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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第8章 スコットランド動乱編・前編
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第99話 ハッピー・バースディ


 遠いエディンバラで、メアリーとダーンリー卿の結婚式が執り行われた翌日、9月7日は、天童恵梨ことエリザベス1世の27歳の誕生日だった。


「おめでとうございます、陛下」

「ありがとう。今年も1番乗りね、精霊さん」

「はい」


 一通りの式典がつつがなく終了し、外国大使たちからの挨拶も終わった頃、私室に戻った私のもとに最初に訪れたのは、去年に引き続き、女王の第一秘書兼主席国務大臣のウィリアム・セシルだ。


「陛下の第一の忠心として、陛下が御生まれになったこの日を心より喜び、お祝い申し上げます」


 義理堅い忠臣は、礼を尽くして祝辞を述べた後、お誕生日のプレゼントを贈ってくれた。


 片手に乗るほどの小箱の蓋を、ゆっくりと開けた中に、掌大のブローチが収まっている。


「わぁ……!」


 それは、小さなルビーと真珠をふんだんに使った、リボンの形をしたブローチで、リボンのレース部分をエナメル細工で表現している、芸を凝らした作品だった。


「すごい、綺麗!」

「ブローチというのは、ありきたりかとも思ったのですが……こういったものに趣向を凝らすのがどうも苦手で」

「そんなことない! こんなの初めて見た!」


 ゴージャス感を出すために大きな宝石を贅沢に使ったタイプのものとはまた違う。これだけ細部にまできめ細かい趣向を凝らしたジュエリーというのは滅多に見ないので、私はその細工の見事さを惚れ惚れと眺めていた。


「陛下は大ぶりなものよりも、こういった繊細な表現を好まれるのではないかと……」

「うん、ドンピシャ! すごく可愛い。ありがとう」


 当然、全て職人による手作りだ。美術館に展示されていても驚かない芸術品である。


 これだけのものを自信なさげに持ってくるセシルに萌える。セシル萌え。


 喜ぶ私に安心したように微笑んだセシルが、不意にラテン語で言った。


「本当に、貴女はよくやって下さっています。天童恵梨さん」

「……!」


 反射的に周囲に視線を巡らすが、今は、私室には私たち以外、外国語の分からない侍女達しかいない。


「セシル、私、ちゃんとセシルの期待に応えられてる……?」

「勿論です」


 同じようにラテン語で聞くと、セシルは笑顔で答えてくれた。

 彼に太鼓判を押されたことは、何よりも嬉しかったが、ふと不安に駆られる。


「それって、私の力なのかな……?」

「陛下……?」

「――たまにね、分からなくなるの。私が、ただ歴史に流されてるのか……自分の意思で歩いているのか」


 エリザベスとして、この時代を彼女の代わりに治めることが、私に与えられた役目だと思っている。


 まだ、たったの2年。その間に激動を続ける時代のうねりに翻弄されながらも、ようやく1つの政府としてのまとまりができ始め、徐々に軌道に乗りつつあるという手応えを感じていた。


 だが私は、そこに私自身の力以上に、目に見えない何か――時代の流れのような力の存在を、考えずにはいられない。


 歴史の持つ必然的な偶然を目の当たりにする度に、この世界は、向かうべき方向に向かっているのだと強く感じた。

 

 だとしたら、私の『意志』とは何なのだろう。


 今、私が自分の意思で選んでいるつもりのものは、自分のものではなく、ただ、どこかにいる誰かのシナリオ通りに動かされているだけなのではないかと思うと――


 急に、自分の存在があやふやになった。


 それは悩みという類のものではなく、ただ漠然とした不安のようなものだったが、口にした私の手を、セシルがそっと取り、自分の手を重ねた。


「神が貴女をこの国の君主にお選びになったのなら、それは、貴女が相応しい力を持っていたからです」


 目を伏せ、穏やかに諭す声には、迷い人の告白に耳を傾ける牧師のような、静謐な包容力があった。


「望む望まざると関わらず、人は自身の定められた運命を歩いています。ですが、歩くのは我々自身の足でしかない」


 すぐそこにある白い貌を見上げると、静かに瞼を開いたセシルの、色の薄い瞳が、硝子越しに私を映した。

 

