第217話 好みのタイプは?
話を変えたくなった私は、朝から気になっていたことをウォルシンガムに聞いた。
「そういえば、今日は見張りの兵の数が少ないわよね? 何かあったの?」
「朝からレスター伯がハンズドン男爵と共に、近衛隊を率いてロンドン市内を巡察しています。今、城内にはサー・ウィリアム・セント・ローが指揮する少数の兵が残っているだけです。そちらも、特に警戒しなければならない南側に数を割いていますので、比較的安全な宮殿内と北側の庭には、あまり配置できていません」
なるほど。私の中では、無事に宮廷移動を終えて一件落着していたのだが、まだまだ調査はこれからということか。
「そう。まあ、人目が少ない方が私は気楽だけど」
「ですので、人目が少ないのを良いことに、危険な行動を取るようなことがないようになさって下さい。くれぐれも、夜間に一人で出歩くようなことはなさらぬよう……何があっても」
やけに念を押してくる。
「分かったわよ。別に夜に外に出る用事なんてないけど、その場合はクマさんを付き合わせればいいんでしょう」
「……ひとりで出歩かれるよりは、遙かにマシですが」
なんか渋い顔をされた。まぁ、幽霊が出ると噂の城を、私が夜中にうろつくことはまずないので、安心してもらっていい。
「昨日の件、まだ詳しくは聞いてないんだけど……」
昨日、移動中に忙しなくしていたセシルから聞いたのは、ロンドン市内の3カ所から爆薬が発見されたということくらいだ。
幸い、早期発見により大事に至ることはなかったが、その十字路の近辺で待機していた不審な人間は次々検挙され、事情聴取が行われているとのことだった。
その辺は秘密警察長官のウォルシンガムが全て把握して動いているはずなので、聞いてみるが、相手は回答を控えた。
「その話は、後ほど場所を移して報告します」
別に他に人がいないのだからいいような気もするが、雑談代わりに話せる内容ではないらしい。
「……ん?」
その時、額に何か当たった。冷たい。
思わず手のひらで押さえて顔を上げると、今度はその手の甲に、何か冷たいものがあたった。
そう思っているうちに、パタパタと固くて冷たいものがどんどん落ちてきて、私は手で頭上を覆って空を見上げた。
「ぎゃあ。何、雹?!」
さっきまで晴れてたのに!
「陛下、こちらへ」
突然の来雹から私を庇い、羽織っていた外套をかぶせてきたウォルシンガムに付き添われ、私達は庭園の一番奥にあった四阿へと避難した。
それは、白亜の石柱に支えられた、ギリシャ風のロマンティックな四阿で、少し高い位置から庭園が一望できるようになっていた。
「はー、びっくり。いきなり降ってくるんだもの」
頭から黒い外套を被ったまま、私はドレスの裾についた雹を払いながらぼやいた。
屋根のある安全な場所に辿り着いた時には、上空からパラパラと音を立てて白い氷の塊が降り注いでおり、鮮やかだった庭園は少しずつ白に侵食されていた。
ああ……お花が……お花が痛んでいく……
仕方がないとはいえ、残念な光景だ。
「この時期の天気は女性の心のように気まぐれで、為す術がありません。どうせすぐに晴れるでしょうから、大人しくこの場で待つ方が賢明でしょう」
なかなか含蓄があるが、息を吸うように皮肉を言える辺りがいかにもイギリス紳士である。
「…………」
私達は四阿の中のベンチに並んで腰掛け、雹被害に遭う庭を眺めながら、大人しく待つことにした。
「…………」
なんか、急に会話がなくなった。
なんだっけ、さっきまで何話してたっけ。
別に、今更ウォルシンガム相手に無理して話を広げる必要もないといえばないのだが、ついつい会話の糸口を探す。
今どんな顔してるんだろうと思い、隣を向くと、近い距離で黒い双眸とかち合った。
そうだった。こいつは人を観察する男だった。
「……クマさん、これ返す。ありがと」
ちょっとビックリしてしまい、返しそびれていた外套を、正面から頭にかけて返却した。
「何故顔にかぶせるのですか」
「いや、なんとなく」
そんなに見てくるからさ。
曖昧に返して、身体ごとそっぽ向くと、後ろで溜息のようなものが聞こえて、外套を着直す気配がした。
黙って観察されているのも居心地が悪い。やっぱり、何か話題を振ろう。
「ウォルシンガムって……あの、ハンプトン・コートの幽霊の話って知ってる?」
「どの話ですか」
「どの……!?」
どのって、そんなにいっぱいあるんですか!?
