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第157話 女王陛下の華麗なる1日・午前中~昼下がり


 宰相セシルがバーリー男爵に、ウォルシンガムが騎士に昇格して始まった即位4年目の夏。


 私は今日も今日とて、朝から会議室で、重臣たちとバトっていた。


「北部貴族の反乱に共鳴し、武器を取った人間を許すべきではありません!」


 唾を飛ばしながら主張するのは、脂の乗った丸顔を真っ赤にさせたノーサンプトン侯爵だ。その威勢のよい台詞に、テーブルを囲む枢密院委員の何人かが大きく頷く。

 首謀者にあたる反乱貴族達の裁定がほぼ終了したため、次は彼らに与した身分の低い者たち――北部の貧しい叛徒たちに鉾先が向けられた。

 特に、首謀者たちの処刑を主張していた者は、彼らを甘く扱うならば、せめて下の人間は厳しく処罰しなければ、プロテスタントを標榜する国家として示しがつかないと語気を荒げた。


「北部の民衆が、いかにローマ・カトリックの信仰に傾倒してるか、王家への忠誠心を持たない野蛮な民かは、今回の反乱計画で陛下も十分に理解なされたでしょう。この不忠には、相応の代償を支払わせねばなりません」

「見せしめは必要です。王家に刃向かった先には、破滅しかないことを徹底的に知らしめなければ、奴らはまた同じ過ちを繰り返すに決まっている」


 口々に北部の叛徒たちの粛清を主張する委員たちを手を挙げて黙らせ、私は落ち着きを払ったまま、はっきりと彼らに告げた。


「諸君、私はサセックス伯爵を通し、彼らに誓いを立てました」


 その一言目に、今回華々しい功績を立て、新しく枢密院委員に任じられた若い伯爵に注目が移る。

 委員たちの無言の問いかけにも、サセックス伯爵トマス・ラドクリフは、動じることなく彼らを見返した。よしよし。

 ラドクリフは、例の勅書の写しをなぜか後生大事に持ち歩いているのだが、あれは絶対にこの場で見せるなと言い含めている。色々と面倒だからだ。

 余計な口を開かないラドクリフを確認し、私は続けた。


「彼らが武器を捨て、今一度王家への忠誠を誓うのなら、此度の愚かな不忠は、この私、女王エリザベスが寛大な心でもって赦す、と」

「しかし……!」

「そして、事実彼らは、ただの1人も無謀で蒙昧な行動には出ず、膝をついて忠誠を誓ったと聞いています。そうですね? サセックス伯爵」


 私が事前の打ち合わせ通り話を振ると、伯爵は堂々と背筋を伸ばし、落ち着いた様子で答えた。


「――はい。陛下の慈悲深きお言葉に溢れた勅書を目にし、あるいは耳にし、叛徒共は確かに、涙を流して自らの不忠を悔い、まるで私の後ろに女王陛下の神々しい御姿を見たかのように、平伏して慈悲を乞いました。あのような純粋な奇跡を、私は初めて見ました」

「それでも、彼らは道理を欠いた野蛮な民でしょうか?」


 現場の功労者と総責任者の連携に、委員たちがぐっと押し黙る。よし、いける。


 勝てば官軍、という言い方はあまり好きではないが、こういう話し合いの席では、結果を出した人間の発言が優勢になるのは当然のことだ。

 逆に、もし今回の作戦が失敗していれば、枢密院を無視して密命を出した私と、それに従ったサセックス伯爵には、ほとんど発言権はなかっただろう。

 彼らの意見に従えば、何百という命を奪わねばならなかった悪夢を思うと、本当に綱渡りの勝利だったと実感する。


「圧倒的な軍勢を前に、死か恩赦かの選択を迫られれば、誰でも命惜しさに、その場では忠誠を誓うでしょう」


 ノーサンプトン侯爵が、苦しいながらも反論を見せる。


「真の忠誠とは、死を前にしても揺るぎない信念のもと尽くす覚悟です。異端とはいえ、信仰の復活を掲げておきながら、易々と泣いて心変わり出来ること自体が、彼らの軽薄な性根を表しているではありませんか」


 それは、ブラッディ・メアリー時代にプロテスタントの陰謀に加担した咎で、爵位を剥奪されロンドン塔に幽閉されたことが、今となっては自慢の種になっているノーサンプトン侯爵らしい言い草ではあったが、普通の人間はそういうものだろう。

