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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第6章 メアリー・スチュアート帰国編
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第73話 その名前で呼ぶのは


「……結構手強いかも」

「だから、初めから会おうなどとお考えにならなければ良かったのです」


 これから3日間の前哨戦のような『挨拶』が終わった後、かなり精神力を削られてぐったりした私に、ウォルシンガムが苛ついた様子で言った。


「ん~、でもやっぱり、ちょっと心配よあの子。あの調子でスコットランドの宮廷になんか入れば、どうなることか……」

「あの政治能力の欠如ぶりでは、すぐに貴族議会の傀儡になるだけです。その方がよほど平和だ」

「それはそうかもしれないけど……」


 だが、彼女は女王だ。

 あの気位の高さでは、どこまで大人しくお人形でいてくれるかも微妙なところだ。


 つっけんどんなウォルシンガムに比べて幾分穏やかに、セシルが口を開いた。


「現在スコットランドでは、メアリーの異母兄で庶子のモレー伯が実権を握っています。プロテスタントの気質で実務能力に長けた男です。彼は自分が庶子であるが故、王位に就くことは諦めていますが、代わりに、政治の実権を握ることに執念を燃やしている。順調にいけば、メアリーを女王に祭り上げて、彼が政治を動かすことになるでしょう」


 そのセシルの推測は、現時点では、イングランドにとっては最良の方向だ。


「あの様子だと、本人に政治への意欲はないようだし、悪くない組み合わせなのでは?」


 ロバートの楽観的な意見には私も同意だが――少し、引っかかるところがあった。

 それは、同じ女としての直感のようなものかもしれない。


「でも気になるのは、あの子が、今回の船の強制出航もそうだけど……国益以前に、自分のことに対しても前後の見通しが立ってないというか……その場の感情で動いているように見えるところなのよね」


 船の件も、何とか無事イングランドの港に辿りつけたからいいが、下手をしていたら沈んでいたところだ。

 しかも啖呵を切って出航したのだから、もし相手が臍を曲げて入港を拒否したら、嵐でボロボロになった船で国まで戻らねばならなくなるところだった。


 こう言えば相手にどう思われるか、こうすればこの先どういうリスクがあるか、といったことをあまり考慮していないように見える。


 一時の感情で動いてしまう人間というのは、実はそれほど少なくない。

 特に、思春期の女の子ともなれば、大半が自分の都合や、目先の快不快を優先するものではなかろうか。

 

 だが、そういう不用意な行動は、権力を持つ人間としては、かなり危険だ。


「例えモレー伯が、メアリーを懐柔して名前だけの玉座に据えたところで、一旦彼女のやりたいことと、モレー伯が望む政策がぶつかってしまえば、あの子はギーズ公の懐を飛び出した時みたいに、簡単にモレー伯の操り糸を切ってしまうんじゃないかしら?」

「……その心配は、確かにありますね」


 セシルが困ったように同意する。


「だがそれは、我々には如何ともしがたいところです。だから女の王など……」


 先ほどから目に見えて苛立っているウォルシンガムが、つい口をついて出た言葉を飲み込んだ。


 だが、それはすでにはっきり私に聞こえてしまったので、驚いて彼の方を向くと、ウォルシンガムはバツが悪そうに視線を逸らして、黙り込んでしまった。


『女の王が気に入らない』


 ウォルシンガムが大陸に亡命した理由として、アスカムが口にした言葉が脳裏に蘇る。


 あえてそれを無視して、私は奇妙な沈黙が落ちそうになったのを阻止した。


「何にしろ、少し子供っぽいところがあるのは確かだけど、まだ18歳だし、仕方がない面もあるわ。逆に言えば成長途上なわけだし、これから変わっていける部分もあるでしょう。この3日間でなんとか説得できないか、試して見るわ」


