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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第13章 ジョン・ディーの予言編
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第209話 いざ、ロンドン塔へ


「次の宮廷がロンドン塔に決まったわ。移動は1ヶ月後。正直、ロンドン塔なのは気が重いけど、移動はしたいから早く準備始めなくちゃー」


 やや強引に宮廷移動を決定した私は、寝室の机に再び地図を広げ、ペンを握っていた。


「で、今書いてるのは?」

「移動のルート決め」


 やっぱり今日も部屋に遊びに来ていたレイが聞いてくる。暇なのか。


 宮廷の移動は1000人規模の大移動になり、半分パレードのような大々的なものになる。


「事前に3通りくらい用意しておいて、直前で私が気まぐれで道を変えた振りをして街を回るの。毎回やってるんだけど、どれを選ぶかは、その時決める感じ」


 襲撃とかテロ行為とか、場所を絞って物騒な計画を事前に練られないための防衛策だ。


「出来た。こんな感じかな」


 筆をおいた私に、レイが後ろから身を乗り出し、興味深そうに地図を覗き込んできた。


「ふーん……随分遠回りするんだな」

「市内の巡察も兼ねてるの。市民も喜ぶし」

「支持率維持するのも大変だな」

「そうそう」


 この時代には投票権もなければ支持率もないが、国民の人気というのは、肌で分かるものだ。


「いつもやってることなんだけど、今回はロバートが変なこと言ってきたから、余計気を遣うっていうか……」

「変なこと?」

「ディーがね、この時期は不吉だから移動は取りやめるように言ってるんだって」

「ジョン・ディー?」

「レイ、知ってるの?」

「ああ……俺もオカルト系は詳しくないが、確か、エリザベス1世が重用した占星術師だな」

「そうなんだ」


 私には占星術師を重用するという考え自体が、まずなかった。


 去年の10月に私が、表向きには占星術師――つまりレイの予言に従って、公の場から身を隠したことによって、他の占星術師たちも王の寵にあずかろうと、わんさか寄ってくるようになったが、ことごとくあしらっていた。


「でも、そんなこと言ってらんないのよね。あんまり長い間、これだけ大勢の人間で使ってると、どうしても汚れてくるし。暖かくなってくると、ばい菌や虫も元気になるし……その前に、新しい場所に引っ越さないと」

「確かに、そっちのがよっぽど大事だな。こんなところで食中毒とか、洒落になんねーし」

「でしょ?」


 さすが、レイは話が分かる。


「……ところで、レイは最近どうしてるの?」

「どうって?」


 昼間のレイの行動は知らないが、ここのところ、夕方になると私の部屋で暇そうにしているのが気にかかり、私はさりげない流れを装って聞いてみた。


「そのー……論文とか、ほら、進んでるのかなーって」


 以前、免疫法の論文に着手したいとは言っていたが、その後どうなっているかは聞こえてこない。


「あー……」


 気を遣いつつ聞いてみたところ、曖昧な返事が返ってきた。

 うん。進んでないな、これは。


 なんだか最近、元気がないというか、やる気ないというか、全体的にくさくさしてる感じが滲み出ていたのだが、案の定……


「やりたいことがあるなら、言ってくれたら協力するわよ?」


 何が彼を足踏みさせているのかは分からないが、ちょっとやる気を促してみようと話を振ってみる。


「今年に入ってから、ちょいちょい下町にも出かけてるじゃない。町の人たちは元気? 患者さん達の診察は不便してない?」

「まぁ、そっちの方はボチボチ……不便なことは山ほどあるが、言っても仕方がない部分がほとんどんだしな」


 こちらの方は、微妙に前向きな返答があった。一応は何とかなっているらしい。


「…………」

「…………」


 だが、それ以上は話が続かず、会話が途切れてしまった。


 うーむ……


 レイの能力に期待しているというのもあるのだが、最近はそれ以上に、レイに対する周囲の目が気になっている。

 特に、秘密を共有する秘密枢密院の面々と、なかなか信頼関係を築けていない状態が続いているのは、ちょっと心配だった。


「別に、免疫法の論文に限らなくても、多分、この時代にレイにしかできないことっていっぱいあると思うの」


 私の、レイに対する扱いが甘いと思われている自覚もあったため、まずはアドバイスという形で、状況の改善を図ってみる。


「そういう部分で実績を作れば、周りも、もっとレイのことを認めてくれるんじゃないかしら」


 レイが本来の能力を発揮して、結果を出せば、宮廷内での居場所もでき、秘密枢密院にも信用もしてもらえるだろう――というつもりでの進言だったのだが、それを聞いたレイは露骨に顔をしかめた。


