽喰ちゃん!三人乗りしよう!」
と燐が呼ぶ。それについて羽喰は歩いて行ってしまう。何度も何度も滑り台を水しぶきを浴びながら下りてくる三人乗りの浮き輪をボーっと見るのは浮き輪番のタロー。脳内を先ほどの羽喰の言葉が占めている。
再び流れるプールに戻って流される。
タローは燭影から離れ羽喰の浮き輪を掴んだ。
「何?」
「女王蜂プログラムってどういう内容なんだよ?」
タローは真剣な顔をで言うと羽喰はしばらくその目を見てから溜息を漏らした。
「まだ言葉も話せない、歩くのもやっとという子供に電妖を殺す特訓をするプログラムよ。初期に殺す練習をさせられてその中で生き残った一人が次のプログラムに進むの。そこでは狩りの方法から電妖についての知識、並行するように大学卒業レベルの知識を叩きこまれる。それが終れば実戦として各地域に配属される。これが女王蜂プログラムよ。その先については私はまだ知らない。土竜は何か知ってるみたいだけど規則上、詮索も話してもらうこともできない。」
羽喰は眩しそうに空を見上げる。
「何でお前がそれに選ばれたんだよ?」
「知らないわ。でも、私に親がいたら貴方に合うことはなかったでしょうね。始めてこの町に来た十年前はこんなことになるとは思わなかったわ。」
もうすぐ一周し終えるというところで羽喰はプールの端による。
「先に上がってるわ」
と羽喰が言えばそれについて行くように次々上がっていく。
午後に入りプールから遊園地に入る一行はこれまた燐に引っ張られる形でアトラクションに乗っていく。コーヒーカップにジョットコースター、メリーゴーランドへ行き空中ブランコ、ジョットコースターからバイキングに乗り、今から観覧車に乗りに行くところだ。
「何でこんなに回るものばっかりなんだよ?」
「燐に先導させるといつもこうなる。」
タローの問いに煌が答えた。
観覧車の前まで来て
「グッチョッパーしよう!」
と燐が言い出す。
「何でグッパーじゃないわけ?」
世良が聞いた。
「この観覧者狭くて三人は乗れても四人はきついと思うんだよね。」
「昔家族で乗った時狭かったから」
と燐と煌がいう。
「そうか?」
燭影が言うも
「確かに狭いよな。」
とタローが同意したためジャンケンの流れになる。
「ジャンケン、ポン!」
掛け声が違うことは気にしない。双子は当たり前のようにペアになっていた。世良、小楯、燭影も同じものを出したので残る羽喰とタローがペアとなった。
順番が回ってくるのは早く双子や燭影たちを見送り羽喰とタローも乗り込む。
窓から外を見ると夕日が山にかかっているのが見えた。反対の海はすでに空と同化していた。
「双子にはさっきの話してあるのか?」
タローはずっと外を見ている羽喰に聞くと
「言ってないわ。あの子たちに話すことはないわ。多分もうすぐ新しいプログラムの内容に進む。」
「なんでそう思う?」
羽喰とタローの視線が交わる。
「土竜が本部と連絡を取る回数が以前に比べて随分と増えたわ。それに嘘喰のことも知ってる。彼もプログラムの一部みたい。」
羽喰はタローを通り越してその後ろに広がる空を見ている。
「拒否できないのかよ?」
「したところで強制的に進められるか処分されるかのどちらかよ。あの機関は論文の向こうの実験以上に残虐な行為をしている。私の個体番号は八九一、すでに九百人近くがこのプログラムに参加して生き残った者は各地で働いている。今では何千人がプログラムに参加させられたか計り知れないわ。私たちは女王蜂と言われているけど実際は女王蜂を働き蜂にしているこの国の機関がある。絶対王政じゃないのよ。女王の仮面をつけた奴隷なの…それが私たち」
タローは黙って羽喰の目を見続けるも全く合わさらなくなってしまった。
一周終え外に出ると羽喰はいつも通り双子に笑顔を向ける。
次に行こうと燐に引っ張られていくと一人の従業員が羽喰に近づいてきた。
「あの。蜂須賀様ですよね?」
とうい従業員に羽喰は返事を返す。すると
