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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第7章 サン・ホアン・デ・ウルアの惨劇編 
93/242

第93話 男は胃袋を捕まえる、らしい。


 ドレイクが帰還してから2週間が経った頃、いつものごとく仕事終わりに彼の部屋に足を運ぶと、ちょうど扉が開き、中からハットンが出てきた。


 ドレイクを宮廷で世話するようになってから、この2人の間に意外な絆が出来た。


 療養中のドレイクにハットンを紹介したのは私だが、どうやら気が合ったらしく、ハットンは暇を持て余している怪我人の話し相手として、足繁く部屋に通っていた。


 全然見えないけど同い年だし、2人とも宮廷では浮きがちな立場なだけに、友達が出来たのはいいことだ。


「あら? ハットン、ドレイクは寝てるの?」


 声をかけると、金髪の少年が、少し困ったような顔で答えた。

 

「いえ、それが……僕が部屋を尋ねたら、ベッドがもぬけの殻で」

「また?!」


 医者が目を離せる程度にまで回復してからは、人目を盗んで部屋を抜け出しては、勝手な行動を取る男に、私は憤った。


「ちょっと前まで、銃弾足に埋めてた男が、どこほっつき歩いてんのよもーっ」


 しかも銃弾を受けたのはサン・ホアン・デ・ウルアでの戦いではなく、もっと前の戦闘で、その時も出血多量で気を失うまで動き続けたというのだから、凄過ぎてバカの域である。


