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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第14章 ハンプトン・コートの幽霊編
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第227話 女王陛下の肝試し


 はっきり言おう。私は幽霊が大嫌いだ。


 遊園地でお化け屋敷に誘われても、断固として拒否して入ったことはない。大学のサークルの合宿で肝試しに強制参加とか泣きそうだった。


 だが、そんな私でも、今回ばかりは……今回ばかりは、自ら動かねばならない、理由があった。




 噂を総合していくと、どうやら夜明け前のまだ薄暗い時間帯が、主な出没時間らしい。


 私が幽霊の正体を確かめようと思うと、必然的に、まだ夜も明けていない真っ暗な時間に、広い宮殿の回廊をひたひたと渡り、夜明け前までに例の場所にたどり着けなければいけないわけだ。


 結構遠いんだけど……


 真夜中の城を歩き回るとか怖すぎる。


 しかし、さすがにエリザベス1世とあろうものが、幽霊に怯えて失態を晒すわけにはいかない。


 こういう時は……秘密主義のウォルシンガム!


 色々情けない姿を見せ慣れている相手を道連れにして、私はリアル肝試しに出発することにした。


「行くわよクマさん! 噂のエリザベスの幽霊の正体を探るの!」

「なぜ私が……」


 自分の幽霊というのも変な言い方だが、そういうことになるのだから仕方がない。

 無理やりテンション上げめの私に、真夜中に呼び出されたウォルシンガムが、溜息混じりにぼやく。


「だってさー。ハットンは私が守ってあげなきゃって思っちゃうし、ディヴィソン君は一緒に怖がってパニックになっちゃいそうだし」


 まず候補に挙がった、身近な頼みやすいメンツから理由を説明していく。


「セシルにそんな格好悪いとこ見せたくないし、ロバートは暗闇に乗じて襲われそうだし。そうなるとクマさんしかいないじゃない?」

「消去法ですか」

「いや、そういうわけじゃないけど」


 積極的にウォルシンガムを選んだ理由を、後からくっつけただけだが、これだとそういう風に聞こえるか。


「淑女が真夜中に部屋を出てうろつくなど……」


 と、くどくどグチグチ言っていたウォルシンガムだが、「じゃあ1人で行く」と言ったら大人しくついてくるようになった。


 ……はったりなんですけどね! じゃあ1人で行けと言われたら涙目なんですけどね!


 内心やけくそに自分を鼓舞しながら、私は紺のナイトドレスに白いレースのショールを羽織り、赤い布地にビーズを縫い込んだスリッパを履いて部屋を出た。


 基本、毎日城の中を行ったり来たりしており、しかも広過ぎて移動距離が半端ないので、外にお出掛けする時以外は、ヒールのない柔らかな布のスリッパを履いている。歩きやすいし、足に優しいのでお気に入りだ。


 ――さて、第一の試練、城内の廊下。


 いつにない緊張感を持って寝室を出た私の後ろで、ウォルシンガムが分厚い扉を閉める。

 扉が閉まる重い音を最後に、静まり返った宮殿の廊下が、急に存在感を増した。 


 …………


 想像してみよう。何一つ作り物じゃない、古いガチの西洋の城を深夜に出歩く恐怖を。入院中に夜の病院を徘徊する非じゃない薄気味悪さだ。

 しかも電気とかない。蝋燭の明かりしかない。普通に人ならざるものが市民権を得て跋扈していそうなリアル近世である。


 なんか変な声が出そうになるのを我慢して、ぽつ、ぽつと等間隔で灯るランプの明かり以外は、暗く沈んだ長い廊下を、ひたひたと進んでいく。進んで……すす……


 足が止まった。


 うっ、うっ……怖いムリ!


「陛下、お戻りになって、休まれては」


 恐怖で足がすくんでしまった私に、斜め後ろからウォルシンガムが声をかけてくる。


 うん帰る! ……と言いたいところだが、


「そ、そういうわけにはいかないわ……! せっかくレディ・メアリーに頼んで、夜中に抜け出すの内緒にしてもらっているのに」


 お母さんみたいなキャットにはよくよく心配されるので、こういうチョイ悪なお願いは、融通の利くレディ・メアリーが寝室担当の時に限る。


 さあ、頑張れ私! 1歩を踏み出す勇気を!


