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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第7章 サン・ホアン・デ・ウルアの惨劇編 
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第97話 恋の炎は、逆境に置かれると燃え上がる。らしい 


「……ってことになってるみたいなんだけど~」


 ベッドの上で枕を抱えながら、スコットランドの熱愛報道をキャットに話すと、上品な貴婦人は口元を抑えて感嘆した。


「まぁ、随分と情熱的な女性ですのね」

「うん、かなりね……」


 恋するマリコの、目的の為には手段を選ばない行動力は、前世から折り紙付きである。


 レイを狙っている宣言をした後のマリコの行動は、まさに恋の狩人といえるもので、私が一時帰国をした冬休みの間に、寮を出たがっていたレイにシェアハウスの提案を持ちかけるくらいだ。


 勿論マリコ側の下心としては、1つ屋根の下に暮らして目的を達成するためだが、同じ女として、あっぱれと言いたくなる行動力である。絶対に真似できない。


「でも、相手は17歳よ? そりゃ、確かにメアリーの肉体は18歳だけど、精神年齢で11歳も年下ってどうなの」

「クリストファー・ハットンに夢中になっている陛下が言えたことですか」

「うぐっ。そ、それはっ。ハットンはそういうんじゃないしっ」

「それは陛下が勝手に線引きされていらっしゃるだけで、傍から見れば同じことです」

「うぅ……」


 そう言われると反論しきれず、枕で口を塞ぐ。


 実際のところ、政略結婚が多いと、年の差結婚なんて珍しくないので、身分差での結婚よりは、よほど受け入れられやすいのだろう。

 事実、私の求婚者にも10代は普通にいる。イングランドという法外な持参金の前には、女王の年齢など取るに足りないものらしい。


「陛下にもそのような積極性が一握りでもあれば、わたくしもとっくに、陛下の可愛らしいお世継ぎの顔が拝めているでしょうに」

「うぐぅ」


 婚期を逃した娘の母親みたいなプレッシャーのかけ方に、私は枕に顔を埋めて呻いた。


 外野がそうこう言っているうちに、スコットランドで突如発生した恋の炎は、燃えに燃え広がって大火事を起こしていた。


『お兄様が大反対してるの! 全部アタシのため、みたいな顔してるけど、本当はダーリンの実家が自分の家の宿敵だから結婚を邪魔しようとしてるんだって、リッチオが言ってた。もーあったまキタ、絶交してやる!』


 ダーンリー卿だからダーリンなんだろうか? とふと思ったが、違ってたら赤っ恥なので心の中に留めておく。


『議会も反対してくるし! あいつら、ダーリンがカトリックだからって反対してるのよ。何が悪いってのよ、どうでもいいじゃないそんなの!』


 気持ちは分かるが、彼らにとっては命を賭けてもいい大問題だろう。


『4人のメアリーにまで反対された……何でみんな分かってくれないの!?』


 4人のメアリーは、多分マリコに1番近い友人だろうから、きっと本人のことを思っての助言なのだと思うが、恋に盲目な女には焼け石に水だ。


『私の味方はリッチオだけ。リッチオに任せたら全部なんとかしてくれる』


 矢継ぎ早に届く近況報告に、最近とみに名前を見るようになった、このリッチオという男。

 例のフランス宮廷風サークルに入ることの許されたイタリア人の音楽家で、マリコからは『不細工だけど天才』という、評価を得ていた。


 どうやら、結婚問題で孤立するマリコに取り入り、すっかり信任を得たらしく、今は女王秘書として立ち回っているようだ。


 リッチオは熱心なカトリック教徒だそうだから、ダーンリー卿との結婚を支持しているのには、多分に政治的な意味合いがあるのだろう。


 最近、メアリー側に、イングランド国内のカトリック教徒を密かに支援するような動きが見られるとの報告が入っているが、これも、恐らくはリッチオの影響があると思われる。


 だが、そんなことはマリコには関係のない話だ。


 彼女にとっては、政治など男に任せておけばいいものなのだから、自分のやりたいことを支持してくれる男に丸投げすればいいわけだ。

 幸いというかなんというか、権力を奮いたい男は後を絶たないので、それで回ってしまうのが現実だ。これを寵臣政治という。


『アンタは絶対邪魔しないでよね?!』


 ……ハイ。


 手紙から飛び出しそうな迫力にびびり、思わず心の中で返事をする。


 当然、電子メールと違って手紙が届くまでにタイムラグがあるわけで、そんなやりとりをしている間にも、マリコは周囲の意見なんぞ丸無視で突き進んだ。


 ついには恋に落ちて2週間と経たぬうちに、スコットランド宮廷を仰天させながら、ダーンリー卿との婚約を発表し、電撃結婚を決めてしまったのだった。


 いやまぁ、古今東西、恋の炎は、逆境に置かれると燃え盛るとはよく聞きますが……


 思い込んだら何事に対しても1直線というタイプであるらしい彼女は、最後まで反対していたモレー伯とも、とうとう懐を分かってしまった。


 これまで政治の中枢にいた人間がいなくなったことで混乱はありつつも、リッチオの機転で結婚の手続きは急ピッチで進められ、見切り発車で決められた結婚式の日取りは、なんと婚約発表から僅か1ヶ月後の、9月上旬だった。


『ローマ教皇からの結婚許可証まだ届いてないけど、そのうち届くだろうから大丈夫!』


 という色々暴走したコメント付きで、別便で結婚式の招待状を送る旨がしたためられていた。


 後日、正式な書簡として、イングランド王室宛てに招待状が届いたが、もちろん私本人は参加出来ないので、代理人が行くことになる。


 本当に結婚するんだー。


 あまりにも怒涛のような展開を、私は手紙で追いかけるだけだったので、今更になってそんな実感が湧いてくる。


 ダーンリー卿なぁ……あの子とマリコって合うんだろうか……?