「おう、女王様! ハットン!」


 すると、廊下の向こうから、松葉杖をつきながら大柄な男がひょこひょこと近づいてきた。


「……って、何担いでんのアンタはーっ!」


 骨折して固定されている方の腕を器用に使って松葉杖をつきながら、無事な腕で泥まみれの木箱を抱いて、肩に担いでいる。


「大人しくしてろって言ったでしょう? そんなのじゃいつまで経っても治らないわよ!」


 駆け寄って苦言を呈すと、ドレイクは堪えた様子もなく口を尖らした。


「つっても、もう2週間だぜ? いつまでも寝込んでたら腐っちまうよ。俺が腐る」

「それは何だい? ドレイク。もしかして、船の積み荷?」


 ハットンの方は、その汚い木箱にロマンの匂いを感じ取ったらしく、目を輝かせて尋ねた。


「おう、そうそう。女王様に土産」

「私に?」


 きょとんとして聞き返すと、ドレイクが床に木箱を降ろした。

 蓋を開けると土が詰まっていて、表面をドレイクが手で掘り返すと、ゴロリと茶色い物体が出てくる。


「はい、これ。頼まれてたヤツ、これだろ?」

「あ! ジャガイモ!」


 そういえば、そんなものを土産に頼んでいた気がする。


「よく覚えてたわね。そうそう、コレコレ。わーいっぱいある!」

「腐ってなきゃいいけど……一応、現地人に保管方法聞いたら、数ヶ月は保つって話だったから、大丈夫だと思うんだが」

「そうね……うん、大丈夫っぽい」


 私は手が汚れるのも気にせず、いくつか掘り返して状態を確認した。

 その様子を、隣でハットンが不思議そうな顔で眺めている。


「女王様、こんな不細工なものが欲しかったわけ」


 掴んだジャガイモをしげしげと眺めながら、ドレイクが聞いてきた。


「ホントに食べれんのか? これ」

「食べてみる?」

「じゃあひとつ……」

「あ、こら、生で食べるな! 土付いてるし!」


 大口を開けてかじりつこうとしたドレイクから、慌てて芋を取り上げる。


「ダメよ、気をつけないと。ジャガイモの芽には毒があるんだから」

「毒?」


 ドレイクから1つ手渡され、興味深そうにジャガイモを見つめていたハットンが目を丸くした。


「そんなものが本当に食べられるのですか?」

「ちゃんと洗って、芽を取ったら大丈夫。汎用性あっておいしいわよ?」

「へー」


 ドレイクが感心している。


「じゃあ行きますか」

「どこへ?」


 芋を握ったまま歩き出し、私はドレイクの問いに答えた。


「厨房。あなたたちを記念すべき最初の試食者にしてあげる。誰かに、この木箱を厨房まで――」

「いいって、俺が持つ」


 言うが早いか、ドレイクはまた器用に箱を担ぎ上げてしまった。


「もう……」


 呆れつつも、私も早くジャガイモを調理したかったので、彼に任せて厨房へと足を運ぶ。


「責任者はいるかしら?」


 厨房内に声をかけると、ちょうど暇をしている時間帯だったらしく、居眠りしていたかまど番が飛び起きた。


「こ、こここれは女王陛下! こ、今回はどのような御用向きで……?!」


 過去に何度か、衛生状態や作業効率の抜き打ち検査を行ったことがあるので、慌てて駆けつけた厨房責任者が恐縮しながら聞いてきた。


 ちなみに21世紀においても飯が不味いと評判のイギリスだが、450年前も勿論不味い。

 特に食に興味がない私でも、これはさすがにいただけないということで、イタリアやフランスからシェフを呼び込んで、宮廷の食改善を図っている。


 ……もしかしたら、この影響で450年後には、イギリスがグルメ大国に……なっていることはないだろうが、ちょっとばかしマシな食卓事情になっているかもしれない。それはそれで誰も困らないからいいんじゃなかろうか。


「少し、新世界から届いた食材を調理したいから、場所を貸してくれる?」

「ハッ……はっ?! 女王陛下がですか!?」


 私の頼みに、頭を下げて答えてから、その内容に仰天する厨房責任者。


「たまにはいいでしょう?」

「いえ……はい、もちろん、大変結構で……」


 しどろもどろになる相手を受け流し、足を踏み入れた私に、軽くパニックになりつつも、厨房関係者達は調理場を整えてくれた。


 まぁ、調理なんて言っても、そんな大層なもんではなく、私が作れるものなんて限られているのだが、芋は単純な加熱だけでもおいしくいただける優れものである。


 蒸してバターで食ったらうめぇのよコレが。酒のつまみだね!



 と、いうわけで、レッツクッキング!



 まず、よく洗います。


 芽は丁寧に取ります。この時、皮が緑になりかけているヤツがないかチェック。あれば容赦なく捨てます。


 あとは、蒸し焼きにして上にバターをつけるだけ!


 食べる時間も作る時間も惜しむ人にもピッタリな、簡単スピーディ!


 え? 料理じゃない? そうとも言う。


 いいじゃないか。おいしければ。


「なんと! これが新世界の珍味ですか!」


 厨房をお騒がせしつつ、酒のつまみレパートリーその1じゃがバターを完成させた私は、その場に居合わせたドレイクとハットンの他、秘密枢密院を私室に呼んで試食会を開いた。


 1番に駆けつけたロバートがはしゃぐ。


「まさか、陛下がお手ずからお作りになった料理を口にする機会に与れるとは、思ってもみませんでした。これが未来の黄金郷伝来……むぐぅ」

「こらロバートうるさい!」


 興奮していらないことを口走る口を慌てて塞ぐ。


「なー女王様、もう食べていいかー? すげーいい匂いするんだけど」

「え? ああそうね! もういいわよ!」


 どうやら聞いていなかったらしいドレイクがせっついてくるので許可を出す。


 そして、本邦初公開! 

 じゃがバターを口にした未来の英雄は……開眼した!


