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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第7章 サン・ホアン・デ・ウルアの惨劇編 
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第84話 かわいいは正義


 五月祭の夜を締めくくる大舞踏会は、華やかに続いていた。


「いやーん、もーかわいいわー。天使だわー。かーっ、あの笑顔がたまんねー」

「陛下、先ほどから本音がだだ漏れておりますが」


 ハットンの華麗な舞いと、楽しそうに踊る笑顔に釘づけになりながら、にやける口元を扇子で隠してぶつぶつ呟いていると、耳聡いウォルシンガムに突っ込まれた。

 ……なんでこやつは常に私の後ろにいるのだ。


「だって可愛いんだもん」

「…………」


 今はイタリア風の、高くジャンプするダンスを披露してくれているが、軽やかなステップはさながらお花畑を飛び回る蝶々のようだ。


 眼福だわぁぁぁ。


 その時点で私はすっかり満足してしまっていたのだが、曲が終わったきりのいいところで、さっと隣に寄ったロバートが耳打ちしてきた。


「陛下、踊られますか?」


 心なしか、いつもより声のトーンが低い。


「あ、そうね。そうだったわ。踊りましょう」


 今日はフラメンコを踊ろうと、ロバートとも事前に打ち合わせをしていたのだった。


 私は1度演奏を止め、広間の中央へ出た。


「パリージョを」


 その一言で、和やかにざわめいていた大広間が静まった。


 両手を広げた私に、斜め後ろに控えていたロバートが恭しく2つのパリージョを差し出した。


 受け取ったそれを叩き、軽く音の出を確かめる。

 静かになった会場に、軽快な打楽器の音が響き、一気に注目が集まった。


 さて……いきますか!


 ――タンタカタタンタンッ タンタカタタンタンッ


 パリージョとサパテアードでリズムを取り出した私に、演奏者たちが楽器を構えタイミングを見計らう。

 横目で彼らの近くに控えるハットンを窺うと、幼い顔に真剣な表情を浮かべ、じっと私の動きを見つめていた。


 満を持して演奏が始まる。この1年で、私の趣味に合わせて再構成した王室お抱えの楽士たちは、現代に残るフラメンコの楽曲を見事に再現して、私をサポートした。 

 ゆったりした動きが多い宮廷舞踏にはあまりない、ハイテンポな曲調に、始めて見るゲストからはどよめきが上がったが、それもすぐに熱気へと変わった。


 ソロのダンスを一曲踊り終え、ペアの曲が始まる前に、1度『振り』でパートナーを探すように周囲に手を伸ばす。


 勿論、この曲を私と踊れるような男は宮廷に1人しかいないので、皆心得て、その人物が名乗りを上げるのを待っていた。


 そこに、千両役者のごとく進み出たロバートが、自信に満ちた顔で、膝を折って右手を差し出してくる。


 普段のおバカな姿はどこへやら、こういう舞台では、感心するほどの絵になる貴公子である。


 だが、ゆっくりと彼に近づいた私が、差し出された右手を取る前に、ロバートの隣りにもう1本の腕が差し出された。


「……!」


 ロバートに劣らずスマートな動作で手を差し伸べてきたのは、ブロンドの美少年――クリストファー・ハットンだ。


 今度こそ、その光景を目撃した観客がどよめく。


 ロバートも驚いて目を見開くが、ハットンは気にした素振りもなく、真っ直ぐに私を見据えていた。



 何この子……


 面白い!



