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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第12章 21世紀の恋人編
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第186話 やらなきゃいけないこと


 冬休みに入り、私より数日早く、ハンスが帰国してしまった。

 ルームメイトがいなくなった途端、レイはこの部屋は俺の物とばかりに、さっそく模様替えをしたらしい。2人部屋を1人で独占し、すっかりご満悦の様子だった。とはいえ、本当は寂しいのだろうけど。


 その数日後、ついに私も、日本に一時帰国する日が来た。

 アメリカを発つ前の最後の夜は、レイがカスタマイズした自慢の部屋に招待してもらった。


 1人で住むには広いその部屋で、レイはシングルのベッドを2つくっつけてキングサイズにし、どこかの民族市で買ったという、星座の描かれた大きな布を、タペストリーのように天井から壁一面に貼り付けて、ブラックライトで照らしてプラネタリウムみたいにしていた。

 私には到底思いつかないアイディアで、こういうセンスがあるのは凄いなーと、素直に感心した。


「これいいねー、広くてゴロゴロ出来る」

「だろ」


 すっかり様変わりした内装に感心しつつ、倍の大きさになったベッドの上に座り込む。部屋が狭いため、寮で友人たちと過ごす時は、もっぱらベッドの上が共有スペースになる。

 布団の上にポテトチップスやチョコレートを並べて、時にはお酒を飲んで歌ったり、騒いだりもする。……とはいえ、ニューヨーク州では、飲酒は21歳以上からしか認められていないので、20歳の私達は、誰かに頼んで買ってきてもらわなければありつけないのだが。


 部屋には、レイが私にくれたCDと同じ、彼のお気に入りのナンバーが小さな音量で流れていた。

 好きな6曲目と14曲目が流れると、小さく口ずさんだ。片思いの曲が心に染みるくらい共感できたのは、初めてだった。


「なぁ、これ。この前買ってみたヤツ。使ってみよう」


 レイが取り出したのは、トロントのショッピングセンターまで行った時に、一緒に買ったカップ型のキャンドルスタンドだ。黒いカップが、細かい模様の形に切り抜かれている。


 電気を消してキャンドルライトをつけると、壁や天井一面に、丸っこくデフォルメされた天使が、光のシルエットとなって飛び交っていた。


「おー、イイ感じ」

「わぁ。すごい、キレイ。こんな柄が浮かび上がるんだ」


 物の少ない四角い部屋だから、余計にはっきり浮かび上がって見える。家具が多いと、こう上手くは映らないだろう。

 実家の自分の部屋では難しいだろうなと思いつつ、その光景に感嘆していると、レイが部屋の隅に置かれている小型の冷蔵庫を覗き込んだ。

 

「飲む?」

「んー、やめとく。明日、朝早いし」

「……そっか」

「レイは飲んでいいよ。私はペットボトルの水持ってきたし」

「や、俺もやめとく。お菓子は?」

「いるー。ギブミーチョコレート!」

「ほれ」

「センキュー」


 レイが、冷蔵庫から取り出したチョコレートを放り投げてくる。いい位置に来たそれをキャッチし、ベッドに転がりながら袋を空けた。

 その間に、冷蔵庫を閉めたレイがベッドに飛び乗ってきた。寮のベッドは、下に色々物を収納できるようになっており、割に高さがあった。梯子が必要なほどではないが、落ちると結構痛い。1回、慣れてない時に寝惚けて落ちたことがある。


 チョコレートは、アメリカらしくビッグサイズの袋に、個包装されていないチョコが山盛り入っていた。絶対に2人で食べきれないが、こういうものしか売っていないのだから仕方がない。日本ではそうそうお目にかからない、ペンキで塗ったような青や緑のコーティングが目に痛い。


 つい茶色や黄色のものを選んでつまみながら、レイに話しかける。 


「レイは、冬休みはどうすることにしたの?」

「んー……とりあえず、しばらくはシティに行こうと思ってる」

「シティに? 1人で?」

「ああ。こんな田舎じゃなくてさ。シティで1人暮らしとか、なんかカッコイイだろ」

「うん……そうだね」


 響きは確かにカッコイイか。でも、見知らぬ大都会に1人きりとか、危なそうとか、余計に孤独感じそうとか、いろいろ考えてしまう。


「冬休みの間、ずっとシティにいるの?」

「どうすっかな、そこまではまだ決めてない」


 私の質問に首を捻って曖昧に答えると、レイはいつものようにベッドの上であぐらを掻き、胸元のネックレスのチャームをひっぱった。


「コレ、韓国人の子からもらった」


 緑色の、勾玉みたいなチャームのついたネックレスだ。

 贈り主は多分、女の子だろう。レイはアジア系の子から人気がある。

 前に、背が低いから欧米人は寄ってこないと自虐していた。それを自虐と言ったら、世の日本男児から殺されそうだが。


「モッコリって言うんだって、韓国語で」

「も……?」


 にやにや笑いながら言われる。


 一瞬ふーん、と思って繰り返しかけるが、レイの表情で意図に気付いた。

 言いかけて黙った私に、レイが、わざわざネックレスを外して見せながら繰り返す。


「モッコリ」

「…………」


 口を噤んで貝になる。絶対に言ってやるもんか。


「こういう首飾りのことを、韓国語でモ……」

「しつこい!」


 つい私が声を上げると、レイが声を上げて笑った。


「あれ? 何で言わねぇの。ほら、韓国語でネックレスは?」

「モ……って、もう、レイっ」


 くそっ。やっぱり言えない。そうやって期待して待たれて言えるかっ。

 自分でも顔が赤くなるのが分かって、それが余計に恥ずかしく、私は怒ってレイの手からネックレスを取り上げようとした。


「おっと」


 それを避けようとレイが腕を上に伸ばすが、私は勢い余ってその腕に飛びついた。


「わっ……」


 ベッドの上でのじゃれ合いだったもので、あぐらを掻いたまま適当に避けようとしたレイは、バランスを崩して背中から倒れた。その上に、私も倒れ込んでしまう。


「……っ」


 びっくりして慌てて顔を上げるが、ものすごい至近距離でレイと目が合った。

 というか、今――あれ?


