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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第7章 サン・ホアン・デ・ウルアの惨劇編 
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第83話 女王の恋……?


 行き帰りの道程を合わせて1週間ほどの短い行幸を終え、ロンドンに戻ってきた私たちを待っていたのは、五月祭に向けて活気づく市民と、祭の準備の為に慌ただしく駆け回る役人たちだった。


「そっか、もうすぐ五月祭ね」


 馬に跨って城に戻りがてら、指折り数えて呟く。

 5月1日の一大イベントまでは、もう1週間を切っていた。


 去年、女王の小舟が暗殺者に狙われ、大騒ぎになって中断したあの事件から、もう1年が経つのか。

 そう思うと早い。


「今年も水上パーティやるのかしら?」

「今年はやりません」

「ええっ!?」


 ウキウキしながら言ったら、隣を馬で並び歩いていたセシルにあっさり否定されてしまう。


「去年の事件を考慮し、水上では狙われた時に逃げ場がないというリスクから、安全性を考えて今年は屋内で大舞踏会を催すことになっています」


 市内なので、私の隣について馬を引いてくれていたロバートが説明してくる。

 祭事の儀式を取り仕切るのも守馬頭の仕事だ。


「ええー、水上パーティ楽しみにしてたのにー」

「御意。陛下がそこまでおっしゃるなら、今からでもすぐに変更致しましょう」

「なりません、レスター伯」


 ふくれる私に、あっさり太鼓を持つロバートをセシルが戒める。


 まぁ、こういう祭事ごとを全て臣下任せにしていたのは私だ。

 単に好みなので、危ないからダメ、と言われたら強行する理由はない。


「まあ仕方がないか……あ、舞踏会なら、せっかくだし久しぶりにフラメンコ踊ろうかな。いいかしら、セシル」

「大変結構です。陛下が大きな場でスペイン舞踊を踊られるのは戴冠式以来になりますから、初見の大使も多いですし、喜ばれるでしょう。ラベンスタイン男爵に印象付けて、カール大公の好感度を上げられるのもよろしいかと」


