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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第12章 21世紀の恋人編
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第189話 守る側じゃなく、作る側に


『マリコと付き合うことになっちまった……』


 冬休みが終わり、アメリカに帰国した私を迎えたのは、レイの、そんな一言だった。

 寮の部屋で荷物を解くのもそこそこに、パソコンを開いてチャットを繋げ、ドキドキしながらレイに挨拶をした、矢先の話だ。

 離れている間、ずっと会いたいと思っていただけに、浮かれた気持ちに冷や水を浴びせられた気分だった。


『そうなんだ』


 チャットで良かったと、死ぬほど思う。

 その時の私がどんな顔でそれを打ったのか、ちょっと見られたくない。

 それから、どんな会話をしたかは、よく覚えてない。「良かったね」と打ったんだろうか。あの心境でそれが言えたとは思わないが、たいしたことは言ってない気がする。


 結局、冬休みの間、しばらくニューヨークシティに滞在した後、レイはこちらに戻り、マリコたちとシェア・ハウスをすることにしたらしい。微妙なニュアンスの報告から、1つ屋根の下でマリコのアピールに押し負けたのか何なのか、そんなところなのだろう、とは予想がついた。


 ああそうですか。


 そりゃあ仕方がない。あのマリコだもの。


 狙った獲物は逃さない、恋の狩人の腕前に、心の底から白旗を揚げる。

 別に恋人だったわけでもないし、想いを伝えていたわけでもなかったのだから、取られたとか思うのは筋が違う気がして、仕方がないと納得する他なかった。

 何だがガックリ来てしまい、旅の疲れが一気に襲いかかった。


 初めての恋に浮かれていて、一緒にいられるだけで楽しかったから、付き合おうとか告白しようとか、考えたこともなかった。

 こんな時間がずっと続けば良いと、本気で思ってた。

 大学生にもなって、子どもみたいな恋愛観しか持っていなかったことに気付く。


 振られても仕方がない。

 大人なマリコとの差を歴然と見せつけられ、自分の幼さに呆れてしまって涙が出た。


『なんだかしんどいからもう寝るね。ちょっと熱っぽいから、風邪かも……』


 話を切り上げる口実というのもあったが、本当に熱っぽかった。


『マジで? 薬持っていこうか?』

『ううん、いいよ。外、すごい吹雪だし。シェアハウスからだと遠いでしょ』

『言っても歩ける距離だし、大丈夫。すぐ行く』

『いいよ。大丈夫。心配しないで』


 予想外に心配されてしまって、風邪だと言ってしまったことを後悔した。

 結局それっきり返答はなかったので、私もパソコンを閉じて寝ることにした。


 そういえば昼間、空港から大学寮に戻ってきた時、誰か馬鹿野郎がふざけて警報機を押したせいで、寮生全員が雪吹きすさぶ中、安全が確認できるまで外で待ちぼうけさせられたのだった。


 その時点で、すでに体調を崩す下地は出来ていたのだろうが、レイがマリコと付き合い出したという報告を受けて、精神的にどん底に突き落とされた私は、そのまま高熱を出して寝込んでしまった。


 失恋で寝込むなんて、随分とかわいらしくて笑えてしまう。

 私にも、ちゃんとそういうところがあったらしい。いい経験じゃないか。

 そう前向きに捉えようとしても、今はまだ無理だった。無理に元気を出そうとするよりは、丸一晩思いっきり落ち込んだ方が楽かもしれない。幸い、まだルームメイトは里帰りから戻っていなかった。


 大丈夫。ひとり落ち込みながら思いっきり寝たら、明日にはもう少し、気持ちの整理が出来るはず。

 言い聞かせ、だるい体を引きずりながらベッドに潜り込む。


 ――だが結局、その夜は独り失恋に浸ることはできなかった。

 レイが、吹雪の中を強行して、私を看病しに来てくれたからだ。


 医者の卵として、友達が熱を出したなんて聞いたら、放っておけなかっただけなのかもしれない。

 でも、私を振ったその日に、優しくなんてしないでほしい。


 勘違いさせないで。




 あれが私にとって最初の失恋で、そして最悪の失恋だった。




※※※




「……あー」


 目が覚めた瞬間、変な声が出た。


「嫌なこと思い出した……」


 音にならないくらい小さな声で、呟く。


 額に腕を乗せ、ぼんやりと天蓋を見つめていると、私が起きたことに気付いたらしいフランシスが、小さく鈴を鳴らしながら、布団から出てきて頬にすりついた。

 倒れた翌日は、さすがに身体が休息を求めていたらしく、食事を取る以外はほとんど眠っていた。うっすらとカーテンの隙間から差し込む明かりから、今が明け方らしいと分かる。

