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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第7章 サン・ホアン・デ・ウルアの惨劇編 
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第91話 私の海賊


 一通り報告を聞き終えた私は、すぐに待機させていた王室付き侍医たちの手に、ドレイクを委ねた。


 骨折、裂傷、打撲……栄養不足に失血過多と、治療にあたった侍医たちに、ここまで意識を保っていたのが不思議だと言わしめた重体を寝台に横たえたドレイクは、今はさすがに、気を失うように眠っている。


 名医たちが手を尽くした後、私はドレイクの枕元に座り、看病を続けていた。


 ほとんど気力だけで立っていたらしく、寝込んでからは高い熱が続いていて、目を覚まさないまま2日目を迎えた。


 その間、私は執務の合間を縫ってはドレイクを見舞い、夜は枕許で看病を続けていた。


 侍女たちには止められたが、何かせずにはいられなかったのだ。


 罪悪感だろうか?


 私の判断が、最終的に彼らを送り出したのだと思うと、そこに間違いはなかったかと自問せずにはいられない。


 絶えず玉のような汗が噴き出るのを拭いて、熱に火照る肌を、濡らした布で冷やしてやる。


「……う……っ……」

「ドレイク……」


 時折、うなされるように譫言を言うドレイクの顔が苦悶に歪む。


 ジョン・ホーキンズを見捨ててしまったと、人目もはばからずに号泣した姿を思い出す。


「……私、無責任だったわね……」


 英国を救った偉大な英雄の偶像ばかりを、彼を通して見ていた。


 未来の英雄としてのフランシス・ドレイクにばかり捕らわれて、今の彼を、ちゃんと見てあげられてなかったかもしれない。


 たった17歳の少年に、どれだけの重荷を背負わすつもりだったのだろう。


 私が背負いきれない英国の未来?


「ドレイクがいれば大丈夫」と、思いたかっただけかもしれない。


「……都合良く助けられることばかり期待しちゃダメね……私は女王なんだから」


 蝋燭の炎に映る若い寝顔を見下ろす。

 汗を拭いて額を冷やすと、少しだけ表情が和らぐような気がした。


「私があなたを守らなきゃ」


 時刻はすでに深夜零時を回っており、私は訪れた眠気にあくびをかみ殺した。

 完全に寝不足だ。

 寝る気はないが少し頭を休めようと、枕元に肘を突いて頭を乗せる。


「う……」


 すると、枕に載った頭が身じろいだ。

 慌てて顔を上げて覗き込むと、瞼が震え、やがて鮮やかな青い眼が現れた。


「ドレイク! ……目が覚めた?」

「女王様……?」


 声をかけると、ドレイクはぎょっとしたように目を見開き、私の顔を凝視した。


「びっくりした……ついに死んだかと思った」

「どういう意味」


 それだけ聞くと失礼な言い草だ。


「いや、起きたら枕元に女王様がいるとか、普通ねーから」


 まぁそれもそうか。


「……今何時?」

「深夜の1時前かしら。ちなみに、あなたが帰ってきてからもう2日が経ってるけど」

「マジ」


 心底驚愕したように呻く。


 その衝撃を受け止めた後、枕に頭を載せたドレイクが私の顔を窺った。


「その間ずっとここにいたわけ?」

「仕事があるからずっとじゃないけど、まあ割と」

「ウソだろ……」


 丸2日寝ていたことを知った時と同じ深さで驚かれる。


「何よ、女王が船乗りを心配しちゃいけない決まりでもあるの?」

「いや、決まっちゃいねぇだろーが……普通……まぁいいか、あんた普通じゃないし」


 失礼な納得の仕方をして、ドレイクが息をつく。


「女王の普通なんて知らない」

「……俺も知らねーや、よく考えたら」


 小さく苦笑して、ドレイクが答える。


 すると、急に沈黙が落ちた。


 静かな部屋で、天井を見上げていたドレイクがぽつりと言った。


「怒んねーの、女王様」

「なんで怒らなきゃいけないのよ?」


 確かに計画は失敗だが、これだけ傷ついた人間に更に追い打ちをかけるような真似が出来るほど、冷血にはなれない。


 君主に否定されることが彼らにとってどれだけ大きな意味を持つのか、私だって知らないわけではない。


「あなたいくつ?」

「17だけど」

「若いわね」


 いつかと同じ会話をする。


「それだけ若かったら、まだいくらでもやり直しがきくと思わない?」


 私が17の時なんて、夢を1つに絞りきれず、いくつもの未来を想像していた。


 ……まさか10年後に女王になっているとは思わなかったけど。


 汗を拭いて、私は相手の熱い額に手を置いた。

 青い眼が、その言葉の意図を窺うようにこちらを見上げている。


 海の色だ。


 その目を見据え、私ははっきりと告げた。


「手放さないわよ。あなたには大仕事やってもらわなきゃいけないんだから」


 その瞬間、大洋を映したようなドレイクの瞳に、強い光が宿った。


 絶望的な状況で、断腸の思いで決断を下し、生き残った船員達を祖国に導いた行動力。

 それでもなお、ジョン・ホーキンズを救えなかったと己を責める責任感。


 そこに、彼の指導者としての確かな才能を感じ取る。


 間違いなく彼は、期待されること、責任を任されることで、自らの真価を発揮するタイプの人間だった。


 こういう人間は、押さえつけるべきでも、突き放すべきでもない。


 一番大切なのは、信じ抜いてあげることだ。


「次は期待してるわ、私の海賊。だから心配しないで、今は養生なさい」

「……やべぇ」


 辛うじて動かせる右手で顔を覆ったドレイクが、押さえきれない様子で笑みを噛み殺す。


「むちゃくちゃ滾ってきた」

「……無理しないでよ。しばらくは絶対安静なんだから」


 俄然張り切り出した男に釘を刺す。


「何か、私に出来ることがあればいいんだけど」

「じゃあさ、とっておきの魔法かけてよ」

「魔法? ……あ、こら起きるなっ」


 安静だと言っている先から上半身を起こそうとする男を押さえつける。


「きゃっ……」


 その腕を掴まれ、引き寄せられた。

 驚く間もなく、目の前に海の色の瞳が迫る。


「キスしてくれたら、一瞬で元気になる……って、マジでガキ扱いかよ」


 先手を打って、言い終わる前におざなりにおでこにキスをした私に、ドレイクががっくり肩を落とす。


 ふふん。いくら私でも、17歳児の分かりやすい手に引っかかってやるほど隙だらけではないわっ。


 よしよし、ロバートと攻防を繰り広げているうちに、私も大分レベルが上がってきたのではないかなっ、これは。


 私史上に残る華麗なるカウンターを自画自賛し、これ以上反撃を喰らう前に勝ち逃げすることにする。

 ここから先の対応に、自信はない。


「くっそ……」

「おやすみなさい」


 毒づく相手に、珍しく出し抜けた優越感に浸りつつ、私は身を翻してさっさと部屋を後にした。


「……寝らんねー」


 その悔しそうな呟きは、聞こえなかったふりをした。




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