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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第13章 ジョン・ディーの予言編
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第207話 プチバトル勃発

「僭越ながら申し上げますと――」


 その日の枢密院会議の場で、本日から末席に座る男の声が、長い議卓を貫き、議長席の私へと刺さった。


「陛下のお考えは甘すぎるかと」


 前置きの通り僭越な物言いで切り込んできた男を、私は冷ややかに――あえて冷ややかに――見返した。


 朝の散歩での宣言通りと言うべきか……

 枢密院委員に就任し、発言権を得たウォルシンガムは、初日から早くも私に盾突き、他にはない存在感を見せていた。


 今、火花を散らす彼と私の視線の間には、すべての委員たちが着席している。

 若い新任の委員が何を言い出すのか――興味半分の注目が集まっていた。


「表面的な啓蒙活動を強化したところで、根本的な害悪を排除しない限りは、問題の解決にはなりません」


 本日の枢密院会議で議題に上っているのは、私が即位した年に議決された、礼拝統一法に従わない非国教徒――主にカトリック教徒をいかに取り締まるか、という話だ。


 禁止されているローマカトリック式の秘密ミサの監視強化。

 カトリックの悪弊・迷信・聖遺物崇拝について警告する説教を行う、監督官の各教区への派遣。

 教会への礼拝をサボる人間への罰金徴収の強化、などなど……


 要するに、具体的かつ地味な対策案をコツコツ話し合っていたところに、ウォルシンガムがどこからか集めてきた、巷に出回っている反体制・反国教会的な過激派パンフレットをぶちまけてきたため、話が大きくなっている。


「このようなパンフレットが出回り、大陸から派遣された教皇の狗共が、反乱を扇動する説教を行っている現状を看過することは、御身を危険に晒すだけでなく、大陸で続く恐るべき信仰の闘争を、我が国にも引き入れる呼び水となりましょう」


 直立し、堂々と意見を述べる男の姿には、人の耳目を引きつけるだけの力強さがあった。


 言っていること自体は、反カトリックの強硬派が、度々私を脅しつけるために主張している内容と変わりはないのだが、この男の持つ重々しい威厳が、説得力を割り増ししているところはある。


 何とかそれらしい威厳を見せるために、日々創意工夫している身としては、羨ましいことだ。


「聖パウロの使徒座の虐殺を受け、ローマ・カトリックの残虐さ、危険性に国民が慄いている今であれば、陛下がご心配する世論もまた、国王が国家の安定のために危険分子を排斥する決断を下すことを受け入れるでしょう」


 私がやたら国民の人気を気にすることをチクリと刺しつつ、持論に世論の追い風をかぶせてくる。

 実際、パリでの惨劇は、大陸の宗教闘争が対岸の火事になりつつあった国民感情に、ブラッディ・メアリー時代の恐怖とトラウマを呼び覚ましていた。


 ウォルシンガムの鋭い眼差しと言葉を受け止めつつ、私は相手の主張をまとめた。


「私に、カトリック教徒を弾圧しろと?」

「危険なイエズス会士およびその同調者たちを粛清すべきだ、と申し上げております」


 あえて否定的なニュアンスで聞き返した私に、間髪入れずに答えてくる声は揺るぎない。


「姿を現さないモグラを叩くのは、ずいぶんと難しいわね」

「イエズス会士の存在が地下に潜ったモグラだというのならば、その鼻先を掴み、いくらでも御前に引きずり出しましょうが、これまでのように首に鎖をぶら下げて飼われるだけでは、見せしめの1つにもならない。はっきりとした処罰を、今この場でお決めいただきたく」


