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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第14章 ハンプトン・コートの幽霊編
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第224話 ディーの忠告


 御前の儀式に使用される食堂は、天井の高い、縦長の大きなホールになっていた。

 最奥の一段高くなった床に国王のテーブルが置かれ、そこから見渡せる左右の高い壁には、旧約聖書の一節を描いた、いくつもの巨大なタペストリーが掛けられている。


 国王の座る卓の前に、縦に2列に並ぶ長いテーブルには、宮廷の重臣と賓客がそれぞれ決まった席に座り、決まった司祭の祈りに準じ、決まった手順で運ばれてくる料理を、決まった順に食していく。


 全てが儀式めいたそれは、ほとんど毎日のように行われており、私にとって最も退屈な時間の1つだった。

 用事が立て込んでいる時は国王欠席で済ますこともあるが、常にそうしていては示しがつかないため、時間がある時は極力出席するようにしている。


 初めの頃は手順を間違えないように緊張していたが、今となっては、ほとんど無意識にでも身体が決まった通りに動くのだから、慣れとは恐ろしいものだ。


 ちなみに、外務大臣に就任したウォルシンガムは、初めに1回だけ出たきり、御膳の儀式には参加をしていない。この非効率な慣習に、とっとと見切りを付けたらしい。

 儀式を取り仕切っている守馬頭のロバートはブーブー言っていたが、ウォルシンガムが仕事・実益優先なのは今に始まったことではないため、黙認している。


 普通、新任の大臣であれば、もっと周りの目とか気にしそうなものだが、そのブレない割り切りっぷりは、まったく羨ましい性格である。なかなか真似できない。


 ホール内を一望出来る席で、表情や姿勢に気を抜かないようにしながら、場内の人間を観察したり、彼らの人物図鑑を脳内でめくったりしながら時を過ごし、体感時間が果てしなく長い御膳の儀式を終えた私は、約束通り、私室でロバートと個人的に話す時間を設けた。


 話が長くなりそうなので、膝をついて報告しようとするロバートに椅子を勧め、丸テーブルを挟んで話を聞くことにする。


 最初に、簡単に朝の巡察の報告をした後、ロバートは本題とばかりに、ジョン・ディーの予言の押し売りを始めた。


「そもそも、今回の宮廷移動についても、前々からディーが危険だと予言していた通り、陛下に対する不穏な陰謀が画策されたではありませんか」

「まぁ、そう言われてみればそうなんだけど……」


 ロバートは、拳をぎゅっと握り込み、熱く私に語りかけた。


「思い出して下さい、陛下。俺は、陛下が次の宮廷をロンドン塔にお決めになった時から、この時期の移動は危険であると、再三お止めしたはずです」

「そうね。ディーが危険だって言ってるとかなんとか」

「その通りです! このように、必ずやディーの予言は、陛下の御身の安全を守り、国家を正しく導くことにお役に立つでしょう」

「ふーむー……」


 面と向かって、宮廷占星術師ジョン・ディーの実績を切々と訴えるロバートに、私は返事に迷って曖昧に応答した。


 うーん……どう言ったもんか。

 あんまり否定するのも可哀想だけど、変に理解を示したらグイグイ来られそうだしなぁ。


 少し悩んだが、私はやっぱり思ったことを伝えることにした。


「確かに、ディーの占いが当たったとも言えるけど、私の行く先々で不穏な計画が立てられている可能性は高いし、とりあえず『危険だ』と言っとけば当たるんじゃないかしら」

「陛下……」


 ゆるっとかわす私に、ロバートがガックリと肩を落とす。ゴメンねー、信じてあげられなくて。


「ですが、ジョン・ディーは見事、此度の神をも恐れぬ悪計で、陛下を狙う爆薬が仕掛けられている十字路を、三カ所とも言い当てたではありませんか。これは、単純な予測や当てずっぽうで出来ることではありません!」

「それは確かに」


 諦めないロバートの説得に、ここは素直に頷いた。

 話したがる相手の言葉を一旦受け止めるというのも、大事なコミニュケーションだ。こっちが引く姿勢を見せることで、相手の気が済むこともある。

 