 私の思いつきに、何事にもそつのないセシルのアドバイスが入る。


 カール大公とは、引き続き婚約交渉が続いており、皇帝特使のラベンスタイン男爵カスパー・ブルンナーは、何度か大公にイングランドの土を踏ませようと努力をしていた。

 しかし、なかなか時世やタイミングが許さず、実現しないままズルズルと来ているのが現状だ。


 婚約交渉開始からもうそろそろ1年が経ってしまうし、ここらでテコ入れを、ということだろう。


「おっけー。よし、俄然楽しみになってきた! ロバート、今度はちゃんと打ち合わせして踊りましょう」

「御意。再び陛下の情熱的なダンスのお相手が出来ると思うと胸が猛ります」


 喜ぶロバートと気合いを入れていると、後ろを馬でついていたウォルシンガムが口を挟んだ。


「当日は会場に全国の名士が集います。彼らは郷里に戻った際に、陛下のお姿をあまねく知らせる広告塔になる。彼らに、良き女王の御姿を知らしめる良い機会です」

「気合入れろってこと?」

「羽目を外されぬように、ということです」

「りょーかーい」


 いつもの小言を聞き流す。


 五月祭は数あるお祭りの中でも特に大きなイベントで、豊穣の女神マイアを祭るという、珍しくキリスト教に関係ない行事だ。

 そのためかは分からないが、わりかし自由で開放的な印象を受けるお祭りだった。


 去年も事件が起こるまではすごく楽しかったし、楽しみだなー。


 侍女達に混じって祭りのためのサンザシの花を摘みに野山を巡りながら、心待ちにしていた五月祭当日――


 思いもよらぬ出会いが、私を待っていた。





 5月1日。

 即位2年目に迎えた五月祭は、2回目なだけあって、私も心に余裕を持って迎えられた。


 日中は屋外の祭場でメイポール・ダンスやモリス・ダンス、その他の催し物を観賞して楽しみ、日が暮れると、一同大移動して宮殿の大広間に会場を移した。


 シャンデリアやランプに無数の火が灯され、昼のように明るくなった大広間で、夜の部――大舞踏会が始まる。


 その前に衣装替えをした私は、昼間の春を意識した淡い色合いのドレスから、趣向を変えて深紅のドレスに変身した。アップにした髪には、赤く染めた羽根飾りを差している。


 煌びやかな大広間の中央で、着飾った男女が、優雅な曲調に合わせ、小鳥のつがいのように触れ合っては離れる。

 貴婦人たちの長いスカートの裾が翻り、その度に場が華やいだ。


 楽団の演奏に耳を傾けながら、女王の席で彼らの踊りを眺めていた私が、『彼』の存在に気付いたのは、舞踏会が始まって1時間ほど経った頃のことだった。


 何やら大広間の一部で、盛り上がった笑い声や拍手が聞こえたので、一段高くなった席からそちらに目を向ける。


「何かしら?」


 好奇心に駆られ、遠目に首を伸ばして見ると――



 !?



 なんか可愛いのがいる!!


 立ち並んでいる人と人の間に、若い紳士と踊る小……年の姿が垣間見えた。


 癖の強いくるくるの金髪(ブロンド)と、エメラルドの大きな瞳、陶磁器のように透き通った白い肌――と、顔だけ見れば女の子のようだが、その装いは確かに男性の正装だった。年の頃は、12、3歳だろうか?


 宗教画に描かれた天使がそのまま抜け出てきたような愛らしさだ。


 なぜか貴族男性を相手に、女側の振り付けで踊る少年は、お世辞ではなく背中に羽でもついてるのかと思うような軽やかさでステップを踏み、無邪気な笑顔を振りまきながら、人の輪の中心で可憐に舞っていた。


 天使がっ。天使がいるっ!


「ちょっとちょっと! アレ誰!?」


 思わず席を立った私は、近くに立っていたウォルシンガムの腕に飛びつき、指をさして訊ねた。


 ウォルシンガムの方は、私が指した先の人物を一瞥し、事務的に答える。

 

「クリストファー・ハットンです。ノーサンプトンシャー州のホールデンビー出身で、郷士ウィリアム・ハットンの息子です。先祖はウィリアム征服王の騎士の1人にまで遡るとか」

「さすが……詳しいわね」


 実に便利な歩く人物図鑑である。


「噂では、ダンスの天才です」

「へぇ……」


 付け足された情報に、興味をそそられた。


「にしても、別に貴族の子、ってわけじゃないのよね? 随分と若いわね」

「そうでもありません。彼はオックスフォードで学んだ経歴があり、今年で17歳だったはずです」

「じゅうなな!?」


 驚愕する。

 せいぜい中学生くらいにしか見えない。童顔にも程がある。しかもちっちゃい。可愛い。


「なんだ残念……もっと若いと思ったのに……」

「……陛下はいつから小児性愛者になられたのですか」


 肩を落とした私に、ウォルシンガムが嫌そうな顔で突っ込んだ。


「違うわよ。普段髭面のむさ苦しい顔ばっか拝んでると、ちっちゃくて可愛い子に癒されたくなるのよ」

「……………」


 ウォルシンガムが無言になるが、私は気にせず掴んでいた腕を引いた。


「行くわよウォルシンガム。声をかけるの」

「なぜ私を連れて行くのです」

「私1人でいそいそと声かけに行ったら、周囲にナンパだと思われるでしょ」

「一筋の疑いもなくナンパですが」

「とりあえず黙ってついてきなさい」

「…………」


 本当に黙った。


 むっつりした男を引き連れながら、ゆっくりと――胸中のウキウキを押し隠し、女王の威厳をもって歩き出した私に、行く手の人々が次々に礼をして道をあける。


 ハットンを囲んでいた集団に近づくと、輪に入っていた貴族の1人が気付き、ハットンのダンスに夢中になっていた夫人の肩を叩いて気付かせる。

 夫人が慌てて振り向き膝を折ると、周囲の人間もすぐさま私のために場所をあけた。

 

