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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第14章 ハンプトン・コートの幽霊編
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第231話 偽りの玉座


「困った」


 ロンドン市内にある、レスター伯爵の屋敷の一角。

 暗幕で覆われたその暗い部屋で、この館の主人、レスター伯ロバート・ダドリーは再び懊悩していた。


「陛下は耳を貸して下さらず、ウォルシンガムですら陛下の意向を気にして強く出ようとしない。こういう時こそ、あの男の本領だろうというのに」


 周りが言いにくいこと、女王にいかにも反対されそうなことを、先陣を切って彼らの君主に言い放ち、反感を買うのはあの男の仕事だ。


 アンジュー公アンリ・アレクサンドル・エドゥアールとエリザベス女王の不幸な結婚について、女王は自らの意思で結婚せざるを得ない状況に陥る――というのは、天宮図を用いたジョン・ディーの予言だ。


「このままではいられない。彼女を救えるのは俺だけだ。ディー、力を貸してくれ!」

「…………」


 思い詰めた男の懇願を、占星術師ジョン・ディーは、フードの下の表情を曇らせて聞いていた。


「どうにかならないのか。お前の言う最悪の未来を避けるために、俺は何をすればいい。何が出来る。教えてくれ!」

「…………申し訳がございません。閣下」


 沈黙の後、謝罪した男が続けた言葉に、ロバートは耳を傾けた。


「……私は星を読み、あり得る未来を閣下にお伝えすることが出来ますが、天の指し示す声が聞こえるわけではない以上、その災厄を逃れるための明確な助言を、申し上げることが出来ません」


 ジョン・ディーは、占いの結果をこの恩ある伯爵に伝えることにためらいはないが、それ以上の具体的な助言は、己の力の及ぶ範囲ではないと固辞した。


 ロバートの知る限り、この男は誠実な人柄であり、誠にイングランドと女王の未来を憂う、忠実な臣民であった。

 己の占いに誇りを持っているからこそ、彼は自らの能力の及ぶ限界を認め、曖昧で恣意的な助言を与えることを拒絶した。

 それは、国家の中枢に関わるパトロンを持つ占星術師としては、非常に分別のある行動だと言えた。


 だが、それは悩める伯爵の懊悩を救う妙薬にはならない。


「そうか……お前でも分からないか……」

「…………」


 肩を落とすロバートに、ジョン・ディーは力及ばぬことを本気で悔やんでいるようだったが、ふいに、己の背後の暗幕に視線を向けた。


 正確には、その奥にいる人物に。


「だが――エドワードであれば……天使の声を聞くあの者であれば、閣下にこれから進むべき道を、指し示すことが出来るやもしれません」

「本当か!? ディー!」


 顔を上げ、期待に満ちた目を向ける伯爵に、ディーは静かに頷き、立ち上がって暗幕の向こうへと声をかけた。


「エドワード、閣下のために、今一度、天使の声を聞いてもらいたいのだが」

「…………」

「国家と、女王の身を誠に憂う士の願いだ。この国に生まれ、その寵にお預かりしている以上、お前にも恩に報いる義務がある」

「…………」


 模範的といえるディーの真剣な説得には、否定的な沈黙が返ってきたが、少し間を置いて、暗幕が小さく揺れた。


 そして、小柄な少年が1人、音もなく姿を見せる。


「おお……やってくれるか……!」


 その手に水晶玉があるのを見て、ディーは心底安堵したように感嘆した。


 少年――エドワード・ケリーは、その声には答えず、どこか焦点の合わない瞳を、テーブルの向こう側にいた伯爵へと向け、小さく会釈した。


 無言のまま近づき、レスター伯の向かいの席に、水晶玉を置く。


「やってくれるのか、ケリー」


 大きなテーブルの向かいに座った少年を見下ろし、レスター伯が謝意を込めて言葉をかけると、ケリーは水晶玉を見下ろしたまま、あまり唇を動かさずに言った。


「ひとつだけ……」

「うん?」

「天使の道しるべが欲しければ、質問は、本当に求めるたった1つだけにしてください。それ以上は、僕が保ちません」

「……分かった」


 交霊には相当な精神の消耗を要するというこの少年の忠告に、レスター伯が頷く。

 

「…………Biab、Azeien.ComSelt.Gir.P.Ad……」


 また例の、不思議な言語を水晶に向かって呟く少年に、伯爵は1つだけ、質問を口にした。


「陛下に不幸な未来が待ち受けているというのなら、阻止せねばならない。俺があの方をお救いするためには、何をすればいい?」

「――……彼女を、この捕らわれた檻から救い出せと……」


 目を瞑り、天使の声に耳を傾けていたケリーが答えた。


「檻?」

「堅牢な城壁……女王の楔……」


 憑かれたように――実際、それは憑かれていたのだろうが――少年は、子どもらしからぬ言葉を続けた。


「――その危険な玉座に座っている限り、その女性に幸福は望めない……」

「だが、彼女は女王だ。あの方は、そこに座り続けなければいけない運命にある!」


 天使の声に身を委ねる少年に、ロバートは身を乗り出して訴えた。

 イングランド女王の玉座が、危険なものであるのは違いなかったが、それは、避けることは出来ないものだ。


「その女性は……真の女王ではない」

「何――?」

「――運命の悪戯で玉座に座り、そして、凋落する運命にある女性」

「ならば、誰が真の王だと言うのだ! ……まさか」


 固唾をのみ、ロバートはその名を口にした。


「……メアリー・スチュアート?」


 その問いかけにも、焦点の合わない瞳は微動だにしなかった。


 少年――天使の代弁者の唇が紡ぎ出したのは、最初の質問に対する回答だけだった。


「――……その女性が、幸福を掴む道はただ1つ。一刻も早く……玉座ではなく、愛する男の隣に座ること」







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