表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第14章 ハンプトン・コートの幽霊編
237/242

第234話 ペテン師の卵


「陛下! ご無事ですか!」


 無事にハンプトン・コート宮殿に戻った私が、ケアリーに付き添われて私室に入ると、侍女たちに総出で心配された。


 どうやら、宮廷内でも情報が錯綜していたらしく、私の安否について数々の憶測が飛び交っていたらしい。


「陛下が御前公演のため向かわれたレスター座の劇場で、爆破テロがあったと……!」

「大丈夫よ。なんか、ロバートが工作していたらしくて、全然違う場所に連れて行かれて、危険な目には遭わなかったわ」

「あの男が工作……?」


 心配性のキャットに答えると、隣でレディ・メアリーが頬に手を当て、首を傾げた。


「そんな頭が回る子だったかしら……」

「安心してください、レディ・メアリー・シドニー。裏で糸を引いていたのは、ぜーんぶ腹黒い情報部長官ですよ。うちの大将は上手いこと配役されて、台本渡されただけです」

「あらそう、安心したわ」


 ケアリーのフォローに、レディ・メアリーが胸を撫で下ろす。


 弟の単純馬鹿っぷりをよく嘆いているが、実はそんなところが可愛いと思っているのかもしれない。


「陛下!」

「アン!」


 そんなレディ・メアリーの後ろから、小さな女の子が飛び出してくる。

 心配して私を囲んだ侍女たちのスカートの壁に阻まれて、なかなか近寄れなかったようだ。


 私が膝立ちで抱きしめると、アンもぎゅっと抱き返してきた。


「よかったです、ご無事で」

「ごめんなさいね、心配かけて。それでなくても、アンに負担ばかりかけているのに……」

「いいえ陛下、これはアンがやりたいことです」


 首を振り、そう言い切ったアンに、レディ・メアリーが笑いながら、後ろから声をかけた。


「アン、陛下を喜ばせて差し上げて」

「あ……はい!」


 思い出したように私から離れ、身を翻して隣の部屋に駆けていくアンの背中を見送り、私は期待に胸が高鳴るのを自覚した。


「もしかして……」


 無意識のうちに両手を組み合わせ、何かを祈る気持ちで待っていると、腕にしっかりと紙束を抱えた少女が帰ってくる。 


「ぜんぶ終わりました!」


 アンが満面の笑顔で、私に差し出してきたそれは――レイがノストラダムスに出した暗号の手紙の写しと、それを解読した平文だった。


「本当に?! すごいわアン! 私の娘は天才ね!」


 その成果を受け取り、私は手放しにアンを誉めた。

 

「すみません陛下、私も気になって内容を読んでしまいましたわ」

「レディ・メアリーには、アンの件でもレイの件でも、協力してもらってるもの。構わないわ」


 レディ・メアリーは、レイを呼び戻そうとするアンと私に協力的で、暗号解読に没頭するアンのフォローと、身の回りの世話、健康管理までしっかりと目を配ってくれた。


 先に内容を知っている2人の晴れやかな顔を見ていると、すでに一定の安心感はあったが、それでもドキドキしながら、手渡された平文の手紙を読み込む。


 手紙には日付も打たれており、今年の1月に出されたものから、順を追って確認していく。

 それは、私がレイに市街へ出ることを許した時期で、その頃からセシルは、レイの診療所の置かれた一地区の郵便物を検閲にかけていた。


 レイが再び街に出るようになって最初の手紙には、長らく連絡が取れなかったことへの言い訳が連ねられていたが、私や宮廷に関することは一切書かれておらず、その後も、定期的にイングランド国内の情勢について報告してはいたが、それらは、宮廷に召し上げられたことすら感じさせない、当たり障りのない内容になっていた。


 ない……


 ウォルシンガムが疑っていた、宮廷や私の秘密情報などは、どこにも書かれていない。


 一行も見落とすまいと、丁寧に最後まで読み込んだ私は、ようやく、身が軽くなるような気持ちで、胸を撫で下ろした。


「アン、暗号解くの疲れた?」

「はい。でも面白かったです」


 正直に答えたアンの顔は晴れやかだった。


「陛下! レイは戻って来れますか?」

「そうね、アンのおかげで、レイの無実が証明出来るから、本人が戻ってくる気になれば、いつでも今までと同じように迎えられるわ」


 頭を撫で、そう答えると、アンは嬉しそうに笑った。


「良かった……!」


 アンを突き動かした情熱がそこにあることに、胸がいっぱいになり、私はもう1度、娘をぎゅっと抱きしめた。


「ありがとう、アン。ありがとう……!」


 感謝の気持ちを、その言葉で伝えるしか出来ないのがもどかしいくらいだ。


「ありがとう……!」


 これで、レイの無実を証明出来る。







 翌日のウォルシンガムの報告により、ロンドン市内で起こった事件の全貌が明らかになった。


 その日、オープニングを迎える予定だったレスター座劇場には、相当量の爆薬が仕掛けられていたらしい。


 新設の劇場は犠牲になったが、当局が事件を想定していたため、役者や係員も含め、危険な場所に人は配置しておらず、人的被害はなかった。


 テロリストを誘き出すため、ウォルシンガムの指示で兵士達は一般人に扮して予め現場周辺に潜伏しており、事件当時に不審な動きを見せた者は、全員捕らえられた。


 また、同時刻、ロンドン市内のレスター伯邸の一室で、2名の占い師が拘束された。


 宮廷占星術師ジョン・ディーとその助手の水晶占い師エドワード・ケリー。

 レスター伯の援助を受け、錬金術の研究を続けていた2人は、その立場を利用し、女王が御前公演のため劇場に足を運ぶ日時を反政府派にリークして、事件に荷担した容疑で逮捕された。