「うめぇ! なんだこれ、めちゃくちゃうまいぞ! おい、ハットンも早く食ってみろって!」

「う、うん……」


 大げさに感動するドレイクに背中を押され、その正体不明の食べ物を口に入れたハットンが、天使の笑顔を見せた。


「……! おいしいです! ほっこりしていてかぐわしく、バターと溶け合ったまろやかな……」

「そういうのいらねぇから食えって。マジうめぇコレ。俺もう1個もーらいっ」

「コラ待て、俺の分まで食べるな!」


 食欲旺盛な若者たちの餌食になりそうな新世界の珍味を、慌ててロバートも確保する。


「しかし、この醜い塊がそれほどに美味いのか……?」


 足下の木箱に入った土まみれのジャガイモと見比べ、手にした皿の上に乗ったじゃがバターを半信半疑の目で眺めていたロバートが、思い切ってパクリと口に含んだ。


「うっ……」


 途端、苦しそうに踞ったロバートに、私は驚いて駆け寄った。


「ロバート!? 大丈夫?! まさか毒が……」

「陛下!」

「ぎゃぁ!?」


 いきなりゾンビのように起き上がった男に抱きしめられて、悲鳴を上げる。


「俺は今、例え貴女と2人新世界へ逃避行したとしても、何も憂うことなく生きていけると確信しました……!」


 え、それは無理。


 さすがに毎日じゃがバターで暮らしていくのはつらい。


 そんな騒ぎを起こしている間に、遅れてウォルシンガムが部屋を訪ねてきた。


「陛下、なにやら厨房責任者が、突然陛下がいらっしゃったので十分な対応が出来ず、ご不興を蒙っていないかと案じておりましたが」

「ああ、全然気にしてないわよ。私が勝手に厨房借りただけだし」

「そうでしょうね」


 無感動に息をつくウォルシンガムを、私はテーブルの方に促した。


「そんなことより、早く食べないとなくなっちゃうわよ? これを今後、国内でも栽培して、食糧自給の足しにしたいんだけど」

「前におっしゃっていた、新世界の食物ですか……」


 テーブルではドレイクとロバートがじゃがバターを取り合っていたが、とりあえずウォルシンガムとセシルの分だけは避けておく。


 食の戦いを尻目に、ウォルシンガムは床に置かれた木箱に近づき、しゃがみ込んで中の芋を1つ手に取った。


 ドレイクは私に見せるために、とりあえず1箱を持ってきてくれたようだが、まだ船倉にたくさん残っているらしい。


 ジュディス号の船倉に積み込んでいたうち、めぼしい宝物などはスペインの兵士や逃げ出した乗員などに持ち出されたが、土まみれの芋には誰も価値を感じず、手つかずで放置されていたそうな。


「不細工ですね」


 見た目はやはり気になるらしい。


 21世紀でも、西洋人は黒いものを食べないから、最初は海苔とか食べるの抵抗あるって聞くもんな。

 やっぱり口に入れるものとしては、慣れないうちは外見が不味そうだと忌避されやすいのだろう。


「まぁまぁ、とりあえず食べてみなさいって。女王の手作りよ?」


 蒸しただけだけど。


「ふむ……香りは良いですね」


 皿の上のじゃがバターをとっくりと観察した後、一口食べるウォルシンガム。


「…………」

「……ど、どう?」


 例のごとく無反応なせいで、妙に緊張してしまった私は、恐る恐る感想を伺った。


 いやまぁ、蒸しただけだから、緊張するほどのもんでもないんですけどねっ。


 すると、顔を上げたウォルシンガムの黒い双眸が、いつになくキラキラと輝き、私を見つめてきた。


「大変に美味です……」


 なにこれ、ウォルシンガムに感動された!


 感慨深い声で褒められ、戦慄する。


 かつて男に料理を作って、これほどまでに賞賛の眼差しを向けられたことがあっただろうか……!


 いや、男に料理を作る機会自体がほとんどなかったんだけれども!


