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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第12章 21世紀の恋人編
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第191話 親愛なるクマさんへ2


 思えば、アンが倒れて、レイに出会い、歴史が前倒しになっていることを知り……などなど衝撃の展開が続いた後は、完全に仕事の方に頭が持っていかれて忘れていたが、フランスにいるウォルシンガムに誕生日プレゼントをもらったのに、お礼の手紙も書けていないままだった。


 すっかり延び延びになってしまったが、思い出したからには、絶対に書くぞ-! と心に決め、私は気合いを入れて、ベッドに便箋を持ち込んだ。


「あ、お水ない」


 枕元に常備していた飲料水がなくなっていることに気付いて、私は部屋に付いていたキャットに頼んだ。


「ゴメン、キャット。お水入れてきてくれない?」

「あら、申し訳ございません、気付かずに」

「ううん。多分、私が暇過ぎて、すごい勢いで飲んでるから」

「では持って参ります。もし部屋を出られる場合は、外の人間に一声おかけになって下さい」

「うん。まあ、出る予定ないけど」


 最近は、すっかり引きこもりが板に付いている。

 こんなにゆっくりさせてもらっていいんだろうかと心配になるが、今は静養が第一の仕事だと周囲から強制的にやることをはぎ取られているため、大人しく休ませてもらうことにする。


 とりあえず、11月中は休ませてもらって、12月からはクリスマスを控えて忙しくなるので、復帰したいとは思っていた。仕事のやり方は、改善しなければいけないだろうけど。


 キャットが水差しを持って部屋を出て行くと、束の間、広い寝室に1人になった。


 さて、書くか。

 気合いを入れ直し、手元の便箋に集中する。


 もう、ベタベタで良いじゃないか。

 ウォルシンガムがフランスに行ってから、半年近く経っているし。


『親愛なるクマさんへ

 お元気ですか? 私は今日も元気です……』


 あ、いきなり嘘ついた。


 便箋を握り潰す。


 じゃない、この前倒れました。

 なんだか過労とストレスみたいです。いきなり血を吐いてびっくりしましたが、今は仕事を減らして療養中なので大丈夫です。

 クマさんもいい加減働き過ぎなので、倒れないように気をつけて……


 ってダメだろこれ。心配させるだろ。


 便箋を握り潰す。


 かといって、元気ですって書くのも嘘過ぎるし。

 

 そもそも、内容どうするよ。これだけ遅くなって、お詫びとプレゼントのお礼だけだといかにもやっつけ臭くないか。


 …………


 ええいっ。ままよ!


 もしかしてセシルから聞いているかも知れませんが、少し体調を崩してしまいました。

 ですが心配ありません。アンも回復し、私も休養をとって大分元気になりました。


 うんいいぞー。

 良い感じだぞー。


 ディヴィソン君とハットンもよくやってくれて、ウォルシンガムの穴をきっちり埋めてくれているので、心配いりません……


 って、これだとお前いなくてもいいよ、みたいに取られかねないだろうか。


 でも、まだ、たまに間違ってウォルシンガムの名前を呼びそうになることが……ってこれは恥ずかしいだろ。自ら恥を晒してどうする。


 目的のはっきりしていない文章を書くのってむずかしい。

 友達との携帯メールすら、基本用事のある時しかしてなかったしな。


 臣下と君主の距離ってどんなもんだろう。


 いやいや。これではこの前の二の舞だ。あんまり考え過ぎずに思ったことを正直にだな……


 あ、会えなくて寂しいです……?


「何書いてんだ?」

「ぎゃー!」

「うわ、びっくりした」


 突然横合いから覗き込んできたレイに、私は悲鳴を上げた。


「いっ、いっいっ、いきなり入ってきたらこっちがびっくりするでしょ!?」


 相変わらずノックもしないで入ってくる奴である。


「ドアの前で止められなかったの?」

「女王がいいって言ってるっつといた」

「勝手に人の名前を使うな!」


 ああそうだった。こういうやつだった。


 恋は盲目といいますか。そんなのも含めて可愛いとか思っていたことがありました過去の私。


「入る時、声くらいかけてよね……心臓に悪い」

「一応声かけたけど、お前が聞いてなかった」

「どれくらいよっ、どれくらいの声の大きさでどのようにかけたのよ!」

「入るぞー」


 レイが、適当にぼそっと呟く。


「聞こえない! 聞かせようという意思が感じられない! こんな広い部屋でそのボリュームで聞こえるかっ」

「ムダにでかい部屋に住んでるやつが悪い」


 なんだとーっ。


 私がむかっ腹を立てていると、レイはベッドに腰掛け、お留守になった手元から、手紙をひょいと取り上げ覗き込んだ。


「『会えなくてさびしいです』」


 うああああ!