 喉を鳴らす黒猫を、まだ薄暗い部屋で撫でてやりながら、夢と現の間を漂う気持ちを整理する。


 レイが傍にいるせいで、大学時代のことを思い出すことが増えた。

 再会は思いもかけないものだったけど、今思えばレイとの出会いは、いつも偶然から始まっていた。偶然を運命と思ってしまえるくらいには、あの頃の私は青かった。


 ……多分、新しい環境で精神が高揚していて、両親や友人とも離れて寂しくって、私のような恋愛下手な女でも、恋をする条件は十分に整っていたのだ。


 下手なりに、あの頃の私は必死だった。自分が男受けしない性格であることには薄々気付いていたため、頑張って自己主張せず、女の子らしくしようと努めた。

 そもそも「男に好かれる女の子」がどういう子かいまいち分かっていないので、その努力の方向性が合っていたかどうかも、今になっては分からない。


 無理をした自覚があり、しかもそれが徒労に終わったことで、もう無理をしないことに決めた。人間、向き不向きというものがある。

 幸か不幸かひとりで生きていく能力があり、仕事や趣味に没頭していると、別段恋をしないことに不満を感じることはなかった。それはそれで充実していた。


 そうなれば俄然、お一人様道まっしぐらである。


 ありのままの私を受け止めろと言うのも男側に気の毒な話なので、まぁそれが平和でいいかなとも思っている。

 仕事なら割り切れるけど、プライベートで自分以外の誰かに振り回されるのって、結構辛い。

 そういう意味では、結構あいつに振られたの、私のトラウマになってるのか。


 今となっては振られたことも含めて、いい経験というか。私にもあんな恋が1度は出来たのだという、思い出の1ページになってはいるのだが……



 結局あれから、まともに恋をしたことがない。





「よし、私はドクター・バーコットの占星術で、この秋は外に出たら災厄に見舞われるという予言が出たから離宮にこもる、ってことにしとくわ」

「はぁ?」

「静養してるとか病気とか、余計なこと言わなくていいから」


 しばらく私が静養するということになると、また外野が騒ぎかねないので、そういうことにしておく。

 翌朝、診察に来たレイに、私は口裏合わせを頼んだ。


「私が病気なんて聞いたら、喜ぶ人間も慌てる人間も多過ぎて、また混乱するでしょう。それに、私がお抱えの占星術師の予言を聞き入れて行動することもあると、1度思わせておけば、今後、知られたくない都合で動く時の隠れ蓑にも出来るし」


 うん、悪くない。


 そんなことを思いついたのは、朝一で大げさに泣き咽びながら見舞いに来たロバートが、ディーという彼のお抱え占星術師に、今後の運勢を占ってもらってはどうかと勧めてきたからだ。懐かしい話だが、エリザベスの戴冠式の日取りを決めたのも、このジョン・ディーである。


 ロバートは結構占星術に入れ込んでいて、自分でも勉強しているという程だから、体調を崩した私を心配しての提案だったのだろうが、占いとか欠片も信じていない私は、その場で断った。

