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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第6章 メアリー・スチュアート帰国編
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第79話 恋愛は個人の自由か?


「ねぇねぇエーリー」


 コルチェスター城に戻り、汗を拭いて着替えた後、部屋でくつろいでいると、ひょっこりマリコが訪ねてきた。


 女王がこんなに1人で自由気ままに動いていいんだろうか、とも思ったが、女王だから好きにしたらいいのか。

 きっとうちの家臣みたいに、小言を言うお目付け役もいないのだろう。


「あら、ごめんなさい」


 部屋の奥に控えていたキャットに気付き、マリコはそこだけ英語で言った。


「いいの、彼女には話してるから。日本語は分からないけど」


 そう言うと、マリコは女王の仮面を外して、遠慮なく部屋に入り込んできた。


「そう? なら好都合ー。ホラ、こういうのって反省会って必要じゃない? ねぇねぇどうだった?」


 私が座っていたソファの向かいに腰を下ろし、興味津々に聞いてくる。


「いや、別に……」

「えー、つまんない子ねぇ。アタシは結構収穫あったけど」


 いや、なくていい。そんなの。


 遠乗り中はほぼ接する機会がなかったように思うが、試合終了後の情報交換はまた別、ということなのだろうか。出会い系女子の割り切り方はなかなかクールだ。


 彼女の方も帰ってから着替えたらしく、夕方の晩餐会――今夜はメアリーの希望で舞踏会もあるらしい――に向けて、華やかな赤と黒のドレスをまとっている。


 谷間すげー。


 大きく襟ぐりのあいたセクシーなデザインで、無防備にこちらに身を乗り出されると、男じゃなくても目が釘づけになる。


 メアリー・スチュアートといえば、魔性の女というイメージがあるが、この色気は確かに魔性レベルだ。


「ねぇ、あのロバートってイケメン、アナタの愛人なんだって?」

「違うわよ、あんなやつ」


 フランス宮廷でそういう噂をされていてもおかしくなかったが、私は即答で否定した。


「ふーん……」


 もっと突っ込んでくるかと思ったが、マリコは意外にあっさりと引いた。


「じゃあ、あっちが本命か……」

「あっち……?」


 聞き返すがマリコは含みを持った笑みで答えず、ロバートの値踏みを続けた。


「見た目、ちょーっとレイに似てるかなーと思ったけど、中身は大分違うわよねー。レイって、あんなに素直じゃなかったし」


 ロバート、素直……というか自分に正直なのバレてる。


「あの眼鏡の宰相が薦めてくるんだけどさー。まぁ物件的には悪くないんだけど、アンタの愛人って噂されてる男と結婚するなんて、お下がりもらうみたいで正直イヤよねー?」

「…………」


 愛人……ではないのだが、対外的にそう喧伝されてるとなると、そういう感想になるか。


 どうやら、メアリーの方もロバートにはあまり食いつかなかったらしい。まぁ、本人があれだけ嫌がってるのだから、その方が平和だろうが……セシル残念。

 

「その上、本人は明らかにアタシの結婚相手にされるの嫌がってんの。アンタに見放されるのがイヤなのねー。超分かりやすい」


 ロバート、バレバレである。


 さすがに、恋愛の機微になると女は鋭い。

 政治的な見通しは皆無に近いのに、この色恋の本音を見抜く才能は何なのだろう。


 その辺の恋愛の機微には男並みに疎い私は感心してしまうが、その辺が恋愛玄人と恋愛素人の差か?


 黙って感心してる私に、マリコはにんまりと、猫のような――あまり良い意味ではなく――笑みを浮かべて言った。


「ねぇ、あの髭の男の人……」

「ああ、クマさん?」

「クマさん?」


 その愛称に、ぷっと吹き出された。


「あ、ごめん。ウォルシンガムよ」

「ふぅん、彼セクシーよね?」


 せくすぃ?


 ウォルシンガムとセクシーという単語は結びつかなかった。


 どっちかというとセックスアピールはロバートの方が強いように思うが、恋愛玄人の目には、ああいう堅そうな奴の方がセクスィに映るのだろうか。謎だ。


「昼間も、全然つれない感じだったくせに、ずっとアタシのこと見てたんだけど、どう思う?」

「どう思うと言われても……」


 たまにウォルシンガムは、じっと人の目を見て離さないことがある。

 癖なのかなんなのか分からないが、その意図を推し量ることは私でも無理だ。


 本人は人間観察、と言っていたが……


 でも、グレート・レディーズには見向きもしないらしいし。


「あれだけ熱心に見られると、ちょっとドキドキするわよね。穴が開きそうっていうか」

「う……」


 その気持ちは……分かる……かもしれない。


 ってことは、グレート・レディーズは見向きもしないのに、マリコは穴が開くほど見ていたということかっ?