 ……その前に。


 私は斜め後ろという、振り返っていなかったら絶叫モノのポジションを歩くウォルシンガムを振り返った。

 隣に並んで欲しい。


「う、腕掴んでいい? 多分ものすごい引っ張ると思うけど気にしないでね」


 気にするなというのも難しい注文だが、一応事前に了承を得ておく。


「どうぞご随意に」


 許可を得て、私はウォルシンガムの左腕を遠慮がちに掴んだ。

 遠慮していられる間はいいが、何か起こったら力任せに引っ張る自信があった。

 脱臼とかしなけりゃいいけど……


 ウォルシンガムを隣にくっつけ、心の準備を整えた私は、戦々恐々と薄暗い廊下を歩き出した。


 意識しなけりゃいいものを、ものすごく神経質に周囲に視線を巡らせてしまう。

 頼りないランプの明かりに照らされ、壁にかかった絵画や、点在する銅像が浮き上がって見え、今にも動き出しそうな錯覚を覚えてビクビクする。


 神経を張りつめ、忙しなく視線を彷徨わせる私の耳に、キィッとどこからか甲高い声が聞こえた。


「ヒィッ」


 これが例のキャサリン妃ですか!? 


 私、あなたのお友達のエリザベスじゃないんで、会っても全然嬉しくないんですけど! 怖いだけなんですけど!


 文字通り背筋が凍り、脳内で全力で拒絶していた私の耳に、


 チューチューッ


 小動物らしい鳴き声が聞こえた。


 ネズミとかぁぁぁぁっ。


 一瞬人の声に聞こえたのは、ビビり過ぎた私の空耳だったらしい。

 虫と足のない爬虫類には厳しいが、哺乳類には優しい私もさすがに殺意が湧き、鼠の鳴き声が聞こえた方を睨みつけた。


「もーっ。フランシスちゃんと仕事してよね!」

「すみません」


 クマさんじゃないし!


 何の冗談だ。


 女王付ネズミ捕獲長(チーフ・マウサー)、黒猫フランシスの代わりにしれっと謝られるが、このタイミングでジョークを飛ばされても、なかなか笑う余裕がない。


「もーやだやだっ。クマさん早く歩いてっ」

「…………」

「だめー、先行ったらダメー!」

「…………」


 我ながらうるさい。

 けど、怖いのだから仕方がない。


 腕にぶら下がる私を引きずりながら、大股に歩き続けたウォルシンガムのおかげで、ようやく問題の場所に辿り着く。


 例の庭と、修繕中の壁が見える位置まで来る――

 すると、柱廊の真ん中で、ウォルシンガムはピタリと止まった。


 そして、その黒い双眸で、ジッと庭の奥を見つめた。


 ……な、何かあるのか……?


 猫が、何もない虚空をじっと見つめて微動だにしない時のような不気味さである。


「な、何……?」

「…………」

「なんか言えーっ!」


 不気味に反応のない男の腕を揺さぶり、促すと、ウォルシンガムはようやく口を開いた。


「……いえ。今あちらに、人影が見えたような気がして」

「エ、エリザベス!?」

「さあ……若い女性のような気配はしましたが」


 キ、キャサリン妃だったらどうしよう……?


 髪を振り乱して発狂してる女の霊とか、失った首を探して彷徨っている血塗れの幽霊とか、直視したら腰を抜かす自信がある。


「どうされますか?」

「い、行くわよ……」


 それでも、エリザベスと噂される幽霊の正体を確かめると心に決めていた私は、腹をくくり、ウォルシンガムの腕を引いて歩き出す。


 歩き出す。


「進んでいませんが」


 足が進まないんだよ!


「う、うるさいな。もうちょっと待って10秒待って!」


 ウォルシンガムの突っ込みに答え、すーはー呼吸を整える。


 よし。


 気持ちを落ち着けてから、私はようやく足を進めた。

 ……が、


「いない……」


 勇気を出して庭の奥の方まで見に来たにも関わらず、そこには誰もいなかった。


「陛下が躊躇されている間に逃がしたのでは」

「う……」


 冷静な突っ込みに、反論が出ない。

 でも、何もなくて、ちょっとホッとしてたりもする。


 が、私の安堵を、隣の男がひっくり返した。


「今、何か聞こえませんでしたか?」

「な、何って……」

「女性の叫び声のようなものが」


 焦ってもいなければふざけてもいない声でそう言ったウォルシンガムが、叫び声が聞こえたと思しき方を振り返る。


 私は、何も聞こえてない。


「ねぇ、ねぇちょっと本気!?」


 私はウォルシンガムの腕を揺さぶって真偽を質した。


「ウソだったら怒るわよ! 私を脅かしたいだけとかだったら本気で怒るからね!」

「何故そんな何の実利もないことをしてご不興を蒙らなければならないのですか」


 そりゃそうだ。


 正論過ぎて思わず納得する。


 小学生男子じゃあるまいし……へたすりゃ大学生でも社会人でも面白がってやる奴いるけど……こいつがそんな無駄なことをするとも思えない。


「陛下がお聞きになっていないということは、気のせいでしょう。失礼しました」

「そ、そうね、気のせい……気のせい……」


 私は若干青ざめながらも、冷静なウォルシンガムにくっついたまま、念のため例の庭を一周したが、やはり何の収穫もなかった。





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