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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第12章 21世紀の恋人編
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第182話 貧乏女王の景気対策


 いつものように購買に並ぶため、授業が終わるとすぐ、友達と2人で教室を出た。

 教室のある3階から、購買のある1階ホールへ降りるエレベーターには、やっぱりレイはいない。

 まぁ、そりゃそうか。混むから遅れて教室出るって言ってたもんな。


 混雑する購買で、最近お気に入りのニューヨークチーズケーキを買っている間も、人がたくさんいる1階ホールを見回すが、王子様と従者の組み合わせは見当たらなかった。

 今日の朝一で、運を使い切ってしまったか。


 朝あんなに楽しいことがあったんだから、これ以上求めるのは贅沢ってものだ。


 別れ際の「また」の言葉に浮かれてしまって、早くもまた会えることを心待ちにしている自分を戒め、教室に戻ろうとエレベーターに乗り込む。

 朝の語学のクラスは、同じ教室で2コマ連続で行われる。忙しいので、甘い物を買って教室に戻り、休憩しながら次の授業を待つのがパターンだ。


「あ」


 気持ちを切り替えた途端、乗り込んだエレベーターに、レイが乗っていた。

 目が合い、朝のリピートのような、奇妙な間が出来る。


「おう」

「……うん」


 挨拶なのかよく分からない声をかけられ、私もよく分からない返答をする。

 隣では友達が、とびきりによそいきの笑顔になっていた。昨日彼氏と喧嘩したらしく、朝から不機嫌だった気がするのだが、見事な変わり身だ。


 レイの後ろには、大きい男の人が立っていた。

 朝のバスの会話で、彼の話も話題に上った。レイの相棒だ。

 名前はハンス。ドイツ人の留学生で、レイとは同い年のルームメイト。偶然にも、2人は専攻も語学のクラスも同じらしい。いつ見ても一緒に居るわけだ。


 実は、レイはドイツ語をあまり話せない(話す気がない)らしく、普段の2人の会話は、日本語か英語なのだという。

 ハンスが日本語を覚えたのはレイと出会ってからだそうで、そのくせほとんど日本人と変わらないくらいペラペラだというのが、レイの自慢だ。自分のことじゃないのに鼻高々なのが面白い。白い。


「こんにちは」


 見上げると思いっきり目が合ったので、試しに日本語で話しかけてみると、


「こんにちは」


 にっこり笑って返された。


 おお。


 見た目ごついけど、なんかすごくいい人っぽいぞ。

 穏やかで、ほっこりするような笑顔に意識が向いていると、手前に立っていたレイが、私の手元を覗き込んできた。


「エリ、いっつもそれ食ってねぇ?」


 私の手には、透明の蓋に覆われた皿が載っていて、中には白いニューヨークチーズケーキが一切れ入っていた。

 

「よく買ってるの見かける気がする」


 確かに、甘さ控えめな濃厚チーズケーキは絶賛マイブーム中で、ほとんど毎日のように、この休憩時間にゲットしていた。メシマズ国家アメリカの大学の購買では、他においしいと思えるものがあまりないとも言う。


 けど、レイにそれを指摘されるとは思わなかった。意外と目に入っていたらしい。


 もしかして、実は向こうも気にしてくれてたんだろうか、と都合の良い妄想を抱きかけるが、さすがにそこは突っ込めなくて、普通に答えた。


「ニューヨークチーズケーキ、今ハマってるの。甘過ぎないし、チーズが濃厚で、おいしいよ。見た目もかわいいし」


 見た目が真っ白でシンプルなのも、私の好みだった。


「そんなに美味いんだ」


 マイブームなだけに、つい手放しでオススメしてしまった私に、レイが相槌を打ってくる。しまった、押し過ぎたか? レイの口に合うかどうかは分からない。


「今度俺も食お」


 レイが独り言のように呟いた時、後ろでハンスが小さく笑ったけれど、その意味は分からなかった。




※※※




 翌日も、集中力MAXで執務を終わらせ、日暮れ過ぎには私室でゆっくり自分の時間を――過ごしたいところだが、そうもいかない私は、私室にセシルを呼び込んで、国内の事案について意見を交わしていた。