 ほほぅ、言ってくれる。


 私は表情を読まれないよう、開いた扇子で口元を隠し、目を細めて相手を見返した。

 こうすると、結構な確率で相手が深読みしてびびってくれるのだが、こやつ相手には通じまい。


 どうやらウォルシンガムは、北部貴族の反乱の際、私があの手この手でトマスや反乱貴族たちの処刑を逃れたことに学習し、先に言質を取る手段に出たらしい。


 秘密警察長官がそのように吠えるものだから、プロテスタント委員達が期待と不安が入り交じる眼差しで、私の答えを待った。


 こうもデカい口を叩かれると、「捕まえてから言え!」と言いたいところだが、そんなことを言えば、この男のことだから本当に捕まえてきて、「捕まえたから処刑しろ」と言いかねないので、余計な口はきかないに越したことはない。


 私は息を吸い、男の声に引けを取らぬよう、断固とした口調で言い返した。


「――信仰の為に死んだ者は、その魂によって永遠の名誉を得るものです。姉が血に迷い行った異端審問は、結果として何を残したか? 我が国のプロテスタントの、消えぬ憎悪と強固な絆です」


 ブラッディ・メアリー時代、異端審問の犠牲になり、命を落とした者たちの足跡を讃えた書物に、ジョン・フォックスの『殉教者列伝』がある。


 その分厚い本には、信仰を理由に狩り出された、名もなき一般人、女性や子どもの殉教の瞬間までもが描かれている。

 この『殉教者の書』は、極めて重要な本だとされ、いまや各教区の教会に、英訳聖書と並んで置かれていた。


 本来ならば歴史に名前を残すことなく人生を終えたであろう、貧しい女子供までも、誇り高き殉教者として、次の時代の人々に、多大な影響を与えているのだ。


「それは、ローマ・カトリックの信仰者でも同じこと。彼らを私の治世で処刑すれば、それは、信仰を守り死を選んだ殉教者として、永遠に彼らを輝かせることになるでしょう――これ以上カトリックに、反国教会的な口実を与えるべきではない」


 支配者による信仰の弾圧など、どう理由をつけても私の中では邪悪でしかないため、やる気も起こらないというのが正直なところだが、政治的な面から見ても、それはリスクの高い仕事だった。


 そして、そのリスクを取ってまで信仰の統一を図ろうなどという宗教的な信念は、私にはさらさらないのである。


「何度でも繰り返しますが、我が国でこれ以上、殉教者が現れることはありません。カトリックも、プロテスタントも」

「…………」


 決して処刑はしないと言い切った私に、ウォルシンガムが厳しい視線を向けてきたが、ひるむことなくその目を見返すと、無言の睨み合いが続いた。


 緊迫した空気に、その場で口をはさむ者はなく、長い沈黙の後、ウォルシンガムが静かに口を開いた。


「ならば、せめて奴らを国外追放に」


 お? 


 意外にもアッサリ譲歩したので、逆にこちらが拍子抜けしまった。


「あくまで信仰による罪ではなく、国王陛下に仇なす罪人として捕え、処刑ではなく国外追放とする――それならば、カトリックを奉ずる諸外国への配慮にも、お優しい陛下のお心にもかなうものでしょう」


 なんとまぁ、ずいぶんと物わかりの良いことを言ってくる。

 何か裏がありそうで怖いが、ウォルシンガムの妥協は、十分に私の心配を汲んだ内容になっていた。


 イエズス会士とかいう狂信的なローマ教皇の尖兵は、どれだけ政治犯として扱ったところで、彼らは勝手に殉教者として死にたがるので、とにかく扱いが難しいのだが、追放処分であればその危険は回避できるし、処罰としては、それくらいはしないと示しはつかないだろう。