「ええっと……私が聞いたのは、ロングギャラリーの……」
「ああ」
納得したように相槌を打ってくる。
やっぱり有名な話なのだろう。まあ、ウォルシンガムってあんまりそういう怪談とか、知ってても興味なさそうだし、信じなさそうな――
「私も、陛下が目覚められた日の夜、宮廷を辞する際に、女性の金切り声を聞いたことがあります」
「嘘でしょ?! ホント?! 嘘よね!?」
「あの夜は貴女がお休みになった後、バーリー卿とレスター伯と今後の方針を話し合っていましたので、随分と遅い時間になってしまったため、そのようなものに遭遇したのでしょう」
「ちょっと! ちゃんと嘘って言ってよ!」
淡々と、嘘か本当か分からないことを言ってくる男に、悲鳴を上げる。
嘘だ! こいつは私をびびらせて楽しんでるだけだ! 信じるものかっ。
「ですから陛下も、夜中に城を歩き回るようなことはされない方がよろしいかと」
何その「早く寝ないとオバケが出るわよ」って親みたいな脅迫。
「し、しないわよそんなことっ」
しつこい。なんか私に夜中に出歩かれたら都合が悪いのか。いや、都合が良い訳はないだろうけど。
くそぅ。ウォルシンガムなら幽霊なんて否定してくれるかと思ったが、そんなことはなかった。
というか、なんでみんな普通なの? 日常なの? 幽霊と友達なの?
さすがはファンタジーの本場ということか。
もしかして、本当にみなさん、不思議の国の住人なのか。
「何をそんなに恐れているのですか」
私が理解出来ないものを見る目で眺めていると、ウォルシンガムの方も不思議そうに私を見返してきた。
「だって怖くない? 夜中に女の人の悲鳴が聞こえるとか。ホラーじゃないんだから」
「泣き叫ぶ女の亡霊など、煩いだけでさほど害はないでしょう。生身の女性の方が余程面倒臭い」
「た、確かに、亡霊が泣いてても無視すればいいけど、生きた女の人だとそういうわけにもいかないものね」
全然共感できないが、無理やり同意してみる。
「私は無視しますが」
うわ。厳しー。
涙もろい自覚のある身としてはグサグサ刺さるものがあるのだが、ある意味貴重なご意見である。
ウォルシンガムはもうちょっとオブラートに包まないとモテないと思う。あ、別にモテたくないのか。
やっぱり男の人の本音としてはそうだよな……「面倒臭い」よな。
うん、気を付けよう。
……いや、気を付けてなんとかなるものなら、とっくに何とかしてるんだけどさ。涙腺を強化する方法って、何かないんだろうか。
「はぁ……」
「…………」
なんとなく気が重くなり、つい肩を落としてしまったが、ウォルシンガムの無言の視線が刺さり、慌てて姿勢を正して質問を変えた。
「クマさん、前にも女性が嫌いって言ってたけど、まるっきり苦手なわけじゃないんでしょ? どういう子が好きなの?」
「……性根が曲がっているもので、媚びてくる女性というのは、内心の打算が透けて見えて好きではありません」
嫌いな方を答えて来たよ。
「なるほど……」
期待していた回答とはほど遠かったが、千里眼と心眼を併せ持ってそうなこの男に、打算でアプローチするのは確かに難しそうだ。
一時期、可愛い彼女に明らかキープ君にされていた弟とかは、「気付かないように上手く転がしてくれたらそれでいい」とか開き直ってたけど、気付きやすい男というのも難儀なものである。この男の場合、プライドも高そうだしな。
「……あんたも大概、結婚出来そうにないわねー」
「…………」
思わず、しみじみと言ってしまう。
結婚に打算はつきものだろうし、妥協をしなければならないこともあるだろう。
それが出来ないから、私も前世で独身街道を突っ走っていたわけであって。
21世紀にウォルシンガムがいたら、やっぱり独身貴族を謳歌してそうだ。
さすがに、この時代に独身貫くって難しそうだから、なんだかんだ言いつつ、ウォルシンガムもそのうち結婚するんだろうけど。
…………
まぁ、しばらくはなさそうかな。
そう言い聞かせ、結婚出来ない感を漂わせている男に、大いに仲間意識を抱いて安心するのだった。