 見るなー! そして読み上げるなー! 馬鹿ー!


「返して! 返してー!」

「お、おいっ!?」


 あまりの恥ずかしさに、布団から飛び出して、手紙を取り上げようと掴みかかる。

 私の剣幕に驚き、避けようとしたレイが体勢を崩し、背中からベッドに倒れ込んだ。


「きゃっ……」

「……っ」


 勢い余って、私もその上に倒れ込む。


 慌てて顔を上げると、気が付けばものすごい至近距離にレイの顔があって、相手も驚いたような顔でこちらを見上げていた。

 って、今――

 

 一瞬、唇が触れたような……


 いやっ、気のせい! 気のせい!


「の、のいてよ!」

「お前がのけっ」

「そうでしたっ!」


 レイの上に乗っかっていた私は、慌ててベッドを横に転がり、全力で離れた。

 この一瞬でものすごく息が切れた。


 な、なんか、前もこんなことあったような……


 広いベッドの隅でシーツにしがみつきながら、対角線上にいるレイをチラ見する。


「……もしかして、わざと?」


 2回重なると疑いたくなる。


「ばっ……んなわけあるかっ! そんなしょうもない小細工するか!」

「ですよねっ! 嘘ごめん! 言ってみただけ!」


 怒られて反射的に謝る。

 というか、10年前からそのガキっぽい行動が変わってないってどうなのよっ!


 心の中でだけ言い返す。


「…………」

「…………」


 しばらく、大きなベッドの端と端で距離を置いたまま、いたたまれない沈黙があった。


「……って、中学生か!」


 片手で頭を抱えていたレイが、いきなりマットを拳で殴りつけた。ボスッ、と鈍い音がして、衝撃がこちらまで届く。


 ……怒ってる?


「あーもー、くそ。何で今更、こんなガキみたいなこと……」


 口元を押さえながらブツブツと呟き、チラッと顔を上げたレイが、やたら恨みがましい目で見てくる。


「……お前といると調子狂う」

「何、私のせい!?」


 ものすごい責任転嫁をされた気がする。今のは私悪くないぞ!


「はぁ……」


 溜息つきたいくらい疲れたのはこっちなんですけどっ……?


「つか、クマって誰」

「だ、誰でもいいでしょ」

「別にいいけど……」


 レイは不機嫌だ。


「……お前、俺には一言も言わなかったよな」

「え? 何?」

「コレ」


 べろん、と手紙を見せられる。


「ちょっ……」


 慌ててシャカシャカ近寄り、手紙を取り上げたが、今度はレイも抵抗しなかった。

 また事故にあっても困るので、シャカシャカ元の位置に戻る。


 コレって……『会えなくて寂しいです』……?


「そ、そうだっけ……?」


 私が一時帰国した冬休みの初めの頃、レイは何度も電話をくれて、「寂しい」と弱音を吐いていた。

 その度に、「私も寂しいよ」と返して……いなかったっけ? いなかったんだろうな、レイが一言も言わなかったって言ってるくらいだから。


 そういえば、心の中ではずっと思ってたけど、口には出せてなかったかもしれない。 

 友達相手にならいくらでも言えるような簡単な一言が、どうしても言えないのは、レイを好きだった時にはよくあった。


 その電話も、冬休みの終わりの頃には、いつの間にかなくなって、こちらから送ったメールの返信も遅くなった。多分、その頃くらいからマリコと付き合い出したんじゃないかなぁと勝手に思っているんだけど。

 あれ、そういえば私、自分から電話したことあったっけ……?


 どうにも覚えがない。頑張って記憶を掘り起こすと、携帯電話を片手にかけようとして、怖くて止めた記憶がザクザク出てきた。うわー恥ずかし。忘れたいのでもう1度埋めておく。

 

「1つも妬かなかったし」

「妬く……?」

「俺がマリコとハウスシェアすることになるかもって言っても、全然無反応だったろ」

「だって、それは……別に彼氏じゃないのに、引きとめるのも変だと思ったし……そりゃ、本当は嫌だったけど」

「なら、ちょっとくらい意思表示しろよ。あっさり流されたら、実は全然こっちに興味ないのかとか思うだろうが」


 つまりそれは、動揺を悟られまいとあんまり気にしないように見せようとして、ものすごく興味がなさそうに映ってしまったということか……!?


