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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第12章 21世紀の恋人編
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第179話 未来とは、定められたものか


 言っている意味がよく分からなかったのだが、レイは疑問符を飛ばす生徒相手にも、丁寧に教えてくれた。


「歴史が変わってるのは、1559年の1月からじゃない。そこで大きな異変があったのは間違いないが、それ以前にもいくつか俺たちが――俺が知っている歴史との差異がある」


 私もこの時代に来てから、これより過去の歴史を勉強したが、そこまで21世紀で得た知識と違う内容があるとは思わなかった。もっとも、さほど詳しいわけではないので、細かい部分になると分からないが。


「いくつか違いは見つけたが、分かりやすいのは……フランスの王子たち(・・・・)だ」

「フランスの……?」

「そう。アンリ2世とカトリーヌ・ド・メディシスの子供たち、ヴァロワ朝最後の血統――カトリーヌ・ド・メディシスが、10人の子供を産んだことは知ってるな?」

「う、うん……それも、こっちに来てから知ったんだけど」


 私は、声に出して指折り数えた。 


「上から順番に、フランソワ、シャルル、アンリ、エリザベト、マルグリット、クロード、ルイ・オルレアン……はすぐ亡くなっていて……最後がエルキュール・フランソワ」


 その後も双子を出産したはずだが、1人は胎内で死亡、1人も生まれすぐに死亡したと聞いている。

 間違ってはいないはずだ。

 だが――


「違う」

「え?」

順番が違う(・・・・・)んだ」

「……!」


 そう否定されて、驚く。


「でも、王位につく順番は、これで間違ってないと思うんだけど……」


 アンリ2世の死後、フランソワ2世、シャルル9世、アンリ3世が順に王位につくが、とりあえずなんやかやで(よく覚えてない)ヴァロア朝が途絶え、ナバラ王アンリがアンリ4世として即位し、ブルボン朝が興るのだ。

 そして、フランスはブルボン朝で絶対王政絶頂期を迎え、フランス革命でのルイ16世とマリー・アントワネット処刑へと時代は流れていく。

 フランス革命は昔ちょっとハマったので、多少詳しい。が、この時代では全く役に立たない。悲しい。


「カトリーヌ・ド・メディシスは、1544年から12年間の間に、立て続けに10人の子供を産んでいる。俺の知っている歴史では、順にフランソワ、エリザベト、クロード、ルイ・オルレアン、シャルル、アンリ、マルグリッド、エルキュール・フランソワ、最後に死産した双子だ」

「え……」

「国王になった3人の息子の生まれた順番は変わらないから、王位継承順に変化はないが、気持ち悪いと思わないか?」

「……気持ち悪い……」


 知らされた事実に、うっすらと寒気を感じる。


 自分の部屋だと思っていたのに、微妙に家具の配置や物の置き場所が変わっていたことに気付いたような、得体の知れない不気味さだ。


「男女の生まれる順番と年号が入れ違ってる。それこそさじ加減1つの微妙な齟齬だが、王朝の後継者でこの違いはデカイ。本当なら……って言い方は正しくないが……まだ幼少のはずのシャルルやアンリが、自我を持って行動できる年齢に達してるってことは、国政に少なからず影響力が出てくる。当然外交にもだ」

「そうね……私とアンジュー公の婚約話まで出てくるくらいだもんね」

「…………」


 私の呟きに、レイは眉を上げたが、その件については触れずに話を進めた。


「ここは元々、俺達がいた世界と『少しだけ違う歴史を歩んでいる世界』だった」

「それってどういうこと?」

「こんな考え方もある、並行世界だ」

「並行世界――?」


 同じような少し違う世界がいくつも存在するというあれだろうか。


「ある分岐点によって、少しずつ枝分かれしていく世界が無数に存在するとする。それぞれの時空は観測した時点で分岐してしまうから干渉は出来ないし観測も出来ないってのが定説だが、仮に、遠未来の技術でそれらの時空の位置を座標で観測でき、干渉することが可能になったとする。俺たちの身に起こったことを、これまでの仮説に当てはめると……近似世界の別の時間軸から、互換可能な魂を召還した――これならどうだ?」

「その世界とよく似た別の世界の、違う時代から、同調させられる魂を持つ人間を選んだ……」


 レイの言葉を、自分なりに置き換えてみる。


「しかも、召還元の世界では失っても大勢に影響を及ぼさない奴」


 ぎゃふん。


 た、確かに、ただの小市民でしたけど! いてもいなくっても、そっちの世界の歴史にはたいして影響しなかったでしょうけど!