 一瞬、唇が触れたような……


 レイの方も、驚いたように目を丸くしていた。


「ご、ごめんっ」

「いや……」


 慌てて飛び起きて謝る。軽く混乱してしまうが、こういう時、どうしていいか分からず固まる。

 落ち着け。そもそも本当に唇に当たったかどうかも分からないし、ただの事故だ。ノーカウント!


 しばらく気まずい沈黙があったが、耐えきれなくなった私が話題を変え、レイもそれ以上、前の話題を引っ張ることはなかった。


 それからは、たわいもない会話に花を咲かせて、夜が更けていった。




※※※




 白昼、いきなり血を吐いて倒れた私は、いつのまにか女王の寝室に運び込まれ、ベッドに横になっていた。

 見慣れた天蓋を見上げ、この豪奢な天蓋を見慣れている自分にすごく違和感を感じて、笑ってしまった。


 昔のことを思い出していた気がする。


 私の力ない笑い声に気付き、レディ・メアリーが枕元に寄り添った。


「陛下、お加減はいかがですか?」


 白くて冷たい手が落ちてくる。大事そうな手つきで、額と、頬に触れた。


「少し熱があるようですわ」

「ゴメン……私、急に倒れて……誰かに運んでもらったのよね」

「ドクター・バーコットが、ここまで運んで下さいました」


 レディ・メアリーが答えてくる。


 そうか、あれはレイだったのか。

 なんか意外だ。


 意外って、誰だと意外じゃなかったんだって話だが。自分でもよく分からん。


 まだ頭がぼんやりしていて、どうも思考がぐにゃぐにゃしている。


「情けないとこ見られちゃったわね……」


 大丈夫と平気くらいしか口にしてなかった思うけど、何か他におかしなこと口走ってなかっただろうな。


「随分しぶとく粘られていたようですわね。ここまで陛下を運んできたドクター・バーコットも、目も見えてない癖に大丈夫大丈夫とうるさい、と言っておりましたわ」

「うわー。恥ずかしー」


 あまり覚えてないが、その様子が容易に想像できて、顔が赤くなる。


「陛下も、潔く気を失われてしまった方が楽でしょうに」

「いや、さすがに気絶するほどじゃ……」

「ショッキングな出来事があれば、気を失って殿方に運ばれるのも、未婚女性のたしなみです」


 どんな嗜みだ、それは。


「そんな、気絶なんて、やろうと思って出来るもんじゃないでしょ」

「出来ます」

「出来るの!?」

「殿方は守りたくなるようなか弱い女性を好むものですから、絶妙なタイミングで意中の男性の前で気を失うのは効果的な手法です」


 平然と言ってくるレディ・メアリー。なにそれ、わざとハンカチ落とすとかそういう系統?


 怖い。宮廷恋愛怖い。


 私が驚いていると、レディ・メアリーが優しく微笑みかけた。綺麗な顔だ。


「ドクター・バーコットも、診察は明日の朝、陛下がお目覚めになってからされるそうです。今夜は一晩、安静にされるようにと」

「分かった……ねぇ、レディ・メアリー」

「はい」

「何ともない? どこも具合悪いとかない?」

「はい……? いいえ、私は何も」


 不思議そうに首をかしげるレディ・メアリーに、横になったまま両手を伸ばし、頬に触れてみる。滑らかな肌には、傷1つない。


「良かった……」


 安心して、凛とした美貌を覗き込む。


「陛下……?」


 史実のレディ・メアリー・シドニーは、献身的に病床の女王を看病した結果、自らも天然痘にかかってこの美貌を無残に失い、宮廷で晒し者になる生き方を恥じて、田舎で隠遁生活を送ったのだという。


 時代の大きな流れからしたら、取るに足りない人1人の一生かもしれないけれど、運命とは決まっているわけではないのだと確信して、安心した。


「いつもありがとう。これからも傍にいてくれる?」

「勿論ですわ、陛下。このレディ・メアリーは、どんな時も陛下の味方です」

「ふふっ、頼もしい」


 笑ったところで、吐き気とだるさが同時に襲ってきて、私は持ち上げていた手を力なく落とし、深く息を吐いた。


「ご気分はいかがですか?」

「気持ち悪い……でも、横になったら大分マシになった」

「少しお眠りになっては」

「うん。そうする……また明日から、仕事しなくちゃいけないから」


 急激な眠気に襲われながら、何とかレディ・メアリーと会話を続ける。


「陛下、このようなことがあったのですから、しばらく公務はお休みになっては……」


 レディ・メアリーが心配そうに提案してくるが、やらなきゃいけないことはたくさんあった。

 やらなきゃいけないこと……なんだっけ。

 もう頭が回らない。


「うん、でも……」


 答えている途中で、眠ってしまった。






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