表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第7章 サン・ホアン・デ・ウルアの惨劇編 
86/242

第86話 恋は盲目?


 思わぬ掘り出し物に巡り逢った私は、翌日からハットンを国璽尚書ニコラス・ベーコンの下で働くように命じ、宮廷と女王の私室の出入りを認めた。


「いらっしゃい、ハットン!」


 夕方、女王の私室に訪れたハットンを、笑顔で迎え入れる。


 五月祭以降、仕事終わりにハットンを私室に呼んで、ダンスに興じるのが私の新たな日課となった。


 音楽家やダンスに定評のある貴族たちも呼び集め、ちょっとしたサロンが展開されると、噂を聞きつけたイタリアやフランスの大使たちも足繁く通うようになり、イングランド宮廷にも、華やかなりしルネサンスの気風が入り込んでくる。


 今はまだ緊縮財政を続けているけど、いつか劇団も作りたいのよねー。


 最近は、私の演劇好きを知ったロバートが、有望な俳優たちのパトロンとなり、レスター座という劇団を作って、なにかとあるごとに公演を見せてくれる。


 シェイクスピアが一世を風靡するのは、まだ先の話だが、来たるイギリス・ルネサンス時代の幕開けに向け、おおいに趣味と仕事を兼ねて芸術の振興はしていきたいところだ。


「どう? 宮廷での生活は」


 ゆったりとした曲調のダンスを、抱きあって踊りながら話を振ると、ハットンが笑顔で答えた。


「みなさん良くして下さって、仕事もやりがいがあって楽しいです」


 法務上の絶大な権力を有する大法官は官僚の最高位だが、現在は空席にしてあるため、事実上の大法官の職務を代行しているのは、国璽尚書のニコラス・ベーコンだ。


 ベーコンの下で法務に携わるのは、彼のこれからのキャリアの為にはきっと有益だろうと思い、私が口利きをした形になる。


「ベーコン褒めてたわよー。今は雑用だけど、恐ろしく手際もいいし覚えもいいって」

「そんな……僕の方こそ、あれだけの仕事量を的確に裁くサー・ニコラス・ベーコンの能率と判断の正確さは、是非見習いたいです!」


 謙遜するハットンが顔をほころばせる。


 頭がいいけどおごりがなく勤勉で、物事の真髄を見極める目に長けていると絶賛していたベーコンは、すっかりハットンを気に入ったらしい。


「うちの子もこんな風に育てばいいのにーって。まだ生まれてもいないのに気が早いわよねー」


 ニコラス・ベーコンは、つい最近妻の妊娠が判明し、もうすっかり父親になった気でいる。しかも男の子が生まれることは、彼の中で確定しているらしい。


「サー・ニコラス・ベーコンのような素晴らしく有能な方の下で働ける機会を頂けて、大変に光栄です。僕のような者にも慈悲をかけてくださる女王陛下のご厚意に、日々感謝しています」


 曲が終わり、立ち止まって向かい合ったハットンが、殊勝な言葉を述べる。

 若葉色の大きな瞳で私を見上げ、ぐっと両拳を握ったハットンが決意を口にした。


「必ずやこのご恩に報いるために、生涯陛下の為に仕え、陛下をお守りできる立派な騎士になります!」


 きゃわぁぁっ


 たまらん健気さに打ち抜かれる。


「きゃわゆす……!」

「あ、あの、陛下……!?」


 目の前のわしゃわしゃしたくなる、くるっくるでふわっふわの天パに誘われ、私はとうとう衝動を抑えきれず、ハットンの頭を抱きしめた。


 びっくりしてジタバタするのがまた可愛い。なんだこの小動物。


「こんなに可愛いハットンがドレイクと同い年なんて……信じられないし、信じたくないわー」

「ドレイク?」


 諦めたのか、大人しくなったハットンを愛でて癒されていると、私の呟きにハットンが反応した。


「船乗りよ。王室で大洋航海を支援しているの。あなたと同じ年で、ジョン・ホーキンズと……」

「ホーキンズ船長は知ってます!」


 うおっ、いきなり食いついた。


 驚いて手を離すと、いつもは大人しいハットンが捲し立ててきた。


「ジョン・ホーキンズがスペインを欺き、カリブ海に進出して貿易を成功させたことは、我が国の大洋航海の可能性を大きく広げた偉業です!」


 ハットンは、ドレイクが従兄を英雄視するのと同じだけの情熱で、ホーキンズを語った。


「ホーキンズ船長に憧れて、僕も船乗りになりたいと父に言ったことがあるのですが、激怒されました」


 そりゃそうだろう。


 ハットンは貴族ではないが、由緒正しい名家の生まれだ。

 その上、芸術にも学問にも秀でた才能があるとなれば、宮廷での出世の道も期待できる。船乗りなんてヤクザな商売は、到底許されないだろう。


 とはいえ、海賊や冒険家に憧れを抱くところは、やはり可愛い顔をしていても男の子である。


「ホーキンズ船長と、そのドレイクさんは、いつ帰ってくるんでしょうか? 僕も大西洋や新世界の話が聞きたいです!」

「さぁ……」


 ウキウキと聞かれ、答えてやりたかったが、さすがに首をひねる。


 航海が順調かどうか、それすらもここからは知ることができない。

   

 そういえば、スペインが新世界の貿易港に対して、イングランド私掠船の締め出しを目的とした取り締まりを強化させていたが、大丈夫なのだろうか。


「そうだ! ハットン、そんなに好きなら、明日は地球儀見せてあげる。あと色々、ホーキンズたちがこの時代の航海道具とか、珍しいもの置いて行ってくれたし!」

「はい!」


 不安を誤魔化し、笑顔で提案すると、ハットンが顔を輝かせた。

 だが一瞬、その顔が不思議そうに曇る。


「……この時代?」


 おっとぉ!


