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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第6章 メアリー・スチュアート帰国編
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第74話 21世紀から来た女王





『ねぇアナタ、レイの何なの?』


 たまたま2人きりだった女子トイレでそう声をかけられた時は、本気でびびった。


『え……?』


 色気のある厚い唇に口紅を塗り直しながら、鏡を覗き込む彼女は、顔と名前は知っていたが、ほとんど話すことはなかったクラスメートだ。


 女でも胸やら足やらについ目がいってしまうような、たまらなくセクシーな美女である。

 今日も教室に入ってきた時に、超ミニのスカートからスラリと伸びる足を、最前列のインド人のクラスメートがガン見していたのが印象深い。


 何なのと言われても、少なくとも『彼女』ではなかった。……互いの気持ちはともかく。


 訳が分からず聞き返した私に、彼女はチラリと視線を向け、ポーチに口紅を直すと、こちらに向き直った。


 赤い超ミニのタイトスカートと黒のベアトップに、赤のジャケットという刺激的な出で立ちのその女性は、豊満な胸を強調するように腕を組み、モデル立ちで言い放った。


『アタシ、レイのこと狙ってるから、邪魔しないでくれる?』


 どこの少女漫画だ、と言いたくなるような、女子トイレでの宣戦布告を、本当に受けることになるとは思いもよらなかった。


 それが、私の覚えている限り、最初のマリコの印象だ。


 レイ――とは、ドイツ人と日本人のハーフで、留学先の大学で知り合った同じ年の男の子だった。


 同じ寮だったレイとは、いろいろな偶然が重なり親密になっていて、その頃にはさすがに自覚していたのだが――私の、初めての恋愛らしい恋愛相手だった。


 どうやら、急速にレイと親密になっていた私の存在に気付き、牽制してきたようだが、百戦錬磨の恋愛玄人(だと思われる)マリコの先制攻撃は、恋愛素人の私には効果的だった。


 そういう、男を奪い合うとか、どうにも醜いゴタゴタに巻き込まれるのが嫌いだった私は、それ以降、少しずつ自分の気持ちをごまかしていくようになる。


 以後、私はマリコに少なからず苦手意識を持つことになるのだが――




「いやー、でも良かったわ! こんなところで知ってる人に出会えるなんて!」


 場所を移し、2人きりの応接室で、ソファに身を沈めて長い足を組んだマリコが声を弾ませた。


 アメリカで会った時は、かなり明るい茶髪に染めていた髪は、今は赤みの強い金髪で、あまり印象は変わらない。


 私と同じ状況だとすれば、死んだメアリーの肉体に憑依したのだろうか。

 それにしても、前世と同じ顔をしているというのは、やはり生まれ変わりか何かなのか?


「本当ね。私も驚いた」


 控えめに笑いながら、私は向かいのソファに浅く腰掛けて答えた。

 マリコは、中央のローテーブルに用意されたワインと2つの伏せられたグラスを差した。


「飲まない?」

「私はいいわ」

「そう?」


 断ると、マリコはお構いなしに1つだけグラスを返し、ワインを注ぎ込んだ。赤い液体が音を立ててグラスを満たしていく。


「いつからこっちにいるの?」


 いくつか気になることがあったので、まずそこから質問すると、ワイングラスを片手に彼女は答えた。


「去年の初め頃。忘れもしないわよ、2013年の1月。事故で死んだと思ったら、気が付いたら映画のセットみたいな部屋のベッドにいて、周囲は号泣しながら喜んでるし。しかも話聞いてたら一緒なのは日付だけで、1559年のフランス宮廷とか言うじゃない? なにそれ、何時代。マリー・アントワネットとかその辺? みたいな」


 違う。

 200年ほど違う。


「で、ワケ分かんないまま、あれよあれよという間に皇太子妃様扱い。まぁでも、どうやらあっちの世界のアタシは死んじゃったみたいだし、こっちでこれ以上ないくらいチヤホヤされたから良かったけど?」

「あ……そう」


 彼女もなかなか図太いタマのようだ。


 1559年の1月というと、ほとんど私と同じ時期か。


「でも、お父様が死んでから最悪。権力闘争で、超格好良くて優しかった叔父様たちもいきなり本性現してくるし」


 お父様は、義父のアンリ2世のことだろう。叔父達とはギーズ公と、その弟のロレーヌ枢機卿だ。


「お父様の寵姫のディアーヌ様は追放されるし、代わりに権力握った陰険な『商人の娘』は、人のこと目の敵にしてくるし。超ウザイ」


『商人の娘』は、カトリーヌ・ド・メディシスを蔑んで言う呼び名だ。


「知ってる? あの女の遊撃騎兵隊(エスカドロン・ヴォラン)って。家柄のいい美女を侍女に集めて、自分の脅威になりそうな男と寝させて情報かすめ取ってるの。性格悪いわよね~」