 身の程は知っているが、断言されると色々複雑だ。


「どうして私達が選ばれたのかしら?」

「その小細工に必要な条件を満たしてたってことだろうが……憑依先がまったく同じ顔をしてるんだから、何かしら因縁というか、法則性はあるんだろうな」

「私の祖先にエリザベス女王がいるとは思えないんだけど……いや、分からないけど。それか、生まれ変わりとか?」

「輪廻転生……まぁ、そういうことにしとくか」


 ここまでくると、そういう単語に頼る他なく、口にすると、レイもそこは妥協した。


「だいたい、俺とお前が同じ平行世界から来たかも分かんねーしな」

「あ、そっか」


 互いの記憶に齟齬がないから気付かなかったが、もしかしたら、ほとんど変わらない別々の近似世界から来た可能性もあるのだ。


 ……なんか、頭がこんがらがってきた。


「でも、そうだとすると、時代を操作しようとしている世界の未来の歴史は変わらないってことよね?」

「多世界が無数に存在するってことは、そうなるな」

「自分の生きてる世界が変わらないのに、過去の歴史を変えることに何か意味があるのかしら?」

「そういう世界を作り出すことに意味があるのかもしれないし、その先の目的の為の手段の1つなのかもしれない。いずれにせよ、張本人が顔出してでもくれない限り、本当の目的なんて分かりゃしねぇが、人間本位の神様が存在して、一部の偏った人間の思想の実現のために、作為的な超現象を起こしてると考えるよりは、人間本位の人間が、21世紀人のまだ知らない技術で、作為的に無知な過去の人間を巻き込んでるって方が、まだしっくりくるだろ」

「うん、すごく……」


 この辺は、宗教概念の薄い人間同士という強みだろう。

 彼の価値観で話す言葉が、しっくりと頭に入った。


 もし神に相当する絶対的な存在いたとして、その存在が人間のために、それも一部の人間のために何か特別なことをするとも思えない。


「人間のために特別なことをするのは、人間だけだ」


 結局のところ、レイのその言葉こそ、私達が出した結論なのかもしれない。

 その方が――全部神様のせいにするよりは、自分の意思で動ける気がする。


 この世界の歴史がどこに向かっているのか、私は知らない。

 そう思うと、鎖から解かれたような軽さを感じた。


「ありがとう。レイ、なんか、すごく吹っ切れた気がする」

「……今の話に、何か吹っ切れるような要素があったか?」


 レイが首を捻る。が、私の中では、一種の開き直りが生まれていた。


「何の因果で巻き込まれたにせよ、それらの目的がどこにあるにせよ、この世界がたくさんある多面世界の1つで、その世界すらも次々に分岐していっているというのなら、何の問題もないわ」


 確かに、遠未来の宗教戦争とか、ゲームの駒のように差し替えられた人生とか、真面目に考え出したら気が滅入るような話ばかりではあったが、自分がどこにいて、なぜそこにいるのかが理解出来たら、現状を受け入れる覚悟が出来た。


「私はイングランド女王になった。なら、この国の為に、この国の繁栄と国民のために全力を尽くすだけ。エリザベス1世がそうしたんだから、私もそうすれば、一応役割を果たしたことにはなるでしょう。歴史が既に変わってるっていうなら、余計に細かいことを気にしても仕方がないし」