「どうセシル使ってる? パイル織タオル」


 話の合間の息抜きついでに、モニターになってもらっていた試作品の感想を聞く。

 円卓の向いに座っていたセシルが、笑顔で答えた。


「はい、今までに味わったことのない肌触りで、驚くほど水を吸い込みます。それでいてすぐに乾くので、こんな魔法のような布がこの世にあったのかと驚嘆するばかりです」

「でも、バスタオルに使うと、使い始めは繊維がぽろぽろ抜け落ちて身体につくし、繰り返し使っているうちに抜けすぎてスカスカになっちゃうし、あんまり長持ちしないわよね」

「あぁ、それは確かに」


 心当たりはあるらしく、セシルが同意する。初めて使う人間ならこんなもん、というくらいで気にしないのかもしれないが、日用品であることを考えると、使い勝手は悪い。

 女王の私物を極力痛めないよう、丁寧に洗濯係が手洗いしていることを考えると、商品化するには脆すぎる。

 生産にかかる手間と、それを反映したコストと、持ちの悪さを考えると、富裕層の贅沢品が精一杯だろう。


「まぁ、最初から全部が上手くはいかないわよね。ギルドのみんなも、よく頑張ってくれてると思うし」


 職人魂を期待して、次回作を待つことにする。


「それはそれとして。セシル、贅沢禁止法について、59年に1度布告を出しているけど、実効はどうなの? 正直なところ」

「それは……規制に力を尽くしてはいますが、なかなか効果が上がっているとは……今のところ、法令違反の徒弟や使用人の衣服の没収を親方に義務付け、依頼を受けた仕立屋も罰するなどしていますが、違反が後を絶たず、監視の目が追いついていない状況です」


 私の質問に、セシルは申し訳なさそうにしながらも、正直に答えた。


「憂慮すべき事態であることは理解しています。今一度、より厳しく布告内容を遵守させるよう、再三の布告の上、監視のための役職を――」

「いや、それは別にいいんだけど」

「はぁ」


 私の意図は別のところにあったのだが、セシルは法令の順守をせっつかれたと思ったらしい。

 1559年の贅沢禁止法は、即位してすぐの時に、セシルを始め枢密委員達の強い要望を受けて布告したのだが、私自身、特別思い入れがあるわけではない。


 身分によって衣服を規定する贅沢禁止法自体は、昔からある法律で、遡れば14世紀のプランタジネット朝エドワード3世の時代から、時の君主によって再三の法制改定や規制強化が繰り返されてきた歴史がある。つまり、それだけやってもなかなか実効が上がらないということだ。


 私の時は、庶民院からの反対が強く、議会の通過が出来なかったため布告という形態を取ったが、正直なところ、当時の私はこの法律についてあまりよく理解しておらず、この時代ならそういうものかという程度の認識で、周囲に言われるままに布告したところがある。


「セシル、贅沢禁止法の賛否について、識者を集めて意見交換会を開きたいんだけど」

「と、申しますと」

「私の即位当時から、貴族院と庶民院で激しく意見が対立しているでしょう。贅沢禁止法の規制の緩和についての意見を、各立場の人間から聞きたいの」

「陛下は規制の緩和をお考えということですか?」


 セシルの表情が曇った。

 

 我らが主席国務大臣は、魚食の推奨など、民衆の生活を管理するための法令の順守にも力を入れており、私が街の美化や市民の衛生指導に熱を入れることを喜んでいた。

 この、なかなか守られない贅沢禁止法についても、初めから推奨する立場にあった。


 なので、まずは彼の意見を聞くことにした。


「セシルは服飾の規制は必要だと思う?」

「王権と社会秩序の維持のためには、必要不可欠なものであると考えます。陛下は、身分を問わず能力のあるものを登用し、国家の安定と繁栄に最も貢献できる政府を作ろうとされている。それは素晴らしいお考えでありますが、陛下の国民である以上、持てる能力を王と国家の為に捧げることは当然の使命であり、身分の劣る者が分をわきまえぬ行動に出ることとは、全くの別物です」