 噂には聞いたことがある。カトリーヌがハニー・トラップのために用意した、200人規模の美女軍団だ。

 彼女らの行状は、ついにはローマ法王の耳にまで入り、風紀を乱す組織を正すようにと厳重注意を受けたほどらしい。


「自分の夫1人振り向かせられなかった女が、侍女にはそんなことやらせてんのよ。まぁ、あの女じゃやりたくても出来ないだろうけど」


 嘲笑し、残ったグラスのワインを一気に流し込むと、またボトルを掴んだ。


 マリコは、カトリーヌの女としての魅力のなさを小馬鹿にしているようだが、自分は貞淑を守り続け、権力に物を言わせて女達にそんなことをやらせるというは――長年、夫の愛人に膝を屈し続けたカトリーヌの、遠回しな『女』への復讐のようにも思えるのは、穿ち過ぎだろうか。


 それにしても……乱れてんなぁ。フランス宮廷。


 ……まぁ、歴代の王の愛人が権勢をふるう国だしな。


 よほど鬱憤が溜まっていたのか、話す相手が欲しかったのか、彼女の身の上話と愚痴はしばらく続いた。


 愚痴の相手をしながら聞き込んでいくと、最初の挨拶で見せた『真に正当な王は何をしても神の御心に叶う』というような理論は、とても現代日本人が思いつくような発想ではないように思ったが、案の定、ギーズ公にそうと刷り込まれたらしい。


 ギーズ公は本物のメアリー・スチュアートを育てた張本人だし、マリコにメアリーと同じものの考え方をするよう教育することなどお手の物だろう。

 彼女自身も、それに疑問を持たずに、スクスクと受け入れて自分のものにしたようだ。順応力高い。


 話の合間に、私もかいつまんで自分の事情を説明するが、マリコはたいして興味がないようだった。


 ここ最近の不満は、やはりシャルル9世の摂政として権力を握ったカトリーヌの増長らしく、大半が陰険な姑の悪口に終始するのに、忍耐強く相槌を打っていた私は、話が収束しそうになったところで、おもむろに別の質問を切り出した。


「でも、よくスコットランドに戻る決心をしたわね。フランスに残ることもできたんじゃないの?」

「馬鹿にしないでよ。アタシは女王よ? フランス王妃でもあったアタシが、なんであんな陰険な女に1歩譲って、ひっそり暮らさなきゃいけないわけ?」

「えっ、ちょっと待って。もしかして、それが理由?」


 トーンを上げるマリコに、一気に心配になる。


「だって腹立つのよ。ちょっと聞いてよ。フランソワが死んだ時に、私もあの女も部屋で看取ったんだけど、アイツ部屋を出る時に、アタシを押さえて先頭に立ったのよ? アタシを押さえて! それまでアタシが1番前なのが当たり前だったのに、急に『アンタはもう王妃じゃないのよ』的な? キーッむかつく!」


 いい感じに酔いが回ってきたマリコは、屈辱に身悶えながら拳を振ってジタバタした。女の戦いが目に浮かぶ。


 気持ちは分からないでもないが、そんな感情的な理由だけで王として戻るには、彼女の治める国の置かれた状況は、あまりにも複雑だった。


「今のスコットランドの政情は分かってる? 長年の女王不在で、貴族は好き勝手やってるし、スチュアート朝の転覆をもくろむ派閥は山ほどいるし、宗教だって……」

「あー、もうヤメテヤメテ。そういう面倒くさい話キライ」

「めんどくさいって……あなたは王でしょう?!」

「そんなの、男に任せとけばいいでしょー? 叔父様たちだって言ってたわよ。女が政治なんかに携わらなくていい。お前は美しいんだから、ただ微笑んでいればそれで周りが傅くのだからって」


 それは、その方が彼らにとって都合がいいからだ。


「そうそう、言ってたわよ。どこぞのエリザベスみたいに、賢いぶって生意気に政治に口出しするような女は嫌われるって。ねぇ、だからアナタもほどほどにしておいた方がいいわよ~?」

「結構よ。そんな忠告、今更だから」


 嫌われるのも誹謗中傷もすでに体験済みだ。


「そう? 図太いわね~アナタ」


 感心したように言うマリコに、溜息を押し殺しながら質問を変える。


「あなたが21世紀から来た人間だって、知ってる人はいるの?」

「そりゃ、いるわよ。ちゃんと知ってるのは、叔父様たちと、もう死んじゃったけどフランソワ、あと4人のメアリーね」

「4人のメアリー?」

「さっきの会談で一緒にいた子たちよ。アタシ……っていうかメアリーの幼馴染みで傍仕えなんだけど、全員名前がメアリーなの、面白いでしょ」


 面白いけどややこしそうだ。


「最初は大変だったのよー。アタシもパニックになっちゃって大騒ぎしたら、頭オカシイと思われて医者まで呼ばれちゃって。でもまぁ、叔父様が上手いことやってくれたから、カトリーヌとかには知られずに済んだけど」


 その大騒ぎっぷりには、何となく想像がつく。私が1番回避したかったパターンだ。


「それからは、これも神の思し召しだってコトで、叔父様が私に女王として必要なコトをあれこれ教えてくれて、割と順調にここまで女王業こなして来た感じ? ダンスとかは昔からやってたし、歌も自信あるし、運動神経いいから乗馬なんかもすぐにこなしちゃったりして。詩人はみんなしてアタシを褒め讃えるし、画家は絵に描きたがるし、こんな楽な仕事もないわよねー」


 それは仕事なのか……?