 自分の命を捨ててまで貫きたいものなど、人間そう多くはない。

 実際、宮廷で私と王家に忠誠を誓っている者達がどれだけ、追い詰められてもなお同じ事を言えるかは疑問だった。

 そして、個人と自由を尊重する時代に育った私は、それを弱さだとは思えなかったし、無条件に命を捨てて守られることが当たり前だとは、とても思えなかった。


 もちろん、国王に何かあれば国家に災いが降りかかるという意味では、彼らが一個人よりも優先する理由も、分からないではない。

 だが、彼らの口にする『忠誠』とは、そういう損得勘定とは、また別の場所にある概念のように思える。

 それはきっと、持っている者にしか分からない、一本筋の通った信念のようなものなのだろう。


「あれは恩などすぐに忘れる輩です。今生かしておいたとして、教皇庁がカトリックの宣教師でも送り込んで扇動すれば、またすぐにでも御身に刃を向けることになりましょうぞ!」

「そうだ! どうせその涙も乾かぬうちに、またメアリーを女王などと崇めだすに決まっている!」


 声高に言い切ったノーサンプトン侯爵に、他の委員が同調する。


「けれど閣下。今私が、彼らの不誠実を決めつけ、誓いを破れば、私が忘恩の輩になってしまいます」


 侯爵の言葉尻を捕えて反論する。

 身分の高い者だけを赦し、貧しい者は厳しく処分するなどというやり方は絶対にしたくなかったし、女王が署名入りの書状で公約した内容を反故にするわけにはいかない。


「陛下が下賤の民に何の恩がございましょうか」

「私の言葉に耳を傾け、武器を捨ててくれた恩です」

「そのようなこと……!」

「とにかく、私は彼らに約束しました」


 その問答を打ち切り、私は扇子でテーブルの角を叩いて決定を下した。

 

「約束は守らねばなりません。決して彼らを罰しないよう、地方治安判事たちにも厳命を下します」





 会議室ではラドクリフとの連係プレーで勝利を収めた私が、午後から執務室に移動すると、そこには、秘密警察長官・まっくろくろひげが待ちかまえていた!


「何ですかこれは」


 まっくろくろひげがこわい顔で、1枚の書状を突きつけてくる。

   

「これ? うーんと、私がサセックス伯爵に渡した、北部の叛徒たちに蜂起を止めるように命令した勅書のコピーじゃないかしら」


 チッ……やっぱり手に入れやがったか。


 しれっと答えつつ、胸中舌打ちする。枢密院会議では誰も持っていなかったから安心していたのに。


「それは見れば分かります。問題は内容です。この文面では、女王陛下がカトリック教徒の圧力に膝を屈したように取られかねない。すでにコピーは相当数が北部に出回っており、回収は不可能です」


 しかめっ面で言われるが、そのつもりで書いたのだから仕方がない。


「でも、北部で出回る分には、私への敵意を和らげられるだろうし、別にいいんじゃないかしら?」

清教徒(ピューリタン)の目に止まり、逆上させたらどうするつもりです」


 あー、それはあんまり考えてなかった。


 とにかく目の前のものを押さえる為の、いわば鎮静剤として打ったものだから、そこまで先のことは考えてなかった。


「まぁ、その時はその時よね」


 ウォルシンガムの指摘に、内心手を打つが、外面では余裕をぶっかましておく。


「もしジョン・フィールドがこの勅書のコピーを持って乗り込んできたら、そんなこと言ってませんが何か? ってしら切るわよ。ほら、よく見てよ。ちょっと大げさに書いてるだけで、どこにもカトリックに改宗しますなんて書いてないじゃない。国教会は元々中庸よりのプロテスタント目指してますし」


 しれっと答えると、ウォルシンガムの眉間の皺が1本増えた。


「……ついに陛下が二枚舌を使われるようになってしまわれたか」


 なんだとぅ?


 嘘をつくのは好きではないが、もともと本音と建前は使い分ける口だ。


「悪い?」

「いいえ、大変結構です」


 溜息をつきながら言われても褒められている気はしないのだが、とりあえず引き下がらせたので勝ったことにしておく。


 今の私は『勝てば官軍』というスーパーキノコを食っているので、まっくろくろひげくらい敵ではないのだ。ふっふっふ。




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