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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第14章 ハンプトン・コートの幽霊編
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第228話 誰にも言いません


 

 肝試し3日目。


 うぅ……


 何でこんな拷問のような行為を、自ら毎晩続けなきゃならんのだ。


 私はMか。ドMだったのか。


 謎の使命感に駆られ、3日目の夜回りに出た私は、ぐったりしながら深夜の城内を歩き進んだ。


 ……もう疲れた……


 夜更かしが続いている上、帰ってからも神経が高ぶっていてなかなか寝付けないし、寝不足だ。


「お疲れのように見えますが」


 私はよれよれだというのに、付き合わされているウォルシンガムはいつも通りだ。

 

「もう部屋で布団をかぶって大人しく寝ていればどうですか」


 が、だんだん投げやりになっている。


「だ、だって本当に本物のエリザベスの霊なら、会って話したい気もなきにしもあらず」

「おばけが怖いくせに?」


 くせにとか言われた。もうウォルシンガムも面倒くさいのだろう。


 私だって、こんな肝試しみたいなことしたくない。理由がなければ、こんないわくだらけな場所、夜中に出歩かない。


「だって怖いけど、こわいけど……よく考えたら私だって幽霊じゃん?!」 

「……そういう結論に達しますか」


 呆れたような感心したような相槌に、私は今回、この真相究明にこだわっている理由を口にした。


「1回死んでるし、元々私の身体じゃないし」

「…………」


 私は勝手に、エリザベスの魂は天国に召されてしまったのだと思っていたが、もしもまだ現世に留まっているのだとしたら……私が、彼女の身体を乗っ取っていることになる。


 だとしたら、なんでわざわざ遠いところから私の魂が引っ張られたのか、納得がいかないが、もしエリザベスの魂がまだその辺を彷徨っているのだとしたら、無視するわけにもいかない。


「本人がいるなら、ちゃんと会って話さなきゃいけないと思うし」


 しゃべりながらもウォルシンガムの腕にしがみつき、慎重に前を見据えながら進んでいると、例の庭が見えてきた。

 少しずつ、空に赤みが差し始めた薄暗い庭先に、人気はない。


「……元の持ち主の霊魂が身体を返せと言ってきたら……貴女は、譲るのですか?」


 隣で、静かに聞いてきたウォルシンガムに、私は答えた。


「そりゃ、それが出来るのならそうしないと……不法占拠してるわけだし」

「弾き出された貴女の霊魂はどうするのです」


 急に、ウォルシンガムが足を止めた。

 その腕を掴んでいた私も、必然的に立ち止まり、隣の男を見上げる。


 黒い双眸が、薄暗い場所でも分かるほど、力強く私を見据えていた。


「同じように、この宮殿を彷徨いますか?」

「……じ、成仏します」


 真面目に追及され、私はたじろぎながら答えた。


「ならば、これが貴女との最後の逢瀬になるわけだ」


 ちょっと怒った……?


 見た目では分からないが、ぶっきらぼうに言った男が膝をつき、一方的に手を取ってくる。

 指輪をしていない指に口づけてくる相手に、私は焦った。


「ちょっと、ちょっと、本気……!?」


 もっと軽く流されるか、論理的に否定されるかと思っていたのに、ここまで真剣に受け止められて、今生の別れみたいにされると、私も反応に困る。


 あれ……でも――


 ウォルシンガムに本気で受け止められて、私も、初めて実感が湧いた。


 本当に、これで最後だったりしたら――


 私……未練を残さずに、この世界からいなくなれるんだろうか。


 このまま今夜、もし私がエリザベスに出会って、彼女にこの身体を返したら?

 私がこの世界からいなくなって……明日の朝、目を覚ますエリザベスが私じゃなかったら――?


 キャットにも、レディ・メアリーにも、アンにも、フランシスにも、もう「おはよう」って言えない。


 ウォルシンガムにも、セシルにも、ロバートにも、ハットンにも……もう会えない。ドレイクの帰りも、待ってあげられない。


 私がいなくなっても、エリザベスという存在がいれば、何の問題もなく世界は回るだろう。むしろ、それが本来の正しい姿だ。だから、それはいい。それは正しい。


 違う。そうじゃない。そうじゃなくて……

 