 なんだ、気のないふりしながら、ウォルシンガムもしっかりマリコに見とれてたんじゃん……


「ふーん……」


 ん……? なんだ、このもやっと感。


 意識せず憮然としてしまったことに、一瞬遅れて気付く。顔に出てたかもしれない。


 慌てて気持ちを切り替えようと、表情を改めるが、目が合ったマリコは、含みを持った笑みで私を眺めていた。


「何……?」

「ねぇ、狙ってもいい?」

「は?」

「アナタのク・マ・さ・ん」

「はいっ?」


 思わず声が裏返った。


 うちの臣下なんですけどっ?


「狙っ……って、あなた自分の立場分かってる? 隣の国の臣下と恋愛とか許されないでしょ!?」


 自分の国でも、身分によっては許されるものではない。


「何言ってるのよ、別に結婚しなければいいんでしょ」


 驚いた私に、マリコは肩をすくめて反論した。


「あ、アナタは『処女王』だからダメなのかー」


 ケラケラと笑われる。


「敵国の女王への愛の為に、祖国を裏切る騎士! なんて、超ロマンティックじゃなぁい?」

「いや、確かにロマンティックかもしれないけど、それ勝手に裏切らせないでくれるかなっ」


 裏切られる方は果てしなく迷惑である。


「冗談よぉ。別に裏切りとか期待してないし。どうせそうそう会う相手でもないんだし、1回くらいいいでしょ?」


 1回くらいの意味が分かりません!


 やばい。


 完全にロックオンされてる。


「だって別に恋人とかじゃないんでしょう?」

「違うけど!」

「だったらいいじゃない」


 い……いいのか……?


 現代的な理論を持ちだされて私はひるんだ。


 確かに、21世紀の私の感覚では、恋愛は個人の自由だとは思う。思うが、この場合、時代的に立場的にどうなんだ?


「なんてことないわよ。軽い復讐よ。恋人じゃないんなら別にそんなに痛くないでしょ?」

「ふ、復讐……?」


 不穏な言葉に、私は眉を潜めた。

 マリコの赤い唇が、妖艶に弧を描く。


「あなたの優秀な側近も奪ってあげるって言ってんの。1人じゃ何もできない女王様」





 ……あ、ほんとだ。マリコを見てる。


 言われて意識してみると、それは確かに顕著だった。


 晩餐のホールは、人数比でいうとほとんどがメアリー女王の同行者たちで埋め尽くされているのだが、私の側近という立場から、秘密枢密院は、2人の女王と同じテーブルを囲んでいた。


 私とマリコは長テーブルの端と端につき、それぞれのお供が近くを固めているので、距離は結構あるのだが、ウォルシンガムの鋭い視線が、マリコの方に向けられることが多いのは、こちらからも分かった。


 もっとも、彼女に目を奪われているのは、ウォルシンガムだけではないのだが。


 他人に注目されることに慣れてるであろう女王が、己に注がれるいくつもの視線の中から、ウォルシンガムの視線を受け取り、妖艶に微笑んだ。


 すると、ウォルシンガムの方がそっけなく目を逸らし、そんなやり取りを眺めていた私と目が合った。


 思わず、逸らしてしまう。


 なんだ、今のやりとり……


 多分そんな私たちを、テーブルの反対からマリコが見ていたはずで、どんな表情をしているのかと思うと、そちらを見ることができなかった。


 なんか苦手だな……こういう空気。


 逃げ出したくなる。


 こういうのが嫌いだから、色恋沙汰から遠ざかっていた面もあるのに、否応なく巻き込まないで欲しいものだ。


 マリコとしては、それが目的なのかもしれないが。


 だとすれば、なかなか的確に私がダメージを受けるところを狙ってくる。


 浮かない気持ちのまま晩餐が進み、舞踏会が始まったが、私はあまりにも気乗りがしなかったため、適当なところで先に引き上げることにした。


 どうせこの舞踏会を提案したのはマリコで、今夜の主役は彼女だ。

 おまけならば、途中退席しても文句は出ないだろう。


 注目されないというのも久しぶりなので、逆に身が軽くなった気持ちで、私はそそくさと部屋に引きこもった。 



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