 人波が割れて出来た道の先に、クリストファー・ハットンがいた。


 周囲の異変に気付き、動きを止めたハットンが、私を見て目を見張る。


「これは、女王陛下……!」


 慌てて膝をついて顔を伏せようするのを、私は鷹揚に制した。


「いいのよ、あなたの踊りが見たかったの。続けてくれる?」


 そう言うと、一瞬、驚きに身をすくめた少年が、パッと顔を上げた。

 頬を紅潮させ、朝露に濡れた青葉のような瞳を輝かせて、満面の笑みで答えてくる。


「はいっ!」


 きゃわぁぁぁぁっ


 一瞬にして脳内に春の花が咲き乱れ、私は顔面崩壊しそうになったのをかろうじて堪えた。


 なんだこの可愛い生き物は!?

 天使かっ? 妖精かっ? とりあえず人間じゃない。この可愛さは男じゃない。性別を超えた何かだ。


 ええいっ。女王の仮面など脱ぎ棄てて、そのふわんふわんでくりんくりんの髪をわしゃわしゃしてやりたい!


「コホン」


 ひとしきり脳内で萌え暴れながら、私は澄まし顔で咳をして、手を叩いた。

 途端、それまで流れていた演奏が止む。


「曲を仕切り直させて。ハットン、あなたが一番得意なダンスを見せて頂戴」


 私の言葉に、さっと演奏者たちが席を立ち、ハットンに礼をする。

 次の曲の指示を待つ彼らの方に少年を促し、私は女王の席に戻り、ハットンのダンスを鑑賞することにした。


 席に戻る途中、例のごとく斜め後ろに従うウォルシンガムが渋面で突っ込む。


「なんですか、今の花が咲くような笑顔は」


 何ッ? 顔に出ていたか……!?


 我慢していたつもりだったのに、指摘されて焦った。


「そ、そんなの咲いてないわよ!」

「いいえ咲いてました。この辺一帯に咲き乱れました」


 私の脳内のお花畑を透視するとは!?


 こやつ出来る……!

 

 いらないところまで敏いウォルシンガムが、冷めた口調で忠告してくる。


「陛下がお好みの男性に好意を抱くのは勝手ですが、あまり分かりやすい行動は、レスター伯の時と同様、周囲に嫉妬の種を蒔くことになりかねませんので、お気を付けになられた方が良いかと」

「お好みの男性……って、どう見ても子どもでしょうが」


 それではまるで私がショタコンみたいではないか。


 ……いやまぁ、そのケがないとは言わないけどもッ。

 10歳くらいのクソ生意気な少年とか大好きだけれどもッ。


 だがあえて言うなら健全なショタコンである。ちょっと美少年が好きでかいぐりしたいだけだ。


 ウォルシンガムの忠告には取り合わず、私はひらひらと扇子を振ってあしらった。


「フランシス・ドレイクと同年ですよ」


 ……そうだった!


 衝撃の事実に気付き固まるが、気を取り直す。

 

 私はウォルシンガムを睨み上げ、口を尖らせて反論した。


「ちょとぉ。ハットンをあんなケダモノと一緒にしないでよ」


 あの2人が同い年なんて信じない。


 並べてみると、10歳年が離れていると言われても信じてしまいそうだし、中身も大違いだ。……いや、ハットンの中身はよく知らないけど、全身から育ちの良い、よい子オーラが溢れている。


 ウォルシンガムの鋭い指摘には耳を塞ぎ、私はハットンの子供扱いを継続した。


 そうしてクリストファー・ハットンは、私の注目するところになったのである。




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