「さ、最新の羅針盤とかもあるのよ! 特別に触っていいから! それはそうとハットン、この前、乗馬も好きって言ってたわよね。次の休日、一緒に遠乗りに行かない?」


 慌ててごまかして、話を変える。


 いかんいかん。この子といると、つい舞い上がって女王の仮面が剥げる。

 ハットンは頭のいい敏い子だ。あまり迂闊な言動をしないように気をつけなければ。


 ……だってかわいいんだもん。



 そんな感じで、私はすっかりハットンの癒しオーラにメロメロになっていたのだが、どうやら彼の登場によって、真逆の効果をこうむっていた人間もいたらしい。



「陛下の愛の水が枯渇してしまいました……」


 あくる朝、私の顔を見た途端、ヒシッと抱きついて訴えてきたのは、なぜかよれよれになっているロバートだ。


「このままでは、ウサギは喉の渇きに耐えきれず死んでしまいます……」


 さすがに、この長身に縋りつかれると重たい。


 よろめきながら顔を見上げると、心なしか、目の下にうっすらと隈ができているようにも見える。男前が台無しだ。


「ロバート……」


 顔色の悪さに気を取られていると、伸びてきた指先が顎に触れた。


「もう1度、その唇に触れる許可を頂ければ、この渇きは潤い、命を繋ぎとめることが……あう」


 急に顔を近づけてきた男に、扇子で脳天をはたく。


 あんまりにもよれよれなので、ちょっと同情してやって損した。


 だが全体的に生気がないあたり、衰弱しているのは確からしい。


 どんな体質だ。


 そういえば最近、ハットンと遊ぶのが楽しくて、ロバートに構ってなかったような……?


 あんまり意識していなかったが、ふと気付く。


 うーん。ちょっと最近、周り見えてなかったかも……?


 情けない姿を見せてくるロバートに呆れつつ、私はちょっとだけ反省した。


「次の休日……ハットンと遠乗りに行こうと思ってたんだけど、ロバートも一緒に行く?」

「喜んでお供いたします!!」


 パッと顔を明るくした現金なロバートに、私は扇子でこめかみを抑えて溜息をついた。


 なんか乗せられた気がする。




「……でね、ロバートがすごい勢いでしおれてるんだけど」

「しおれさせておけば良いでしょう。それくらいがうるさくなくて丁度いい」


 執務室で判子を押しながら、雑談交じりに朝の話をすると、ウォルシンガムが無感動に答えた。

 仮にも伯爵相手に大した言い草だが、女王相手にも歯に衣着せぬこの男にとっては通常運転だ。


「ですが、陛下のご寵愛が目立っているのは確かです。聞くところによると、私室で人目もはばからずに抱擁を交わされたとか」


 抱擁を交わすというか、私が一方的に抱きついてかいぐりしたのだが。


 というか、なんで私の私室での行動まで、この男に速攻だだ漏れてるんだろう。


「えー、だって可愛いんだもん。いいじゃない、微笑ましい光景よ」


 なんせ9歳も年下だ。しかも見た目が天使だもんだから、可愛がりたくなっても仕方がない。


「子どもや既婚者だと、なんとなく安心して付き合いやすいのよねー」


 もちろん、既婚者であることを隠して、下心丸出しで接してくるような男はアウトだが。


 私の何気ない呟きに、ウォルシンガムが淡々と答えた。


「陛下は奔放ぶっていらっしゃいますが、操に関わることになると途端に頑なになられますから」


 グサッ


 今の、かなり痛いところに刺さったんですけど!


 精神年齢28歳処女の触れられたくないコンプレックスを遠慮なく突かれ、私は恨みがましく隣に立つ男を見上げた。

 こう事務的な口調で言われるといやらしさはないのだが、これってセクハラだと思うのだが。


「ですが、子供だと思って侮っていたら、足をすくわれますよ。ハットンは幼く見えますが、もう17歳です」

「こどもこども」


 ムキになり、ひらひらと手を振って忠告をあしらう。


 ウォルシンガムもそれ以上は何も言わず、黙々と仕事をこなし出す。

 私が書類の山の判子を押し終わった頃、ちょうど窓の外から赤い西日が差し込んできた。


「よーし、今日のお仕事終わり!」


 ハットンと遊ぶー!


 今日はハットンに、ドレイクとホーキンズの話をしてあげる約束をしているのだ。


 席を立ち、ウキウキと執務室を後にした私の背中に、聞えよがしの溜息が届いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