第184話 金の卵を生み出すのは
校内で頻繁に出会うようになると、そのうちレイに誘われて、休日にハンスと3人で遊びに行くようになった。
私の友達も、最初は喜んで付き合ってくれていたのだが、彼氏がレイのことを嫌いならしく、しぶしぶ自重するようになった。致し方ない。
男2人の友情に水を差すのもどうかと思ったのだが、ハンスは優しくて、広い心で私のことも受け入れてくれた。一緒にいると落ち着く、人に気を遣わせないのが上手い人だ。
レイが大好きなのも分かる。
同じ寮内なので、次第に互いの部屋の行き来するようになり、レイとハンスを4階の共有スペースに招いて、友達と共同製作したケーキを振る舞ったりもした。
何だか、人生で初めて女の子らしいことをしている気がした。
……そうやって親しくなってくると、たまに焦ることも起こる。
「おい、エリー」
「ぎゃーっ」
「うわ、びっくりした」
ルームメイトもおらず、特に外出する予定もなかった休日のお昼前、1人机の前に座り、ぽちぽちパソコンのゲームで遊んでいると、何の前触れもなくレイが入ってきた。
ジャージに前髪ちょんまげで死ぬほどだらけた姿勢でパズルゲームに熱中しているという、最悪な姿の時に登場されて、心の準備のなかった私が悲鳴を上げて立ち上がると、その反応にレイの方が驚いた。
「い、いきなりノックもせずに入ってくるからっ」
ちょんまげを取りながら慌てて取り繕う。ルームメイトの友達も含め、人の出入りは激しいので散らかしてはいないが、レイにこの姿を見られたのは痛恨の極みだ。
「ノックはしたぞ、一応」
聞こえなかった。私がゲームに集中していたのか?
「うん、したした。多分」
あやしい。
「それよりエリ、ユキ」
「え?」
「ユキだよ、雪。初雪!」
言いながら、レイが窓の外を指さす。
「ああ、うん。降ってるね、朝から」
窓から見下ろせる駐車場には、まだ11月だというのに、うっすらと雪が積もっていた。この土地の冬は早くて、長い。
私の返答に、レイは拍子抜けしたようだった。
「なんだ、エリ、雪好きそうだと思ったのに。あんまテンション上がってないな」
「えっ? うん、雪は好きだけど」
雪を見るのは好きだが、1人で外に出ていってはしゃぐというのも、恥かしいし何より寒い。
誰か一緒にいるなら楽しいだろうなーとか、こんな日にレイと外に遊びに行けたらいいなーとか、妄想しつつも実行に移すというところまでは考えが至らず、部屋でゴロゴロしていたら急にレイがやってきたので、驚きが先立ってテンションを上げるどころではない。
「じゃ、引きこもってないで遊びに行こうぜ。ハンスが車借りて出してくれるってよ。ナイアガラの滝まで行こうって話になってる。きっとめちゃくちゃ寒いぞ」
「行く!」
素敵なお誘いに、私は即答した。
「すぐ用意するね。頑張って急ぐけど、ちょっと時間かかるかも」
「おう、待ってる待ってる」
気が急いてジャージの上のファスナーに手をかけたところで、レイが壁にもたれかかったままニヤニヤしていることに気付く。
「……レイ、着替えるから出ていって欲しいんだけど?」
「ん? 俺はここで待ってるから気にしなくていーぞ」
「出てけっ」
「へいへい」
レイの背中を押して部屋から追い出した後、私は大急ぎで出かける準備をした。
「レイ、ハンス! ごめんね、お待たせしました!」
私が寮から飛び出すと、寮前のロータリーでレイがハンスに雪玉を投げつけていた。
ロータリーの島の芝生に積もった雪を掻き集め、プチ雪合戦をしていたらしい。
「エリ。大丈夫、待ってない」
手前にいたハンスが微笑んで振り返ってくる。
島の奥にいたレイも駆け足に近寄ってきて、私の全身を見るなり言った。
「相変わらず白いなお前。溶けて消えるぞ」
今日の私は、いつもの白いコートに、白いモフモフの耳あてと白い手袋という装備だ。寒さを覚悟して1番暖かい服装をと思ったら、こうなってしまった。
小物とかは、つい好みの物をその場で気に入って買っていると、結局白が増える。
「雪の妖精だ」
目を細めたハンスが、さらっと言った一言に、レイが大げさにのけぞった。
「おま、それ……いや、羨ましいわ。そういうこと言って許されるの。母国語じゃない人間の特権だよな」
「確かに、ハンスの日本語の語彙力はすごいと思うわ。今の褒め言葉は、日本男児でもちょっと思いつかないかも」
「例え思いついても口に出せねーっつの、日本男児は……つか、感心するとこソコかよ」