 びっくりして心持ち身を引いてしまった私に、ドレイクの賞賛が飛んだ。


「女王様天才! 料理人になれるんじゃねぇ?」


 やめとけ。じゃがバターの達人になる。


 これ以上期待が高まっても困る。

 じゃがバター以上のものは多分作れない。


 私は中学校の調理実習で、リアルに砂糖と塩を入れ間違えて、班のメンバーに多大なる迷惑をかけた実績の持ち主だ。


 こんなもので料理の腕を褒められても恥ずかしいだけなので、イモ賞賛に留めておいて欲しい。


 だんだんいたたまれなくなって来た私に、良いタイミングでセシルがやってきた。


「遅れて申し訳ありません、陛下」

「セシル遅い! もうなくなっちゃう……へ?」


 振り返ると、セシルの後ろに、でっかい人影が立っていた。


 目を丸くした私に、セシルが頬を掻きながら苦笑する。


「すみません、タイミングが悪くて……お呼び出しを受けた時、枢密院委員会で話し合いをしていたものですから……」

「遅くなりまして申し訳ありません。陛下のお手ずから作られたお料理を、重臣めに振る舞って下さるという話を聞き及びまして」

「なにやら新世界の珍味であるとか」

「そのような光栄に与れるとは恐悦至極……」


 上からニコラス・ベーコン、クリントン海軍卿、ノーサンプトン侯爵だ。


 ベーコンが大きすぎて見えなかったが、その後ろにも、我も我もと政府の重鎮たちの姿が並んでいた。


「セシルだけ贔屓すんなコノヤロー」という心の声が聞こえてきそうな彼らの来訪に、私は再び厨房に赴く羽目になった。


 そうして、女王陛下の御手ずから作られた料理が食べられる、と話題になった女王の私室は、満員御礼になった。


「なんという美味!」

「これほど美味なるものがこの世にあったとは……!」

「まさに天上の味、陛下がお手ずから作られた妙なる傑作である!」


 評判は上々らしく、お世辞なのか本気なのがギャグなのか分からない、大げさな賛美が飛び交う。


 じゃがバターが神の如く崇められてる姿、初めて見た……


「何でも、痩せた土地でも育つ強い食物で、収穫量も多いとか」

「なんと、まさに神が与えたもうた救いの実ではないか!」

「陛下がドレイクに持ち帰るようご命令されたらしい。さすがは我らの女王だ。地平線の向こうまで見通していらっしゃるとは」

「すぐにでも委員会を発足させ、この作物の栽培方法を研究しよう」

「どうだろう、記念にこの植物に陛下の名をつけては」

「いやまて、確かに素晴らしい食物だが、見た目が悪い。女王陛下のお名前をつけるには相応しくない」


 テーブルを囲みながら、わいわい楽しそうに話し合っているのは、枢密院委員を初めとする軒並み政府の重鎮達だ。


 さすがに、これだけの面子が集まっていると話が早い。

 外見の悪さに先入観がありそうだが、国を挙げて普及に努めれば、浸透も早いだろう。


 子供のようにはしゃぐ重臣達を眺めながら、いつになく一致団結している空気に気付く。


 あれ? これって男は胃袋を捕まえるってヤツ?


 ……じゃがバターで?


 さすがはメシマズ国家の紳士たち、胃袋は鈍足だ。


 ……何にせよ、求心力が高まったならいいことじゃないかな、うん。


 これ以上、高度なレベルを求められてはたまらないので、私はそのまま勝ち逃げすることにした。







~その頃、秘密枢密院は……



「いやー、うまかったなぁあれ」


 遠巻きに重鎮達の試食会を眺めていたウォルシンガムの隣で、17歳の船乗りが松葉杖をつきながら感嘆する。

 

「もっと食いたかったー」


 第一弾で作られたものは、ほとんど独り占めしたドレイクだが、第二弾の試食会には、さすがに国家の重鎮たちを押しのけてまで参加する気はないらしい。


 広い女王の私室の一部に男達が群がって騒いでいる様子は、外から見ると仕事終わりのオッサンたちの宴会か何かのように見えるが、実際は、国家の基盤に関わる食糧政策が話し合われていたりもしていた。


「にしても、一国の主が厨房に入るとか信じられねー。本当にあの人、女王様かよ」

「…………」


 ドレイクの妙に鋭い指摘には、得意の沈黙を押し通すウォルシンガム。


「ああいう妙に庶民臭いとこ、かわいいよな」

「…………」


 うんともすんとも言わない男を横目で眺めた後、ドレイクは試食会を微笑ましく眺めている女王に視線を移し、にやけ面を浮かべた。


「手料理もいいけど、どうせなら女王様に『私を食べて♪』なんて言われたら俺はもう死んでもいんごぉっ!?」

「今すぐ死ね」


 後ろから拳骨で殴られ、前のめりになった男は、呆れる丈夫さで後頭部を撫でながらウォルシンガムを振り返った。


「んだよ、固ぇな旦那。美人な女主人に仕えてて妄想しねぇとかねぇだろ? 不能だろ?」

「百万遍死ね」

「ん? なんか今叫んだ?」


 悲鳴を聞きつけたらしい女王が寄ってくるが、ウォルシンガムは涼しい顔で答えた。


「気のせいでしょう。ところで陛下、この男は要安静の怪我人だったのでは?」

「あっ、そうよドレイク。もう食べたんだから部屋に帰りなさいよ。傷口が開いたらことでしょう」

「げぇ」


 ドレイクが苦い顔で舌を出すと、ウォルシンガムが無表情に名乗り出た。


「私が連行しましょう。どうやら良からぬ姦計を抱いているようですので、ロンドン塔にでも隔離するべきかと」

「ロンドン塔……?」

「おいアンタ、冗談きついぞ!」


 反逆者を隔離する悪名高い牢獄を挙げられ、青ざめるドレイクを目で黙らし、部屋を後にするウォルシンガム。


「ほら、アンタも行きなさいよ。ちゃんと部屋で寝てるのよー」

「ちぇー」


 女王に送り出され、ドレイクは渋々黒い背中を追いかけた。





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