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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第12章 21世紀の恋人編
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第197話 難しい男


 何かを考え込むように静かになったレイを連れて私室に戻ると、扉の前に、先程別れたセシルが待っていた。


「あ、セシルだ。さすが、仕事早いわね」


 無言で礼を取るセシルを従えて部屋に入ると、待機していた侍女達が全員、立ち上がって私を迎え入れた。


 私がいつものように椅子に座ると、セシルはその傍らに控えたが、レイの方は1人扉口に留まり、壁に背を預けて黙っていた。


 この間、2人が言葉を交わす様子はない。


 なんか、微妙な空気だなぁ……


 あまり、セシルはレイを歓迎していないように見えるのだけど、あの態度じゃ仕方がないといえば仕方がないか。

 ロバートの私に対する態度も、最初はかなり気にしていたくらいだし。


 でも、最近は慣れたのか諦めたのか、あまりセシルもロバートに対して言わなくなったし、レイにもそのうち慣れてくれるといいのだけど。


「陛下、こちらが今年の献上品のリストです。御膳の儀式で顔を合わせる者達の内容は、一通り記憶されておいた方がよろしいかと」

「そうね、ありがとうセシル。助かる」


 セシルから紙の束を受け取り、軽く目を通しながら礼を言う。


 半日で山のようなプレゼントを受け取った君主が、己の贈答品の内容を細かく覚えていてくれて、悪い気のする者はいないはずだ。

 常日頃、臣下や外交官達とのコミュニケーションは出来るだけ取るよう意識しているのだが、こういったプレゼントのお礼は会話の糸口として使いやすいので、第一秘書のきめ細やかな対応に感謝する。