レイが、呆れたように両者に突っ込みを入れる。
「レイ、エリ、こっち」
レイに振り回されているように見えて、意外にマイペースなハンスは、私達に背を向けて歩き出した。
「ハンス、駐車場あっちじゃない?」
車を借りたと言っていたからそう指摘したら、ハンスは寮の裏手を指さした。
「雪。こっちに、すごいキレイに積もってるところがあった」
寮の正面はすっかり、初雪にはしゃいだ大学生たちに踏み荒らされてぐしゃぐしゃになっていたが、ハンスについて裏に回ると、意外な光景に出会った。
広い空き地内に小さな丘がいくつも連なっていて、その全てが真っ白な新雪で覆われていたのだ。
空き地の片隅で、小さなトラクターが雪をかぶって放置されているところを見ると、多分、工事か何かの途中で、そのままにされた砂の山があったのだろう。
「すごいすごい! なめらかで綺麗! チーズケーキみたい!」
「おお、すげー。足跡つけ放題!」
発見者のハンスを尻目に、私とレイが我先にと飛び出して足跡を付け始める。
一面の雪景色の中に立った私を見て、レイが吹き出した。
「ぷっ、エリ超保護色じゃん。迷子になるなよ、見つける自信ない」
「ならないよ、こんなところで。ちょっとあっちまで行ってみるね!」
すぐそこに見える砂山の上にまで足跡をつけてみたくなって、勝手にざくざくと登っていく。背の低い砂山の頂上に立って満足すると、遠くからレイの声が聞こえた。
「ゆきんこー!」
はやされ、私は聞こえているという合図に、両手を振ってぴょんぴょん飛んだ。
レイはなにやら口を開けて笑っていたが、その斜め後ろで微笑んでいたハンスが手を振り返してくれた。
この関係が、居心地がよくて大好きだった。
私がレイを好きで、ハンスもレイを好きで、レイを中心に同じ距離でつながる二等辺三角形。
その時は、毎日が楽しくて、幸せで、ずっとこんな日が続けばいいのにと思った。
※※※
翌日から、私の指示で、すぐに贅沢禁止法の実態が調査され、各階層、地域の識者が集められて、意見交換会が開かれた。
意見交換会には私も同席したが、基本的に討議のテーブルにはつかず、オーディエンスに徹して、この時代の人たちの価値観や問題意識を把握することに集中した。
結論としては、ほとんど有効に機能していないとはいえ、一気に贅沢禁止法を全廃することは時期尚早であるという判断に落ち着いた。
そこで私は、いくつかの妥協点を見出した上で、1559年の布告を改正し、再布告する事を決めた。
とはいえ、ここからが本番で、規制緩和に対して反対派の多い枢密院委員と議論を戦わせるという、しんどい仕事があった。
予想通り、簡単には決着がつかず、会議は3日3晩に及んだ。
「陛下のお言葉では、法令の実効力が疑わしいため、規制を撤廃するというようなお考えに見えます。これは、王の法が、民衆の贅沢に敗北を認めると言うことではありませんか!」
ノーサンプトン侯爵が例の如く、ぽっこり出たお腹をつかえさせながら、会議テーブルから身を乗り出して噛みついてくる。
民衆の意や時代にそぐわぬ取り決めを改良するのも必要なことだと思うのだが、この法律に関しては、どうも支配階級の面目やプライドが先立ってしまい、受け入れがたいらしい。
そのことは、私も意見交換会を通じて十分に理解したので、ある程度の妥協点を絞り出すことにした。
「ですから、舶来の奢侈品全般や、輸入に頼らざるを得ない高級な素材については、規制を継続すると言っています。それに、200年以上も前からある法令が、何度も規制強化を繰り返しながら、芳しい成果を挙げていないことも事実です。埒のあかぬ応酬の繰り返しに、国費と国の人材を割き続けることこそ、王権の屈辱ではありませんか」
「ならば、効率的な規制策を講じるのが我々の使命でございましょう」
「よろしい、200年以上論じられ続けてきた懸案の、効率的かつ画期的な対策があるようであれば聞きましょう。私は、いくらでもあなた方の言葉に耳を傾けます」
「それは……」
そう言い返すと、さすがにノーサンプトン侯爵も押し黙った。
椅子に座り直し、侯爵が不機嫌な顔で会議テーブルを囲む委員達を見回すが、先程まで反対を表明していた男達も、だんまりを決め込む。中には、露骨にノーサンプトン侯爵から目を逸らす者もいた。
実際、そんな効果的な方法があればとっくにやっているという話だ。
とはいえ、この反対の多い状況で規制の一部緩和を飲ませるには、私の方からも代わりとなる規制強化策を提案しなければなるまい。