 生き生きと輝く碧い瞳に魅入られるように、差し出された小さな手を取った私に、さらなるどよめきが沸く。


 2人で手を取り合い広間の中央に移動すると、ロバートが苦い顔をして観客の輪へと戻っていくのが目に入った。


 だが、その時にはすでに私は、この大人しそうな少年の思わぬ挑戦に気を取られていた。


「本当に踊れるの?」

「もう覚えました」


 朗らかな微笑だったが、そこには、実力に裏打ちされた自信があった。


 やがて曲が始まり、観客側から緊張に張り詰めた注目が集まる中、その熱気が踊り手に反射して、観客へと戻っていく対流を感じた。


 ゾクゾクする。


 こういう高揚感は、確かに最近足りなかった。


 演奏が始まり、向かい合った私と対象の動きをするハットンは、まるで全く同時に私の動きを真似ているかのような正確さでついてくる。


 男女の出会い、誘惑、喧嘩、仲直りという恋愛における過程を象徴した曲なのだが、初めて聞くはずのその曲のストーリーを理解しているように、彼の演技には表情があった。


 男女が絡むアドリブも巧みで、ヒールを履いた私より頭1つ分ほど小さいのに、そのハンデを感じさせない。


 むしろその小柄な体が、軽やかさを味方にしているようだ。


 心地よい一体感と共にフィニッシュを決めたところで、盛大な拍手が巻き起こる。

 降り注ぐ賛美は、私と、クリストファー・ハットンに向けられていた。


「すごいわね、まるで鏡を相手にしているみたい。完璧だわ」

「本当ですか!?」


 掛け値なしに賞賛すると、ハットンが感激したように顔を綻ばせる。


「昔一度だけ見た、アンダルシアのヒターノの民族舞踊に似ていましたが、初めて見るダンスで……情熱的な曲調とステップに魅せらて、いてもたってもいられなくなってしまいました! それに、陛下の演技には魂を感じました。内側から迸る情熱と、それを抑制する理性の共鳴が、哀しくも激しい生命の慟哭となって――あ……すみません」


 捲し立ててくる少年は、若者特有の情熱に駆られていて、唖然と見返していた私に気付いて自重した。


「とにかく……その……! たった1度でもいいから、貴女と踊りたかった!」

「よく分かったわ」


 彼の行動理由がその一言に集約されていて、私は苦笑して答えた。

 こういう青臭い一途さは、嫌いじゃない。 


「私も、あなたと踊れて良かった。最初は驚いたけど……さすが、いきなり私の相手に名乗り出てくるだけはあるわね」

「……っすみません! つい、夢中で……」


 私の言葉に、ようやく自分の行動の大胆さに気付いたらしいハットンが、顔を真っ赤にして目を伏せた。

 その様子を見下ろしていると、頬を染めたまま、ごまかすようにはにかんだ上目遣いで見られ、ハートを撃ち抜かれる。


 なにこれ超可愛い。


 もはや計算だと言われても許せるくらい可愛い。かわいいは正義。 


 そのヒツジさんみたいなふわふわの頭をかいぐりしたいですっ!!


 内心の興奮を押し隠しながら、私はハットンの手を握り、にっこり微笑みかけた。

 

「これだけ場を盛り上げてくれたのだから、ご褒美をあげないとね……でもその前に、私の話し相手になってくれるかしら? ハットン」 

「身に余る光栄です!」


 イエス! ナンパ成功!


 こっそりガッツポーズを取り、かわいいが正義過ぎるハットンを連れて、私は広間の奥の、天蓋付きのソファの置かれた休憩スペースへと足を運んだ。


 すると、私が移動するのを見たグレート・レディーズが、静々と集まってくる。


 黄金の天蓋の下には、大小のクッションが敷き詰められており、ソファに並んで座った私とハットンの周りに、4人の貴婦人がスカートを床に円形に広げて座り込んだ。


 こういった公の場で、女王に華を添えて格を高めるのが、彼女たち美しきグレート・レディーズの仕事だ。


「ハットンは今年、ロンドンに来たばかりなの?」

「はい、オックスフォード大学で学位を取って、すぐに。こういった場に来るのは今日が初めてだったのですが……こんな風に陛下とお話する機会を頂けて、夢のようです」


 私の隣に姿勢よく座り、緊張で頬を桜色にしたハットンが答えてくる。お行儀の良い子である。かわいい。


 話を聞いていると、やはり――残念というかなんというか――見た目は小中学生だが、年齢は17歳。大学を出てロンドンに上京したばかりらしい。


 どうも、今夜が初の宮廷社交界デビューだったハットンは、意地悪な若手貴族に、身体が小さいので女側で踊ってはどうかとからかわれ、その挑発に乗って踊り出したところ、貴婦人方にも大好評で、すっかり周囲の注目を集めてしまったらしい。


