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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第12章 21世紀の恋人編
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第195話 レスター伯の結婚相談


 結局、本当に12日間続いたお祭り騒ぎは、終わってみれば賛否両論で、質素を旨とするプロテスタントの一部からは、やり過ぎとの評価も受けた。


 実際、私もやり過ぎたと思う。


 この時代のハメの外し方ってこんなにすごいのかと思わせるような凄まじいものだった。これを毎年となると私も躊躇してしまうが、1回体験してみる分には社会勉強というか、新境地を見る気分で興味深かった。

 さすがに途中で何回かダウンして休んだけど、本当に、何も考える暇のないくらい遊び倒して、今の私には良い気分転換になったと思う。


 来年以降はもっと別の形にした方がいいかとは思うが、クリスマスを賑やかに楽しむという考え自体は、私も異論はない。


 サプライズのフラメンコは、「お疲れの女王を元気づけよう!」という主旨の元、ロバートがハットンとグレートレディーズに協力してもらって、宮廷人に参加を促し、私の目に入らないところでダンスを練習させていたらしい。

 宮廷まるごとでサプライズというわけだ。


 ……結局、レイは祭りの間、1度も会場に顔を出さなかったけど。



 そうして年が明け、恒例の正月の挨拶では、これを機に何人かの新顔も顔を見せた。


「――パリにおりました頃は、サー・フランシス・ウォルシンガムとも懇意にさせて頂きましたが、いやはや、実に頭の切れる男で、忠誠心に厚く、聡明なる女王陛下の名代に相応しい見事な若者であると、我が身を省みては恥じ入るほどでございました」


 その中の1人、白髪の割合の多い髪と顎髭をたくわえた、ロマンスグレーのドイツ特使は、年の終り頃まではフランス宮廷に赴任していたらしい。

 

 当然、ウォルシンガムからは彼の情報も入っていて、アンリ・ド・ブルボンとマルグリットの婚約でフランス宮廷内の力関係が変わってきたため、それに合わせて人事の異動が行われたのだろうと推測していた。


 ドイツ特使は熱心なプロテスタントで、イングランドに対しても友好的な人物だと、ウォルシンガムは評価していたが、社交辞令は入っているにしろ、彼もまたウォルシンガムを高く評価しているようだ。


 しばらくウォルシンガムの話題で盛り上がった後、ドイツ特使が下がり、私の右隣に立つセシルが、次の謁見希望者の名を読み上げる。

 年明けから謁見の間は満員御礼で、開け放した扉の向こう側にも、まだ人が待っているような状況だった。

 各国の外交官らとそつのない会話をしながら、その人だかりの中に、ある顔がないかを横目で探す。


 一応、宮廷で働いてるんだから、正月の挨拶くらい来といた方がマナー悪いって思われなくて済むわよ、と忠告はしておいたのだが、いまいちやる気のなさそうな返答をしていたから、やっぱり来ないか。


 あまり期待してはいなかった私がこっそり息をついたところで、セシルに名を読み上げられ、順番待ちをしていたフランス大使が進み出てきた。

 ……が、新年だというのにその顔に清々しい笑顔はなく、どこか表情が硬い。

 何か、嫌な予感。


「閣下、新しい年の始まりだというのに、そのようなお顔をなさって」


 私がそう声をかけると、浮かない顔の大使は膝をついて、平に謝った。


「ハッ……大変なご無礼をお詫び申し上げます。女王陛下におきましては、ますますのご健勝のこととお喜び申し上げます。この素晴らしき新たなる年に、神が陛下に更なる栄光と幸運をお恵み下さりますことを心からお祈り申し上げます――このような晴れやかな日に、誠に遺憾ではございますが、1つお耳に入れたいお話がございます」

「あまり、良くない話のようだけど」

「誠に」


 そう言って、フランス大使が伝えてきた話は――確かに、年の初めに相応しくない内容だったが、同時に、一刻も早く伝える必要がある、衝撃的なニュースだった。


 この年の瀬に、ナバラ女王ジャンヌ・ダルブレが死去したというのだ。


 パリに入都してから、一月と経たない内の、突然の訃報だった。病死だという。


「セシル、ウォルシンガムからの報告は」

「まだありません」


 フランス大使に向き合ったまま、小声で確認した私に、セシルが同じく小さな声で応える。

 急を要する内容ならば、定期報告とは別に早文で届くはずだった。

 セシルが、少し裏口の方を振り返った後、私に耳打ちしてきた。


「陛下、ディヴィソンが手紙を持って来ています。恐らく、今回の件についてのウォルシンガムからの早文かと」


 いつもは、外交官の公式情報よりウォルシンガムの情報の方が早いことが多いが、今回は同着だったらしい。


 私はフランス大使に対して、当たり障りのないお悔やみの言葉を述べ、新たにナバラ国王となるアンリ・ド・ブルボンを祝福した後、結婚を控えた若い国王と王女には、今回の試練を乗り越えて、是非幸せになって欲しいと伝えた。


「セシル、ウォルシンガムは何て?」


 新年の挨拶に訪れた者達との謁見を全て片付け、私は裏口から広間を出た後、早速セシルに尋ねた。


 セシルは、ディヴィソン君から受け取った手紙に一通り目を通した後、答えた。


「やはり、今回のナバラ女王の死についての報告です。ジャンヌ・ダルブレは、カトリック教徒が息子に取り入るのを警戒してか、決してパリには近づけず、自らが結婚式の準備のため渡仏していました。そのジャンヌが、パリに滞在中に急死した――フランス政府は公式に病死と発表していますが、国内外のプロテスタントはこれを、カトリーヌ・ド・メディシスが毒殺したのだと非難しているそうです」