 少し間を空けて考える振りをした後、私は逆に、疑いの眼差しを相手に向けた。


「っていうか、それって……もしかして、ディーも今回の移動経路を知ってたんじゃないの~?」

「…………」


 私の指摘に、前のめりになっていたロバートの動きが止まる。


「どうなのよ、ロバート」

「……そういえば、陛下からお預かりした、移動ルートの書き込まれた地図は見せましたが……」


 記憶をたぐるようにして告白するロバート。急に声が弱くなる。

 ここぞとばかりに、私はビシッと切り込んだ。


「ホラ! だからウォルシンガムと一緒で、その移動ルートから、どこが1番襲撃に適していて、敵から仕掛けられやすそうかを推測したのよ」

「むぅ、しかし……」


 ディーの占い師としての腕を認めさせたいロバートは、私の推理に不満そうだ。


「まあ、十字路に当たりをつけたのは、割とすごいと思うけど」


 一応、その点は評価しておく。

 ウォルシンガムも、ジョン・ディーが『十字路』を指摘したことで、その可能性に思い至ったらしいし。


「それで、次はどんなことを言ってるの? 約束したし、一応ちゃんと話は聞くわよ」


 このままでは平行線なので、私は強引に話をぶったぎり、ロバートに本題に入るように促した。


「実は、そのことですが……」


 ロバートは、軽く咳払いをしてから、改まった様子で口を開いた。


「恐れながら陛下、この度のフランス公爵との婚約話には、早々に決着をつけるべきかと……」

「え? 結婚しろって?」

「逆です! このまま引き延ばしていては、取り返しのつかないことになります!」


 焦った様子で、やたらに大きな身振りで否定してくるロバート。


「ディーは、フランス公爵との婚約交渉を止めるようにと言っています。この結婚では、女王に幸福は望めないと」

「そりゃ、話を聞く限り、相手は私を嫌ってるみたいだし、歳も離れてるし、そもそも性別的にストライクゾーンから外れてるみたいだし、幸せになれる予感は欠片もしないけど……っていうか、別に本当に結婚する気はないから、安心しなさい」

「そうも言っていられないのです。ディーはこうも予言しています。陛下は、自らの意思でこの結婚を承諾せざるを得ない状況に陥ると」

「えー、何それ」


 なんか嫌な感じだ。


「そう言うのって、何を見て決めてるわけ?」

「ディーは、天宮図を用いた星を読む占いに長けていますが――あとは……水晶とか」

「水晶ー?」


 よく魔法使いのおばあちゃんとかが、手をかざして中を覗き込んでるアレか!


 不吉な予言にちょっと不安になってしまって、聞いてみたものの、なんか一気に胡散臭い。


「そんな硝子玉のぞいて何が見えるのよ?」

「えーと、その……確か、天使だか精霊だかの声が聞こえるとか」


 ロバートもあまりよく分かっていないらしい。まあ占いなんて、理屈を分かって信じてる人なんて、ほとんどいないだろうけども。


 それにしても、水晶から天使の声が聞こえるとか、自然現象から予測するよりも遙かに胡散臭い。


 胡散臭くはあるのだが、神の声を聞いて聖人になっちゃう人が続出する世界観なので、おおっぴらに全否定するわけにもいかないのが、名目上国教会の最高当事者である立場の難しいところだ。


 政治に占いを用いる場合の怖いところは、占い師が恣意的に、政治をある方向に動かそうとした時だ。

 水晶玉なんて、それこそ好きなことを言えるではないか。


「分かった。もうやんぴ。参考にさせてもらうわ、ありがとうロバート」


 なんか、嫌なこと言われて、ちょっと不安になってしまって損した。


 目下、私の婚約者候補と目されているフランス国王の弟、アンジュー公アンリ・アレクサンドル・エドゥアールとの婚約交渉の継続は、国内でも大きく賛否の分かれる問題だ。

 ロバートは元々反対派だし、そのジョン・ディーが個人的にどういう意見を持っているかも分からない。


 パトロンの意を汲んでそんな予言をしているのかもしれないし、個人としてもフランスとの婚約交渉に危機感を抱いているなら、そんなことを言い出してもおかしくはない。


 そう結論づけ、私はまだ言い足りなさそうなロバートを適当に追い返して、通常の業務に戻った。


 あー、忙しい忙しい。







~その頃、秘密枢密院は……



「むぅ……」


 多忙な女王に追い返されたレスター伯ロバート・ダドリーは、その足である人物の部屋を訪れ、懊悩していた。


「困った。実に困ったぞ」

「困るのは結構ですが」


 広い、その外務大臣の執務室で、いつかのように部屋の主の前を落ち着きなく往復するロバートに、冷淡な声が飛ぶ。


「なぜ私の部屋の中で懊悩されるのです」


 大きな執務机に広げられた何枚もの手紙を前に、絶え間なく筆を執っていた手を置き、黒衣の外務大臣はぼやいた。


「気が散って仕方がない……」


 だが、伯爵相手に分かりやすく歓迎していない相手を前にも、レスター伯は気にした様子もなく意見を求めた。


「貴殿はどう思う? ディーの予言を」

「……何とも言えません」

「信じているのか? いないのか?」

「お答えいたしかねます。ですが、少々気になっていることはあります」

「何だ? 気になることがあるならば、ディーに占わせるが」


 何とか味方を作りたいらしいレスター伯が、向かいから執務机に手をついて身を乗り出してくる。

 ロバートの申し出に、ウォルシンガムは、何かを思いついたように応えた。


「ああ、それもいいでしょう。ことによっては、貴方にも頼みたいことがあります」


 珍しくウォルシンガムに頼ってもらったレスター伯は、途端に嬉しそうな顔をした。


「なんだ、何でも言え。貸しならいくらでも作ってやるぞ、ちゃんと返せよ」


 分かりやすく見返りを求めてくるロバートを前に、黒い双眸が鋭く光った。


「……そういえばレスター伯。先日、秘密情報部の方で、気になる書簡を回収したのですが――」







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