 年齢相応の無邪気で陽気な面も見せながら、礼儀正しいハットンは、その受け答えからも聡明さを窺わせた。


 一体どうやったらこんな感心な子が育つのか。ご両親に聞いてみたい。


「ロンドンに来たのは何か目的があって? その若さなら、大学に残ることも考えられたんじゃない?」


 オックスフォードは16世紀でも21世紀でも、ケンブリッジと並ぶイギリスの最高学府だ。

 英語圏最古の大学で、ヘンリー8世の時代にも、著書『ユートピア』で有名な思想家トマス・モアを輩出した。常に学問と思想の最先端をゆく名門である


 そういった最高峰の研究機関であるから、学位を取った後も大学に残り研究を続ける人間も多いと聞く。


「実は……目的というか……」


 私の質問に、ハットンは照れたようにはにかんで答えた。


「師と考え方が合わなくて、飛び出したんです」

「へぇ?」


 大人しそうな顔をしているのに意外だ。


「こんなことを陛下のお耳に入れて良いのかは分かりませんが……オックスフォードでは、今は統一礼拝法に規定された審査に従わないカトリック教徒は追放されていますが、代わりに清教徒(ピユーリタン)的な情熱が高まっています。彼らは厳格で理想主義ではありますが……僕には時に、彼らが説く言葉の攻撃性に――偏狭な旧教徒の主張と同様の怖ろしさを感じてしまいます」


 ほう?


 彼の感想は、率直で素直な感性によるものだが、宗教上の寛容性を持たないこの時代の人間としては、異色な意見だ。


 単純に外見の愛らしさに浮かれていた気持ちを引き締め、私は表情を改めて、彼の言葉に耳を傾けた。


「それでもまだ大学は守られていますが……陛下が即位するまでの間、我が国でも学府の塀の外では、信仰を理由に、多くの血が流されました。今でも海を越えれば、スペインがプロテスタント思想を人命ごと刈り取り、フランスでは信仰の大義を借りた政争が続いている……」


 現状を口にしたハットンの表情が曇る。


 現在進行形で続いている、スペインによる『血の粛清』や、フランスでのユグノー戦争に代表されるように、この16世紀は、宗教改革による変革と悲劇の時代だ。


 これまで中世ヨーロッパの社会を支配していたのは、教皇とキリスト教会による、全ヨーロッパ的な支配体制だった。


 だが、宗教改革の波は、その絶対的な教皇の権威に楔を打ち込み、長い間、信仰と服従の下に眠っていた人々の自我を呼び覚ましてしまった。


 この一種のヨーロッパの『目覚め』は、精神世界の変革と権力構造の変革という二重の変化を引き起こした。

 その急激な時代の変わり目に、新しいものと古いものが対立し、否応なく血が流されている。


 始まりはどこにあったのか。今となっては見つけるのも難しいほどに、善と悪の二元論で対立する2つの思想は、互いに憎しみ合い、妥協点の見えない悲劇的な論争を続けていた。


「キリスト教会の腐敗に疑問を抱いたからこそ、迷信を排し、聖書のみに神の言葉を求める福音主義が産声を上げ、宗教改革の道が開かれたにも関わらず、今や大陸では、プロテスタントもカトリックと同様に権力と癒着し、互いに憎み、殺し合うことでしか物事の解決を図れないと考えている……現状を知れば知るほど……過去を学べば学ぶほど、同じ神を信じる者同士が、互いの主張の違いによって血を流すことが、本当に正しいのかと――疑問に思わずにはいられませんでした」


 元々プロテスタントは、免罪符の販売に代表されるような、教皇の世俗化や教会の堕落に異議を唱えた一派から始まっている。


 ハットンは根本的にプロテスタント思想だが、互いに異端と憎み合い、信仰の名の下、同じ神を信じる者の殲滅を正当化する現在の宗教抗争の歪みを、憂いの目で見ているらしい。


 ……だとしたら、清教徒(ピューリタン)的な思想が高まっているという学府内は、彼にとっては居心地の悪い空間であったに違いない。


 ハットンは、真剣な眼差しを私に向けた。


「はたして、神は本当にそのようなことをお望みになったのでしょうか?」


 この子……思わぬ掘り出し物かもしれない。




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