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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第12章 21世紀の恋人編
206/242

第204話 遅い!


 私がイライラしながら、部屋をうろうろして待っていると、ようやく待ち人は現れた。


「……遅い!」


 開口一番、私がそう叱ると、黒衣の男は静かに礼を取った後、口を開いた。


「失礼致しました。ここに来るまでに、少し妨害が入りました」


 ロバートあたりにでも鉢合って、捕まったのだろうか。


「そうじゃなくて、帰国するのが遅いって言ってるの!」

「これでも、出来うる限り速やかに帰ってきたつもりです」


 堂々と言い返してくる。仕事を中途半端に放り出せない責任感は分かるが、どれだけ自分が危ない橋を渡ったか分かっているのだろうか、この男は。


 上の方にある、久しぶりに見た顔を睨みつけ、言わずにはいられなかった不満をぶつける。


「……すぐ帰ってこいって言った」

「仕事です」

「女王命令よ。それ以上の仕事がある?」

「条約の締結まであと1歩でした」

「そんなの……!」


 言い返しかけ、私は1歩身を引いて息を吸った。

 結果的に、彼の判断は正しかった。ウォルシンガムは無事だったし、彼は当初の私の命令を全うして帰ってきた。


 それでも、文句を言わずにはいられなかった気持ちを、別の言葉に直す。


「……心配した」

「ご心配をおかけしました」

「…………」


 変わらぬ姿を見せる男に手を伸ばし、私は、おもむろに手のひらで胸を押した。

 少し強めに押すが、その程度でよろけることはなく、ちゃんと生きている人間の感触が返ってきたことに、妙に安心する。ちゃんと本体らしい。

 この男ならば、魂だけでも帰ってきて、律儀に報告に来そうなので、一応確認した。


 ようやく彼がそこにいる実感が持てて、深く息を吐く。自然に言葉がこぼれた。


「無事で良かった……本当に」

「……もったいないお言葉です、陛下」


 胸に触れた手を取り、膝をついて手の甲にくちづけた臣下に、私も屈んで目線を合わせた。

 あまり変わらないと思ったが、こうやって近くで見ると、少し痩せただろうか。

 そう気付くと余計に胸が痛み、私は相手の顔を覗き込んで、どうしても言いたかったことを語りかけた。


「よく我慢したよね。つらい仕事をさせて、ごめんね」

「陛下……」


 あんな目に遭って、何も心に傷を負わずにいられるわけがない。

 彼が感情を表に出さないからといって、それが本当に傷付いていないのだとは、私には思えなかった。


 ウォルシンガムからすれば、同胞であるユグノー達が、その信仰を理由にむごたらしい迫害に遭うのをまざまざと見せつけられながら、その元凶であり、カトリック教徒からは英雄視されている者達と手を結ばねばならなかったのだ。

 それは、はらわたが煮えくり返るような、屈辱的な仕事であったには違いない。


 だがウォルシンガムは、1度目を閉じ、感慨に耽るように深い息を吐いた後、意外な言葉を発した。


「正直意外でした」

「え?」

「貴女にそれほどまでに心配されるとは思っていなかったので」


 はあ?


「なんで? どうやったらそう思えるのよ?」


 ウォルシンガムがまだ帰らないと駄々をこねている間、私がどれだけ心配したと思っているのだ。


「出立の際もせいせいしたご様子でしたし、特に便りもなく過ごしておりましたので。忘れられていなかったようで安心しました」


 あれ……?


 もしかして、密かに手紙の1つも寄越さなかったことに拗ねている……?!


 意外な方向から飛んできた嫌味に怯む。

 ウォルシンガムへの手紙は、結局何度もタイミングを逃しているうちに延び延びになってしまい、間が開けば開くほど書きづらくなって、結局1度も出さず終いだった。

 ナバラ王とマルグリットの結婚で、サン・バルテルミの虐殺が前倒しで起こる可能性が浮上してからは、そのことに触れずに私信を出すのも難しくて、余計に書くのが難しくなってしまったというのもある。