「カトリーヌが?」


 またカトリーヌか。

 あの国での物騒な話には、大抵彼女の名前が出てくる。嘘か本当かはともかく、黒い噂が絶えない人物だ。


「ウォルシンガムの見解としては、ジャンヌ・ダルブレとカトリーヌ・ド・メディシスが非常に仲が悪かったのは事実だが、巷で騒がれているように、カトリーヌが暗殺を画策したものかどうかは断じがたいと」

「ウォルシンガムは、黒幕はカトリーヌじゃないと思ってるってこと? ただの病死とは、このタイミングではさすがに思いがたいけど」

「不審な点が多いのも事実だが、政略結婚によりプロテスタントとの融和を推し進めようとしているカトリーヌとしては、ジャンル・ダルブレがこの時期に死ぬのは不都合な部分が多い。カトリーヌがナバラの女王を暗殺したという噂は、プロテスタントの憎悪を買い、また、アンリ・ド・ブルボンが王になったことで、結婚後の影響力が増すことをカトリック教徒は恐れるだろう、と」

「なるほどね……」


 プロテスタントでフランスの王位継承権を持つブルボン家の当主が、ヴァロア家の姫君と結婚することに、カトリック教徒が警戒を強めているとは、以前から聞いていた。

 今回の一件で、よりこの結婚に対する風当たりは強まりそうだ。


 ウォルシンガムの報告は客観的な内容にはなっていたが、カトリーヌを陥れたい何者かが画策した犯行である可能性も、暗に示唆しているように思えた。


「まだ何か波乱がありそう……」

「ええ……」


 不安を覚えた私の呟きに、セシルが硬い声で同調した。


 前奏から不協和音を奏で始めている結婚行進曲が、少しずつ狂気じみた旋律を滲ませているような――

 そんな耳障りな不安感を、覚えずにはいられなかった。







~その頃、秘密枢密院は……



「……あー、寝過ごした」


 寝惚け眼で白衣を羽織り、バーコットは髪を適当に手で梳きながら部屋を出た。


 昨日の夜、明日は仕事始めなので挨拶に来るように、と元学友現女王から言われていたことは覚えていたので、寝正月を続けていたバーコットもずるずると寝台を這い出て、謁見の間に向かうことにした。


「めんどくせ……」


 目を擦りながら呟く。あくびを噛み殺して歩いていると、前方から見覚えのある顔が歩いてきた。

 とはいえ、話しかける気もなかったので、そのまま通り過ぎようとすると、逆に向こうから話しかけられた。


「おい」

「あ?」


 横柄に引き止められ、こちらも乱暴に聞き返す。

 どうやっても見上げる形になる長身の男を、内心苛立ちながら睨みつけると、相手は嫌味なほどに整った顔――これだけは否定出来ない――に真剣な表情を浮かべ、言った。


「貴様の未来を見通す能力を買って相談がある」

「は?」


 レスター伯ロバート・ダドリーからの突然の相談に、喧嘩を売られると思って身構えていたバーコットは間抜けな声を出した。


「陛下と結婚するにはどうしたらいい?」

「俺は結婚相談所じゃねーよ」


 速攻で突っ込む。

 なんだコイツは、馬鹿なのか? 馬鹿なんだな。

 未だ、あまりロバートのキャラクターを把握していなかったバーコットも、一瞬でそう理解した。


 だがバーコットの突っ込みにも、レスター伯は堪えた様子もなく頷いた。


「あい分かった。ならば質問を変えよう。貴様の知る未来では、俺は陛下と結婚出来るのだろうか」

「だから、出来ねーって」

「何だと?!」

「いや驚かれてもな」


 今更仰天してくるが、現女王の秘密を知るはずのこの男は、散々、当人からエリザベス1世は生涯独身を貫くと聞かされているはずだ。もしかして、あまり理解してないのか。

 おいエリ、コイツ馬鹿だぞー。心の中で忠告しておく。


 クリスマスの夜、女王に対し鳥肌モノの口説き文句を吐いているのを見せつけられた時は、「なんだこの気障男、糞ウゼェ」と思ったものだが、相手がやけにこちらの未来予知能力(そんなものはないが)に関心を示していることを知り、ついからかいたくなった。


「そうだな……アンタ、死相が出てる。結構早死にするかもな、健康には気を付けろよ」

「なっ……」


 少なくとも、バーコットの知る歴史では、ロバート・ダドリーは50代で胃癌で死んだはずだ。

 思わせぶりな『予言』を吐くと、レスター伯が目に見えて青ざめ、狼狽した。


「そうか……そうなのか……俺は……」


 相当衝撃が大きかったのか、頭を抱え、何やらブツブツと呟きながら、ヨロヨロとどこへやらに去っていく。

 怒るなり喧嘩を売られるなりするかと思ったが、完全に真に受けて凹まれてしまった。哀れみを誘う背中に、言わない方が良かったか? と、ふと罪悪感に似た気持ちも過ぎる。


「……まいっか」


 それも一瞬のことだったが。


「変なヤツ……」


 呟き、バーコットは再びあくびを噛み殺して、ノロノロと謁見の間へと向かった。





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