 が、よく考えると、この時代の人の信心深さは逆に利用できそうだ。


 我ながらナイスなアイディアだと思ったのだが、レイは微妙な顔をした。


「なんつーかさ、お前のそういう思考……」

「何、可愛くないって?」


 知ってますが。


「いや、なんかすげーな。とても女とは思えないわ」


 微妙に傷つく感心のされ方をされた。


 褒められていると言うよりは、退かれてる気もしなくはないのだが、占いに振りまわされる統治者よりは、占いの影響力を利用する統治者の方が、私的には幾分マシである。


「今回だって、結局、レイの予言が当たったみたいになったでしょう。今10月だし」

「……まあ、そうなるか」

「レイは、まだ宮廷にいてくれる?」

「そりゃ、いるだろ。このまま放っておけるか。どうせ、目ぇ離したらすぐに無理するんだろうが」

「ふふ」


 伺うと、レイは憮然と答えた。

 良かった。体調を崩したのは予定外だったが、レイをまだ繋ぎ止められるなら良しとしよう。


「一応、そこまでは俺の『役割』みたいだからな」

「…………」


 付け足された台詞には、自分自身をこの世界から引き離そうとしているような、突き放した響きがあった。


 史実では、バーコット医師はエリザベス1世の命を助け、その後、歴史の表舞台から姿を消したという。

 でも、今この世界の未来が、その通りになる必要はないはずだ。


「ねぇ、レイ。変えられることから変えていかない?」

「え?」


 私は、ずっとレイに言いたかった話を持ちかけた。


「2人で力を合わせたら出来ると思うの。私には専門知識はないけど、人を動かす力がある。レイの知識は、1人ではこの時代の人に受け入れられないかもしれないけど、私が人を動かして、実践させて結果を出せば、いずれ受け入れられるようになるんじゃないかしら」


 レイが驚いた顔で私を見返す。

 自分の役割はこれで終わりなどと思う彼に、この世界でも生きる価値を見出して欲しかった。


「別にイギリスが医療先進国になってもいいじゃない。ノーベル賞の受賞者の顔ぶれがちょっと変わるだけよ」

「お前、自分の生きてた世界じゃないと知った途端大胆だよな」

「未来を守る側じゃなくて、未来を作る側になろうと思って」


 言い切ると、レイは下を向いてしまった。

 考えてるのだろうか、悩んでいるのだろうか。

 黙って待っていると、大きく溜息をついたレイが、一言答えた。


「……考えとく」

「うん、考えて。前向きに。多分、いっぱい出来ることがあると思うの。何からやろうって、考えるだけでワクワクしない?」

「ワクワク……しないことも……ない」


 やった! 気持ちが傾いている。


 俯いたまま呻くレイに、内心ガッツポーズを取る。

 もしかしたら彼の頭の中では、すでにいろいろな『出来ること』が巡っているのかもしれない。


「そういえば……ロンドン市民に手洗いを推奨したり、産婆に手の消毒を義務付けたりしたんだな。エリザベス女王がそんなお触れを出してるって聞いた時は驚いたが、お前だったら納得だわ」

「うん。それくらいの知識なら、教えても害にはならないかなと思って」


 中途半端な知識を広めて、間違った形で実践されるのも怖いので、門外漢な私は、あまり医療方面の改善には踏み込めないでいた。

 せいぜい、基礎的な衛生知識を周知させるくらいだ。


「ああ、それでも十分意味がある。特に、分娩場所を清潔に保ち、分娩に立ち会う産婆に手の洗浄を義務付けたのは大きい。これだけでも、産褥熱による死亡率を劇的に下げられる」

「やっぱりそうなんだ。なんか、テレビで見たことあったから」


 21世紀でも、発展途上国の奥地の山村では、衛生知識のない産婆が赤子を取り上げ、母子の死亡率が高いという話を、テレビで見たことがあった。


「1847年にイグナーツ・ゼンメルワイスが発見したことだが、当時は受け入れられずに迫害され、導入が遅れた。この時代の人間に、微生物病因説を説くだけ無駄だ。有無を言わせず王命で義務付けちまえば、手っ取り早く徹底できる」

「貧しい民の中には、信頼できる産婆にも恵まれず、家庭内で出産する女性も多いから、どこまで徹底できるかは分からないけど……少なくとも、一定以上の層には、効果を期待できるとは思うの」


 そう言った私に、レイがようやく顔を上げた。まだ迷っているような表情だった。


「変わるな、世界が」

「もう変わってるんでしょう?」

「ああ……そうだった」

「どうせ変わるなら、私は、もっと良い方に変えたい」

「違いない」


 傾いてる傾いてる。

 今日のところは、それ以上は追い詰めないことにした。

 




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