「やっぱり嫌……かも……」


 想像すると、自然と、そう唇からこぼれた。


「もう、みんなと一緒にいられなくなるのは……いや、かも……」


 レイは、私が自分の居場所を見つけていると言ったが、私だって結局、他人がいた場所に座っているだけだ。


 もうどうしようもないから、逃げようもないから受け入れた。

 やると決めたからには手を抜きたくないのは、ただの私の性分だ。


 だから、「お前のじゃないからこの場所を返せ」って言われたら、やっぱり私の居場所なんてなくなってしまう。


 だけど、本物が戻ってくると言うなら、返さないわけにもいかなくて……


「も、もうクマさんとも話せなくなるし……ケ、ケンカもできなくなるし……っ」


 拳を握り締め、自分の我が儘の理由を説明するが、取り繕いようもないそれは幼稚な本心でしかない。


 理性と本心の葛藤で、ぐるぐると真剣に考え出した私の耳に、笑いを殺すような息遣いの後、いつもよりも優しい声が届いた。


「陛下は意外に泣き虫でいらっしゃる」


 勝手にボロボロこぼれてくる涙を止めようもなかった私は、立ち上がった男の、上の方にある顔を睨んだ。

 人前で泣くのは嫌いだけど、涙腺がもろいのはどうにもならない。ずっと直したいと思っているのに克服できない私の弱点だ。


 自然と私の顔に伸びかけたウォルシンガムの手が、1度、迷うように止まる。

 

「う、うるさい。国家機密なんだから、誰にも言わないでよねっ」


 構わず、自分でごしごし目をこすりながら照れ隠しに虚勢を張ると、


「御意」


 息を吐くように応えたウォルシンガムに、顔をこすっていた手をそっと奪われた。


「誰にも言いません」


 逆の手が、代わりに涙をぬぐってくれる。


 その仕草も声もずるいくらい優しくて、また涙があふれてしまった。


 なんだよ……口では女の子が泣いてても無視するとか言ってたくせに、本当は優しいじゃないか。


 それとも、私が女王だから、仕方がなくそうしてくれているだけか。


 そうだとしても心が解け、悔しいとか恥ずかしいとかが、今この時だけはどこかにすっ飛んでいってしまった。


 ……こいつには、出会った頃から弱いところを見せっぱなしだからかな……積み重なりすぎて、もうどうでもいいような気になってしまうのは甘えなのだろう。


 勝手にお別れ想像して号泣とか、馬鹿じゃないだろうかと自分でも思う。

 でも、やっぱりいやだ。

 いやだいやだいやだ。


 けれど、もし返せと言われたら、返すのが筋だ。


 どんなに嫌でも、返さないという選択肢は私の中にはなかったから、余計に涙が止まらなかった。


 こんな異国の地で、こんなにも別れたくないと思えるくらい、優しい人たちに出会えたことを、感謝しなくちゃいけない。


「フッ……」


 笑われた気がするが、涙で視界がぼやけて、どんな顔をされているのか分からなかった。


「……っ」


 一度、涙を絞り出すつもりで、ギュッと瞼を閉じる。瞳に溜まっていた分が、目尻を伝って頬に流れ落ちた。


 すると、そっと瞼の上に触れた指先が、睫についた滴を拭ってくれた。


 視界を閉ざしていると、頬に触れた手のぬくもりが一層温かく感じられて、なんだかすごくホッとした。


 そのせいで、またツンと目の奥が熱くなり、今度は別の種類の涙が溢れてきそうになるのを、目をつぶったまま涙よ引っ込めと念じて必死にやり過ごす。


 いつまでもそのままでいるわけにもいかないので、私はゆっくり深呼吸をしてから、出来るだけしっかりした声を出そうとした。


「ありがとう」


 声は、自分が想定した音を伴って発せられた。よし、もう大丈夫。


「もう大丈夫だから」


 私の言葉に、すぐに頬に触れていた温もりが離れた。


 目を開けると、ハッキリした視界に、いつも通りのウォルシンガムの顔が映った。


 この冷静な顔で見られていたと思うと恥ずかしいが、ここにいるのがウォルシンガムで良かったという安堵もあった。


 きっとこいつは、本当に誰にも言わないだろうし。


 すぐに、何事もなかったように接してくるだろうから、気が楽で助かる。


「貴女のお気持ちは、よく分かりました。ですが、それほどお悩みになられなくても、ここは貴女の居場所です」


 さっきから、ウォルシンガムにしては、優しい言葉で慰めてくれる。


「でも、やっぱりエリザベスには身体を返さなきゃいけないと思うし……」

「安心して下さい。その心配はありません」

「え……?」


 見返した私に、ウォルシンガムが何かを伝えようとした、その時――


「いたぞ! 捕まえろ!」


 抑えめの声で、どこからか鋭い指示が飛ぶ。


 何……!?


 声のした方を振り返ると、気が付けば、例の庭先――繁みの近くに、金髪の貴婦人の姿があった。


 あれが……エリザベス……?!




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