 ……まぁ、あくまで『フランス王妃』という立場ならそれでもいいのか。


 ギーズ公としては、大事な縁戚の皇太子妃であるメアリーに死なれても困るし、変人と噂が立っても困る。

 記憶がないのならばいっそ都合がいいように再教育し、つつがなく宮廷ですごせるように支援するというのは、彼自身の保身や野心のためにも、自然なことのように思えた。


 だとしたら、余計にこのスコットランド行きは止めたかっただろう。事情を知っている4人のメアリーが一緒とはいえ、そんな状態の姪を自分の目の届かないところに置くのは、不安が大きかったに違いない。 


 私がメアリーの話からギーズ公の事情を推測している間も、メアリーのマシンガントークは、相手の薄い反応などお構いなしに続いていく。


 とりとめのなさと終わりのなさは女子の会話の特徴である。


「でも……」


 ふと、彼女の声が弱まり、その緩急に私は顔を上げた。


「今なら、アタシにも分かるの。叔父様も、アタシを利用したいから優しくしてくれてただけだって。本当にアタシのことをちゃんと見て、好きでいてくれてたのは、フランソワだけ」

「メアリーの夫の……?」


 伺うと、マリコは淡い微笑で応えた。


「メアリーと幼馴染みだったのよ、彼。小さい頃からずっと恋してた相手の中身がいきなり変わったら、さすがに驚くわよね。でもあの子は、メアリーが死んだことを受け入れた上で、私を認めてくれた。あの子だけは、アタシに打算なしで接してくれた」


 フランソワは、メアリーの1つ年下だ。

 マリコの精神年齢からすれば10歳は離れているはずの病弱な少年について話す口ぶりは、夫というよりは、弟を思うような親しみを感じた。

 

「病弱で顔色悪くて陰気で、全然頼りにならないダッサイ男だったけど……まぁ、悪くない夫だったわ」


 最後の一言は、少し寂しそうに聞こえた。


「フランソワが死んで、アタシは正真正銘ひとりになった」


 だが続く言葉は、一転してとげとげしさを増しているように思えた。


「周りはメアリー・スチュアートを利用するか追い落とそうとする人間ばっかり。だったら、私が周りを利用して生き抜こうとしても、別に悪くないわよね」


 言いながら、ワインボトルを掴んだマリコがグラスに注ぐ。結構飲んでいる気がするが、大丈夫だろうか。


 白い肌がほんのりと赤くなり、艶めかしい色気を醸し出した彼女の瞳が、艶やかに笑う。


「男を転がすなんて、いつの時代も簡単」

「…………」

「特にこの時代の男なんて、ちょっと泣いて『女』を見せれば、騎士道精神だかなんだか知らないけど、がむしゃらに手を差し伸べてくるんだから、まぁ、悪くない時代よね」


 それは、彼女くらい全てを持っていて、使いこなせる人間の発言だろう。


 この時代を生きやすい女性は、ほとんどいない。


 それに、どれだけ上手く泳いでいるつもりでも、男に依存する生き方である以上、彼らの都合1つで、いきなり床を抜かれる可能性だってあるのだ。エリザベスの母、アン・ブーリンのように。


 黙り込んだ私に、メアリーはからかうように付け足した。


「アナタの彼氏も簡単だったわよ」

「……彼氏なんかじゃないわよ」


 1度も彼氏だったことなんてない。


「あらそう」


 頷き、彼女は満足そうに微笑んだ。


 話に出たついでに、レイのこと、聞いてもいいんだろうか……


「レイなら別れたわよ」


 顔に出ていたのか、単に話したかっただけか、タイミング良く知らされた事実に、声を失う。


 私が1年間の留学を終えて日本に帰る時には、2人はまだ付き合っていた。

 あれから7年も経っているし、別れていても不思議はないが、続く言葉は衝撃だった。


「アンタに振られて、誘われたからアタシと付き合ってみたけど、本気になれないって」

「ちょっと待って、誰が、誰に振られたって? 私振ってな……」

「そんなことはどうでもいいのよ!」


 私にとっては重要問題だったのだが、マリコは苛立ったように言って、手にしたグラスを乱暴に振った。


「あら、ゴメンナサイ。手が滑ったわ」

「…………」


 一瞬、何が起こったのか分からなかった。


 グラスにわずかに残っていた赤ワインを、正面からかけられたのだと気付いた時には、髪と顔――純白のドレスが、血のような赤い飛沫に汚れていた。




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