「よかった。ミラーハウスで電妖が悪戯をしているんです。今のところ直接的攻撃はないのですが何か言われたらしく営業妨害なんですよ。お願いできますか?」
従業員に二つ返事でオッケーをだすと羽喰は
「悪戯程度なら私一人で大丈夫だからみんなは遊んでなさい。」
と言って行ってしまった。
「待てよ!」
とタローが追いかける。
「ちょっと待ってよ!」
燐も追いかけだすのでそれについて行く一同。
羽喰は先にミラーハウス入っていたが特に電妖の気配は感じない。羽喰が来る前に逃げたのだろうか?どんどん奥に進んでいく。
そのころタローも中に入っていた。だが後からついてきた燐や燭影たちがミラーハウスに入ると
「あれ?」
すぐに出口に出てしまった。
「何で?」
困惑している間に中では
「羽喰!」
タローが羽喰を見つけるもゴンっと鏡にぶつかる。
「痛い…羽喰?」
鏡に映っているのに羽喰の姿は振り向いてみたがどこにもない。
「羽喰!」
羽喰が映る鏡を追って違和感がありつつもどんどん奥に進んでいく。
いくら進んでも羽喰の姿を見つけることができずにいた。
「ここってこんなに広かったか?」
タローは迷っていた。そんなタローの目の前の鏡には羽喰だが今までと様子の違う、姿も違う、中学時代の羽喰がそこに居た。
「何で?」
タローは気付いた。このミラーハウスに入って今まで羽喰が映る鏡には自分の姿が映らないのだ。まるでガラスの向こうに羽喰がいるように見える。
「これが電妖の悪戯?」
タローはいつの間にか冷静に戻っていた。
「どうなってんだ?」
羽喰の姿を追ってさらに進んでいく。
その頃羽喰は大きな額縁に入った鏡を見ていた。
「何で、これがここにあるの?」
記憶の片隅にある一度だけ立ち入った蜂須賀家にあった鏡、それがここにあった。
鏡を覗く、するとその向こうでは
「羽喰はあのまま行けば確実に電魔になれる。今まで成功したことのない方法での電魔の誕生が近い。」
「今までこの段階まで来た姫たちはたくさんいた。だが本当の女王に生れたものはいないんだ。嘘喰も慎重に頼むぞ。電魔であるお前の体液はすでにあの子の中にある。覚醒を促すのに必要な死や愛、怒りがどのように作用するのかはお前しか知らない。完全な電魔を手に入れるんだ。」
羽喰の知る蜂須賀家の男と嘘喰が楽しそうな笑みを浮かべながら会話をしていた。
自分の存在理由が電魔になるためとは以外であったが嘘喰の存在に始めて気付いた。あれが電魔、本物の電魔。
「私の存在価値なんてそんなものよね。」
羽喰は鏡に背を向け歩き出す。鏡の中で
「でも実の娘が電魔になれるとは思わなかった。殺人兵器だぞ。あの女もいい物を産んで死んでいった。」
と高笑いする蜂須賀を知らない。
タローは鏡に映るどんどん若返っていく羽喰を追って奥にまっすぐ進んでいた。
その途中小学校低学年ぐらいの羽喰がそこに映っていた。懐かしい昔の天電町で小さな小楯と話していた。そしてその隣では真っ白だった雑巾のような入院服を着て血まみれのその姿は羽喰が言っていた女王蜂プログラムの時の物だろう。小さな子供が死んだような目で血まみれになり、その手には刃物と見知らぬ少女の首を持っていた。
タローは吐き気を抑える。よろけて反対の鏡にぶつかる。するとそこには泣き叫ぶさらに幼い羽喰がいた。タローの中に不安によく似た感情が渦巻く。
歩きだす。次の鏡では幼児と手を繋ぐ老婆がいた。この幼女が羽喰で老婆は施設の人間だろうか。そして次の鏡では手術室が映っていた。産まれたばかりの赤子の泣き叫ぶ声と心肺停止を知らせるランプが鳴り続けていた。
「羽喰の母さん?」
鏡を食い入るように見ていると看護師が羽喰を連れて行ってしまった。母親は蘇生処置むなしくなくなった。羽喰はその後孤児として病院関係者が連れ出していった。鏡はそれを映し終るとただの鏡に戻った。
その後羽喰を映す鏡がなく途方に暮れているタローに
「何してるの?」
と羽喰が背後から声をかける。
「うわっ!びっくりした…」
とタローが言うと
「こっちのほうが驚いたわよ。なんでいるの?私は来なくていいって言ったわよね?」