 規制法の意義を力説するセシルの弁舌は淀みない。


「昨今のジェントリが傲慢や羨望から貴族の真似事をし、ジェントリでもない貧しい民が、虚栄心から借金や犯罪を犯してでもジェントリの真似事をして、贅沢を纏おうとする風潮は、誠に哀しむべき悪徳で、世の秩序を乱す行為です」


 あー、そういう考え方か。


 傲慢(プライド)羨望(エンヴィ)虚栄心(ヴァニティ)。強い口調で吐き出したその単語から、何となく納得する。

 分を越えた贅沢とは、つまりこれらの誘惑から人々が起こす悪徳である、という、禁欲的な考え方が根底にあるらしい。

 贅沢は悪であるという概念と、身分による秩序こそ国家の安定には必要であるという、この時代では当たり前の理論が、保守的な立場にある政府と貴族院に贅沢禁止法を支持させているのだ。


 時代背景を考えれば、風紀や道徳的問題、身分制崩壊への懸念など、彼らの主張にも一理はあるのだが、経済的な面から言うと、贅沢禁止法による消費抑制は、毒にはなっても薬にはならない。


「贅沢は悪徳だっていうけど、消費が促進されないと生産は増やせないし、そうなると雇用は増やせない、失業者は増える。それでなくても不況なのに、さらに彼らの消費意欲を抑制するような政策を国が取れば、景気は低迷するばかりだと思わない?」

「はぁ」


 私の反論に、セシルが曖昧な相槌を打つ。色々葛藤している感じだ。


 現行制度の秩序を求める側の筆頭として、セシルが贅沢禁止法に固執する気持ちは、まあ分からないでもないが、これに関しては私は、規制緩和による経済的な効果に気付き始めている庶民院の意見に同調したい。


 セシルはこの時代の政治のプロだが、経済についてまで精通しているわけではない。

 というか、商取引の成熟度自体が、田舎の物々交換が卵だとすると、ようやく大海原の向こうの新世界と交易を始めた今が、孵化して元気に歩き出したひよこ程度もので、この時代に、経済学といえるほどの学問は育っていない。

 私も経済学は軽くかじった程度の人間だが、過去の人々が成功と失敗の繰り返し、賢い人が教科書にまとめてくれたので、それなりに理解はあった。


「輸入品の規制については、まあ分かるんだけど。細かい服装のデザインの規定は、意味分かんないっていうか、あんまり意味ないっていうか。爪先を2インチ以上尖らせた靴は貴族にしか許されないとか、学校の校則じゃあるまいし、いちいち国民全員の靴の爪先の長さ監視してられないでしょ」


 風紀委員が何百人いても足りない。

 実効性のない形ばかりの法令など山ほどあるが、そういう現実的に規制不可能なものに人員を割くのは無駄が多い。


 この4年間で、この法令の無意味さと弊害を薄々感じていた私は、景気対策の一環として、贅沢禁止法の撤廃、もしくは規制緩和によって、市場の活性化を呼び込みたいと考え出していた。


 むやみに消費を抑圧する法案など、経済発展を停滞させるだけで馬鹿らしいが、一部、この法律に経済的な利点があるとすれば、高級品の多くは舶来品だから、輸入品を規制することで、貿易収支の改善への助けになるだろうという部分だ。


 けれど、現行の贅沢禁止法は、ただ輸入品の消費を抑制するだけの消極的な規定でしかなく、国内での代替産業を促進させる類のものではない。

 輸入を規制した商材に対して、国産化を図るというのなら意味もあろうが、消費需要が高まっている商材に全面的に国が規制をかけるというのは、経済的にははっきりとマイナスだ。


 身分制秩序の維持も景気の回復も、この時代の政策としては必要なことだが、贅沢禁止法の存在がどちらにより影響を及ぼすかと言えば、後者だろう。というのが私の感覚である。


 といっても、その感覚が当たっているかどうかは分からない。

 そのあたりの確認と、世論のバランスを図りたいため、私はすぐに贅沢禁止法の実態を調査し、識者を集めて意見交換会を開くことにした。






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