私は畳んだ扇子を手に、済まし顔で1つ提案をしてみた。
「賢明なる士であるあなた方の耳には陳腐に聞こえるかもしれませんが、1つ私の方から申し上げるならば、これらの規制対象――すなわち、舶来の奢侈品や、庶民には必要のない高級な素材――絹、黒テン、ヴェルベット、サテン等に対して、関税を引き上げるというのはいかがでしょう」
「関税を?」
「そんなことをすれば、我々も更に高い値で買わなければいけなくなるではないか……」
誰かがポロリと本音を言ったが、会議テーブルに転がり出るにはあまりにも馬鹿げた響きのそれは、微妙な空気のうちに黙殺された。
みんな同意だけど、この場でそれを言ったら格好悪い、という雰囲気だ。
プライドの塊である貴族達は、庶民と一線を画す高級なものを身につけることでステータスを保ちたいわけで、高級品が高級であることに文句を言うのは、実に格好の悪い話である。
私は気まずい空気に気付かないふりをして、極力彼らの共感を得られる言い回しを意識して、補足した。
「そうすれば、分不相応な背伸びをしたがる庶民達はそうそう手が出なくなるでしょうし、我が国の財政を圧迫している輸入過多にも、一定の抑制がかかるでしょう。生活必需品に高い税をかけることは評判を悪くしますが、奢侈品の関税を増したところで、健全で清貧なる国民達の生活を逼迫することはありません。悪魔的な貿易赤字と、冒涜的な下層民の贅沢を同時に抑止できるのでしたら、これほど効率的なことはないのでは?」
貿易赤字も庶民階級の勃興も、彼らの頭を悩ませる大きな問題であったので、その辺をチクチクと刺す。
「なるほど。一理あります」
まず、セシルが納得を口にした。自身の贅沢には興味のない彼には、その提案も受け入れやすいものだったのだろう。
「まぁ、それは確かに1つ、検討の余地はありますが……」
何人かが、もごもごと譲歩の様子を見せる。
「女王陛下のお言葉は、実に正しいものかと」
基本、私に忠実なサセックス伯爵が全面的に同意する。
大多数は沈黙を守っていたが、そこで流れは私に向いた。
「ですが、昨今は貴族に劣らぬ贅沢な暮らしをしようとする、ジェントリ達が急速に財力をつけています。税を引き上げたところで、そのようなけしからぬ輩を規制するまでには至らないのでは?」
珍しく、ロバートが私に意見した。彼も奢侈品の価格が上がって、支出が増えるのは痛いのだろう。
意外と鋭いところを突くが、それは今から私が進めようとしていた流れに沿っていたので、丁度良かった。
「それについては、賢明なる皆様に効率的かつ画期的な対応策を望みたいところです。200年に渡るこの難問を、私1人の力で解決するというのは、到底力及ばぬことでしょうから」
本音を言えば、私は、国民の評判も悪く、現実的に取り締まりの不可能な規則など、全廃してしまってもいいと思っている。
だがしかし、反対意見も多い以上は、現行制度の枠組みの中で、段階的に規制を緩和していく方が平和的だろうという判断だ。
なので、具体的な取り締まり方法などは、セシル他、貴族院の推進派にお任せすることにした。ザ・丸投げ。
会議はまだまだ続く。
長い討議の末、私はこの規制の緩和による経済的な利点を前面に出して、彼らを説得することに成功した。
今回の法改正の主題は、舶来品や一部の高級素材以外の規制は撤廃し、従来のような階級による細かな衣服の規定などは設けないというものだ。
もう1つ大きな変更点として、この新しい布告には、国産の素材を使うのならば、どのようなデザインを使っても良い、というような文面が追加されることになった。
……この一文を入れるか入れないかで、また大いに揉めたのだが、そこは私が押し切った。政府が国民に消費を促すことに、この改正法令の意味があると考えるからだ。
つまりこれからは、貴族が輸入物の絹で作るような服を、身分の低い者が国内産の毛織物を使って真似してもよいと言うことだ。
爪先の長い靴を履いてもいいし、短いマントを羽織ってもいい。
服装の自由化と、輸入品に替わる国産品の使用を推奨した法令は、形としては従来の贅沢禁止法を留めたものにはなっているが、本質的には、輸入代替産業を推進した重商主義的な保護政策である。
さて、新しい市場を政府が容認したことが、どう影響するか。
すぐに効果が出るようなものかは分からないが、才気ある商売人達の発想力と商売っ気に期待して、私は、彼らが生み出す金の卵を待つことにした。