「う……えっと、ごめん。色々あって、お礼の手紙出せなかったの……」

「お礼?」


 私が謝ると、ウォルシンガムは心当たりがなさそうに聞き返してきた。


「お誕生日のプレゼントの……あの、今更だけどありがとう」


 うわぁ気まずい。タイミング外しすぎて、自業自得なんだけどすごく気まずい。


「そのようなことを気になさらずとも、何度も言うように、貴女が私に些細なことで感謝をされる必要はありません」


 そうは言うが、さっきの言い方では、手紙を出さなかったことに怒っているように聞こえたぞ。


「でも、さっき手紙とか……」

「……先程は出過ぎたことを申し上げました。忘れて下さい」


 平坦な声で忘れろと言われる。何なのだ。

 腑に落ちないやり取りに混乱していると、ウォルシンガムが話を変えた。


「バーリー卿から、体調を崩されたとお聞きしましたが」

「あ、うん。ちょっとね……でも、もう大丈夫。仕事も減らしてるし、レイやキャットたちが生活管理してくれてるから……あ」


 答えながら、言わなきゃいけないことを思い出す。


「そうだクマさん、あなたに紹介したい人がいるの。ドクター・バーコットっていう、ドイツ人の医師なんだけど」

「その男のことであれば、バーリー卿から情報は入っています」

「そう? じゃあ、話が早いかも。彼が、私が天童恵梨だった時の知り合いだったって言うことも聞いてる?」

「ええ」


 どうやら、セシルはだいたい全部話しているらしい。正直説明が大変なので、話が早くて助かる。

 ウォルシンガムは、少し間を空けた後、低い声で付け足した。


「……というか、先程会いました」

「ええっ? 本当に?」

「嘘を申し上げる必要もないかと」

「いや、それはそうなんだけど。レイと会ったの? よく分かったわね。あ、あんな格好してたら分かるか」

「確かに奇妙な出で立ちをしていたのですぐに分かりましたが、向こうから私に話しかけてきました。貴女は、何か私についての情報をあの男に与えましたか?」


 確認されるが、特に思い当たる節はない。


「特には何も……でも、レイの方がウォルシンガムについては詳しそうだったし、それで分かったのかも」

「私に詳しい?」

「実はレイってすごく記憶力が良くて、色んなことに詳しいの。歴史にも詳しくて、セシルのこともウォルシンガムのことも結構知ってるみたい」

「…………」


 ウォルシンガムが黙った。変なことを言ったつもりはないが、何やら渋い顔をされた。


「……レイ、何か言ってた?」

「かつて、貴女と恋仲にあったというようなことを」

「はぁっ?!」


 何適当なこと言ってんだアイツは!


「ち、違う違う! 別にそれは、私が一方的に好きだっただけで、いやまぁ仲は良かったかもしれないけど、別に付き合ってたとかじゃないし何もないし振られたし!」


 予想外の嘘っぱちに仰天し、私は拳を握り締めて全力で否定した。


 レイからすれば軽い冗談かもしれないが、私は自分の付き合う付き合わないをネタに出来るほど免疫がない。1人と2人に差はないかもしれないが、1人いたか、いなかったかでは大違いだ。天童恵梨は彼氏いない歴=年齢更新中……って、そんなこと主張してどうする。

 とはいえ、今更彼氏いたと嘘をつく方が、余計むなしいのは間違いない。


 ……ん? でも、よく考えたら、私の気持ち的には振られたも同然とはいえ、告白もしていないヤツが振られたというのも、おこがましいのか?


 脳内で色々突っ込んでいるうちに、はたとそんなことに思い当たり、私は前言を訂正した。


「……あ、いや。振られたっていうか、こっちが勝手に期待して、勝手に玉砕したというか。当たってもいないのに砕けたというか。向こうに何か言われたとかでもないし、別に恨んでとかもいないからっ」

「ほぅ」


 どうも、すでにレイに対する心証は良くないようなので、これ以上印象が悪くならないよう、慌ててフォローを入れておく。

 が、ウォルシンガムは低い声で、短く相槌を打っただけだった。


 くそぉ……何か余計なことを疑われてそうで恥ずかしい。

 

 表情が変わらないのも視線が痛いのもいつものことだが、今はその裏で何を思われているのか、被害妄想が膨らんで仕方がない。


 レイめ……後で覚えてろ……っ。


 内心恨みながら、私は笑顔で取り繕った。


「じゃ、じゃあ、改めて挨拶とかは、もういいかしらね。明日にでも紹介させてもらおうかと思ったのだけど」

「結構です。さほど顔を合わせたい相手でもありませんので」


 はっきり言った!!


 フォローが無意味なくらい、すでに嫌われている事実に愕然とする。どれだけ立ち回りが下手なのだ、あの男は。


「では、私はそろそろ失礼させて頂いてよろしいでしょうか。この後、バーリー卿への報告がありますので」

「そ、そうよね、忙しいわよね。ありがとう来てくれて」


 一礼し、部屋を去っていく男を見送る。


 何か、別れ際の会話がすごく微妙だった……


 久しぶりの再会なのに、色々台無しである。

 それもこれも、レイが変な嘘をついたせいだ。からかうにしても相手が悪い。ロバートほど面白い反応はしてくれないぞ、あの男は。


 不満爆発だが、結局直接文句を言えない私は、プリプリしながら寝室に戻ることにした。


 こういう時は、フランシス可愛がってストレス解消!!







