第一話 アバンタイトル
神稲和は入るだけで精一杯の掃除用具箱に息を潜め、扉の上部に空いている隙間から外を注視している。季節は夏。鬼ごっこで勝つ為とはいえ、汗を拭う為に腕を動かす事すら出来無い小振りな掃除用具箱を選択したのは間違えだったと言える。そう思ってはいても出て行く事が出来ないのだった。
掃除用具箱の上部の隙間から見える教室には、鬼役の友達がウロチョロしている。
「神稲も奴はどこにいったんだ?」
鬼ごっこが始まってからおよそ15分程度経っているのが、一度も鬼役の再選考が行われていない。何故なら神稲が隠れ続けているからだ。汗も絞れる程かいて喉も干上がっている。
「そんなに長い間暑っ苦しい所に隠れてて大丈夫?」
人が入る隙間などないどころか掃除用具箱の奥面と背中が密着しているのだから声のしようがない。
「あぁ……とうとう幻聴まで聞こえてきしまったか。そろそろ出ないと本当にマズイな」
「全然マズくないし幻聴でもないですよ!」
「いやいやいや、だって可笑しいもの。聞こえる筈のない声が聞こえるのって相当だもの」
扉を開けようと手を上げようとした時、肩に手を掛けられた。
「だーかーらー、何にも可笑しくないんですぅ!」
神稲は謎の手に肩を掴まれて後ろへと引き込まれた。