「キャット、支度にはどれくらいかかりそうかしら?」

「そうですね、お召し替えに小1時間ほど……」 

「陛下ぁぁぁ!」


 私の質問に答えかけた筆頭女官の声を遮り、部屋に転がり込んできた男がいた。


「何!? どうしたのウサギさん」


 青ざめた男が足下に縋ってくる。憔悴しきったロバートのただならぬ様子に心配すると、彼は弱々しく肩で息をしながら、扉近くの壁にもたれていたレイを指差した。


「あの占星術師に占われました。俺はもう、余命幾ばくもないそうです……!」


 ゼェハァと浅い呼吸を繰り返すロバートは、確かに相当具合が悪そうだった。


「本当なのレイ!?」

「誰も余命幾ばくもないとか言ってねーだろっ。大袈裟なんだよ!」


 私の確認に、レイが反論するが、ロバートは聞く耳持たず、床から這い上がるようにして取り縋ってきた。

 私も膝を折って、今にも倒れそうな男に目線を合わせる。


「陛下……天の迎えが来る前に、俺の望みを叶えて下さい……」

「何? 何でも言って、ロバート」


 まさか本当に今すぐ死ぬことはないだろうと思うのだが、病は気からと言うし、思い込みで弱りきったロバートを励ますつもりで肩を支える。


「死ぬ前に貴女を裸の胸に抱きしめたい!!!」

「オイふざけんなてめぇ! あと四半世紀は死なねぇから安心して独り寝しとけ!」


 混乱して欲望駄々漏れのロバートを、レイが引っぺがす。

 私から無理やり引き剥がされたロバートが、身を起こしてキッと相手を睨みつけた。元気そうだ。


「口が悪すぎるぞ貴様。俺を誰だと思っているんだ!」

「うるせぇ、女にもらった権力振りかざしてんじゃねーぞ! 俺は貴族が大っ嫌いだっつってんだろ!」

「まあまあ」


 速攻で喧嘩が勃発するのを、間に入って慌てて宥めた。

 レイが貴族を嫌いなのは知っているが、あんまり誰彼構わず不作法な口を利いていると、そのうち本当に私刑にされてしまう。

 過去には、ハットンが無理やり私闘を仕掛けられたこともあり、身分の低い者にとって、表面的な礼儀は自分の身を守るために必要なことだ。


「レイ、あなたもこの宮廷で生きていくなら、少しは……」

「いいんだぜ、別に俺は。こんな場所、いつ出て行ってやっても」


 私が諭そうとすると、レイは鼻で笑って言い返してきた。


「お前が俺にいて欲しいだけだろ」

「それは……っ」


 そうかもしれないけども……っ。


 そう言われてしまえば、咄嗟に反論が出てこず、私が言葉に詰まると、レイはプイッとそっぽ向き、部屋を出て行ってしまった。


「…………」


 その一部始終を見ていた、セシルやキャット、侍女達の、もの言いたげな沈黙が場を支配する。


「……キャット、支度を初めて」


 いたたまれない空気だったので、私は小さく息をつき、キャットに促した。


「――かしこまりました。ではバーリー卿、レスター伯、陛下が御膳の儀式のお召し替えに入られますので……」


 女王の指示を受け、筆頭女官は、何事もなかったかのように男達に退室を促した。


 大鏡の前に立ち、4人の侍女達によって儀式用の衣装に着せ替えられている間、私は先程の一場面を思い返し、内省していた。


 レイの横柄な物言いに対し、咄嗟に女王として毅然とした態度が取れなかった。

 臣下の前で、あれは良くなかった。


 ダメだと分かっていても、嫌われたくなくてつい強く言えなかった昔の癖が、まだ残っている。


 でもレイは、厳しく言ったら本当に出て行っちゃいそうだし……


 彼は私の臣下でもなければ、この時代の価値観で動いているわけでもない。

 レイは初めからここに来ることを嫌がっていったし、ケアリーに脅されて連れてこられたようなものだ。

 侍医として宮廷に残って欲しいというのが、私の一方的な希望であるのも確かだった。


 でも、さっきは逃げる気はないって言ってくれたのに……気が変わったのか、ロバートとのやり取りで気が立っていて、売り言葉に買い言葉だったのか。

 そういえば、中庭から戻る時もちょっと暗かったし、ハインツの件が尾を引いていたのだろうか。それか、私が何かまずいこと言った?


 多分、虫の居所が悪かったんだろうと思い、色々原因を探ってみるのだが、それで問題が解決するわけではない。


「難しいな……」


 つい声に出てしまって自重する。

 鏡に映る自分の顔を見ると、眉間に皺が寄っていた。慌てて表情を直す。


 マリコは同等の立場だったからまだ良かったが、昔の私を知っている人間に、女王として振る舞うというのは、なかなか難しい。相手がこちらをこれまで通り友人として扱ってくるのだから、なおさらだ。


 私個人としてはその方がやりやすいくらいだが、今回のように、人前でああいった振る舞いに出られると、考え直さなければならないというプレッシャーは湧いてくる。


 と言っても、全然名案が思い浮かばないのだけど。







~その頃、秘密枢密院は……



 キャット・アシュリーに半ば追い出されるようにして、2人が大人しく部屋を出ると、その背後で重々しく扉が閉まった。


「…………」


 バーリー卿ウィリアム・セシルが小さく息をつくと、その隣で、レスター伯ロバート・ダドリーが憤然と捲し立てた。 

 

「なんなんだあの男は。何故ただの貧しい町医者のくせにあんなに偉そうなんだ。どうして女王陛下にあんな亭主のような態度を取れるんだ。そしてなぜ陛下はそれを許しているんだ!」


 それは、廷臣がロバートに嫉妬して叩く陰口によく似ていたが、今回ばかりはセシルも全面的に同意見だった。


「どうやらあの男は、何か勘違いをしているようですね。そして、陛下ご自身も……」


 今の2人の関係が、彼らが共有する記憶の延長上にあるのは明らかであり、過去に相手の方が心理的に上の立場にあったとすれば、その関係性を引きずるというのは、ありそうな話だった。


 とはいえ、圧倒的に立場が違う今、あの男の言動と、それを許す女王の関係は、臣下の目から見れば、決して好ましいものではなく、ある種の不安を駆り立てるものでもある。


「陛下ご自身がそのことに気付き、あの男に対しても毅然と振る舞うことが出来れば、問題はないのですが」


 これまで女王は、王としての己が軽んじられるようなことがあれば、例え高位の貴族であっても、王の厳しさを持って裁き、時に王の慈悲によって赦し、増長を防ぎながら、彼らを支配下に置いてきた。


 それは女の君主にとって最も重要で、難しい取り組みであり、そのバランス感覚こそが、彼女に女でありながら、男の王と同等の敬意と奉仕を勝ち得ることを成功させている。


「陛下も女性であられるが故、昔惚れた男には弱いと言うことか……」


 傍から見れば十分甘い扱いをされているロバートが、ブツブツと不満を口にする。


 ドクター・バーコットへの特別扱いが行き過ぎるようであれば、セシルから女王に直接忠告しても良かったが、彼らの共有する特別な仲間意識を加味すれば、人に言われて簡単に修正できるようなものでもないことは容易に想像がついた。


「……こればっかりは、あの方の理性にお任せするしかない問題なのが歯痒いところですが、あの男については、少し調べを進めてみましょう」


 ドクター・バーコットについては、英国に来てからの生活にも、それ以前の経歴にも謎が多い。

 セシルは、フランスにいる多忙な後輩に、また1つ余計な仕事を増やすことにした。






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