「そうですね。言ってましたね。でも……」
タローはそこで話を切った。羽喰の背後に電妖の姿を見たからである。
「いた!」
と言って後を追おうとするも
「いたっ…!」
鏡にぶつかる。
「大丈夫?」
羽喰に聞かれタローは振り返る。そして不意にタローは羽喰を抱きしめた。
「なに?いきなり?」
状況の解らない羽喰はタローに聞くも反応がない。
「ちょっと?どうしたのよ?」
離れるように服を引っ張ったり、胸を押したりするものの反応がない。しばらくしてやっと
「羽喰の過去を見たかもしれない……」
とタローは言って羽喰から離れる。
「何を見たですって?」
羽喰はタローに睨みを利かせる。
「この電妖、多分人の記憶を鏡に映すんだよ。つらい記憶とかを…」
「私はそんなの見てないわ。」
羽喰は腕を組みながら言った。
「俺に辛い記憶なんてない。多分自分以外の人間に見せるんだよ。」
「傍迷惑な電妖ね。」
そういうと羽喰は鞭状にした剣を取り出し
「避けてね。」
といって剣を振り回した。
もちろん剣は鏡を傷つけることはない。電妖だけを捕獲する。鏡から引きずり出された電妖を持ち
「出るわよ。」
そういって羽喰は歩き出す。
「出れるのかよ?」
「こいつがここに居るんだし出れるでしょ」
と歩いていくとすぐに出口に出れた。
「俺はどれだけ迷ってたんだ?」
「この電妖のせいね。早く燐たちのところ行きましょう。」
辺りはもう暗くなっていた。入り口のほうに向かえば燐と煌が羽喰に駆けより、燭影や小楯、世良がタローに駆け寄ってきた。
世良六姉妹も合流し、夕食を園内で取り帰路についた。
今はもう自宅の布団の中である。
「羽喰ちゃんと何かあったの?」
小楯が布団から顔を出しながらいう。
「いや、なにも、それより小楯はなんでプールにまできて上着てたんだよ。自然過ぎて今更だけど」
タローは思い出しながらいう。プールで小楯はパーカーのような上着のついた水着であった。
「お前、人前では着替えないよな。」
「うん。いろいろあって、今度話すよ。」
そういって布団に潜って行った。日本人の今度とそのうち、あとでというのは信用がない。
タローも布団に潜り考えるは羽喰の姿。
「どうしちゃったんだるな俺は」
とつぶやいたのを小楯は聞いていた。
数日後、始業式が行われた。そして教室に戻る途中、
「よっ!」
と背後から声をかけてきたのは
「海月先生。今日は来たんですか。」
タローは悪態を着く。
「そんな言い方をすると洞窟に居たことチクっちゃうぞ。」
「俺は生徒会の手伝いであそこにいたんですよ。チクったところで先生の方が危ういでしょうが」
海月は楽しそうに笑い。
「それもそうだな。」
「で、探し物は見つかったんですか?」
と聞くと再びニカっと笑った。
「おう、あの後ちゃんと会えたよ。」
そういって歩いて行ってしまった。
それと入れ違いに羽喰が現れた。
「あの人?」
羽喰が見覚えない人物を聞く。
「あいつが海月だよ。それにしてもあの名前面倒だよな。」
「クラゲ型の電妖ね。まあ、あの人とは関係ないんじゃないの?」
といって羽喰は教室に入っていく。
羽喰は見覚えのない教師よりも嘘喰の問題が遊園地以来頭から離れない。電妖は情報屋敷が買い取った。ミラーハウスの従業員に額縁の鏡のことを聞くもそんな鏡はないと言われてしまう。あの電妖の仕業だったのだろうか?分かたないことが多いにも関わらず嘘喰は何の連絡なく帰って来ない。
そして同じくここ数日土竜も本部に行ってしまい話を聞けない。規則上聞けないのだが土竜なら教えてくれそうな気がしてたのだがいないとなれば話は別である。
「土竜先生が家庭の事情でしばらくお休みなされるため一時的に担任は俺がやることになったからよろしくな。」
と海月は教壇に立っていうと
「先生もずっと休んでたじゃん。大丈夫なの?」
「もう大丈夫。みんなには迷惑かけちゃったけどこれからは毎日いるから安心しろ。」
と返す。海月の視線が羽喰と小楯に向いていたことに本人たちは考え事をしていて気が付いていなかった。