 もともとそのつもりで来たのだ。


 始める前から足踏みしていても仕方がない。

 やるだけやって、無理なら次の手を考えるだけだ。


 ……正直、男相手に対抗意識を燃やすのは抵抗ないのだが、あまり女の子と争いたくはないという本音もある。しかも年下だし。 


 私の言葉に、銘々思うことはありつつも、一応は彼らも納得したようだった。


 その辺りで話し合いを解散し、まだ晩餐までは時間があるので、私たちはそれぞれに与えられた客室へと戻ることにした。


 私もキャットと侍女を連れ、屋敷の執事の案内を受けながら客室へと向かっていた途中――


「エリ……?」


 急に後ろからその名で呼ばれ、私は一瞬、呼ばれたことに気付かなかった。


 なぜなら、この世界で、私をその名で呼ぶ人間はいないはずだからだ。


 だが、一拍おいて違和感に気付き、立ち止まって恐る恐る背後を振り返る。

 

 そこには、後ろに2人の男の従者を引き連れたメアリーが立っていた。


「エリなの……?」


 そう重ねて問いかけてくる相手は、明らかに先ほど会談の場で会った時とは雰囲気が違っている。


 まさか。


 まさか。


「マリコ……?」


 彼女を最初に見た時から、ずっと引っかかっていた名前を口にする。

 すると、メアリーの表情が変わった。半信半疑から、確信に。


「うそ、本当に?!」


 そう言って駆け寄ってきた彼女の口から飛び出したのは、日本語だった。


「久しぶりね! 信じられない! どうしてアナタまでこんなところにいるの?!」

「え、えっと……」


 これだけフレンドリーに話しかけられるのにも驚いて、私は言葉に詰まったが、手を握ってくる相手を見つめ、こちらも日本語で確かめた。


「マリコ……本当に?」

「須藤マリコよ。覚えてるでしょう?」

「もちろん、覚えてるけど……」


 答えながら、私はちらりと背後を振り返った。キャットと侍女、そして執事が驚いたようにこちらを眺めている。


 王侯貴族が数カ国語を駆使することは当たり前で、傍にいる身分の低い人間に会話の内容を悟らせないため、別の国の言葉で会話をするというのは、別段珍しいことではない。


 私も、外国大使と内密な話をするようなシーンでは、よくその手を使っている。ごまかせるか?


「びっくりしたぁ。何年ぶり? 変わんないわねぇ。っていうかエリザベス女王ってマジ?」


 むしろメアリー女王ってマジ?


 まるで冗談のような会話に悪い夢でも見ているような気になったが、夢でなければ現実なのだろう。


「……大学3年生の時以来だから、7年ぶりかな。そっくりだからまさかとは思ったけど、メアリー女王がマリコだったなんて、さっきの会話では全然気付かなかったな」


 この時代で過ごした1年を計算に入れるかどうかは、微妙なところだ。


「まぁアタシも1年もいるから? 女王の演技も板に付いてくるもんよ」


 胸を張って答えるメアリーに、聞きたいことが山ほど出てくる。


 ふとメアリーの背後に控える従者達に目をやると、気付いた彼女がひらひらと手を振った。あまり女王っぽい仕草ではない。


「ああ、いいのよこの人達は。アタシの言うことなんでも聞くから」

「あ、そう……」

「アナタが当てつけがましくイケメン侍らせてるから、ちょっと対抗しようと思って」

「いや、別に当てつけてるわけじゃ……」


 グレート・レディーズと違って、彼らはお飾りで私に付き従っているわけではない。


 男達と目が合うと、どちらもフランス流の気取った仕草で会釈をして見せた。なるほど、長身美女のメアリーにも釣り合うような、高身長ハイスペックのイケメンズである。


 まるで数年ぶりにその辺でバッタリ再会した、くらいのノリと勢いに、私はたじたじだった。


 会話の主導権は、今や完全にメアリーに握られている。


 実は私は彼女――マリコが苦手なのだ。


 須藤(すとう)マリコはフランス人とのハーフで、私が彼女と出会ったのは、留学先のアメリカ・ニューヨーク州だった。


 ニューヨークとは言っても、限りなくカナダに近い、国境近くの片田舎だ。


 マリコも留学生で、日本では結構ファッションモデルとして活躍していたらしい。私は学生バイトで少しやっていただけだが、こっちは本職である。


 ただ、帰国してからは1度も会ってはいない。


 留学中も、クラスの1つが一緒だっただけで、それほど親しかったわけではない。

 むしろ、ただ1点の接点を除けば、ほとんど絡む機会もないような相手だった。


 ……その接点が、少々やっかいだったのだが。



 言ってみれば、彼女は――


 ……昔の恋仇だ。





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