~その頃、秘密枢密院は……



「おかえりなさい、ウォルシンガム。無事戻ってきたことを心より喜びます」


 主席国務大臣兼国王第一秘書の執務室では、バーリー卿ウィリアム・セシルが温かい笑顔で、任務を終えた外交官を迎えてくれた。

 席を立ち、近い距離で向き合った相手が、ウォルシンガムの顔を見上げて指摘した。


「少し痩せましたか」

「そうでしょうか。バーリー卿はお変わりなく」


 自分ではあまり意識していなかったが、この男が言うのならばそうなのだろう。

 そう思い、相手の顔を見下ろすと、四十を目前にしているとは思えない――ややもするとウォルシンガムよりも若く見える――宰相が笑った。


「貴方がいなくなって、少し忙しくなりましたけどね」


 彼がそう口にするということは、少しどころではないのだろう。

 わざわざ席を立って迎えてくれたが、バーリー卿の背後の執務机には、書類が山と積まれていた。


「陛下に怒られたのでは?」

「よくお分かりで」

「ずっと苛立ちと心配を溜めていらっしゃったようなので、あのご様子では、貴方を見た途端、怒りを先に表してしまわれるのではないかと思っていました」

「…………」


 本当によく分かっている。 

 玉座の上からは主人らしい労いの言葉をかけてきたが、『オフ』の顔を見合わせた途端、心配のあまり、ふくれ面の上目遣いでなじってきた女性の顔を思い出す。


 赴任中は随分無関心であるように思え、幾分か卑屈になっていたのは確かだ。

 それがあのように泣きそうな顔で怒られ、心の深い部分の傷を癒すように慰められては、期待していなかっただけに、大きく揺さぶられた思いだった。


 そんな些細なことで一喜一憂している己が疎ましく、人の気も知らずに振り回してくる相手に腹立たしくなり、つい皮肉を口にしてしまった。


 直前にレオナルド・バーコットに出会い、この男が、時折彼女の言動に見え隠れする過去の想い人なのだろうということは察せられたが、あまりの趣味の悪さに腹が立ったというのもある。


 何にせよ、あれは全く言わなくていいことだった。何かを期待していい立場ではないのに、随分と調子に乗ったものだ。


「言わないでいいようなことを言ってしまった気がします」

「そうですか、それは貴方の悪い癖ですね」

「…………」


 笑顔で指摘される。

 フランスに渡る前にも、似たようなことをレスター伯に忠告され、聞き流していたつもりだが、今思えばあの言葉も、駐在中に何度かウォルシンガムに自重させるのに役立った気もする。あの男に言われたというのが、逆に効いている。


「実は、陛下がよく貴方のことを気にしておられたので、手紙を書いてみてはどうかと勧めたことがあるのですが」

「…………」


 一瞬、先の女王との会話を聞かれていたのかと疑うが、双方から情報の入っているバーリー卿からすれば、あの場でのウォルシンガムの失言を推察するのは、難しいことではないのかもしれない。


「どうやらあの女性にとっては、個人的に手紙を書くということが、随分勇気のいる行動であるようなのです」

「はぁ」


 今ひとつ理解が出来ない感性だ。


「よくよく、貴方宛の手紙を書きかけては丸めて捨てているところを、レディ・メアリーが目撃したと」

「…………」


 紙の無駄だ。


 セシルが女王に手紙を書くことを勧めたのは、彼宛の手紙で、つい女王のよすがを求めるような一文を書いてしまったことがあるからだろう。


 あれはほんの気の迷いとも言うべきものだったが、己が彼女の個人的な便りを待ち望んでいたように取られているように感じ、ウォルシンガムはその誤った認識を正した。


「誤解のなきように申し上げますが、私があの方からの便りを願うなど、身の程を知らぬ話です。私はあの方の忠実な駒の1つに過ぎませんし、あの方が私に何かを施すような義務があるわけではない。もし私の言動があの方をそのような些細なことで煩わせたのだとしたら、全くの不注意であったと深く反省します」

「ははは」


 頑なにそう返すと、軽やかに笑い飛ばされてしまった。


「何か」

「いえ、貴方があのお方に対しての言動を、そこまで反省したことがあっただろうかと」


 普段、平気で放言する男の言葉としては、全く説得力がなかったらしい。

 むっつりと黙り込むと、セシルが微笑んでフォローを入れた。


「ただの駒であれば、あれほどに身を案じたりはしないでしょう」


 彼のその言葉が、どこまでの意味を持つのか、探りを入れようにも、この男の微笑ほど真意を押し隠してしまうものはない。あえて裏を読み、ウォルシンガムはそれを警告として受け止めた。


「……ただの駒で結構です。器に見合わぬ過分な野心は身を滅ぼす。私は、今の立ち位置を十分幸運なものだと理解し、神に感謝しています」


 その回答に、穏やかな宰相は満足そうに笑んだ。




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