「めんどくせぇ。なんで俺があいつらに媚びなきゃなんねぇんだよ」


 なんだかいきなり喧嘩腰だ。


「別に媚びろなんて……実力を見せて認められたら、その方がいいでしょうって言ってるだけじゃない」


 困惑しつつも言葉を重ねると、レイは一気に不機嫌になった。


「あいつらに認められて、お前を女王と崇める一団の仲間に入れってのか?」

「そんなこと……」


 レイはレイなのだから、そんなことを強制するつもりはない。


「俺はお前の家臣じゃないし、お前が女王だとか、はっきり言ってどうでもいい」

「…………」

「俺はあいつらとは違う」


 突っぱねられ、私はかろうじて溜息を抑えた。


 レイの言いたいことは、分かる。


 レイは私の臣下ではないし、私とて、レイに女王として扱ってほしいわけではないのだが……立場上、周りがそれを許さないということも分かっていた。


 些細なことなはずなのに、なんでこんなに難しいんだろうか。

 最近、こういうレイとの関係に、どう線引きをすればいいのか、悩んでいる部分はあった。


「陛下、おそれいります。アンでございます。今、ドクター・バーコットとお話をしてもよろしいでしょうか?」


 空気の悪い沈黙が落ちかけたところで、扉の向こうからノックが聞こえ、幼いがしっかりした声が聞こえてきた。

 今日は非番のアンが、レイを探しに来たらしい。


「いいわよ、入っていらっしゃい」


 正直助かった気持ちで、私はアンを迎え入れた。


「失礼いたします。陛下。おじゃまでしたでしょうか?」

「全然構わないわ。アン、今日はおやすみでしょう、レイを探しにきたの?」

「はい」

「どうした?」


 きっちり礼をとって入室したアンに、レイがぞんざいに声をかける。

 すると、アンがぱっと顔を明るくし、跳ねるようにして手にした数枚の紙を掲げて見せた。

 

「レイ! 見て、解けたの! るしふるあんでしふらぶる!」


 ん? なんだって??


 興奮して早口だった上に、明らかに英語ではなかったので、何と言ったかよく聞き取れなかった。

 だが、レイには通じたようで、


「マジか! おまえ天才だなっ!」


 彼の方まで目を輝かせ、大股に近づいて少女の手から紙束を取り上げた。


 その場にしゃがみ込み、空いた方の手でアンの頭をわしゃわしゃ撫でながら、答案に目を通す。

 紙面から目を離さないまま、レイは感心したような息を吐いた。


「おー……そうそう、合ってる合ってる」

「すっっごくむずかしかった!」

「そりゃそうだろ、解けただけでもやべぇって。正直、マジでやるとは思ってなかった。すごいぞ」

「えへへ……」


 率直に褒められ、得意げに照れ笑いをするアンが可愛い。

 一体何を教えているのか知らないが、レイの反応からすると、相当高レベルの難問を解いてしまったらしい。東大の入試問題レベルとか?


「よし、もうちょっと長いの挑戦するか?」

「やる!」

「おーしおしおし」


 威勢良く応えたアンの金髪をぐしゃぐしゃにするレイ。犬じゃないんだから。

 

 このアンのやる気の半分でも、レイに分けてあげられたらいいのに。


「エリ、ちょっとコイツの勉強見てくるわ」

「あ……うん。いってらっしゃい」

「こいつ、天才だぞ。間違いない」


 親バカならぬ家庭教師バカなドヤ顔で断言するレイは、すっかり機嫌を直したらしい。


 アンを連れて退室したレイの背中が扉の向こうに消えるのを待ち、私は深く息を吐いて、椅子の背にもたれた。


 アン、ぐっじょぶ。


 結局、説得はならなかったものの、悪い空気をアンが吹き飛ばしてくれたことに感謝する。子どもって偉大だ。


 妙な気疲れを起こした私は、移動ルートを記入した地図を鍵付きの引き出しにしまい込み、本日の業務を終了した。





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