 10年越しに知らされた驚愕の事実である。

 だが私も引き下がらず、なぜか急に昔の話を引っ張り出してきた相手に盾突いた。


「っていうか、なんで私が振られたのに責められなきゃいけないわけ」

「いや、振られたの俺だし。絶対俺が先」

「告白された記憶ありませんけどっ?」

 

 身に覚えのない言いがかりに反論する。

 どちらが先に振られたかという虚しい張り合いだが、がっつり失恋を味わった身としては譲れない事実である。


 軽い睨み合いの後、レイが低い声で答えた。


「お前が日本に帰る日の朝……俺がなんて言ったか覚えてるか?」

「…………」

「覚えてないってなら、もうどうしようもねぇけど」


 忘れるわけがない。


「……『行くな。ここにいろ』」

「それは告白じゃねぇのかっ?」

「……このまま日本に帰らずニューヨークにいろって意味だと思った」

「それはイコール告白に繋がらないかっ?」

「そんなのどうか分からないじゃない。それに、もう何ヶ月も前にフライト取っちゃってたし、親にも帰るって言ってたし」

「そっちかよ!」


 レイががっくりと肩を落とす。


 え? これって私が悪いの?


「あー、マジであの頃の自分に言ってやりたいわ。こいつ頭よさそうな顔して相当ずれてるから駆け引きとかやめとけって」


 頭を掻きむしるレイが、何やら過去の自分に話しかけたがっている。


 というか、何で今更こんな話になってるんだろう……

 ふと我に返るが、何かものすごく私が悪いような感じになっているので言い返した。


「そりゃ、私だってすごく帰りたくなかったし、引きとめてくれて嬉しかったし、一緒にいたかったけど、さすがに帰らないっていうわけには……」

「ならせめて、それを顔か声に1ミリくらい出せよ!」


 出さないようにしてたんじゃなくて、出なかったのだから仕方がない。可愛げのある反応の仕方を、誰かに伝授して欲しいくらいだ。

 レディ・メアリー曰く「ショッキングな出来事があれば気を失って意中の男性に運ばれるべし」らしいし、もしかして私の知らないところで、そういうマニュアルとか、暗黙のルールとかが存在するんだろうか。


 それにしても、あれが告白だったとは目から鱗だ。


「っていうか、どうしてイマドキの男は『あなたを愛しています』くらい言えないわけ? 遠回しに難しいこと言われても気付かないわよ。もしかして勘違い? とか、気のせい? とか思っちゃうかもしれないでしょっ」

「言えるかっ。それくらい雰囲気で分かるだろ。空気読めよ!」

「読めたら読みたいけど、読めないんだからしょうがないでしょ!」


 無理難題をふっかけてくる相手に開き直る。

 何を隠そう、私は初めて告白された時、「付き合って欲しいんだけど」と言われて「どこに?」と素で聞き返した経歴の持ち主だ。

 さすがに頭を抱えられて3秒後くらいには気付いたが、その後の「ごめん」が二重の意味になってしまったのは色々申し訳ない感じだった。


「きちんとSVO文法通りに並べてくれないと。月がきれいですね、で告白と気付けなんてそんな無茶ぶり女に求めるんじゃないわよ、これだから日本男児は」


 勢いに任せて言いたいことを言い放ち、鼻息荒く腕を組む。

 相手に好意を持たれているのは分かっても、それが恋愛感情かどうかを判別するのは難しい。

 これは好かれてるんだろうか、どうだろうか、いや勘違いだろうか、なんてグルグルするストレスは、仕事のストレスよりキツイ。

 言うならハッキリ言って欲しいというのが本音だ。いや、ハッキリどころか遠回しにも言えない私が言えた義理でもないのだが。


「きっちり言質取って契約成立……じゃない、恋人成立じゃないの?」

「言質とるとか言うな! 怖いわ!」

「はっきり言ってもらわないと分からないって意味よ!」

「なるほど! ってアホか!」


 ボスッ、と、またレイがマットを正拳で殴った。

 

「あーもー。お前駄目だわ。学生の時より頭固くなってるわ。社会に毒され過ぎてんじゃねーのか、どんな生活してたんだ」


 干物してましたが何かっ? 


「……っていうか、エリそんなキャラだっけ?」

「う……」


 つい興奮して地が出まくってしまったが、とうとう突っ込まれた。

 昔、レイの前では、こんなキャラではなかったのは確かだ。

 私は大きく息を吐いて、白状した。


「嫌われたくないから猫かぶってたの。今は何とも思ってないから気楽だけど」

「………………」


 レイが傾いた。


 ん? そういや、レイのこと思い出しても、心臓がきゅっとしなくなったのは、いつからだろう。

 結構最近のことのような気もする。


 ま、いっか。


 10年越しの口喧嘩は、長年、胸につかえていたものを吐き出せた気がして、スッキリした。





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