「未来を知る貴女には、時に人は無力に感じるのかもしれない。けれど、それは確実に、その時代の人々の足が踏みしめ、乗り越えた道なのです」


 見つめ合い、そう告げたセシルが、ぎゅっと私の手を握りしめた。


「陛下。歴史ではなく、我々を信じて下さい」

「セシル……」


 心に届く誠実な言葉には、訴えかけるような響きがあった。


「貴女と共に在るのは、私たちです。今、我々が踏みしめた道の先に栄光がある。それを後世の人間が黄金の時代だったと呼ぶ……ただ、それだけのことでしょう」


 ああ、そうか。


 諭された言葉に、彼の強さを理解する。


 この時代を動かしているのは、彼らだ。


 彼には自負がある。確かな自信と、目標がある。


 私が曖昧な未来など提示しなくても、彼はもっと確かな目で、黄金時代を見据えている。


「セシル格好いい……」

「ありがとうございます」


 思わず呟くと、セシルがのほほんと礼を言った。

 つられて笑ってしまい、見上げた先にある眼鏡に手を伸ばした時――


「お誕生日おめでとうございます! 陛下!」


 急に入室してきたロバートの第一声に、反射的にその手を離す。


 今日は、次から次へとお祝いに来るであろう重臣達のために、私室の扉を開放している。

 急に入ってきたロバートに罪はないが、セシルが壁になって全然見えなかったので驚いた。


「貴女をこの世にお遣わしになった主に心よりの感謝を。出会えたこの奇跡に祝福を!」


 セシルが私から離れ、開けた視界に、抱えきれないほどの赤薔薇を抱いたロバートが現れる。


 バラ来たー。


 実際、ここまで歩いてくる間にもボロボロこぼれているので、ロバートが通ってきた後には、薔薇の花道が出来上がっていることだろう。


「陛下! お誕生日おめでとうございます!」


 すると、その後ろから、金髪の少年がひょっこり顔を出した。


 ハットンだ。腕には、抱えるほどの白薔薇が咲いている。


「……あ」


 天使の笑顔で入ってきた少年と、振り返ったロバートの目が合う。


 かぶった!


 色違いで趣向が被った2人が、しばし対峙する。


 これは気まずいか?!


「…………」


 ロバートなどは、あからさまに不満そうな顔をしている。


「まるでチューダー・ローズね」


 私はフォローのつもりで、ふと思いついたことを口にした。


 チューダー・ローズとは、イングランド国王の紋章に用いられる、2色の薔薇だ。


 大きな赤い薔薇に、小さな白い薔薇を重ね合わせた架空の花で、遡れば15世紀に30年もの間続いた内戦――いわゆる薔薇戦争で、チューダー朝の祖ヘンリー7世が王位を勝ち取った際、対立していたランカスター家の紋章である赤薔薇と、ヨーク家の白薔薇を融合させ、国家が統一されたことを象徴したのが始まりだ。


 この薔薇を品種改良によって実際に再現しようという試みは、長年行われているらしいが、未だ実現はしていない。

 21世紀にも、そんな種類の薔薇は見たことがないので、おそらく不可能だったのだろう。

 

 すると、ハットンがパッと顔を明るくさせ、駆け寄ってきた。


「えいっ!」

「おいっ?」


 ……かと思うと、ボスッと、抱えていた白薔薇の束を、ロバートの赤薔薇の真ん中に突っ込んだ!


 ハットンの突飛な行動に、ロバートの方は顔色を変えたが、それでも取り落とさずに受け止める。


「陛下の平和な御治世と、チューダー朝の繁栄を願って!」


 私の前に立ち、優雅に膝を折ったハットンが手を差し出した先には、薔薇の束を抱えるロバートの姿がある。


 そこには、巨大なチューダー・ローズが出来上がっていた。


「ハットン、さすがだわ……! そういうとこ大好き!」


 機転を利かせたハットンに、私は感動して抱きついた。


「陛下ぁ!」


 大量の薔薇を抱えたまま身動きの取れないロバートが声を上げる。


「陛下、いくらハットンが愛らしいからとはいえ、あまりおおっぴらに抱擁を交わされるのはいかがなものかと」


 セシルにも諌められるが、私は羊毛のようなふわふわの頭を撫でながら反論した。


「だって丁度良いんだもん。大きさが。こう、腕を伸ばしたところに頭があるとぎゅーってしやすい……」

「陛下! それは男にとってベストポジションです! 危険です!」


 実演すると、大きなウサギが悲鳴を上げた。


 そうこうしているうちに、続々と私室の出入りを許されている重臣たちが、お祝いの言葉を述べにやってくる。


 部屋の前に行列ができ、プレゼントの山が積み上がっていくが、そこには秘密枢密院の最後の1人、ウォルシンガムの姿はない。


 そういえば、去年も夕方ギリギリに来たような……


 その辺もマイペースというか、なんというか。


 どうせ仕事に没頭してて、ふと日が暮れかけた辺りで気が付き、「あ、マズい。行かなきゃ」とか思って、のそのそ動き出す姿が想像できる。


 まぁ、それはそれでアイツらしいからいいんだけどさ。



 きっと今日もマイペースな時間帯に、約束したものが届くのだろう。






H25.10.15活動報告に、【おまけ小話】クマさんの頭の中をお見せします。3 を掲載しました。

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