 また、先月の宮廷移動の際、女王一行の移動ルートにある十字路に爆薬を仕掛けたのも同様に、エドワード・ケリーが情報を流し、同じ一派が動いていたことが逮捕者の証言から明らかになった。


 今回、内通の容疑をこの2人に断定しての計画だったため、その他のいかなる関係者からも情報が漏洩しないよう、私と私の周辺含め、徹底的に計画は隠された。


 レイのような疑わしい存在が、まだ私の傍にいないとも限らないという判断だろうが、全く驚かされたもんである。


「本人達からの証言が取れました。2人は別々の部屋で尋問を行っていますが、エドワード・ケリーの単独行動である可能性が高くなっています」


 昨日は結局、宮廷に姿を見せなかったウォルシンガムは、今日の夕方になって、まとめた調書を手に私の執務室に訪れていた。


「守馬頭の相談役であるディーの同居人となれば、情報の信憑性が高い。最初は金欲しさにディーやレスター伯から得た情報を反政府派に売っていただけのようですが、レスター伯から当日の移動ルートを記入した機密の地図を見せられ、一計を案じたようです」


 レスター伯に地図を見せられ、どこで何が起こるかを占って欲しいと頼まれたエドワード・ケリーは、最初に『十字路』と呟いたらしい。


 その時点で、ケリー少年は、ある自作自演を画策した。

 内通している一派にこの機密情報を教え、どのルートでも必ず通る十字路で仕掛けるのが良いとそそのかす計略を閃き、その上で、そこが危険な場所であるとロバートに伝えることで、まるで占いで未来を当てたかのように見せかけようとしたのだ。


 ロバートも、機密事項を見せてしまった非を認めてはいるが、見せたのは一瞬で、まさかそこまで詳細に記憶されているとは夢にも思わなかったと言っている。


 一瞬であの複雑なロンドンの、数パターンの経路図を記憶したのだとしたら、相当な映像記憶能力の持ち主だ。


 状況に応じて一計を案じるずる賢さといい、将来有望すぎる詐欺師の卵である。


「それにしても、なんでそんな若い子が、そんな大それたことを……」


 このエドワード・ケリーという少年の存在を、私は知らなかったが、彼の異様な経歴を聞き、さすがに驚いた。


 ある日霊感を発現した彼は、墓暴きや死霊交感という奇行が原因で、悪魔憑きと忌避され、地元を追放されたらしい。

 放浪の果て、ロンドンに辿り着いた少年が手を染めた贋金造りは、大人でも厳罰を免れない重罪ではあるが、身寄りもない子どもが両耳を削がれるという惨い体罰には眉を顰めた。


 霊感が芽生えたという彼自身の行動の異常性を擁護することは出来ないが、そのような目に遭った少年が、この社会や国に、恨みを持っていないと言えるだろうか。


 彼の動機を考えたとき、復讐――そんな言葉も、ふと浮かんだ。


「今回の劇場爆破事件では、あわよくばレスター伯への女王誘拐教唆の罪をディーに押しつけて、レスター伯共々失脚することを望んでいたようです」

「ディーの失脚を?」

「ジョン・ディーは、ケリーの水晶透視と天使との交感に魅了されていた――ケリーは彼をパトロンとし、目論み通り錬金術の研究に金も時間も費やせるようにはなったものの、執拗に天使のお告げを聞くよう迫ってくるディーに、それがハッタリでしかなかったのだとしたら、ケリーの方が嫌気が差して来ていても不思議はない」


 なるほど、ジョン・ディーすら信じ込ませるようなペテン師で、さらにはイングランド王宮付きの錬金術師、占い師という経歴が出来た今、反政府派から金をもらって、己を束縛するパトロンを失脚させ、外国に高飛びをしても、それなりの身分の人間の庇護は受けられそうである。


 なんともまぁ、計算高い子どもだが、計算高さならば、何層も上を行く秘密警察長官の網を逃れることは出来なかったらしい。


 もしかしたら動機は復讐? とか一瞬思ったが、そういうわけでもなさそうだな。


 ウォルシンガムの話を聞いていると、彼が、そんな不毛で無益なことに興味があるようには思えない。

 むしろ、信仰やスピリチュアルに妄信的な大人たちをコロコロ転がして自分の利益のために利用するあたり、恐ろしく冷静で合理的、利己的な人間だ。

 たかが子どもと侮れば足をすくわれる。


 我らがスパイの親玉は、そんな子どもに目をつけた上、侮るどころか徹頭徹尾情け容赦なく叩き潰したが。


「でも、そういうことなら、ディーの処分は考え直してもいいんじゃないかしら。言ってみれば、ケリーに騙されて、嵌められそうになっただけでしょう」


 今のところ、2人は共謀の疑いで、連座で逮捕されている。が、話を聞く限りでは、ディーの方は十分情状酌量の余地がありそうだった。


「その件についてですが――」


 2人の処分について話題が及び、ウォルシンガムが口にしたのは、意外な内容だった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