 確かに顔は良いかもしれないが、夫としてとなると……どうなんだろ? 

 よく知らないからなんとも言えないけど、あんまり頼りがいのあるタイプには見えない。


 まぁ、夫婦間のバランスは、ひょんなところで上手いこと取れたりもするものだし。

 結婚して所帯を持てば、男は変わるとも聞くし。


 政治的に妥当な相手で、何より本人が本気で好きで結婚するなら、それは理想的な気がした。


 それに、これだけ夫にぞっこんだったら、変な男に引っかかって国を追われることもないんじゃなかろうか?


 彼女が幸せな結婚をして、平和にスコットランドで暮らしていてくれたら、私としては何も言うことはない。


「いいなぁ。ちゃんと恋して、その相手と結ばれるって、なかなかないもんね」


 行幸先に続々と届くメアリーの熱愛報告の影響を受け、私も少しばかり恋愛思考に傾いていた。


「その仰りようだと、貴女が悲恋ばかり重ねてきたように聞こえますが」


 パカラ、パカラ、と、馬に乗ってまったりと行幸の行列を進んでいた私の隣から、ウォルシンガムが突っ込んでくる。


 晴天の空の下、ひたすら一本道が続く田舎道を、長い行列がゆっくりと続いていく。


 町や村に近づけば、女王を見ようと集まる人で賑やかになるのだが、集落もないような場所はひっそりしたものだ。


 ロンドンに戻る行幸の列に合わせた馬の歩みはのんびりしたもので、こう良い天気だと眠たくなる。

 考え事にふけるか、話し相手を見つけるくらいしかやり過ごす方法はない。


「一般論よ。特にこの時代の」

「一般論で『いいなぁ』ですか」


 うわっ。イヤなヤツだ!


 相変わらず突っ込みが鋭いウォルシンガムに、私は口を尖らせつつ、暇つぶしにその話題を続けた。 


「悲恋ばかり……っていうほど経験ないけど。っていうか全然ないけど」


 恋というと、私には1つしか思い出がなくて、人の恋心に共感するには、その思い出を引っ張り出す必要がある。


 もう思い出すのにすら時間がかかる擦り切れた記憶を、私は一生大事に抱え続けることになるのだろう。


「両想いだって結ばれないことはあるでしょう。色んな事情や……信念が邪魔してさ」 


 全部取っ払って愛に突き進むのが、美しいのか愚かなのか、私には分からない。


 でもたまに、私には出来ない事をする女性を、羨ましいと思うこともある。

 

「けど、そういうの全部無視して、メアリーみたいに、周囲の事情も反対も押し切って、恋に生きれる人間もいるのよね。びっくりしちゃうけど。なんか……羨ましいなーと思って。そういうことが出来るのって」

「貴女にもそのような願望があるとは驚きでした」


 到底驚いたようには聞こえない平坦な声だが、こんな話題にも、割とウォルシンガムは真面目に付き合ってくれた。


「そりゃ、なくはないわよ。でも、私には出来ないから、すごいと思うって話」

「私には、それが出来ないと言い切る貴女の資質の方が優れているように思いますが」

「そう? そういうもん? でも、自分が出来ないことが出来る人は、なんであれ凄いと思うけど」


 理性や常識やしがらみに縛られ、身動き出来ない私には、その葛藤を軽々と飛び越えて進める人というのは、ある種の尊敬の対象になる。


 もちろん、リスクを冒すことを愚かだとも思う気持ちもある。

 だから、私には出来ない。


 所詮は、敷かれたレールを踏み外せない人間だ。


「理性に生きるのと愛に生きるのと、どちらが後悔しないのかしら」

「それを愛という言葉にくるんでしまえば響きは良いですが、要は欲望です。常に神は理性の味方であると、私は信じています」


 こういうウォルシンガムの思考は、私とよく似ている。

 だから余計に――自分自身への反証のように、反駁した。


「でも本人が最後まで愛だと信じて、それに殉じるなら、それはそれで美しいし、後悔のない人生だとは思うけど」

「…………」


 ウォルシンガムは応えなかったが、結局、私たちには『出来ない』ことだから、否定しようが肯定しようが同じことだった。


 

 その時の私は、恋愛や結婚というものについて、幻想を抱き過ぎていたのだろう。


 現実は、私が思うよりずっと醜悪に、そして劇的に転がっていくのだ。




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