「お前、ざっくりしてんなー」


 寛容と言ってくれ。


「だって、どうにもならないことを色々考えたって仕方がないもの。私は、私の出来ることをする」


 結局、いつものスタンスに立ち返る。どうしたら駄目とか、ああしたら駄目かもとか考え出して身動きが取れなくなるよりは、それくらいシンプルな方がやりやすい。


「えらいなお前」


 開き直った私を、レイが感心半分呆れ半分の顔で見上げてくる。


「俺はとてもじゃないが、いきなり王様任されて、そこまで責任持てないわ」

「でも、レイは……お医者さんとして、患者に責任を持とうとしてるでしょう?」

「それは……まあ、最低限だろ」

「そうかしら」


 自分の職業に責任を持つのは、大事なことだ。


「ねぇ、レイ。宮廷は居づらいかもしれないけど、もう少し、ここに残ってくれない? アンのケアもあるし、一緒にいれば、まだ何か分かることがあるかもしれないし」


 レイはイングランド国民でもなければ、私の臣下でもない。押し付けがましくならないよう、精一杯控えめな表現で頼むと、レイは迷うような沈黙の後、答えた。


「……エリザベス1世が天然痘で倒れたのは今年の10月だ。そこを乗り越えるまでは、油断できない」

「ありがとう、レイ」


 遠回しな承諾を引き出し、私は胸を撫で下ろした。


「随分、長話になっちゃったわね……今日はこの辺にしておきましょうか。そろそろ謁見の時間だし。もう、セシルが待ってるかも」

「大変だな、女王様は」

「まあね」


 答えながら、キャットに目で合図をして、その場を立つ。


 なんか、短い時間で、ものすごく頭を使ったような気がする……


 脳みそに疲労を感じながら、レイを連れて寝室を出る。

 続きになっている控えの間には、近衛兵と侍女が数名待機しており、座って談笑していた侍女たちが、慌てて立ち上がり礼を取った。

 彼らの前を通り過ぎる時、顔を上げた侍女たちが、私の後ろをついてくるレイを見て、露骨に驚いた顔をした。


 控えの間も通り抜けて、廊下に出ると、柱の近くに見慣れたロバートの背中があった。

 向かい合っているのはセシルで、2人して私が出てくるのを待っていたらしい。


「何なんだあの医者は!」


 セシルはすぐに私に気付いたが、背を向けていたロバートはまだ気付かないまま、憤然とレイの文句を言っていた。


「ならず者が礼節を弁えぬ態度を取ったかと思うと、いきなり陛下に馴れ馴れしく……」

「ロバート、セシル」

「これは陛下っ」


 私が後ろから声をかけると、ロバートが慌てて姿勢を正して振り向き、慇懃に礼を取った。1度伏せた顔を上げ、私の後ろに立つレイを見て、ギョッとする。


「おう、悪かったな。ならず者で」


 きっちり陰口が聞こえていたレイが分かりやすく挑発するが、ロバートは驚きが先立って反応しなかった。

 まじまじと、素顔を見せたレイを見下ろす。


「これがあの小汚い医者……?」


 衝撃を受けたように呟き、自分の顔をぺたぺたと触ったかと思うと、隣に立っていたセシルの肩を掴んで覗き込み、小声で――思いっきり聞こえているが――確認した。


「負けてないよな? セシル」

「知りません!」


 馬鹿だ。


 半ば本気で苛立ったセシルにピシャリと跳ね付けられる。

 それでもロバートは、「負けてない負けてない」と何やら自分に言い聞かせていた。


 どうやらアイデンティティの揺らぎを感じたらしい。私も昔似てると思ったことがあるし、確かに、顔の系統が多少似通っているか。自分でも分かるものらしい。


 安心しろ。

 キャラは全く被ってない。


「何だアイツ」

「気にしないであげて」


 小馬鹿にしたようにロバートの奇行を見下すレイ。この2人も絶対に性格が合わないと、今の時点で断言できる。


「ドクター・バーコットには、しばらくこの宮廷に留まってもらいます。部屋を与えるので、客人として非礼なく扱うように。分かったわね、ロバート」

「はっ。御意のままに」


 真っ先に喧嘩を売りそうな男に釘を差しておく。


「陛下、少し――」


 そこで、セシルに断りを入れられ、他の2人から少し離れて、小声で話をする。


「陛下、あの男は、貴女の元の名前を知っていた。そして、貴女と同じ異国の言葉を話していた。彼は、貴女と同じ未来から来た人間ではないのですか……?」


 やはり、セシルはレイの正体を察していたらしい。


「そう……ね、セシル。朝の謁見が終わったら、秘密枢密院を集めて。ちゃんと話します。憶測だけど……彼がここに来た役割も含めて」

「役割……?」


 セシルが眉を顰めるが、私は静かに微笑んで、ロバートとレイの元に戻った。


 歴史上、定められた役割を全うするために、糸を引かれるように巡り逢うなんてことを聞いたら、彼はどんな顔をするだろうか。


 未来は定められたものなのだろうか。

 それとも、変わるものなのだろうか。


 誰かが、定めようとするものなのだろうか。





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