「そうね――それならば、約束しましょう」


 ウォルシンガムの妥協を受け入れ、交渉が成立する。


 それ以上、この話を引っ張る気はなかったので、私は次の議題をセシルに促した。

 進行役のセシルは空気を読んで、話がまとまりやすそうな内容を選んで会議を進め、その日の枢密院会議は終了した。







~その頃、秘密枢密院は……



「初日から派手にやったな、ウォルシンガム。貴殿も存外、目立つのが好きと見る」


 枢密院会議の終了後、さっさと退室した新任の外務大臣の後を追いかけた守馬頭が、肩に腕を乗せてそう言ってきた。


「目立つのは好きではありませんが、必要なことを率直に申し上げただけです」


 馴れ馴れしく触れられたウォルシンガムは、肩に置かれた腕を避け、愛想なく返した。


「枢密院入りして張り切るのはいいが、あまり女王に楯突いたり、カトリックを叩くことばかり精を出していては、出る杭が打たれることになりかねん。気を付けた方がいいぞ」


 どこか面白がるような顔を見せてはいるが、意外にもまともな忠告を与えてきた男を、表情を変えずに見返すと、レスター伯はなぜか得意げにふんぞり返った。


「こんなことを俺が言ってやっているのも、何も親切心だけというわけではない。陛下から、青臭く処世に難のある貴殿が、目の厳しい宮廷貴族らの反感を買い、無駄な争いに巻き込まれぬよう、十分に面倒を見てやってくれというお達しだ」


 どうやら、『女王に』『ウォルシンガムの』『面倒を見るように』『頼まれた』という、どの節で区切ってもこの男の自尊心を満たすエピソードを聞かせたかったらしい。


「貴殿はバーリー卿と仲が良い。よくよく陛下とあの男の内緒話が耳に入ることもあるだろう。どうも俺はあの男に嫌われているらしく、なかなか仲間に入れてもらえないから、貴殿を俺の傘下に入れてやる代わりに、耳寄りな話を聞かせてくれてもいいぞ」


 女王の頼みという名分を笠に着て、露骨に取り込もうとしてくる男の話を聞き流す。


 だがそれは――傘下に入る云々は別にして――ウォルシンガムにとって、全くメリットがない話というわけではなかった。


 ノーフォーク公が失脚し、ダーンリー卿がスコットランドで死亡し、女王の不興を買ったオックスフォード伯爵が宮廷を去ったことで、必然的に若手貴族の有望株として残ったレスター伯の下には、着々と人が集まり始めている。


 男爵に叙されたバーリー卿も、名実ともに女王の精霊(スピリット)として盤石の地位を確立しており、庶民出の官吏らを中心に、レスター伯に反発する人材から支持を強めていた。


 まだ30代や20代の彼らの派閥が、宮廷を牛耳るとまではいかないが、遠くない将来、そのような構図が出来上がるであろうと、予想する者は少なくない。


 そこに、外務大臣という新設のポストで突如飛び込んで来た、同年代のウォルシンガムがどういう位置付けになるか――その動向は、宮廷の注目を大いに集めていた。


 実際、この人事について、バーリー卿が、まだ時期尚早ではないかと憂慮したそうだが、その懸念は理解出来る。


 これまでのところ、ウォルシンガムはセシルの強い支援を受けて宮廷に上がり、女王の信頼を勝ち得てきた。


 また、秘密情報部が国王第一秘書直下の組織ということもあり、秘密情報部長官を兼任する男が、バーリー卿の右腕という見方が強くなるだろう。


 バーリー卿からは、ゆくゆくウォルシンガムを後任に据えようという意思が感じられた。

 だが同時に、彼は、ウォルシンガムが根本的に己とは全く違うタイプの政治家になるであろうことも、予見していたはずだ。

 同時期に並び立つには、少々折り合いが悪い、とも。


 実に面白いことだが――女王の、このレスター伯への個人的な働きかけは、ウォルシンガムの今後の立ち位置に、大きな天啓を与えていた。


 当人達の個人的感情の如何に寄らず、今後、派閥的な対立が深まって来るであろうバーリー卿とレスター伯の中間に立つ――


 架け橋と言えば聞こえがいいが、派閥や仲良しごっこに興味のない身としては、どちらにもつかぬコウモリのような立場は、性に合うように思えた。






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